お昼寝ミウ、海へ行く(1)

「我、ひらめいたり!」


 そう叫びながら浴室を飛び出してリビングに入った私を、エプロン姿のひふみちゃんが怪訝な表情で見た。


「お姉様、どうされたんですの? 気でも狂ったかと……」


「んな訳ないでしょ! お風呂になんて入ってる場合じゃ無いわ。さっきね、長年悩み続けていた命題にやっと答えが出たの。なぜ、お昼寝ミウの作品は評価されないのか!」


「えっと……それは……」


 なぜか言いにくそうにしているひふみちゃんをチラリと見やると、私は胸を張った。


「それはね……読者様も人間だ、って事」


「はあ……」


 ポカンとするひふみちゃんに私は指を差して続けた。


「今まで私は『傑作だ! 愚民ども、読ませてあげるから泣いて感謝なさい!』と言うスタンスだったの。まあ、作品の質的にも間違いではないと思うけど、それじゃあ今時の平成から令和の若者は萎縮しちゃうのよ。ましてハイレベルすぎる作品をいきなり読まされてる訳じゃん。脳が感動しすぎてキャパオーバーしちゃってたのよ!」


「えっと……お姉様、2ついいかしら」


「ぬ? なによ、今とっても良いところなのに」


「一つ目は、ビーフストロガノフが焦げる危険がありますの。二つ目は……お姉様、全裸ですわ。しかも捕捉するなら……カーテンも全開ですわよ」


 あ……


 私は我に返ると、首も折れんばかりに窓を見た。

 今は……夜。室内灯は輝くばかりに……


「ねえねえねえ!! 何でもっと早く教えてくれないのよ! 外から丸見えじゃない! これじゃ露出狂よ! ってか、何指差してるのよあの男達!」


 ※


 ああ……酷い目にあった。

 もうお嫁に行けない……


 せっかく、斗真さん……だっけか?

 あんなイケメンとお知り合いになれたのに。

 

 そう。

 半月前、生意気なクソガキとそのお付きのイケメン斗真様と知り合って、お店に案内したのだ。

 お陰で眼福な時間を過ごせた。

 しかも、あのクソガキ結構な家の子供らしく、あの店の料理とリムリムの接客態度をいたく気に入ったようで、内輪に広めてくれただけで無く会社の食事会にも使ってくれるようになったのだ。

 おかげで、大繁盛……とまでは行かないが、当面経営に支障の無いレベルになった。


 それもこれも、私が案内したお陰。

 さっすが西明美海。

 運命さえも私を愛する。


 で、ナインはすっかりメイドが気に入ったのか、今日も今日とてリムリムのカフェにバイトに行っている。


「お姉様、今回ばかりは情報操作は間に合いませんでしたわ」


「……いい。仕方ない。その代わりアイツらの姿を見たら問答無用で首を落としていいからね」


「はいですわ」


「で、本題に戻るけど……それでひらめいたの。これからは『北風と太陽』でいく」


 そう言って私はビーフストロガノフを頬張りながらヨミカキ内の「執筆スペース」を開き、近況日記を見せる。


「あら? なんか……雰囲気違いますわね」


「でしょでしょ! 私にしてはすっごく歩み寄ったんだから」


「ふむ……『最近、みんなちっとも読みに来てくれない……ミウ、切ない。コメントも無いから寂しくて干からびちゃう。途中離脱も寂しいな……起きたら枕が涙でベッタベタ。もういいんだ、私なんて(涙)ミウ、焼き肉とPVが大好物なのに……みんなミウを見捨てないで(涙)』って……涙が凄いことになってますわね」


「どう! 良い感じじゃない? これ見たら、誰もが胸を打たれて仕事の合間でも100回くらい見るんじゃ無い? 『ああ……自分は、もしかしたら1人の天才を潰そうとしてたんじゃ無いか? 大変だ! 明日は1000PVくらい増やしてあげよう!』ってなるわよ」


