お昼寝ミウ、発掘される(2)

「美海様、あと30メートルで株式会社ヨドカワに到着です」


 ナインの言葉に私は頷くと、優雅な仕草で「ここでお停めになって」と言ってタクシーを停めた。

 そして「900円です」と言ったタクシーの運ちゃんに千円を渡すと、極上の笑顔で言った。


「おつりは結構よ、取っておきなさい。それでお子さんに美味しい物でも買って帰ってあげなさいな」


 そう言ってタクシーを降りて悠然と歩き始めた私の顔を、隣のナインは無表情でじっと見つめていた。

 

「美海様には珍しく広いお心。いつもは運転手が10円お釣りを少なく渡しただけで、走って追いかけようとしてたお方が。後、なぜこんな手前で降りるのです?」 


「ふっ、そんな事も分からないとは。この『令和に愛されし文豪』の召使いとして自覚を持ちなさい。当たり前でしょ。ここは天下の株式会社ヨドカワの本社30メートル手前。と、言うことはこの辺一体すでにヨドカワの手の者がわんさか居ると見て差し支えないでしょ。つまり……私の事をどこで値踏みしてるか分かんないって事!」


 そう言いながら私はナインに向かって渾身のどや顔を決めた。


「おお……何という艶やかで気品溢れる姿……あれがお昼寝ミウ。よし、我が出版社の総力を挙げて売りだそう! ってなるわけでしょ? そろそろ日本の出版界もスターを欲してるはず。その発掘のチャンスを与えてあげるのよ」


「なんと素晴らしいご配慮。では私は精一杯尽くしましょう。なので後ほどディープキスを」


「なにどさくさに紛れてキスしようとしてるのよ。今朝したばかりでしょ、却下。……所でひふみちゃんはどうしたのよ? 誘ったんじゃ無かったの?」


「サーティンは現地調査のため、先にヨドカワへ向かいました。16分前に終わったそうなので、本社前で合流となります」


「何よ、その現地調査って」


「はい。美海様は後の世ではVIPです。そのため美海様を狙う未来からの刺客による危険は続いています。そのため、美海様の行かれる場所は事前にトラップが無いか、脱出経路は確保できるか、火事や水害等のリスクは? 等々をチェックしているのです」


 あ、そうだった。

 私、狙われてるんだっけ。

 すっかり忘れてた……

 ってか、私そんなアメリカ大統領みたいな事してもらってたんだ……開いた口が塞がらないってこの事ね。


「ってか、毎回そんな事してたの?」


「はい。サーティンが来るまでは私が。今は交代制となりました」


「それはそれはご苦労様。でも、安心して。1年後くらいには湯水のごとく入ってくる原稿料で人員を増やしてあげる。セコルとかの防犯会社に頼んで」


「ご配慮、感謝します」


 ヨドカワ前に着くと、ナインの言うとおりひふみちゃんが相変わらずの存在感バッチリなゴスロリ姿とフリフリレースの日傘を差して立っていた。相変わらず紫が映えるわね……ってか、私より目だってる気がする!

 

「あら、美海お姉様とナイン。ごきげんよう」


 そう言ってスカートの両端を持ち上げてお辞儀をしたひふみちゃんに私は咳払いをして重々しい口調で言った。


「ねえ、ひふみちゃん。念のため言っとくと主役は私、この西明美海だから。それはゆめゆめ忘れないこと」


「もちろんですわ。美海お姉様のひた走る黄金の道。その麗しきお姿と輝きをこのひふみ、隣で受け止める準備は出来ております」


「ふむ、愛い奴め。よし、隣を歩くことを許可しよう。さて、では行くわよ!」


 そう言うと右にナイン、左にひふみちゃんを従えて私は本社の自動ドアをくぐった。

 ああ……目の前にレッドカーペットが見えるよう…… 

 

 ※


「美海様、書籍化の打ち合わせとはこのような所で行うのですか? 私のデータベースにも入っておりません故、中々貴重な経験です」


 うっさいわね、このポンコツ。

 それは皮肉か!

 

 内心悪態をつきながら私は、編集者と名乗る男性に案内された部屋……第18資料室を見回した。

 資料室と言いながら、周囲は乱雑に積まれた段ボールの山、山、山。

 その中に置かれた埃を被った机!

 こんな所、打ち合わせどころか不倫カップルがいちゃつくくらいしか出来ないっつうの!


