お昼寝ミウ、海へ行く(4)

「ドライブっていいね! 特にお友達とお出かけするのって最高! リムリムお友達居なくて1人ぼっちで出かける事多かったから、最高!」


「あの……リムリム。楽しげな言葉の中にサラッと静まり返るやつ織り交ぜるの止めようか。後、後ろ向くと危ないから」


「ゴメンね、ミウお姉さま! ああ……またやっちゃった……リムリム悲しい」


「あ、ゴメンゴメン! 冗談冗談。あなたには私たちがいるでしょ。ソウルメイトが」


 慌てて取り繕った私にリムリムは後ろを向いて言った。


「そうだよね! リムリム1人じゃないよね」


「だから前見ろっつってんの!」


 まったく……

 私はジャスミンティーのペットボトルに口をつけて窓の外を見た。

 リムリムの愛車であるタウンエースに乗り込んだ私たちは彼女の運転で、いざ海へと出発していた。


 着いたら泳ぐぞ!

 この日のために取って置きの水着を用意してるんだよね。

 ここでイケメンを捕まえて、もし金持ちだったらそのままなし崩し的に結婚へ……


「お姉さま、ニヤニヤしてどうされたのですか? 楽しいことでも?」


「あら、ひふみちゃん。察しがいいわね。せっかく海に行くんだからイケメン……おっと、沢山泳がないと損でしょ?」


 危ない危ない。

 隣には村松さんがいるんだった。

 彼女の前では品行方正で恋愛なんて興味ないです! ってキャラなんだから。

 まあ、ぶっちゃけ村松さんがヤバ目の女である事は分かったけど、それでも社内へのイメージもあるしね……


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 それから1時間ほど走った後、リムリムの車は海に到着した。

 土曜日のせいか、非常に人も多いけどさすが穴場として知られる場所だけ会って、静かで綺麗な海だった。


「うわあ……綺麗」


 ひふみちゃんの感動したような声が聞こえる。


「全くだ。このような光景、しっかり記録せねば」


「あら? ひふみちゃん、ナイン。あなたたち海に来たことないの?」


「ええ。私もナインもそのような機会が無かったもので。でも、始めて海に来る相手がお姉さまで良かった……」


 そう言ってひふみちゃんが私にくっつきながら肩に手を回そうとすると、後ろからムラマツさんの手が伸びて肩をむんず、と掴むと引き剥がした。


「……あら? ミス・ムラマツ。どうされたの。ブサイクの嫉妬は美しい海に似合いませんことよ」


 ひふみちゃんが口調は丁寧だが、引きつった顔で睨んだ先には、同じく顔を引きつらせたムラマツさんがいた。


「西明先輩がバスルームでどれだけお肌のコンディション維持に心血注いでるかお分かり? そんな定食屋で牛丼鷲づかみにするような持ち方、先輩のお肌が壊れてしまうでしょうが!」


 ん? なんでお前お風呂場の事知ってんだよ!?

 テンパッた私に構わず、二人は砂浜で水着姿のまま仁王立ちになってにらみ合っていた。


「……ミス・ムラマツ。家でのやり取り、もうお忘れになったの? どんな粗末な脳みそしてるのか、一度頭蓋骨開いて調べてあげましょうか……この場で」


 そう言いながらひふみちゃんが手をゴキゴキ鳴らすと、村松さんはすばやくナインの後ろに隠れてあっかんべーをした。


「……ナイン、お退きになって。海を楽しむ前にゴミ掃除も必要で無くて?」


「ダメだ。美海様より関係者の殺戮は禁じられている」


 ひふみちゃんはギギギ……と歯軋りすると、すぐさま私に抱きついてきた。


「ミス・ムラマツとナインが苛めてきますわ。お姉さま……守って」


 いや、どっちもどっちでしょ。

 そもそも私があなたを守れる要素なんて一ミリもないんだけど。と思ったが、家での暴れっぷりで彼女の怖さを再確認したので、そのままあいまいな笑顔で身を任せた。

 ……しかし、ひふみちゃん結構……お胸が……って何で、女子の胸を意識してんのよ!?

 しかもこいつアンドロイド!


 そう思いながら目の前を見ると、今度が村松さんが殺意の篭った目で睨んでいる。

 ってか、ナインも気のせいか……目つき違う?


