お昼寝ミウ、海へ行く(2)
ああ……なんていい天気。
まさにこれから海に遊びに行こうという私たちを祝福してるかのようじゃない!
私はひふみちゃんの作ったハムエッグとジャスミンティーを頂きながら、フォークを指揮棒のように振りながら言った。
「本日天気晴朗なれども波高し!」
「美海様、波が高かったら泳げません」
「違う、ナイン。これはあくまでも私の心境! もっと高性能のAIでも装着なさいな。今から決戦に赴く海軍の心境に重ねてるのよ!」
「ただの海水浴を決戦と形容するなんて、流石大人気ウェブ作家ですわ、お姉様」
「……何か、素直に喜べない言い回しだけど、褒めてるんだよね?」
「はいですわ」
「ならいいけど」
「しかし、美海様かなり楽しそうですが、リムリム様やミス・ムラマツとの海水浴をそこまで楽しみにされているとは嬉しい限り。身体を全面的に隠す昭和初期型の水着を美海様に買って頂き私もご機嫌なのです」
「ぬ? それだけじゃ無いわよ! もう、信じがたいくらいムカつく事があったから、パッと遊んでスッキリしたいの!」
「それでそんな、薬がキマったようなテンションだったんですのね。昨夜『この野郎、殺す! 絶対殺す!』と連呼されていた件ですの? ヨミカキの」
私はフォークをハムエッグに乱暴に突き刺すと、大きな口を開け一気に頬張った。
「ひふみちゃん、ハムエッグとジャスミンティーお代わり! ……ありがと。そうよそうよ! その通りよ! 何なのアイツ。この前の北海つかさの訴訟や垢バン騒ぎが無かったら、あなたたち差し向けて、奴の血で海水浴場を真っ赤に染めてやったのに!」
「お姉様、キャラが変わってますわ」
「この清楚な美少女をそこまで暗黒面に落とす言葉の暴力だったの! この前、読者獲得に向けて近況日記書いたじゃん? で、新作も投稿したじゃん!」
「そうですね。あの『誰も読んでくれなくて寂しい。見捨てないで』と言う内容と、スローライフとデスゲームとハーレム……でしたっけ?」
「そう、それを投稿して昨日、レビューが付いたのよ。ヨミカキで投稿して以来初めて。すわ! 伝説の第一歩か! とワクワクしてると、いきなりタイトルに『ヨミカキへの興味を呼び覚ましてくれた一作』とか書いてるのよ! 有頂天で読んでみたら……ああ、ムカつくからあなたたち読んでよ」
「前回と同じパターンですわ……どれどれ……あらあ、これは……ねえ、ナインあなた読んでよ。お姉様、目が血走ってて怖いんですもの」
「では……ほう。『僕は正直ヨミカキへの熱意を失ってました。ウェブ小説自体止めようかと思うほど。でも、この作品を読んで気持ちが変わりました。あらゆるテンプレのごった煮みたいな設定からは、これをやっとけば人気出るだろう、と言う安易を極めきったような発想と、そこまでして人気が欲しい人いるんだ……と言う感動を与えてくれます。ある意味ファンになりました。今後も追いかけます』ふむ、良かったですね美海様、ファンが出来ましたよ」
「やかましい! この@bansro5022とか言う奴、サラッと愚弄しやがってさ。こいつの近況日記にわら人形に釘打った画像貼り付けてやろうと思ったのに、読み専だからできないし。きーっ、悔しい!」
「美海さま、今時『きーっ』なんて言葉使う方始めて聞きました。新鮮です」
「まあまあ、お姉さま。きっとこの方はお姉さまの作品の素晴らしさに嫉妬されてるんですわ」
「……そうなの?」
「もちろん。ほら、男の子が好きな女の子に意地悪するって奴。あれですわ。この彼も美海お姉さまの作品が素晴らしいのに、自分は足元にも及ばない……こうなったら足を引っ張ってやる! って思われたんだと思いますわ」
「でもでも! だったら全然PV伸びてないし、お星様もハートもつかないのは何よ!」
