お昼寝ミウ、絶叫する(前編)
「ねえ、ねえ、ねえ! ナインってば、ちょっと来なさいよ!」
さっきから何回も呼んでるのに全然来ない。
なにやってんのよ、あの馬鹿アンドロイド!
2時間ほど前に唇を奪われたから充電バッチリのはずでしょうが。
すると、少ししてから部屋の外から声が聞こえた。
「美海様、遅くなって申し訳ありません。道に迷ってしまい」
「引っ越したばかりとはいえ、4LDKでどうやって迷子になるのよ。神がかってるわね……お呼びだから呼んだの! 入ってきて」
「かしこまりました」
そう言うと、次の瞬間とんでもない破壊音と共に、ドアが外れて悠然とナインが入ってきた。
「ちょっ! 何やってんのよ!! 何でドア壊してんの!」
「失礼致しました。開け方が分からなかったもので」
「ああ~!! 引越ししたばかりなのに~!」
新築の芳しい香り漂うぴかぴかのドアが見るも無残な板切れと化してしまった……
そう、ナインが新聞のしつこい勧誘員に対して、何の前触れも無くライフルを乱射しはじめたせいで、前のマンションを夜逃げ同然に引っ越す羽目に合ったのだ。
畜生め。
渾身の憎悪を込めて睨み付けた私に、ナインはおなじみの無表情で言った。
「大丈夫です。直しておきます」
「アンタなんか信用できるわけ無いでしょ……あんぽんたん!」
「あんぽんたんですね……では今日から私の名前はそちらに登録しなおしておきます」
「違う! これは罵声! 説教! ドアの修理はもういい! とっとと入ってきて」
「かしこまりました。ところで何の御用でしょう」
「用は二つある。あんたってこういうネットに載ってるペンネームから住所とかって分かる?」
だめもとで言ってみたのだが、ナインはこともなげに言った。
「ハイ。可能です」
「え!? ホント? ……よっしゃあ! じゃあさじゃあさ、二つ目なんだけどコイツとコイツの家に行って、拷問にかけて欲しいんだよね。このペンネームの二人を」
「ほう。拷問とは物騒ですね。ふむ……この画面に出ている『しゃりしゃり』と『北海つかさ』と言うお二人ですか。ところでこのサイトは、美海様が華々しい活動をされている小説の投稿サイトではありませんか」
「え? 華々しいなんて、あんたもこの天才作家と触れ合って、本質を見る目が……」
「おかげさまで『心にも無いお世辞』と言うものを覚えました。美海様のお陰です」
……この野郎。
「所で何かあったのですか? いくら美海様が統計上、この街で上位のお心の狭さをお持ちの方とはいえ、何の罪もない作家を拷問するほど堕ちては居ないはず」
「こいつらは許されない大罪を犯したの! この西明美海様を愚弄したんだから」
「何となく予想はついてきましたが、事情をお聞きしても?」
「もちろんよ。私ってさ、才能の割に作品が正しく評価されて無いじゃん?」
ナインは無言だが構わずに話す。ポンコツ機械に芸術の評価なんて高度な思考はないだろう。
「この前完結した渾身の一作は一ヶ月かけて私史上初のPV20の大台に達したけどさ」
「何話書かれたのですか?」
「……36話……って、生意気に突っ込んでこないでよ! 4LDKで道に迷うくせに。でも星は結局ゼロだったの。星が付かないとお金にならないし、ましてや書籍化なんて夢のまた夢」
「あ、まだ美海様の中で書籍化は目標だったのですね」
「当たり前でしょ。でも星が付かないから不満なの。本来は入れ食い状態でガンガンだったのにさ。だから今回の新作『手のひらの火柱』は気合入れてるわけ。初の百合サスペンスだしね。お星様もどうしても欲しいから、ちょっと工夫したのよ。あらすじの所に『お星様くれないと、エタっちゃうかも♪』って入れてみたのよ! どう? いいアイデアだと思わない?」
「ほう」
「いいアイデアでしょ! で、早速第1話投稿したら、コメント2件ついてたの。もう喜んで見てみたら……ああ、ムカつくから二度と見たくない! あんた読みなさいよ」
「では失礼して……ほう『勝手にエタれ』『星を強要するのは規約違反です』とコメントが付いてますね」
「付いてますね、じゃない! なんなの! これってネットリンチじゃない? 私が女子の書き手だからって、こんなイジメみたいな……だから、復讐してやるの! 早速住所を調べなさい!」
「美海様、もちろんこのお二人の住所を調べるのはやぶさかではありませんが、オススメしません」
「何でよ? 正義の天誅を食らわせてやらないと」
「それを行うと、96パーセントの確立で美海様は懲役刑となるでしょう」
「へ? な、なんでよ。あなたならコッソリとばれない様に……」
「美海様はこのお二人の……まあ、正当性の高いコメントに対して、中々リスクの高い内容を返信しておられます。『あなたに私のセンスが分かるわけない。近々天罰が下るからね! あの世で後悔なさい』『規約違反の証拠はどこにあるの? 許されざる暴言! 夜道に気をつけなさいよ。殺殺殺!』はむしろ美海様が脅迫罪による法的天誅を下されるかと」
「え……そう……なの?」
「はい。現時点でリスクは高いですが、ご指示の通りお二人に何かしたら、小学生でも美海さまが何かしたと気付くでしょう。後、このサイトにもぐりこんでみたのですが、北海つかさ様の方は運営に訴訟を匂わせるメールを送っています」
ナインの言葉に冷や汗が背中を伝うのを感じた。
ちょっと……やばい?
