装甲

 七瀬公貴は買い物のために駅前に来ていた。

 初めての一人暮らしだが、汚部屋になったりジャンクフードの日々になることなく毎日を送ることができている。

 一人暮らしを始める前に住んでいたのは都心に近い場所なのでこの街に『何もない』という印象をつい抱いてしまうが、それは人工物に限った話だ。自然はそれなりにあるので公貴はこの町を割と気に入っていた。

「ん?」

 男女の揉める声が聞こえてきたので視線をそちらへ向けると、男2人に女1人で何か口論をしているようだった。男たちは公貴より年上に見えるが、女は公貴と同年代に見える。

 放ってはおけない。公貴は3人の元へ早歩きで向かうと、男の1人の腕を掴んだ。

「何をしている」

「あ……?」

 反射的に男は公貴に振り向いた。最初は威圧的な顔つきをしていた男だったが、公貴を視界に入れた直後情けない表情へと変わっていく。

「男2人で恥ずかしいと思わないのか」

「……チッ」

 男2人は小物臭満載の舌打ちをするとその場を去っていった。まさに絵に描いたような小悪党っぷりだ。

「大丈夫か」

 公貴は残されたピンク髪の少女へ声をかける。彼女はいわゆる『地雷系』と呼ばれる服装をしており、公貴からすると関わりたいタイプではないが、助けるか助けないかはまた別の話だ。

「ありがと。ほんとアイツらしつこくてさー」彼女は疲れたような笑みを浮かべた。「ワタシは硯麻菜。マナって呼んで。君は?」

「……公貴。七瀬公貴だ」

 このご時世でいきなり個人情報を明かしてくるなんて心配になってくるが、名乗られた以上こちらも名を明かさないのは不公平だ。素直に自分の名前を答える。

「公貴。うん。いい名前。ねえ公貴。さっきのお礼をさせてほしいんだけど」

「別に報酬目当てで助けたわけではない」

 初対面から馴れ馴れしい少女だ。相手が特撮ヒーロー好きであればこの限りではないが、公貴は女性があまり得意ではない。正直気乗りはしなかった。

「ワタシ最近この辺に来たばかりで知り合いもいなくって。お願い、コーヒー1杯だけ付き合ってよ。奢るから」

 マナは人差し指を立て、公貴をまっすぐに見てくる。さすがの公貴でもここまで懇願されては無下にするわけにはいかなかった。

「分かった。それならご馳走になろう」

「ご馳走って大げさだな」マナは苦笑を浮かべる。「じゃあ、目の前にあるしそこにしよ」

 公貴がマナの視線を追うと、あちこちで見かけるコーヒーショップチェーンがあった。

「分かった」

 マナに先導され、公貴は店内へ足を踏み入れた。


 公貴がレジから一番離れた席で待っていると、トレイにアイスコーヒーを2つ載せたマナが戻ってきた。

「おまたせ」

 マナはテーブルの上にトレイを置くと公貴の反対側に座る。

「いただきます」

 公貴は何も入れずにストローでコーヒーを吸い上げる。まずいわけではないが、とりわけおいしいわけでもない。

「公貴はこの町の出身なの?」

 マナはコーヒーに手を付けようとはせず首を傾け、微笑む。ここまでじっと見つめられるとやりづらい。公貴は気まずさから視線をそらす。

「いや、家庭の都合……と言ったところだ」

「へえ、じゃあワタシと一緒だね。出会い方も出会い方だし、もしかしてこれって運命なのかな?」

 あざとい女だ。理性的にはそう思うのだが、本能的には心を揺さぶられてしまっていた。

「ぐ、偶然は偶然だ。人は低確率で起きたことに理由を求めがちだが、そこに理由はなにもない」

 こういう状況が慣れていないせいか、頭が熱くなってきた。めまいもしてくる。

「大丈夫公貴? いや……ガルムと呼んだほうがいいかな?」

「なっ……ろまえ」

 言葉を発しようとしたものの、呂律が回らないことに気づいた。何かをコーヒーに盛られていたようで、体に力が入らない。

「ほら、立てる?」

 マナは立ち上がると公貴が座っている側へ回り込むと、公貴の腕を自分の肩に回し、立ち上がった。

 この怪力。やはり『ベイグラント』の一員のようだ。公貴は抵抗しようとしたものの体が言う事を聞かない。長身の男子高校生を小柄な女の子が支えるという、奇妙な二人組は周りの客の注目を浴びつつ店を後にした。


