第1章:夢見るわたしと千客万来
美海の華麗なる休日
ああ……優雅だ。
大好きな入浴剤の香りに包まれながら、タブレットで投稿サイト「ヨミカキ」に昨夜投稿したばかりの我が新作を鑑賞する。
小窓からは朝の穏やかで優しい光がまるで、光のシャワーのように降り注ぐ。
む! 今の「光のシャワー」って……才能のきらめきを感じた!
これはぜひ近況日記に投稿しよ。
こういう些細な所で、編集者様がこのダイヤの原石を発掘する切っ掛けになるんだから。
ああ、いいなぁ。
お休みの日の朝ってどうしてこんなに感性が冴え渡るんだろ……
お陰で昨夜も泉のごとく創作意欲が湧いて湧いて、早速「異世界転生した美少女作家の卵がイケメン王子10人に愛されて、空想を実体化する能力も開花して世界を救っちゃった! 職場の嫌な女上司もおこぼれに預かろうとしたけどもう遅い!」なんて、お昼寝ミウ先生の最高傑作の連載も始めちゃったし……
これ、トレンドのテンプレを全て抑えてるんだよね。
今朝2話目投稿したけど、今頃PV5万くらい行ってんじゃ無い?
うし! 目指すはお星様7万だ!
「美海様。よろしいでしょうか」
む、せっかくトップランカーへのプランを練ってたのに邪魔しおって、ナインめ。
あの1週間前から居候している、顔と手足以外グロ画像のアンドロイドは正直言って……役立たずだ。
洗濯させれば「動かないので修理しました」と言って洗濯機をバラバラにするし、料理を作らせれば揚げ物をガソリンで揚げようとするし……気付くのもうちょっと遅かったら、この才気溢れる美少女が黒焦げになるところだったわ!
お陰で洗濯機届くまでコインランドリーばっかだし!
ハッキリ言って、ヤツがここまでやってるのは私の唇を1日1回奪っていることだけだ。
しかもしかも! 毎日キスしてるせいでちょっと……気持ちいいかも、と思うときがあるのがまたムカつく!
「美海様。お返事をお願いします」
「何! 私は今、創作活動で忙しいの! くだらない用なら後にして」
ナインは浴室のドア越しにかかしの様に突っ立っているのが影で分かる。
「くだらないかどうか判断しかねております。美海様の携帯がずっと鳴ってるのです」
「え!? 嘘! それって加納君?」
わが社の誇るイケメンで、私と同じ部署にいる加納君。
飲み会で酔った振りして強引にラインのIDを交換したけど、もしかして……デートのお誘い!
「いえ、違います。そのような文字ではありません」
「じゃあいいわ、ほっといて」
「ですが美海様……さっきから10分近くもずっと鳴っております」
「ほっといてって言ってんの。最近、住宅メーカーの営業からそんな電話がしょっちゅうなの。あ、何ならあなた出といてよ。で、こう言ってちょうだい『戸建ての購入は考えてません。おととい来やがれ』って。分かった?」
「かしこまりました。何なら先ほどの美海様の声を録音したので、それで返答しておきましょう。私も気が利くのです」
「自分で言っちゃおしまいね。オッケー、そうしといて」
ナインはそのまま浴室の外にやっと消えた。
やれやれ。
全く、来年の今頃にはベストセラー美少女作家になる私の創作を邪魔しおって。
ああ……どうせ未来から来るならもう一体イケメンを派遣してくれないかな。
そしたら、速攻メ〇カリであのポンコツアンドロイド売り払うのに。
物好きもいるだろうし500円くらいで買ってくれるかも……
「美海様。追加の報告になります」
「いきなり声かけないでよ! ビックリした!」
「何か考え事でも?」
「あなたをメ〇カリに売る……いやいや、あなたとどこかカフェに行きたいな~って考えてたの。で、なに?」
「それは有り難うございます。今からでも空いてますのでぜひ。その前に報告よろしいでしょうか」
「ああ、さっきのあれね。住宅の営業は追い払えた?」
「それが、先ほどの美海様の音声を再現したところ相手はこう言いました『仕事をずる休みしたあげくに暴言なんてさすが我が部署のエースね……早く出勤しろ、あんぽんたん!』と」
「……へ?」
気がついたら浴槽から飛び出して、ドアを開け放ちナインの前に仁王立ちしていた。
私に……何が起こってるの、神様?
「美海様、全裸で迫ると言うことは私と『コイビト』または『フウフ』に発展した関係性を結びたいと言う事でしょうか。私はやぶさかでは……」
「携帯見せて!」
ナインが差し出す携帯を文字通りむしり取ると、画面を見る。
着歴はまるでストーカーのごとく1……2……30件。見るとラインも40と言う数字が……
もちろん全て、我が部署の
若干35歳で部長職。
しかも密かに女子社員のファンもいるほどの美貌と言う一見完璧超人だが、とにかく仕事に厳しい。
私も日々コテンパンにされてるので、最新作では思いっきり私の魔法にボコボコにされるキャラにしてやった。ざま見ろ……なんて言ってる場合じゃ無い!
