2-5

 ムルサイセイヌの手の中から、小さな無数の泡が現れた。その泡は悪魔に向かってぐるぐると渦を巻きながら向かっていく。

「なかなか心地の良い魔力だ。これならば相手を捕らえられるぞ」

 ムルサイセイヌはなんだか楽しそうである。いい詩がいい魔力となり、いい魔法となる。そうなれば女神は嬉しいのだろう。

「そううまくはいかんよ」

 堕天使トレンチルが、下品な笑みを浮かべた。元が天使だったとは思えない、嫌らしい顔だ。

 細身の悪魔が両手を前に突き出すと、泡の渦が上空へと曲がっていった。

「なにっ」

 ムルサイセイヌの表情が歪む。想定外だったのだろう。

「気が付かないのか。この悪魔は私の魔力だけで動くのではない。この建物自体が、常に魔力を供給している」

「ばかな。確かに詩情は感じたが、常に魔力を生み出すには詩を詠む必要が……」

「詠んでいるだろう。聴こえないのか?」

 ムルサイセイヌはあたりを見回した後、建物を見上げた。僕と中道さんも釣られて空を見る。そこには雲と白い月と、タワーマンション。

「住人の言葉が……詩だというのか!?」

「そう。人は詩を詠むために、タワマンに住むのだ」

 知らなかった。ただ、言われてみたらそうかもしれない、とも思った。

 悪魔が、少し大きくなったように見えた。なんか目がらんらんと輝いている。

「いかん、力が増大しておる。作次郎、今すぐ力をくれ」

「えっ、今?」

「今抑えないと大変なことになる」

「わ、わかりました」

 正直、タワーマンションの人々が相手だとわかったときに、勝ち目がないと思ってしまった。だって、すごい人数だし、きっとみんなお金持ちだし。

「おぎー、堂々と! 詩のこと好きなんだから!」

 中道さんの声援が響き渡った。そうだ。魔力が弱いとか言われてへこんでいたけれど、僕は好きで詩を創っている。ある意味、悪魔がどうなろうが知ったこっちゃない。

「わかった。詠みたい詩を詠むよ」

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