お昼寝ミウ、発掘される(1)
あらあら、まあまあ。
世間の労働者たちは今朝もこのクソ暑い……いやいや、何たるお下品な。
この天才美少女作家、お昼寝ミウともあろう者が。
しかし、平民の皆様この猛暑の中、良く頑張って通勤してますね、ご苦労ご苦労。
そんな事を考えながら、私はそれをベランダから悠々と眺めつつ、ジャスミンティーとココアを交互に飲む。
「ああ~! 他人がゾンビの群れみたいに仕事へ向かうのを見下ろすのって、何でこんなに清清しいんだろう。美海、幸せ!」
「美海様、ジャスミンティーの追加になります。ココアもそろそろ飲み終わりそうなので、淹れてきましょうか」
ベランダに設置したサイドテーブルにジャスミンティーの入ったグラスを置きながら話すナインの声に私は上機嫌で返す。
「あら? 気が利くわね。ナインにしては珍しく。隕石でも降って来るんじゃないかしら。どうぞ、ぜひお持ちになって」
「隕石がこの段階で地球に降ってくる確立は15パーセントですのでご安心を」
「何よ、その微妙に安心できない数字は。ものの例えよ。ほんと、融通利かないわね。ま、いいわ。会社員としての労働から解放された高等遊民たるこの私、そんな召使の粗相なんて笑って許してあげる」
「有難うございます。ですが、美海様はいつ労働から解放されたのですか? 会社に辞表など出されてるのは確認してませんが」
「近々するつもりよ。そうね……明日にでも出そうかしら。ナイン、出してきてよ。最近退職代行とか流行ってるらしいじゃない? あなたにそのトレンドを経験させてあげる。何せ天才たるこの私が、凡庸な者との会話に時間を割くのって、社会の損失だと思わない?」
「ご配慮、感謝いたします。ところで会社員としての労働から解放……とおっしゃられましたが、それはどういう? 美海様に労働していただかないと、我が家の経済面において深刻な支障が生じますので、気になります。もしかして、昨夜20時20分頃、突然パソコンの前で46分32秒ほどのた打ち回りつつ奇声を上げておられましたが、それと何かご関係が?」
「何が『労働していただかないと』よ、傍若無人なニートめ。その通りよ。昨夜、この西明美海の歴史に新たな! そして偉大な1ページが書き加えられたの!!」
「相変わらず作家志望とは思えぬほど貧困な語彙ですが、ニュアンスは把握しました」
「やかましい! ……ふん、まあいいわ。しょせんあなたも鉄の塊。至高の文学など理解しようが無いでしょう。かわいそうにね」
そう言って鼻で笑うと、私はスマホを取り出して私あてのメールの画面を開いて見せた。
「このメールを開いて見なさい。この『ヨミカキ編集者からのご連絡』ってタイトルのメール。これこそがまさに天才の発掘され……」
「ヨミカキとは美海様が活動されている投稿サイト。そこの編集者からの連絡……つまり投稿サイトからの追放と言うやつですね」
「違う! 何で私と言ったらまずそれになるのよ、アンポンタン! 至って誠実に慎ましやかに執筆してるだけでしょ。そうじゃなくて……」
ああ、もう!
しかたなく私はこのポンコツにメールを開いてみせる。
すると、ナインはしげしげとメールを見た。
「ほう。……これはこれは。美海様への書籍化の提案ではありませんか。おめでとうございます」
「もっと喜びなさいよ! この私だって昨夜ははしゃぎすぎちゃったくらいなんだからさ」
「飲酒をされている時は、いつもあのようなご様子でしたが。ではご指示の遂行を。わーい、うれしいな」
「もういい! 馬鹿にされてる気がする! 何はともあれ、これで私は大金持ち。もう二度とあんな悪魔みたいな上司の下、創造性をすり減らすような仕事をする必要はないの。好きな小説を日々書きまくって、毎日お酒と創造に浸る日々! そしてストレスから開放された楽しい生活を送るのよ」
「小説と小説家の全てに喧嘩を売るような、現実の見えなさは流石でございます。それはさておき、かなり展開が急ですね。今日の午後に会いたいなんて」
「他の出版社との争奪戦になると思ったんじゃないの? 一刻も早く契約しないと、他所に取られるか、契約金が数億円規模になると思ったんでしょ」
「なるほど、それで朝から優雅な時間をお過ごしになられてたと言う事ですね」
「そうそう。今朝は会社に『朝からバケツ1杯分の血を吐いたから休ませてくれ』って言っといたからバッチリ空いてるわ。と、いう事でナイン。あなたも同行しなさい。ここまでの貢献の褒美として私の伝説の始まりに立ち会わせてあげる。帰りにサイゼリカで田舎風の豆スープをご馳走してあげるから。あ、そうそう。ひふみちゃんにも声かけてくれない? せっかくだから彼女にもこの幸せをおすそ分けしてあげようかしら」
「あれは大好物です、有難うございます。ではサーティンにも連絡しておきます」
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