お昼寝ミウ、海に行く(3)

「あ……あの……リムリム、そろそろ海に向かってレッツゴー! したいな……なんて」

 

 我が家のソファの隅で哀れ、浮き輪を持ったまま所在なさげに小さくなっているリムリムなど目にも入らない様子で、村松さんとひふみちゃんはリビングのど真ん中にて火花を散らしていた。


 真っ赤な炎のCGでも似合いそうな様子で、睨み付けている村松さんに対し、ひふみちゃんは立ったままジャスミンティーを優雅に飲んでいる。


「あらあら、ミス・ムラマツ。どうなさったの? リムリム様も来たことだし、皆さんで仲良く海に行きませんこと」


「……さっきの何なんですか」


「あら『さっきの』って? 私、察しが悪くてよく分かりませんわ」


 うわあ……ひふみちゃん、めちゃ煽ってる。

 村松さんは引きつった笑みを浮かべると、ひふみちゃんににじり寄った。


「あらあら、メス豚の脳みそでは人間様の言葉は理解できないようね。それじゃあ西明先輩も内心馬鹿にしてるんじゃないの?」


「ご心配、感謝致しますわ。でも、お姉様とは毎日最低3回はキスして、お風呂も一緒に入ってますの。もっと言うと2日に1回はベッドで同衾してますわ。お姉様、とっても暖かくて、私も心地よく眠れてるので感謝です」


 うおお……村松さん、まさに「ギギギ……」と言う歯ぎしりが聞こえてきそうな表情だ。

 って言うか、ひふみちゃん話し盛りすぎ!


「あのさ、ひふみちゃん。お風呂は入ってないでしょ。ベッドには勝手に潜り込んできてるんじゃん。キスはそうだけど……」


「そうなんですか!?」


 目尻や目頭が裂けるんじゃ無いかと思うくらい、目を見開いて私ににじり寄ってきた。

 怖い怖い!


「きゃっ。お姉様、人前でそんな秘め事を話すなんて、恥ずかしいですわ……ふふっ、でもお姉様、毎回すっごく情熱的なんですもの」


「こ、こ、このメス豚……」


 そう言うと、村松さんは顔面蒼白のまま私を見ると、突然「先輩、失礼します!」と言うと、私の頬を両手で挟んで……キスをした!


 は、はああ!!

 ちょ……何やってんのよ、この女!


 私は目を白黒させていたが、次の瞬間村松さんの顔が凄い勢いで離れた。

 

 ほっ……

 と、安心したのもつかの間、村松さんの背後に見えるひふみちゃんの表情は、まさに顔中から殺気がダダ漏れ、って感じだった。

 

「……ミス・ムラマツ。ど、どういうことなのですか?」


「あら、これでおあいこじゃ無いですこと。ミス・メス豚さん」


「こ、この野郎……私だって唇はまだなのに!」


 それを聞いた途端、村松さんは勝ち誇った表情で「ほほほ!」が似合いそうな仕草で笑った。


「あらあら、これは愉快ですわ。メス豚さんは大嘘つきさんだったのですわね。キスってお耳にするものでしたっけ? 私、察しが悪くてよく分かりませんわ」


 怒りで顔面蒼白のひふみちゃんに気を良くしたのか、村松さんはさらに「おほほ!」と笑って続けた。


「あ、ちなみにお風呂の事ですけど、それでしたら私も社員旅行で先輩と一緒に入りましたわ。先輩、スレンダーだけどとっても綺麗なお肌で見とれちゃった。あなた、先輩の身体のホクロの場所、分かります? 良ければ教えてあげますわ。一緒に入った30分間、隅から隅までガッツリ観察したので、スケッチできるくらい完璧! さらにその夜、こっそり一服盛った睡眠薬で先輩がぐっすり寝てる間に、こっそりお布団に入って抱き枕にさせてもらったの。ああ……気持ちよかった」


 ちょ……そんな事してたのかよ! コイツ。本気でヤバい奴じゃないのよ!


