帰還

 放課後。久しぶりに詩郎は明芽を家に招いていた。

 部屋に上げると、麦茶を明芽に差し出す。

「ありがとー。最近暑くなってきたもんね」

 一瞬ストローがあったほうがよかったかも、と思ったものの明芽は特に気にした様子もなく、グラスに口をつけて麦茶を飲んだ。

 詩郎も自分の分の麦茶を飲む。半分ほど飲むつもりだったが、緊張から全部飲んでしまった。

「わ、いい飲みっぷり。喉乾いてたの?」

「え? いやまあ暑くなってきたし……」

 不意に明芽と目が合った。

 心臓の音がさっきより大きく聞こえるようになってきて、若干の息苦しさを覚える。

 今日、今度こそ、これから明芽に告白する。

 きっとうまくいくはず。頭の中で根拠を強化できる記憶の数々を一つ一つ再生していく。

 机の上にグラスを置くと、体の正面に明芽が来るように立つ。

「潮見さん」

「どうしたの?」

「話が、あるんだけど」

 ゆっくりと、低い声で言うと、

「……うん」

 明芽の顔つきも大事な言葉を受け止めるのにふさわしい表情に変わる。

「その、俺は……」

 覚悟を決めて続きを言おうとしたところで、インターホンが鳴った。空気をぶち壊しにする軽い音だ。

 出るべきか迷った。しかし、明芽に告白する以上に大事な来客は存在しない。申し訳ないが居留守することにした。

「出なくていいの?」

「大丈夫」

 しかし再びインターホンが鳴る。さらにもう一度。

 これは出るまで鳴り止まないパターンだろう。

「……出ないとダメそうだね?」

 明芽が苦笑を浮かべ、詩郎はため息をついた。

「ちょっと行ってくるよ」

 玄関へは詩郎の部屋を出てすぐだ。乱暴にドアをあけ、玄関へ向かう。普段はそんなことはしないが、もししょうもない訪問販売だったらキレてしまいそうだ。

 鍵を開け、ドアを開ける。そこに立っていたのは、想像だにしない人物だった。

「――詩郎か?」

「父……さん?」

 9年前行方不明になった詩郎の父――司修平が玄関に立っていた。

「やはり詩郎か。大きくなったな」

 確かに子供の頃より体が大きくなったはずだが、生涯越えられない壁として認識するように条件付けされたかのように、相変わらず父は大きく見えた。

 修平は詩郎の肩に手を置く。幼い頃の記憶に残っている父の手の感触とまるで同じだ。

「ホントに父さんなの?」

「そうだ。ホントに父さんだ」

 修平は白い歯を見せて笑う。少し年を取ってはいるが、明芽と一緒に『覆面サンダー九天』を見たときに作中で五条丈一が見せていた笑顔と全く変わらない。

「今まで、どこに」

「……司くんどうしたの?」

 詩郎が「いたんだ」と言う前に明芽が部屋から出てくると、そして固まった。

「……え、嘘」

「おっ、この子は詩郎の彼女か? 小さい頃は控えめな性格だったから心配だったが、ちゃんと成長し――」

「信じられない……」

 唐突に明芽が涙を流し始め、修平は言葉を切る。

 詩郎には明芽の涙の理由が分かっていた。感動の涙だ。

「おい詩郎。どうしたんだこの子」

 修平は困惑した表情で詩郎に尋ねる。

「……潮見さんは父さんの大ファンなんだよ」

「なるほどな。潮見さん……だったかな?」

「えっ……は、はい」

 修平に話しかけられ、明芽は一瞬体を痙攣させる。

「詩郎と仲良くしてくれてありがと。これからも詩郎とよろしくやってくれ」

 明芽に対しての発言だったが、明らかに詩郎への茶化しが込められていた。

「はい、一生よろしくやることを誓います……」

 どうやらかなり明芽は混乱しているようだ。発言内容がなにやらおかしい。

「詩郎、いい子を捕まえたな。泣かせるんじゃないぞ」

「いやいや、潮見さんは父さんの思ってるような関係じゃないから」もう少し遅く帰ってきてくれたら思ってるような関係になってたかもしれないけど……と内心でつぶやく。それより今はもっと大事な話がある。「そんなことより今までどこへ行」

