お昼寝ミウ、告られる
「村松さん、この前頼んだ資料はどうなってる?」
私の声に振り向いた部下の
「了解。じゃあそれ、私が巻き取っちゃってもいいかな? 丁度それに関係した資料も作ってたから一緒に提出したくて。だから、あなたは今までやってた仕事に集中して。急な業務でキツかったでしょ?」
「……いいんですか?」
「もちろん。じゃあそっちはもらうね」
「あ……有り難うございます!」
何度も頭を下げる村松さんに軽く片手を上げると、その足で先輩のところへ行く。
「宇佐美先輩、新商品のプレゼン用資料作成済みなので、後で確認お願いします」
「えっ! 早くない!? マジか~。ありがと、早速チェックしとくよ」
「西明さん、この前頼んだ会議用資料だけど……」
「はい。そちらは作成して、小林部長にメールしときました」
「もう終わったの? 助かったよ!」
そんなこんなでオフィスの中をアチコチ駆け回った後、やっと休憩時間。
やれやれ、やっとお昼ご飯……
「西明先輩。よかったら一緒に……お昼とか……」
先ほどの村松さんと彼女と仲の良い女子たちがニコニコと声をかけてきた。
「有り難う。でも、ゴメンね。ちょっと仕事で調べたい事があって。だから今日は1人で食べるよ」
「はい、じゃあ……また今度ご一緒してください。美味しいイタリアンのお店見つけたんです。すっごくオシャレで……西明先輩にピッタリの所だな……って思ってて」
「もちろん、こっちこそぜひ声かけて。楽しみにしてる」
そう言って笑顔でポンポンと村松さんの肩を叩いて、パソコンに向かった私の耳に端の方から、声が聞こえてくる。
「お前も西明さん見習えよ。あれくらいやる気あったら一気に伸びるぞ」
「小林部長と西明さんのお陰で、また売り上げトップらしいぜ、うちの部署」
私はそれらの声に聞こえないふりをしながら、目の前のパソコンに集中している……フリをしてニヤリと笑みを浮かべる。
ふふふ……今日もバッチリ。
全く、凡庸な愚民共。
みんな、この西明美海……いや、お昼寝ミウの遠大な計画など気づきもせず、無邪気なものよ。
そう。
この前の書籍化こそおしゃかになっちゃったけど、遠からず天才美少女作家として名を馳せることは確定済み。
その時に重要なことは、何と言っても評判と固定ファン!
私は書籍化になった後、こやつらは言うだろう……
(お昼寝ミウ先生、仕事も真面目で優秀でした!)
(我が部署のエースがこんな魂を震わせるような伝説的傑作を! よし、10冊買って親族みんなに配り歩こう!)
(あの西明美海さんが……優秀な社員と思ってたら、よもや天才作家としての顔も持ってたなんて! よし、我が社はこれよりお昼寝ミウ先生に対し社を挙げてサポーターになるぞ! 早速社員全員分購入して、配布しよう)
ま、この辺りは最低限得られるとして……
この程度の労力と引き換えに、社員数1100人! その熱烈な読者を手に入れられるなら安い物よ!
それにコヤツらの存在を手土産にすれば、編集者様も目の色変えて私に媚びを売るようになるはず……
美海、お利口!!
そして、今パソコンで調べているのはもちろん仕事の事なんかじゃ無い。
我が新作「ふわふわ、べちゃり」のPVチェックの時間。
……なぜかまた百合小説にしてしまったのが気になるけど……くっそ、あのポンコツ共め! 私の何かを歪めやがって……
まあいい、今回こそは大反響なはず。
何せ、ヨミカキのトップランカー達の作品からちょっとづつパクリ……いや、オマージュして作ったんだから!
すでに10話投稿済みだから、最低でもPV1000はあるでしょ。
……あれ? PV……5? このパソコン調子悪いのかな?
今度小林部長に壊れた、って言って新しいの買ってもらお。
スマホを見ながらパソコンをバンバン叩いてたら、村松さんが息せき切って駆け込んできた。
「あの……西明先輩!」
「はへ!? な、なに! どうしたの?」
私は慌ててパソコンをチョップしてた手を止めて笑顔で言った。
「な、なんか……分かんないんですけど、社屋入り口に自販機あるじゃないですか? それ……破壊しようとしてる女の子がいる、って! で、で……その子達『西明美海を呼んでくれ』って……か、関係……無いですよね? 先輩……」
なぜだろう……私はそいつらを……知っている。
ってか、あの2人以外に居ないじゃ無い! あの……ポンコツ共!
「ぜ、全然知らないわ。そんな野蛮人共なんて! でも、まあ私によく似た名前を呼んでるなら行けば何かの助けにはなれるかも」
「さすが先輩です! じゃ、じゃあ私もお供します」
心臓爆発しそうになりながら入り口に着いた私の目に飛び込んだのは、何故か自販機の側面を剥がそうとしているナインと、缶のサンプルの並んでる前面にパンチしているひふみちゃんの姿だった……
「……さ、戻ろうか村松さん」
「え!? 戻っちゃうんですか?」
「うん、アイツら最近よく聞く強盗グループなんじゃない? 危険よ。きっともう警察に連絡してくれてるわ。誰かが」
これは……ヤバい。
気付かれないうちに……
「美海様、お早い到着感謝します」
ナインの声が聞こえた……気がしたけど、聞こえない。
気のせい気のせい。
「あら、美海お姉様。丁度良かった。この機械、全然中身が取り出せないので困ってますの。でも、もうすぐ取り出せるので良ければ一本いかが?」
一本いかが? じゃない! 盗賊ども。
勝手に捕まってろ、私を巻き込むんじゃ無い!
