真実
14時45分。
司修平は1人新宿の街を歩いていた。
詩郎の成長っぷりから言っておよそ10年経過した町並みは、修平の知る光景とは細かいところが変わっていた。視界に入る広告のデザインや、辺りを歩く人々の服装髪型。定期的に来ていれば変わったことを意識することはないだろうが、久しぶりに来た修平にはあちこちに変化を感じられた。
意味もなく歩き続ける。道行く人々の表情からは、ずっとこの日常が変わることなく続いていくことを確信しているような『のんきさ』を感じた。
視界の左側にキッチンカーが見え、無言で車の前へ歩いていく。
「しゃせっ。何にしますか?」
修平を客と認識したスタッフの男が声をかけてくる。
「……これくらいならこのままの姿で余裕か」
「はい?」
修平はしゃがみ込むと車と地面の間に手を入れ――まるで重量挙げのようにキッチンカーを持ち上げた。
「え? え? ちょ……」
男は今起きていることが理解できないようで、間抜けな声を漏らす。周りの通行人は何かのデモンストレーションかと思っているようで逃げる者はほとんどなく、のんきにスマートフォンを修平へ向けてきた。
しかしその直後これはデモンストレーションではないことに気づくことになる。
修平は躊躇することなくキッチンカーを通行人に向かって放り投げた。何人かが下敷きになり、落下の衝撃で変形した車の下から、赤い液体が滲む。
「わあああああああ!!」
周りの通行人は悲鳴とともに修平から逃げていく。
修平は逃げていく人々に対して特に興味も示すことなく、目の前で拳を握りしめ、両腕を交差させた。そして右手は指先を伸ばした状態で左上前方へ、左手は握りしめたまま腰の横へ持っていく。
「変身」
『覆面サンダー九天』の変身ポーズを取ると、修平はデトロカスターへ変身した。
すべてを破壊する。デトロカスターは遠くを見据え、局所的に人がいなくなった新宿の街をゆっくりと歩き始めた。
詩郎はその日学校を休んでいた。
デトロカスターに負けた後検査を受けたところ、軽い脳震盪と打撲があった程度でガーテクドの装着者への保護能力は想像以上のようだ。
それでも大事を取って今日は休むことにした。体も重く、昼間にも関わらずベッドの上で横になっている。
詩郎は何もつけていない左手首に目を向けた。
デトロカスターの猛攻に耐えられず、変身装置であるガーテクターはバラバラになってしまった。おそらく直すのは不可能だ。
自分はもう戦えない。つまり、公貴1人で修平と戦わなければならないが、あの強さだ。おそらく勝ち目はないに等しいだろう。
修平はこの世界を滅茶苦茶にすると言っていた。そして、自分はヒーローにはなれなかった。
無力感が湧いてくる。自分にとってヒーローのような存在だった修平は現実に絶望し闇へ堕ちてしまった。
結局ヒーローなんてものは、現実の世界には存在することができない、物語の中にしか存在ができない都合のいい存在でしかないのだ。
昔は詩郎も特撮ヒーロー番組が大好きだった。そして大多数の男児と同じように大人になったらヒーローになるんだと本気で思っていた。しかし修平が行方不明になって現実が真実なのだと幼心ながらも受け入れざるを得ず、そして今やはりそれが真実なのだと確信した。
「……ん?」
外から何人かの叫ぶ声が聞こえ、詩郎は上半身を起こした。何を叫んでいるのは不明瞭だが、少なくとも何かを称賛する声ではなさそうだ。
窓を開け、外の様子をうかがう。
「司詩郎は引きこもってないで戦え!」
「俺たちを見殺しにするつもりか!」
「そうだそうだ!」
「……!?」
慌てて詩郎は窓を締め、カーテンを閉じる。
嫌な予感がした。スマートフォンを手に取り、ニュースサイトへアクセスする。
見つけたい記事はすぐ見つかった。ページに埋め込まれている動画を再生すると、街を破壊して回るデトロカスターが映っていた。
その下にある動画も再生する。
街を破壊して回るデトロカスターを中継ヘリから撮影している動画のようだ。しかし開始数秒でデトロカスターが見えなくなったかと思うと、大ジャンプで中継ヘリへ飛び乗ってきた。
そして顔だけ変身を解除すると、
「司修平? 行方不明になったはずじゃ」
カメラマンらしき声が聞こえてくる。
「俺の名前は司修平。かつてこの世界の拒絶された人間だ。この世界を滅茶苦茶にするために戻ってきた」デトロカスターは右手の人差し指と中指を立て、カメラへ向ける。「2日だ。それまでに俺を止めに来い。この女は人質にもらっていく」
デトロカスターは中継ヘリに乗り込んでいた女性レポーターを脇に抱えるとヘリから飛び降りていき、そこで動画は終わっていた。