 夕方。

 詩郎は猫背で普段歩かない道を散歩していた。アスファルトの混合物一粒一粒を意味もなく注視していると、気分転換で散歩に出たはずなのについ後ろ向きのことを考えてしまう。

 世界の終わりのような気がしてくる。何もできない無力感と、欲しい物が手に入れられない現実に全てがどうでもよくなってきていた。

 しかし、それでも日は暮れる。どうでもいいと思いつつも、やはり帰らなければならない。補導でもされたら内申に響いてしまうからだ。

 帰ろうとUターンすると、視界前方に少女と思われる足元が見えた。黒の厚底シューズだ。詩郎の脳は勝手に地雷系ファッションに身を包んだ少女の姿を想像する。

「こんにちは」

 足の主に話しかけられ顔を上げると、想像よりピアスや髪の色が派手な女の子が視界に入る。

「こんにちは……?」

 見覚えのない顔だ。一体何の用なのか詩郎には見当もつかなかった。

「公貴を預かってるよ」

「なっ……!?」

 何者だと尋ねる前に彼女は顔だけ姿を変えた。学校に現れた植物怪人――アイビセスだ。

「公貴を返してほしかったら山の上の公園に来て。――1人でね」

 アイビセスは体が溶けていくかのように地面に吸い込まれていった。

「くっ……」

 詩郎はとっさに抱いた感情に自己嫌悪し、顔をしかめた。公貴が捕まったと聞いた瞬間、ほんの少しだが『ざまあみろ』と思ってしまったからだ。

 しかしその感情の根源は『嫉妬』だというのが分かっているだけに、自分が嫌になってくる。

 以前助けに入ったのに礼の1つもなく、狙ってるのか分からないがいちいち気に触る発言をしてくる。しかも家は裕福で見た目もよく、明芽とも特撮トークで盛り上がっていた。こんな奴好きになれるはずがない。いい気味だとつい思ってしまう。

 だが、このままでは公貴は命を落としてしまうかもしれない。それに助けにいけば、公貴は2回自分に助けられたことになる。2回なら皮肉の1つ言っても言い返せないはずだ。

 行こう。ガーテクターの側面にあるボタンを押すと、ほどなくして以前公貴を助けに行ったときに使用した『マシンハリケーン』が詩郎の前に現れた。

『マシンハリケーン』に跨ると、アイビセスが言っていた『山の上の公園』に向かって走り出した。


 公園は『何か』が出そうな雰囲気をしていた。

 山の上にあるということもあって辺りは静まり返っており、人の手が殆ど入っていない山の一部を切り開いただけなので森に囲まれている。そのため一層薄暗さが際立っていた。

 詩郎が公園に足を踏み入れると、人間の姿のアイビセスがベンチに腰掛け、公貴を膝枕していた。

「本当に1人で来たみたいだね」

 アイビセスは太ももの上に乗っている公貴の頭を優しくベンチに下ろすと立ち上がった。

「司……お前1人では勝てない」

 公貴は眠っているわけではなく、意識があるようだ。ただ何か盛られてしまったのか、呂律が怪しく、声も弱々しい。

 そんな姿の公貴を見ても、ざまあみろという感情は不思議と湧いてこなかった。

 詩郎は左腕に装着したガーテクターのディスプレイを見つめる。

《――》

 どこの国の言葉か分からない音声が流れはじめ、詩郎の姿を変えていく。

「聞こえる……?」

 サジェスト機能の声が聞こえるようになり、1つの単語が脳の中心に置かれたような感覚があった。

《……Guartecd》

「ガーテクド……?」

 うわ言のように言葉を発する。どうやらこの姿の名前らしい。

「何のこと?」

「この前は言えなかった、こいつの名前だ」

 右腕が熱くなる感覚があったかと思うと、元の倍程度に巨大化し、四角柱を組み合わせた重機のような形へ変化していく。表面は装甲に覆われ、その手には大剣が握られていた。

《Armored Form》

 また声が聞こえてくる。この姿の名前らしい。

「へえカッコいいね」アイビセスも怪人の姿に変身する。「ここは土がいっぱいあるから、いっぱい出せるね」

 40体はくだらない泥人形が一気に現れ、そのうちの3体が飛びかかってきた。手数では圧倒的に不利だが、今はサジェスト機能も大剣もある。負ける気はしなかった。

「うおお!」

 大剣を横に薙ぎ払うと、飛びかかってきた3体の泥人形が四散する。次から次へとアイビセスは泥人形を召喚するが、ガーテクドも負けじと泥人形を土へ還していく。

 しかしこの場所はアイビセスに地の利があるようだ。360度から何体もの泥人形にのしかかられてしまい、重みに耐えきれずガーテクドは地面に倒れ込む。そして更にその上に泥人形が続々と積み重なり、山が出来上がっていく。このままでは土の重さに押しつぶされてしまう。