「あ、それだけじゃなく、私の『西明美海秘蔵コレクション』の中には、先輩の下着も……って、キャッ!」


 村松さんをナインが後ろに引っ張ると、その直後村松さんの顔があった場所にひふみちゃんのパンチが空を切った。


「ちょ……なにすんのよ、このメス豚ゴスロリ!」


 だが、ひふみちゃんは返事をせず、俯いたまま肩を振るわせるとそのまま小さく笑い出した。


「ふ……ふふ……うふふふ」


「な……何よ! 気でも変に……」


「ミス・ムラマツ、そろそろ静粛に。あのモードのサーティンはマズい」


「へ?」


 と、村松さんがナインの方を向いた瞬間、ナインは閃光のごとき早さで村松さんの頬の前に手を出すと、その直後ひふみちゃんの拳が凄い音を立ててナインの手に飛び込んだ。


「ナイン、手出しは無用」


「ダメだ。私は海を楽しみにしている。殺人が発生したら海どころでは無い。あと、美海様も惨殺は好まない」


「大丈夫。死体の処理は私がする。うふふふ、ミス・ムラマツ。私のお姉様を薄汚い唇と視線で汚した罪。マグロの中落ちのごとく……背骨、引っ張り出してやる!」


「ひ、ひええっ!」


 悲鳴を上げる村松さんを隣の部屋に放り投げたナインは、そこからひふみちゃんの目にもとまらぬ攻撃を防いだり攻めたり……


「ああ……みんな仲良く……リムリム、泣いちゃう」


 ちょ、ちょっと! 私のお部屋が!!

 二人の戦いの衝撃なのか、我がモデルルームのごときお部屋がどんどん廃墟と化していく!


「ちょ! 二人とも止め止め!」


「美海様、今のサーティンは暴走モード。美海様と言えど耳に届きません」


「じゃあ、部屋は廃墟で村松さんはマグロの中落ちになるわけ! そんなスプラッターな部屋、買い手も付かないじゃ無いのよ!」


「いえ、一つだけ方法が。美海様、私が『今!』と言ったら、何も言わずサーティンにキスを。そして……」


 私はナインの言った言葉にポカンとした。

 はああ! そんな事……言えるか!

 と言いたいけど、言わなきゃこの我がお城は哀れ、スプラッター映画もかくやのおぞましき部屋に……

 それだけはヤダヤダ!


「美海様……今!」


 そう言うと、ナインはひふみちゃんの一瞬の隙を突き、彼女を抱きしめた。

 ええい……もうどうにでもなれ!


 私はひふみちゃんににじり寄ると、そのまま唇にキスをした。

 しかも……舌まで入れてやったぞ! こんちくしょう!

 

 ってか、なんで私は女子としかキスしてないのよ!!

 イケメンはどうなってんの!


 そのまま心の中で10数えた後、唇を離すと「お……姉様?」とつぶやいて呆けた表情を浮かべるひふみちゃんに向かい、私は渾身のキザな表情を作って言った。


「本当にうるさい唇ね。これからいくらでも塞いであげる。だってあなたとナインは私の女でしょ?」


 ん? なんかナインの言うがままとんでもない事をしゃべらされてる気が……

 だが、効果抜群だったようでひふみちゃんは顔を茹でたこもかくやの真っ赤な顔をして、瞳を潤ませたまま「強引なお姉様……好き」とつぶやくと、そのまま後ろに倒れ込んだ。


「ふむ、気絶したようですね。ではこのままコイツを車に乗せて、我々も海に行きましょう」


 そう言うと、ナインはひふみちゃんを軽々と抱え上げた。


「ね、ねえ! そいつも一緒に行くの!? 目覚めたら私、中落ちにされちゃうじゃない!!」


「ご心配なくミス・ムラマツ。サーティンは『自分の方が満たされた。勝者だ』と確信しています。なので、あなたに対しても寛容になるかと」


 そして、私をチラッと見るとナインは無表情のままで言った。


「先ほどのお言葉、有り難く頂戴します」


「はへ!?……あれは貴方が言わせたんでしょ」


「はて? 記憶にございません。ただ、我々にとって美海様のお言葉は、プログラムと同様の強制力がございます。先ほどのお言葉しかと胸に刻みました故」


 いやいやいや! 刻みました故、じゃねえっつうの!

 何、私が2人を強引に物にしました感を出してんのよ。

 そもそも斗真様のようなイケメンとお付き合いするぞ! ……と思ってるのに、なんでこの半日で3人の女子とキスしてんのよ!!


 ま、まあいい。

 やっと海に行ける。

 このまま夏が終わるかと思ったよ!

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