「やっぱり、現実にヒーローなんていないんだな」
ヒーローなんて結局都合のいい物語の中だけの存在で、ヒーロー然とした人間でも失意や絶望、ヒーローなら乗り越えるべきものにあっさり屈してしまうのだ。
「……ん?」
手にしたままのスマートフォンのディスプレイ下部に表示されている関連リンクに目が止まった。見覚えるのある風景の写真がサムネイルになっていたからだ。
タップすると別のサイトへジャンプし、そこに表示されていたのは、ガーテクドとレジェンダラーが戦っている最中の写真だった。
画質はよく、どうやって撮影したのかは分からないが細かいところまで写っている。
さらにページをスクロールさせると、変身を解いた直後の詩郎の顔が鮮明に写った写真が表示されており、『悲劇の俳優司修平の息子、司詩郎』と補足が書かれていた。
顔写真さえあれば住所が特定されてしまう世の中だ。きっとこの写真から特定されてしまったのだろう。
詩郎は窓から一瞬見えた叫んでいた人たちのことを思い出す。あれは自分が正しいことをしていると盲信している人間の目だった。
ふと、別の世界からやってきた詩郎が言っていたことを思い出す。どこの世界もこちらの事情なんてお構いなしに好き勝手なことを言ってくる奴はいて、そしてヒーローはそんな人間でも守らなければならない。仮にいくら罵倒してこようともだ。
こんな世界にヒーローなんて生まれるはずがない。仮にいたとしても現実に耐えられないだろう。
人知れずマンションの地下に存在する対『ベイグラント』組織の秘密基地。
そこでは深亜とユウリはもう1人の詩郎が装着していたガーテクターを解析していた。
デスクの上には別世界の詩郎が付けていたスマートウォッチにいくつものケーブルが装着され、それらはパソコンと繋がっている。
「驚いた」
座ってパソコンを操作する深亜の後ろに立つユウリが言い、
「かなりの部分がガーテクドと共通している」
深亜が理由を述べる。
それにしても、明芽から話を聞かされたときは、さすがの深亜も困惑しかなかった。まさかベイグラントを率いていたのは別世界の詩郎で、その仲間には詩郎の父親がいて別の世界の詩郎を倒してしまったなんて。
「このガーテクターはこっちの司君も使えそう?」
「おそらく使えると思う。ただ……」
深亜は言葉を詰まらせる。このガーテクター――アナザーガーテクターがあれば勝てるかもしれない。
――ただし、詩郎がもう一度戦ってくれるかは分からなかった。
午前2時43分。
眠気が来る気配がなく、ベッドの上で詩郎が天井の模様を意味もなく眺めていると、スマートフォンが鳴った。メッセージが届いたようだ。
眠れないからといってスマートフォンを操作していてはもっと眠れなくなってしまうし、何より脳によくない。
しかしこんな時間に誰が送ってきたのか気になり、ベッドから起き上がりスマートフォンを手に取る。深亜からだ。
『今家の前にいるんだけど、起きてたら出てこられる?』
返信するか迷っていると、さらにメッセージが送られてきた。
『周りに変な人はいないから大丈夫』
「……」
何秒か迷った末、外に出ることにした。流石に寝巻きはどうかと思うので着替えを済ませ、音を立てないように外に出ると、辺りを見渡す。さすがにこんな時間まで張っているような酔狂な人間はいないようだ。
深亜は家の前に立っていた。月明かりに照らされ、神秘的な美しさを感じる。
「こんな時間にごめんね。少し歩かない?」
「大丈夫。眠れなくて起きてたし」
2人肩を並べて静まり返った町を歩く。
「体調は?」
「あちこち痛いけど、まあ折れたりはしてない」
「そう。よかった」
「うん……」
沈黙が訪れ、詩郎は深亜の横顔をうかがう。今回誘ってきたのは深亜だ。何か用事はあるが、切り出しにくいのだろう。
「何か話したいことがあったんじゃない?」
「……」深亜は何か言おうとしてやめ、再び口を開いた。「ろくな説明もなく司君を戦いに巻き込んでしまって、今更だけどごめんなさい」
確かに今更だが、完全に詩郎の頭から抜け落ちてしまっていた事実への謝罪が飛び出す。
最初は確かに冗談じゃないと思っていたが、気がつけば戦うことが当然と思うようになってしまっていて、当然の疑問を抱かなくなってしまっていた。
「……言われてみれば、確かになんで俺なのか説明がなかったね」
「ごめんなさい。驚かないで聞いてほしいんだけど、もう1人の司君が言っていたのと同じように、私たちの世界にもガーテクターズは存在して、司君が使っていたガーテクターは、私のいた世界の司君が使っていたものなの」
「……」