「くっそ……動けない」

 体を動かして脱出しようとするものの、固まったコンクリートの中にいるかのように体が動かない。

 体がミシミシと軋んでいる気がする。いつまでもこの姿ではいられないだろう。変身が解けた瞬間押しつぶされてしまう自分を想像してしまい寒気がしてきた。

 こんなところで死ねない。絶対に抜け出す。公貴を助けなければならないし、明芽を守れない。

 そして、血を吐いてまで守ってくれた深亜に申し訳が立たない。

 次の瞬間体全体が熱くなり溶けていくような感覚があったかと思うと。ガーテクドの体は腕だけではなく全身が変化していく。胸部は城壁のような分厚い装甲に包まれ、腕と足は新幹線が突っ込んできても正面から止められそうな巨木のような太さだ。

《Massive Form》

 全力で手足を動かすと、先ほどはびくともしなかった土が動いた。これならいける。土の中を平泳ぎするかのように掘り進めていく。

 山の中から飛び出したガーテクドを目にした瞬間、アイビセスは無意識にだろう。後退りをしていた。

「また姿が変わっている……?」

「これで形勢逆転だ!」

「くっ」

 アイビセスは無数の泥人形をガーテクドを飛び掛からせるが、両拳で次々と粉砕していく。

 続いて体が砕け散る勢いで泥人形が体当たりをしてくるようになったが、大木のような巨体には雨粒が当たる程度にしかならなかった。悠々とアイビセスの元へ近づいていく。

 後はアイビセスに一撃お見舞いするだけだ……と思いきや、

「うっ……」

 急に力が抜けていく感覚があったかと思うと強化フォームの変身が解け、元の姿に戻ってしまった。力が入らず、その場へへたり込む。

 まだ泥人形は何体も残っている上に、アイビセス自体も健在だ。このままでは、やられる。

「形勢逆転はこっちのセリフみたいだね」

 ガーテクドが視線を上げると、アイビセスがこちらを見下ろしていた。左右には生き残った泥人形が控えている。

 アイセビスが鞭状の腕を振り上げ、ガーテクドに向かって振り下ろす――かと思いきや、変身を解き、人間の姿に戻ってしまっていた。同時に周りにいた泥人形も土へ還っていく。

「あ、ちょっと調子に乗って力使いすぎちゃったかな。今日は勘弁してあげる。また遊んでね」

 マナの姿になったアイビセスはニヤリと笑うと、土へ溶けていった。

 詩郎も変身を解き、立ち上がる。

 勝った……とは言い難いが、とりあえずは敵を退けることができたのは間違いない。ふと後ろに気配を感じ振り向くと、公園の半分くらいが土の山で埋まってしまっていた。

 まるで土木工事の途中のような惨状に、これどうすればいいんだと思いながらも、今は優先すべきことがある。よろめきながらも公貴の元へ向かう。

「大丈夫……か?」

「……とりあえず、意識はある」

 高熱を出しているかのようにだるそうではあるが、とりあえず無事なようだ。まずは深亜に連絡して……と思ったところで後ろから人気を感じた。まさかレジェンドブルーとハラキリレドかと思ったものの、それは杞憂に終わった。

 詩郎の元へ駆け寄ってきたのは深亜とユウリだった。

「司君、敵は」

「とりあえずは追い払ったけど、七瀬くんが何かを盛られてるみたい」

 それを聞いた深亜がユウリに目配せをすると、

「立てる?」

 ユウリは公貴の体を支えて立ち上がらせた。組織の一員だけあって力が強いようだ。

「今日で2回目か……」公貴は詩郎には意味の分からない言葉をつぶやくと、詩郎を見た。「俺のことを快く思ってないんじゃないか」

 紛れもない事実だ。しかし本人から直接言われると気まずい。

「だからといって助けない理由にはならないだろ」

 公貴から視線をそらして答えると、

「……助かった」

 公貴らしからぬ発言が聞こえ、反射的に振り向くと視界に入ったのは公貴の背中だった。どのような表情でそのような発言をしたのかうかがい知ることはできない。ただ、なんだかむず痒かった。

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