なんで……私、有給じゃ無いの?
そうだ、きっとあの人勘違いしてるんだ! そうに決まってる。
うし! 誤解が解けて謝ってきたら余裕の声で「お気になさらず。誰だって間違いはありますわ」と返してやろう。そうしよう。
そして、ナインは私をビビらせた罪で本日のキスは無しだ。
勝手に飢え死にしろ。
急に力が湧いてくるのを感じながら電話をかけ直すと、2秒後に「お疲れ……」と、あらゆる感情が消え去ったかのような小林部長の声が聞こえた。
「あ、あの……こ、こばや……部長? 私、今日有給だと思うんですが……」
「ああ、明日の有給の事ね」
「はへ?」
「美海様、私のコンピューターに記録されたカレンダーにも、明日の日付に『美海の素敵な有給休暇♪』と書かれております。良ければどうぞ」
と、頼んでもいないのに両目からプロジェクターの様に光が出て、私の部屋のカレンダーを映し出した。
そこに写っていたのは……私の破滅を示す映像だった。
「えっと……部長?」
「何? 私への暴言の説明も含めて社でゆっくり話を聞くわ。あ、戸建ては売りつけないから安心して」
「えっとですね……実は私、今朝からペストとコレラと腸チフスにかかっちゃって……うう! もう歩けない! 苦しい……なので、今日は……」
「美海様、ご安心ください。先ほど分析したところ美海様の体内からは、昨夜ボトル1本摂取したウイスキーのアルコール成分と消化済みの焼き鳥15本分の栄養素しか確認されませんでした。美海様が心配される病原体は欠片もありません。歩けない点については私がお連れします」
「ばか! 余計なことを言うな! バレるでしょうが」
「良かったわ、そんなに馬鹿みたいにウイスキーを飲めるほどの元気さなら問題なく出勤できそうね。嬉しいわ」
「え、そうですかね……えへへ」
「皮肉も分からないなんて……アンポンタンか!! 今すぐ来なさい! 10時には会議! あんたがリーダーなんでしょうが!」
携帯が壊れるのでは、と思うくらいの剣幕で怒鳴り散らかした後電話は切れた。
げえっ! って言うか会議だった!?
「ヤバいヤバい! ねえ、ナイン。あんたタクシーとか呼べる? 今すぐ。職場まで10分で連れてってくれるヤツ」
「私のコンピューターは通話機能もあるのでタクシーを呼ぶことは可能ですが、どう急いでも到着は10時50分になります」
「それじゃあ手遅れ!」
「では……奥の手で私の来た未来にアクセスして、高速移動可能な乗り物を手配しましょう」
「え! そんな事出来るの」
「今から呼びます」
おお……このポンコ……いや、美少女中々使えるじゃない。
そして、人間やれば出来る物ですでに私も準備万端に近づいている。
まあ、大遅刻しといて万端も何もないけどさ。
「手配完了しました。もう数分で到着します」
「ありがと! なに呼んでくれたの?」
「はい。軍用の戦闘機で最高持続マッハ4です。これなら職場まで2分……」
「どこの世界に戦闘機で出勤するOLがいるのよ! 会社ぶっ壊す気!」
「確かに美海様の10時に間に合う確率は98パーセントですが、この近辺と社屋が大部分損壊する確率も等しく98パーセントです。良ければ私が操縦を……」
「話聞いてるのお馬鹿! 戦闘機は無し!」
「かしこまりました。では私が僭越ながら美海様をお連れしましょう。準備はよろしいですか?」
「へ? 準備は出来てるけど何を……って、きゃあ!」
言い終わらないうちにナインは私をお姫様抱っこした。
う……産まれて初めてお姫様された……
どうしよ、ドキドキする……
「美海様。今から飛びます。念のためハーネスで固定するのでご了承を」
そう言うと、ナインは服をまくり上げて……うええ……下のグロ、じゃなく回路からハーネスを出して私に固定した。
なに? 何が始まるの?
「では行きましょう」
「あ、あの……一体何を……って……ぎゃああ!」
私が言い終わらないうちに、ナインは私を抱えたままアパートの屋上に飛び上がり、そのままアニメの忍者みたいに家々の屋根を走っては跳び、走っては……って、おええ!
き、気持ち悪い……怖い。
そうして、10時丁度に着いたもののその頃には私は気を失っていたらしく、気がついたら会議室の床に寝転がっていた。
後輩に聞いたらいきなり窓から私の身体が投げ込まれたらしく、場は中々のパニックだったようだ……
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