全く感情が動かなかったわけではなかったが、なんと答えたものか思いつかず、詩郎は言葉が出なかった。
ただ、腑に落ちた。自分が選ばれた理由も納得だ。しかし別の疑問が生じる。
「雨越さんの世界の俺を連れてくるわけにはいかなかったの?」
深亜は言いにくそうに視線を落としたものの、再び顔を上げると、
「私のいた世界の『詩郎』は死んでしまったから」
その一言は、深亜と深亜の世界の詩郎との関係に何かがあったことを詩郎に気づかせ、そして同一存在とはいえ自分が死んでいるということにショックを受けた。
「……それで俺が変身できたのか」
「うん、そういうこと」
「……そっちの俺ってどんな性格してたの?」
知ったところで何かメリットがあるわけではないが、なんとなく気になった。
「そうだね」深亜は視線を上げ、夜空にあっちの詩郎との思い出が映っているかのように遠い目をした。「勇敢で、たくましくて、みんなからの人望もあって……」
「同じ俺とは思えないな」
深亜の話を聞いていると、同じ自分とは思えなくて、つい苦笑を浮かべてしまう。
「ふふ。そうだね。『顔が同じなくせになんでそんなに弱いの?』ってつい思っちゃったし」
「顔が同じくせにって……そんなこと言われてもなー」
笑い出した深亜につられて詩郎も笑いだした。顔が同じくせになんて言われることはきっと人生において最初で最後だろう。
「――でも、ぬいぐるみのセンスは同じだったよ」
「え……?」
不意に立ち止まった深亜に、詩郎も立ち止まり振り返る。顔は笑っていたが、口調もさっきまでと打って変わってどこか苦しそうだった。
「好物とか、そんなどうでもいいことばっかりなんで同じなんだろうね」
やはり。
「……雨越さんは、あっちの俺と付き合ってたの?」
「……!!」
深亜は目を丸くして、顔を赤面させる。詩郎の予感は的中したようだ。
「つ、付き合ってはないよ。一方的に私の片思いだったから」
「そうか……」
自分には明芽という女の子がいるが、それはそれとしてこんな美少女に片思いされていたあっちの詩郎が羨ましくなってくる。
それにしても、気持ちを伝える前に想い人が死んでしまい、別の世界に来たらそこには同一存在がいた。態度がおかしなものになってしまうのは当然のことだ。
「あなたは私の知ってる詩郎じゃないけど、時たま見せる反応はやっぱり私の知る詩郎で……だけど、こっちにも『私』はいるから、あなたはこっちの私のものなんだよ」
「将来こっちの雨越さんに出会うってこと?」
詩郎には深亜の言っていることが理解できなかった。
「雨越深亜」
「えっ?」
いきなり名前を名乗られても、すでに知っている情報だ。
「私の名前をアナグラムにかけてみて。知ってる人の名前が出てくるから」
詩郎はスマートフォンでメモ帳アプリを立ち上げると『AMEKOSHIMIA』と入力し、すぐに1人の名前を発見した。
『SHIOMI AKAME』
「ウソだろ……?」
詩郎は深亜の顔を反射的に見た。
しかしまず髪が違う。若干明るい色の明芽に対し、深亜は翠の黒髪だ。それに目の色だって違う。
「私がいた世界では髪の色や目の色を変えることは別に難しいことじゃないから」
深亜は詩郎の心を読んだように見つめ返してくる。
確かに以前、似ているわけではないのに明芽に似ていると思ったことがあった。それはきっと同一存在だからなのだろう。それに……。
視線を一瞬数センチだけ下げる。ここは確かに同じかもしれない。
「どうしたの?」
「あっ、いや、なんでもない」
深亜から視線をそらす。胸のサイズで同一存在だと判断したなんてバレたら軽蔑されてしまう。
「そう。ここからが本題なんだけど」深亜はスマートウォッチを取り出すと、詩郎に差し出した。「これを司君に渡したくて」
「これは……」
修平に倒された別世界の詩郎がつけていたガーテクターだった。
「おそらく司君も使えるはず。これで戦ってほしいの」
「……」
受け取ること自体には抵抗はなかった。しかし、これで変身してまた戦えるかは別の話だった。
「なんとなく分かってると思うけど、七瀬君では司君のお父さんには勝てない」
新しいガーテクター――アナザー・ガーテクターに視線を落としたままの詩郎に深亜は声をかける。
「辛い選択だと思うけど、この世界を守って、こっちの世界では『わたし』と結ばれてほしい」
詩郎は何も答えられなかった。
「じゃあ。おやすみなさい。夜遅くにごめんね」
深亜は踵を返し詩郎から去っていったが、詩郎はしばらくその場を動けないでいた。
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