ってか、なんで自販機の存在程度プログラムされてないのよ!
「西明先輩……あの人達、やっぱり先輩の名前……」
私は全身冷や汗を流しながら、村松さんの手を引きエレベーターに向かう。
「あ……先輩大胆ですね、手なんて。……でも……嬉しいかも」
「可哀想に……あの盗賊共幻覚を見てるのよ。別の美海さんと見間違え……」
「美海様。実はお伺いしたのは他でもありません。早朝5時58分26秒までサーティンとゲームしてたせいか、充電が切れそうなのです。そのため今すぐディープキスをお願いします。あの自販機から取り出した飲み物を差し入れにしようと思ったので、少々お待ちを」
目の前に回り込んだナインがペコリとお辞儀をする。
げげ……
隣に来たひふみちゃんも優雅にお辞儀をしながら言う。
「あ、私もついでにお願いしますわ。耳に……かぷっと」
く……く。
やはり逃げ切れずか……どうする。どうやってこのポンコツを切り捨てる……
その時、村松さんが血相変えた表情で2人に詰め寄った。
「な、何なんですか。ディープ……とか、耳に……とか。あなたたち、先輩とどういう関係なんですか!!」
「一緒に住んでます。そして毎日2~3回ほどディープキスを」
「同じですわ。私は1~2回かしら。でも、夜はベッドに潜り込んで……こっそりキスすることはありますわね」
げ! そんなことしてたのか!?
「な……な……」
村松さんは何故か分からないけどワナワナ震えている……ん? どうしたの……
そして村松さんは私を振り返りキッと睨み付けると、目の前に前に顔を近づけた。
あ、圧が……
「先輩! 私もキスしていいですか! 耳にかぷっ! も。あんなメス豚どもに負けたくないです!」
は、はああ!?
「む、村松さん……落ち着いて。どうしたの? あなた、今夜合コン行くんじゃ無いの?」
「あれは仮の姿です! 本当は……お慕いしてます! 先輩!」
「え……はへ!?」
すっかりテンパってしまった私と村松さんの間にスルッと割り込んだひふみちゃんは言った。
「乙女にメス豚呼ばわりなんてちっともエレガントじゃありませんわよ。それに……ふふっ、客観的に見てナインはともかく、私の美はあなたの追いつけるレベルじゃ……ありません事よ」
げげ……村松さん、顔面蒼白でプルプル震えてる……
「サーティン、私の分析ではミス・ムラマツの顔面レベルは基準マックス10のうち6.4。私は9.1なので雲泥の差だ。私も該当する。間違うな」
「あら、私は9.3なので私の勝ちですわね、ナイン」
「誤差だ」
ちょ……公開処刑……
「あ……あなたたち……トンカツにしてやる!」
そう言って村松さんが手を振り上げた! ……けど、ひふみちゃんが人差し指を村松さんの手のひらに当てた途端、ピクリとも動かなくなった。
「あ……あれ? うごか……ない?」
「無駄ですわ、ミス・ムラマツ」
そう言ってクスクス笑ったひふみちゃんは、村松さんに向かってフッと息を吹きかけた。
「きゃあ!!」
すると村松さんは、スッテンと尻餅をついた。
「ふむ、この子がミス・ムラマツ……ふ~ん、こういう事……」
「は? なに1人で納得してるのよ! この子が何か関係あるの?」
だけどひふみちゃんは私の問いに答えず、ニヤリと笑うと言った。
「さて、お姉様。何の飲み物をご所望です? さっき破壊したので取り放題ですわ」
あ! そうだった。この強盗どもめ!
「ご所望じゃ無いわよ! あれはお金を入れて買う物なの! 私たち捕まっちゃうでしょうが!」
「そうだったのですね。ほうほう」
ほうほう……じゃ無いわよ! ポンコツ!
「あら。それはお勉強になりましたわ。じゃあナイン、情報操作を」
「命令するな」
そう言うとナインとひふみちゃんは指パッチンをした。
すると……
「あ、あれ? 先輩? なんで私たちここに……オフィスにいたはずじゃ……あれ? この人達は……」
「え? 村松さん」
チラッとナインとひふみちゃんを見ると、ひふみちゃんはウインクをして、ナインは頷いている。
そっか……これが情報操作。
「え? 私たちずっとここに居たじゃ無い。今からイタリアン食べに行くところでしょ?」
村松さんはポカンとしていたが、やがてじわじわと笑顔になると元気に頷いた。
「はい! じゃあさっそく行きましょう! ……あ、でもこの方々は……」
「私たちは急な仕事の話で来ましたの。でも、もう用は終わったので。お昼休みなのに大変失礼致しましたわ」
そう言ってひふみちゃんはいつものスカートの両端を持ち上げたお辞儀をする。
「は、はあ……」
村松さんは戸惑いながらもお辞儀を返した。
ふむ……完全に覚えてないのか。
ってか、まさか村松さんが……そんな趣味とは……さっきの剣幕といいこれは気をつけないと貞操の危機……
ってか、あの自販機……は、し~らない!!
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