「で……効果はありましたの?」


「分かんない。これからあるでしょ。ただ、そんな事だけに縋ってるわけじゃない! もう一つ。今度は、ストーリーも見直したの」


 そう言って私は新作のページを見せる。


「普通の男子高校生が美少女の落としたハンカチを拾ったら一目惚れされて、たまたま同じクラスだったわけ。で、Vチューバーをやってるその子の配信に出たら一気に人気が出て、それを知ったクラスの見下してた連中にすり寄られたけど、もう遅い! って突っぱねる。その後仲間から追放されたけど、配信で得た巨万の富で孤島を買ってスローライフを楽しんでたら、島民の女の子達からも好かれてハーレムを作るの。だけど、突然敵対勢力によってデスゲームに巻き込まれ……って奴! どう、完璧じゃないの! ミウ、天才!」


「えっと……お姉様。私……お腹いっぱいで。ビーフストロガノフでもいかが?」


「ふむ、頂こうかしら。ヒットの法則を完璧に満たしまくるけど誰も書こうとしなかった、まさにコロンブスの卵! さっきの近況日記との相乗効果で明日にはお星様500は行ってんじゃ無い?」


 そう気分良く話していると、玄関のドアが開いてナインが入ってきた。


「ただいま。美海様、サーティン」


「あら、お帰りナイン。丁度良かった! さっきまでひふみちゃんに私の見つけたヨミカキでのヒットの法則を話してたの。あなたにも教えてあげるわ。泣いて喜びなさいな」


「はあ……後ほどお伺いします」


 気の抜けたような口調でそう言うと、ナインは冷蔵庫からミルクセーキを出して飲み始めた。


「どうしたのよ、ナイン? 貴方にしては元気ないじゃん」


 私がそう言うと、ナインはポツリと言った。


「実は……リムリム様から、美海様とサーティン、私を含む5人で海に行かないか、と。泳ぎに」


「へえ、流石リムリムお姉様ですわ、オシャレ」


「それは私たちへの慰労って事?」


「はい。お店に協力してくれたお礼にみんなで遊びに行こう、と」


 ふむ、リムリムらしい粋な提案じゃない。

 それのどこに問題あるのよ。


「いいじゃない。何でそんな元気ないのよ?」


「私は、水着になれません故」


 あ……

 そうか。こいつ、服の下はヤバいグロ画像だったんだ……


「ほほほ! 私は問題ありませんわよ! 服の下も凄いんですから」


「うるさい」


「でもさ、水着にならなきゃいいんでしょ? 泳がなければ」


「ですが、リムリム様は『みんなで泳ぎたい』と」


「んなの、真に受けてどうするのよ! 泳げない、って言っとけばいいじゃん」


「そう……ですね。確かに。さすが美海様。一筋の光を見ました」


「そうそう! せっかくだから楽しむのよ!」


「はい。リムリム様にも参加のお返事をしておきます。『5人で海に行くなんて、リムリム幸せ!』と言われてたので喜ばれることでしょう」


「ぬ? ナイン、さっきもだけど言い間違えてない? 私とひふみちゃんとあなたとリムリムで4人でしょ?」


「いえ、5人です。ミス・ムラマツも同行するので」


「はへ? なんであの子が?」


「最近、ミス・ムラマツはリムリム様のお店の常連なのです。どうやらメイド姿の美海様をお見かけしたらしく、それ以降。巧みに美海様のシフトを避けて顔を出されてるので、気付かなかったのでしょう。その縁でリムリム様が声を」


「げえ! 村松さんに見られてたの!? ヤバいヤバい! ってか、あの子何で私を避けてんのよ!」


「ミス・ムラマツによると『メイド姿の西明先輩を見たら神々しさで消滅しそうになったから』と。出発は今度の土曜日9時です。楽しみで眠れそうもないのです」


「村松さん何意味不明な事言ってんのよ……まあ、いいわ。せっかくだからみんなで楽しみましょう」

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