「修平さん……?」

 そこに珍しく早い時間に詩郎の母――裕子が帰ってきた。

「ただいま」

 修平は穏やかな笑みを裕子へ向ける。

「っ!」

 駆け出した瞬間肩にかけていたバッグが落ちてしまったものの、裕子は構うことなく修平へ抱きついた。

「ごめんな」

 修平も裕子を抱き返すと、裕子は声を上げて泣き始めた。詩郎の記憶では、自分の母親がここまで感情をあらわにするのを目の当たりにするのは初めてだ。

 大人だって泣くときは泣くのは分かっている。ただ、それでもやはり見てはいけないものを見たような気がしてならなかった。


 その日の夜。詩郎は明芽を家まで送っていくところだった。

 あの後母親の提案で明芽も交えて4人で焼肉屋に行くことになり、その帰りに修平から「潮見さんを送ってこい」と言われ今に至る。

 辺りは静かで、詩郎たちが歩いている歩道のすぐ横には片側一車線の道路があるものの、走る車はまばらだ。

 詩郎は未だに修平が今までどこへ行っていたのか聞けていない。それに、そう思っているのは自分だけのような気もするが、修平が歳の割に若く見える気がした。

 しかし間違いなく自分の父親だ。その確信はあったものの、なにか違和感のようなものが残り続けていた。

「……わたし、お邪魔じゃなかったかな?」

 やはり気にしていたようだ。不意に明芽がつぶやく。

「いや。ふたりとも潮見さんがいてむしろ嬉しそうだったと思うよ」

 明芽の気を楽にさせるためではなく、詩郎には確信があった。明芽は家によく遊びに来ていたので裕子とも仲がよく、修平は明らかに誤解……と表現するのは癪だが明芽のことを彼女と思っているようで嬉しそうだった。邪魔どころか突き合わせてしまって申し訳なさを感じてしまうほどだ。

「それなら、よかったのかな……?」

 一応は納得してくれたようで、明芽は首を傾げて笑う。

 ふと、階段を登ったところにある公園が視界に入った。人気もなさそうだ。

 夜の公園で、というのもありだろうか。

「……ちょっとそこの公園寄っていかない?」

「うん、大丈夫」

 階段を登り、公園の中程にあるベンチに並んで腰を下ろした。公園内に設置された薄明るい照明がふたりを照らす。

 辺りは静まり返っていた。今度こそ告白すると思うと心臓の音がうるさくなり始め、ここまで静かだと明芽に聞こえてしまうのではと思うほどた。

「その、潮見さん」

「……うん」

 なんとなく察しているのか、明芽の表情は固い。

 これはありなしどちらのサインなのだろうかとつい思ってしまうが、ここまで来てもう『なんでもない』は通用しない。意を決し言葉を発しようとしたところで、人の気配を感じた。

 詩郎と明芽は同時に音が聞こえた方向へ視線を向ける。

 そこにいたのは、最近暑くなってきたにも関わらず、目深に大きめのパーカーのフードを被った男だった。顔はすっぽり隠れてしまっているが、体格的に性別は男で間違いないだろう。

 男に詩郎は見覚えがあった。以前ファミレスが破壊される事件が起きたときにいた5人のうちの1人だ。

 男はこちらへ向かって歩いてくる。詩郎は立ち上がると、一歩前に出て男へ声をかける。

「何の用だ」

「……」

 男は返事の代わりにフードを上げた。

「ウソだろ……?」

「え……」

 現れた顔に詩郎と明芽は凍りついた。

 男の素顔はどう見ても詩郎だったからだ。ただ、その詩郎らしき男は詩郎よりは何歳かは年上のようで、ヒゲは伸び、顔には疲れが滲んでいる。

 詩郎らしき男は立ち止まると、左側の袖を捲り上げる。左手首には、ガーテクターとよく似たスマートウォッチが装着されていた。

「……変身」

 手の甲を顔側に向けた状態で拳を顔の前に持っていくと体が白く輝き、

「ガーテクド……?」

 詩郎は思わず声を漏らしていた。詩郎らしき男が変身した姿はガーテクドによく似ていたからだ。ただし全身灰色で、細かい形状は省略されており、最低限の塗装しかしていないガレージキットを思わせる見た目をしていた。

 ただし背中には足元近くにまで伸びるマントを纏っており、体のあちこちには大小の傷がついている。こちらは今までの戦いでついたものだろう。

「潮見明芽をこちらによこせ」

 灰色のガーテクドは機械音声のような感情の込められていない声で言う。ただ佇んでいるだけなのに、得体のしれない威圧感を詩郎は抱いた。

 もちろん明芽を渡せるはずがない。

「潮見さん下がってて」

 詩郎も変身する。今回は最初からアーパイルダッシブフォームだ。

「……」

 灰色のガーテクドは詩郎の変身に特に反応を示すことなく、西洋剣を思わせる長剣を取り出す。切れ味はよさそうだが、ガーテクドの剣とぶつかりあった場合、簡単に折れてしまいそうな細さだ。