「こ、怖がってはいないからね! 念のため……あなたの知識を試すために聞くけど、私はどうすればいいと思う?」
「はい。まずお二人に対して謝罪文を送り、二度とこのような事をしないとお伝えすること。これで今現在、通報されるであろうリスクが10パーセントまで減少します。文章は私が考えます。運営に送られたメールはまだ読まれていないようなので、こちらでネットワークに侵入し破棄しましょう」
「……た、たまにはあなたの意見を尊重してあげないとね。せっかく私を守るために来たんだから。仕方ない。……今回だけは特別にあなたの意見を受け入れてあげる」
「恐縮です。では褒美として終了後にエネルギー補給のキスを頂けると嬉しいです。ディープキスの方で」
「ディープでも何でもしてあげるから、速く進めて! 逮捕なんてヤダからね!」
※
こうして何とか難を逃れた私は、ナインによるディープキスからの放心状態の後、のそのそと外出し、現在は近所のカフェに来ている。
アイツめ……段々キスが上手くなってる……このままだと性癖が歪んじゃうじゃないの!
さっきなんて奴が「充電完了しました」って唇を離したとき、思わず「はい……」って、呆けた返事しちゃったし!
そういえば、今回なぜか今まで眼中にも無かった百合物を書こうとしてるのも、冷静に考えるとぞっとする。
まさか毎日ナインと何回もキスしてる影響……
その考えを首を振って追い出すと、気を取り直してテーブルの上でノートパソコンを開く。
「美海様、なぜ自宅で作業されないのですか?」
「分かってないわね。やっぱり作家と言えばカフェでの執筆でしょ! 今まで家だったから才能が開花しきれなかったの。こういうお洒落なカフェで執筆すれば、この「手のひらの火柱」は名作に……」
そう言ってほくそ笑んでいると、突然頭の上から「ねえ、お二人さん。暇?」と男性の声が聞こえてきた。
すわ! ナンパ! と喜びいさんで顔を上げると、そこには私の小説だと登場5行で殺されてそうな、頭の悪そうな茶髪の男二人が居た。
うん、全然好みじゃない。
「すいません。忙しいので」
そう言って、執筆の続きをすべくキーを叩くと、男の1人が覗き込んできた。
「あ、これって小説? うわ! マジで。読ませてよ」
そう言いながらも目は明らかに馬鹿にしている感じだ。
ふざけるな!
「あ~、せっかくベストセラーが生まれそうだったのに……」
私はそう言うと二人をキッと睨み付けた。
「羽よりも軽い脳みそを持ってるっぽいお二人さん。ここで土下座して『天才美少女作家様の執筆の邪魔をしてすいません』と言ったら見逃してあげるけど」
そう言うとチャラ男二人はにやけた笑いを浮かべながらも、目が真剣になった。
「なに、コイツ? 俺ら馬鹿にしてんの?」
「あら、お馬鹿のクセに察しがいいのね。驚いちゃった。土下座はしないの?」
私の啖呵に周囲の人たちは遠巻きにしているのが分かる。
ふふふ……気持ちいい。
「なんて勇気のある女の人なんだ……」と言う声が聞こえてくるかのようだ。
可愛そうな馬鹿男二人組。
あなたたちはもうすぐ隣に居るナインに瞬殺される運命なんだからね。
「さあ、ナイン。遠慮しないでコイツらをボッコボコに……って、あれ?」
ナインが……いない。
あ、あれ? あれれ?
店内をギョロギョロ見回すけどどこにもいない。
「ちょ……ちょっと! ナイン、どこ行ったの!」
「ねえ、お姉ちゃん。ここだとみんなの迷惑だから、外行こうか。裏に車停めてるし」
「あ、あの……やっぱり土下座はいいです。私、急用を思い出したので……」
「そうなんだ。でも俺らはあんたに用があるんだよね」
そう言うと、左側の茶髪が私の腕を掴んで店の外に引っ張り出した。
うそ……私……死んじゃう?
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