お昼寝ミウ、ネコ耳メイドになる(1)
「じゃあ一緒にね~。『あなたにラブをあげちゃうぞ。萌え萌え~キュン!』はい!」
ネコ耳を着け黒いメイド服を着た20台後半の店主さんは、そう言いながら両手でハートの形を作り、右足を上げて横向きになりながら可愛らしい声で言っていた。
それは心から楽しんでいる……いわゆる「ノリノリ」と言う奴だった。
……私、何やってるの。
ってか、ひふみちゃんも何ノリノリでやってんのよ。
案外似合ってるのがムカつくし!
なんか、ナインもいつもの無表情ながらもポーズ取ってるし。
私たちが居るのは某メイドカフェ。
今日から1週間、仕事の後やお休みの日にここで副業することになった。
……なぜこんな異次元空間に落ち込んでしまったのか。
真面目に語るのも馬鹿馬鹿しいけど、話は1週間前に遡る……
ってか、こんな固いノリじゃ無いとやってらんないって!
※
「ナイン、ひふみちゃん。心から感謝するわ。遠慮無く食べて頂戴」
とある土曜の昼下がり。
私はナインとひふみちゃんと共に、市内にあるメイドカフェへ来ていた。
え? 私がメイドカフェに興味があるのか? って!
何をいわんや。
私は欠片も興味なんてない。
だが、ひふみちゃんとナインが前々から興味津々だと言うのだ。
ホントにこいつら、アンドロイドなの?
人間より人間臭いんだけど!?
そう思っていると、ネコ耳を着け黒いメイド服を着た高校生か大学生らしき女の子が両手にハンバーグの皿2枚とジュースを持って、現れた。
「お嬢様方、お待たせしました。萌え萌えミックスジュースと、ピヨピヨ小鳥さんハンバーグ二つになります」
何が萌え萌えだと思いながら私は「有難うございます」と言って赤いジュースを受け取ろうとした。
すると、メイド少女は突然ジュースに蓋をすると「おいしくな~れ。萌え萌え~!」と言ってジュースを勢いよく振り出した。
ちょっ、なんなの!?
プチパニックになる私に構わず、萌えから程遠いパワフルなシェイクをした少女は、疲れなど微塵も見せずに「お嬢様、ラブがい~っぱい詰まりました」とねじが5~6本外れたようなことを言いながら赤から青に変色したジュースを置いた。
その後ナインとひふみちゃんの注文した小鳥型のハンバーグをテーブルに置いたが、ハンバーグのせいか小鳥の丸焼きに見えた。
でもメイド少女はそんなことに構わず、今度は「小鳥さんとリムリムの愛をた~っぷり込めちゃうぞ。萌え萌え~きゅん!」
そう言いながら、デミグラスソースを器用にいくつものハート型に書いた。
おお……凄い。
そんな寸劇の後、戻っていったリムリムの背中を見ながら私は二人のほうを見た。
「さて、じゃあ遠慮なく食べて。あなたたちのお陰で助かったわ。私を助けただけでなく、近い将来のヨミカキの至宝を守ったんだから胸張っていいわよ」
「感謝いたしますわ、お姉さま。じゃあ……頂きます」
「頂きます」
ひふみちゃんとナインはそれぞれ小鳥ハンバーグを食べた。
「美海様もアカウント停止を避ける事ができ、何よりでした」
ナインの言葉に私は苦々しい表情を浮かべた。
「まさか私の下僕とも言うべきファンから、あんな理不尽な仕打を受けるなんてね。美少女で才能もあると異性からも妬まれるのかしら」
「まあまあ、あれはお嬢様が……ねえ」
「しぇもんごめ! せっかくファン1号の特典に手形足形セットを送ってやろうと思ってたらまさか……私の近況日記に『最後のハートがミウさんらしくてウザ……』とか書いてくるとは! で、ちょっと苦情を書いただけなのになんで通報されなきゃいけないのよ。しかも運営も運営よ。こんな細やかな苦情に対して垢バンとかさ! イジメじゃない?」
「ですが、しぇもんご様の近況日記に対し25行にも及ぶ脅迫文を書くのは中々のものかと」
「あら、ナイン。私は気に入ってましたのよ? あの魂の篭った文章。特に『泣いて謝っても遅いんだからね! ばーか、ばーか』なんて、小学生でも浮かばない一文でお姉さまらしいエレガントな美文ですわ」
「ぬ? 何か、私って馬鹿にされてる?」
「まさか。私がお姉さまを馬鹿になどするはずありませんわ」
「ふむ、まあそうよね。とはいえ、あなたたちのお陰で助かったわ」
「流石にしぇもんご様の自宅に赴き情報操作。その後、ヨミカキのサイトへの侵入後、垢バン情報修正は骨が折れましたが」
「私、社員の情報操作も行いましたのよ。あの第12資料室の壁、まだ穴が開いてましたわ。お可愛そうに」
「誰のせいだと思ってんのよ。まあ何はともあれ助かった。で、そのお礼と思ったらまさかネイドカフェとはね……しかもひふみちゃんだけでなくナインまで」
「私もメイド、好きです。萌え萌え」
何が萌えだっつうの!