「そんな涙目で……それは皆さんが同じことを思ってるのでは? お昼寝ミウの作品の素晴らしさに圧倒されてるんですわ。それで同じ創作者として『自分が遠く及ばない傑作に星なんて与えたくない。自分の身近にこんな神がかり的な作品が生まれるわけが無い』って現実を認めたくないんですわよ」
「……そ、そうかな……えへへ」
なるほどね、そういう事か。
まったく、哀れな愚民共。
どんなに足掻いても神の与えた才能はどうにも出来ないのに。
「ふむ、それなら仕方ないわね。文才なき連中からの嫉妬に耐えるのも才能ある者の勤め。ふう……まったく、天才も楽じゃないわね。意地張らず素直にお星様つければお互い幸せなのに……う~ん、私には才能無い者の気持ちって分からないから困っちゃう」
「……そ、それはようございましたわ……」
「ま、せめてものプレゼントとして、凡庸なる者共へ神のお言葉をくれてやるわ。えっと近況日記に……っと『またヨミカキを震撼させる傑作を書いてしまい、皆様のお心を乱した事誠にお詫び申し上げます。ですが、皆様はどうか嫉妬の炎で己を焼かないで下さい。ミウ、泣いちゃいます。皆様に与えられた才能の範囲でヨミカキでの活動を楽しんでください。才能あるものに嫉妬しては人生損しますよ……』っと」
そうつぶやきながらせっせとご神託を入力していると、スマホの画面に村松さんからのラインが入ったので確認すると、私のマンションの前に来ていて、今から向かってもいいか? との事。
「おっ、早いわね村松さん。もちろんいいよ。待ってるね♪ っと」
そう入力するとものの数分もしないうちにインターホンが鳴ったので、ドアを開けるとどこのお嬢様! と言いたくなるような紺色を基調にしたトラッド感溢れるワンピースを着た村松さんが、満面の笑みで立っていた。
「おはよう、村松さん。凄いお洒落ね。本当によく似合ってる」
「え!? いえいえ、西明先輩には全然及びません」
「ふふっ、相変わらずお上手ね。さ、上がって。リムリムちゃん、渋滞でもうちょっとかかるらしいからゆっくりして。何か飲む?」
「あ……先輩の好きなもので」
「じゃあジャスミンティー淹れるね。あ、そこのソファに座って」
「はい! ……所で、先輩今日はどのような……水着を?」
上目遣いで恥ずかしそうに尋ねる村松さんに、ジャスミンティーを淹れながら答える。
「ん? 私はフリルのついたワンピースの奴。村松さんは?」
「わあ、嬉しい! 私もそうなんです! って言うか、先輩の水着見るのほんと~に楽しみです! この日のために連射機能充実のスマホに買い換えたんですよ。印刷して自宅の壁に……ああ、でももう貼るところ無いんだった。ホワイトボード買ってこなきゃ」
おい、今この女サラッとヤバい事言わなかった!?
何よ、貼る所が無いって!
「さすがミス・ムラマツ。美海様の事が大好きなのですね」
「ええっ! そんな事……あります。って、お二人も早く到着されたんですね」
「いえ、我々は美海様の家に住んでます故、遅刻はないのです」
「へ? 先輩の家……住んで?」
「良かったですわね、お姉さま。愛に包まれて何よりですわ。……さて、お出かけ前に充電よろしいかしら?」
「あ、私もお願いします」
「へ? ちょ……村松さんいるんだけど!」
「私は気にしません故、ご安心を」
「私が気にするんだってば!」
そう抗議するが、ナインは構わず私にキスをした。
くそ……またディープな奴だし!
「へ……はああ!」
村松さんの絶叫が聞こえるが、その直後のひふみちゃんの耳へのキスで意識が半ば持っていかれている私にはぼんやりとしか聞こえなかった。
ああ……これ、なんて説明……って無理!
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