「全然エレガントじゃ無いですわね。調査の時は一流ホテルのお部屋みたいな所で出版の打ち合わせをしてる方もいたのに」


「ふっ、甘いわねひふみちゃん。天下のヨドカワ社員も人の子。CIAやFBIじゃない。私の美少女っぷりと華にまだ気付いてないだけよ」


 そう言ってると、軽くノックの音がして先ほどの編集者の男性が入ってきた。

 

「すいません、お待たせしました。今日はよろしくお願いします。僕は西塔カナタと言います」


 そう言って渡された名刺をしげしげと見た。

 何とも変わった名前だな……芸名みたい。


「あ、今『変わった名前だな』って思ったでしょ? よく言われるんですよ」


 そう言って爽やかに笑う西塔さんに私はズキュン! と胸を射貫かれるような気がした。

 ふむ……さっきは変な部屋に通されてムカついてたから気付かなかったけど、よく見ると……イケメンだ。

 しかも私好みの優男風イケメン。

 

「すいません、こんなお部屋になっちゃって。丁度ヨミカキにおいて書籍化の検討をさせて頂いてる作家先生が複数名いらしてて、打ち合わせのタイミングが重なっちゃったんです」


 すまなそうに言う西塔さんに私はとびきりの笑顔で、小さく首を横に振った。


「そんな事おっしゃらないで下さい。このお部屋、私大好きです。始めて入ったときから感動しましたもの。ああ……伝統ある出版社の息吹を感じる、って……」


「美海様、先ほどまで『こんなゴミ置き場みたいな部屋に入れやがって』と言っておりましたが、瞬時に魅力を見出すとは流石の慧眼です」 


「やかましいポンコツ! って……こらっ、ナイン。そんな嘘つく子は……めっ! だよ」


「いやいや、本当にその通りですのでお気になさらず。……しかし、お昼寝ミウ先生すごくお綺麗な方ですね。正直驚きました」


「あら、そんな。西塔さんこそさすが超大手出版社のエリート編集者。本質を見極める目に長けてらっしゃる」


「いえいえ、そんな事はないですよ。では、そろそろ書籍化に向けて、今後の流れや先生の希望……例えば絵師さんは誰がいい、とか出版に向けた細かな修正点と言った事を詰めましょう」


 そう言いながら西塔さんはさっきからやたらナインとひふみちゃんをチラチラ見ている。

 そして私に熱い視線を。

 ふむ? これはどういう……

 

 は! さては、西塔さん……私と二人きりになりたい!?

 そうか……超大手出版社の敏腕編集者も人の子。

 才能ある美少女を前にして、オスの本能が黙ってないという事か……

 ふっ、全くこれだから男って。

 まあ、いいわ。

 そのささやかな願い、かなえて差し上げてよ?


「……コホン。ではナイン、ひふみちゃん。ここからは大事なお話しなので、しばらくの間席を外してくれない?」

 

 そう言うとナインとひふみちゃんは目配せをして、息ピッタリに西塔さんに向かいお辞儀をした。


「かしこまりました。では我らはここの向かいのカフェにて待っています」


「美海お姉さまとならともかく、ナインと二人でお茶など全然エレガントではないですが、了承いたしましたわ」


「では美海様、お茶してくるのでお小遣いを下さい」


「そうね……はい。無駄遣いしたらダメだからね」


「有難うございます」


 そう言って二人は一礼すると部屋を出て言った。

 ふむ、以外にスムーズだったわね。

 二人が出て行ってシンとなった資料室はやけに緊張感が増した。

 西塔さんが黙って私をじっと見つめているのだ。

 心なしか緊迫感がにじみ出ている。

 

 むむ……なんだ、この間は。

 まるで私を観察しているような。

 考えろ、西明美海。この間の示すものは……


 その時、突然私の脳裏に雷鳴のように一つの考えが浮かんだ。

 

 ……もしかして。

 

 私は目の前の西塔さんの心理をはっきり理解できた。

 心臓が酷く鳴り響き、手に汗をかく。

 だけど、今までの事実がこれなら全て繋がる。

 ああ、まるで今書いてる「手のひらの火柱」の一場面のよう。


 私は顔を上げて西塔さんの目を見つめた。


「……どうしたんですか? お昼寝ミウ先生。僕に言いたい事でも?」


 すでに目の前の西塔さんからは笑顔が消えている。

 やっぱりだ。この人の狙いは……

 だから人払いしたんだ。


「あの……私、この後空いてます」


「……はい?」


「西塔さん、私とお茶したいんじゃないですか? あわよくばその後、交際を前提としたデートとか。なので人払いをした。全て繋がりました。あのですね、私こう見えて意外や意外。彼氏いなくてフリーなんです。あ、同性愛者でもないです。ちょっと……ヤバイな、と思うことはあるけど。でも、あなたとならいいお付き合いができそう。ベストセラー作家と敏腕編集者なんて、ちょっと禁断っぽいのも燃えます。なので、今後ともよろしく……」


「……なるほど、そう来たか西明美海。こちらにあえてエラーまがいの情報を流し、混乱を誘う。二人をあえて追い出すのも高度な心理戦の一手。食えない女だな」


「……は?」


 どうしたのかしら、いきなり。

 まさか、この美少女に誘われてテンパってる?


「いつから僕の正体に気づいた? そうか、あのニセメールからすでに……あんな子供だましの内容でのこのこやってくるのでおかしいと思ったが。『クイーン』め、だから西明美海は甘くない、と言ってたのか」


「え、えっと……私、ちなみにトメダ珈琲のクロノワールが大好きなんです。良かったら一緒にシェアして……」


「死ね。西明美海」


「死ねですね、はい。そんなお店ありましたっけ……って、ひゃああ!」


 いきなり、周囲の壁を突き破って長くて細い……そう、色んな配線が飛び出してきた。

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