「私、前々からメイドカフェ憧れてましたの。まさにエレガントの極みでなくて? あの可愛らしい服。洗練された立ち居振る舞い。ああ……幸せ」
「あのセリフ、大好きです。萌え萌えきゅん」
「あなたの無表情で言われても興ざめですわ……って、あら? 私のピヨピヨハンバーグの羽が……ない」
「え? さっきナインが普通に食べてたけど」
私の言葉にひふみちゃんは、ムッとした表情で詰め寄った。
「ちょっとナイン! どういうことですの! 私のハンバーグなんですけど」
「間違えて食べちゃった。ごめんなさい」
「ゴメンですんだらお巡りなんていりませんわ! どうしてくれんのよ! 吐き出しなさい!」
エレガントさの欠片もない言葉で睨み付けるひふみちゃんを無視して自分のハンバーグを食べようとするナインに、ひふみちゃんはフォークでナインのハンバーグを突き刺してマルッと口に入れた。
「ほへれはんへんひてはへまふは(これで勘弁してあげますわ)」
口をハムスターのように膨らませて、勝ち誇った表情を浮かべるひふみちゃんにナインは冷ややかな表情を向けると、ひふみちゃんのハンバーグを取ろうとしたが、その動きを読みきったひふみちゃんはお皿をすばやくどかした。
「サーティン、そのハンバーグをよこせ」
「ひひゃれふは(嫌ですわ)」
「ならば力づくで取るのみ」
そう言ってナインとひふみちゃんは無言で攻防戦を展開していたが、そのうちひふみちゃんがハンバーグの皿を持つ手を滑らせて……
「あ……」
私が言いおわる前に、ハンバーグの皿は超高速でカフェの壁に当たり……穴が開いた。
※
「本当に申し訳ありません! 壁の修理代は弁償しますので」
店長の女性……先ほどのリムリムと名乗っていた少女だった! は、頬に手を当てると首を傾けて言った。
「あらあら、ご丁寧に。まあ壁の穴自体は今すぐにふさがるからいいんだけど……ビックリぽんよね。そんな可愛い顔して」
何がビックリぽんだと思ったが、流石にそれは言えずすまなそうに頭を下げた。
リムリムさんは壁の穴と私たちを交互に見ていたが、やがてハッと何かを思いついたような表情で私たちの顔をじっと見た。
やな予感……
「そうだ! 良かったらあなたたち3人、このお店でバイトしない?」
「はへ?」
私はポカンとした。
何言ってるんだ、この女。頭いかれてるのか。
そんな思いを余所に、リムリムさんはウンウンと満足そうに頷いた。
「そうよ! 修理代分だからそうね……明日も含めて今月のあいだに5~6回程度働いてもらえればいいわ。あなたたち、最初に見たときから可愛いな~萌えるな~って思ってたの! 私、可愛い子大好き! ね? ね? お願い! 最近、バイトの子が二人辞めちゃって困ってたの。助けると思って!」
そっちが本音か!
冗談じゃない! なんで私たちがメイドなんて……
「分かりました。喜んで引き受けましょう」
「私もですわ! 今後ともよろしく、リムリムのお姉さま。じゃあ早速メイド服をいただけるかしら?」
「はへぇ!? ちょっと……二人とも」
「うっそ!! 有難う~リムリム嬉しいな! じゃあ早速、3人分ね。持ってくるから待ってて」
そう言って目を輝かせると、いそいそと裏に引っ込んでいったリムリムさんを呆然と見送ると私は二人に言った。
「あのね……あんたたち!」
「ごめんなさいね、お姉様。でも私もナインもずっと……憧れてましたの。メイド。だって……ほら? 私達って機械じゃありません事? ああいう少女らしい世界に憧れちゃいます……ダメかしら?」
瞳を潤ませて話すひふみちゃんに、私はぐっと言葉を詰まらせた。
くく……からくり人形のくせに、泣き落としか。
「……分かった。じゃあ付き合うわ。元々は私の蒔いた種だし」
そう言った途端、それまでの哀しげな顔から一転輝くような笑顔になったひふみちゃんはナインに向っていった。
「さあ、ナイン。貴方みたいな鉄仮面には荷が重いでしょうけど安心なさい。私とお姉様がシッカリと萌えの神髄を叩き込んであげますわよ!」
「うるさい。私とて萌えくらい分かる」
これは……どうなるの!?
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