 村松さんもそれに気付いたのか、ニヤリと笑うとナインに言う。

 

「ひふみちゃん、お姉さまを手篭めにしようとして。ああ、怖い。このままだとお姉さまの貞操が奪われてしまうわ……よよよ」


 わざとらしいにも程がある泣きまねをしている村松さんだが、ナインは真に受けたようでひふみちゃんに近づいた。


「サーティン、美海様の護衛はそこまでの至近距離になる必要は無い」


「あら、念には念を……ですわよ。それに、綺麗な美海お姉さまのお側にはそれにふさわしいビジュアルが求められるのではなくて?」


「……は?」


「だって、ナインの格好。まるで昭和のモダンガールみたいな水着じゃない? ミス・ムラマツだって顔面ランクが私やナイン……いいえ、途中で立ち寄った吉田屋の牛丼店のおじさま以下ではありませんか?」


「えっと……私、社内でもモテる方なんですけど。あらあら、栄養が全部牛みたいに下品な胸に行っちゃったお陰で、目も腐ってるようですわね。あ、顔面もか」


「……ここは海。立ってるのは砂浜。血まみれの死体があっても、始末の手段に事欠かないですわね」


 そう言いながら前に出たひふみちゃんにナインが立ちふさがった。


「殺戮は揺るさん」


「どいてくださらない、ナイン。海のお魚さんに生餌を与えるだけですわよ」


 哀れ、リムリムは涙目でオロオロしている。

 

「ああ……みんなで仲良く泳ごう。喧嘩はだめだよ……」


 いや、喧嘩というより殺し合いになりそうなんだけどね。

 ああ……まったく、こいつらは。


「ねえ、もういい加減にしてよ! 殺し合いされると出入り禁止になっちゃうでしょ!」


 その時。

 背後から男性の声が聞こえた。


「えっと……君たち、大丈夫?」


 全く……このクソ急がしい時に……

 

「大丈夫なわけないでしょ! 目付いてるの? 邪魔だから引っ込ん……」


 言いかけた私の口は摩擦熱で煙が出んばかりに急ブレーキがかかった。

 そこには爽やかな黒髪短髪のイケメンが心配そうに見ていた。


「……引っ込んでろ、なんてそんな下品なこと言っちゃダメ! リムリムちゃん! 全くもう」


「はへ? リムリム、何も……」


「ごめんなさい。お騒がせしてしまって。お友達がちょっと私を巡って喧嘩しちゃったみたいで……私と一緒に、って……困っちゃう」


「そうなんだ。でも、そんな事で喧嘩……せっかく海に来たんだから」


「そうですよね。……ふふっ、私も同じこと考えてました。気が合いますね。もしかして……運命? さあ、みんな。仲良くしないとダメでしょ! これ以上私のために喧嘩するなら……私を殺してからにしなさい」


 そう言いながら3人の間に入り、しどけない表情でイケメンを見る。

 ふっ、どうだ。


 3人は私とイケメンを交互に見ると、憮然とした表情で引き下がった。

 よしよし、せっかく飛び込んだ獲物。

 邪魔すんじゃないっつうの。


「……良かった、落ち着いたみたいだね。……流石だね」


「ううん。私、なにもしてないわ。でも……」


 私は言葉を切ると、イケメンを上目遣いに見た。


「あなたがそばに居てくれる、って思ったら……勇気出ちゃった」


「いや、それは恐縮だな」


「あの……お連れ様は?」


「いや、1人でサーフィンに来たんです。今、大きなイベントでバタバタだけど、やっと取れた休みなので」


「へえ……どんなお仕事されてるんですか?」


「あ、出版社で。ヨドカワって知ってますか? それの『ヨミカキコンテスト』の担当をしてて」


 ……へ?

 ヨドカワ? ヨミカキコンテスト?

 

「それって……ヨミコンですか?」


「え? 知ってるんですか? 嬉しいな。そうです。そこの担当をしてて」


 私は思わずめまいがしそうになり、フラッとよろめいた。


「あ、大丈夫ですか」


 抱きとめてくれたイケメンに私は全力で涙を搾り出すと、上目遣いで言った。


「助けてくれて有難う……私、西明美海って言います。あなたの事……好きになっちゃったみたい」

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