 先手必勝。ガーテクドは足下のバーニアを点火し、地上を滑空するように斬りかかった。

 直後、火花が散り、鈍い音が夜の公園に響き渡る。灰色のガーテクドは大剣で一撃を受け止めていた。柄を通して、まるで山のような岩石に剣を振り下ろしたかのような衝撃が伝わってくる。

「弱いな」

 灰色のガーテクドの口調は、まだ本気から程遠いことを物語っていた。

「くっ……」

 このまま力で押し切ろうとしたものの、剣はまるでびくともしないうえに、この至近距離では左腕のパイルバンカーも使えない。

 一旦飛び退き距離を取るが、同時に目の前に灰色のガーテクドが迫ってきていた。

 灰色のガーテクドの袈裟斬りを剣で受け止める。

「!?」

 一撃の重さに思わず声が漏れた。なんとか受け止めることはできたものの、徐々に押し込まれ、剣がどんどん近づいてくる。

 このままでは真っ二つにされてしまう。至近距離でパイルバンカーは打てないが、左腕を灰色のガーテクドの脇腹に叩きつける――。

 しかしそれを読んでいたかのように、灰色のガーテクドは剣を押し付けたまま飛び上がり攻撃をかわし、ガーテクドの後ろに回り込み、背中に後ろ飛び蹴りを放つ。

 不安定な体勢からにもかかわらず、衝撃にガーテクドは吹き飛ばされ、遊具に体を叩きつけられた。

「司くん!」

「だ、いじょうぶ」

 大剣を杖にしてなんとか立ち上がる。一瞬気を失ったのではと思うような一撃に、体がうまく動かない。

「よこす気になったか」

 灰色のガーテクドはゆっくりとガーテクドへ向かって歩いてくる。

「なるわけ、ないだろ」まるでダメージを受けていないかのように構えを取って見せる。「潮見さんは渡さない」

 直接ぶつかり合っては勝ち目がない。このフォームの力を引き出して、倒す。

 ガーテクドは飛び上がると、上空を不規則な軌道を描いて飛び回る。地上では灰色のガーテクドがきょろきょろと辺りを見渡しながらガーテクドを探していた。

 今だ。ガーテクドは急降下し、頭上からパイルバンカーを灰色のガーテクドに突き立てようとした――が、最初から落下点を読んでいたかのように灰色のガーテクドは首を動かすと、大剣で薙ぎ払った。

「ガハッ……」

 ガーテクドは空中へ弾き返され、バランスを失った後地面へ不時着した。

 蓄積していたダメージと、地面に叩きつけられたダメージに体はそのまま寝たがっているようだが、そんなこと出来るはずがない。上半身だけを体を震わせながらもなんとか起こす。

 そういえば先ほど胸を切りつけられたことを思い出し、視線を下げると、

「嘘だろ……」

 城壁のような分厚い装甲に守られているにも関わらず、胸元には斜めに切り傷が入っていた。間違いなく先ほど切りつけられたことでできたものだろう。もう数センチ傷が深ければ体にも届いていたかもしれない。

「真っ二つにしたつもりだったが、頑丈さはまあまあなようだな」

 灰色のガーテクドは、剣を携えたままガーテクドの元へ向かって歩いてくる。

「お前は、一体何者なんだ? なんで潮見さんを狙う? その姿は何なんだ?」

「……」灰色のガーテクドは詩郎の問いにすぐには答えようとせず、3歩歩いた後立ち止まった。「俺は平行世界のお前だ」

「……」

 ガーテクドは灰色のガーテクドを睨みつける。深亜が言っていた通り、この男は別の世界からやってきたようだ。ただ、同一存在だから仲良くしようとまでは言わなくとも、明芽を狙ってくる理由は分からない。

「この世界でどうやって『それ』を手に入れたかは知らないが、俺がいた世界では俺と明芽は同じガーテクターズの一員で、ともに謎の外敵と戦っていた。そして俺たちはなんとか敵を退けることはできたものの……待っていたのは称賛ではなく罵倒だった」

 淡々とした口調で喋り続けていた灰色のガーテクドだったが、ここにきて感情が滲み始めた。

「敵は強く一般人にも犠牲を出さずに戦い続けるのは困難で、奴らからすると俺たちは建物を破壊し、生活をめちゃくちゃにしてしまう悪者だった。たしかに犠牲者が少なからず出てしまったことは事実で、感謝の言葉を期待していたわけではない。しかし俺たちがいなければ人類は滅んでいたはずだ。それなのに、俺たちには反論は許されなかった」

 ガーテクドは何も言えなかった。世の中には思った以上に身勝手な人がたくさんいて、有事の際はより顕著になる。

「俺たちの素性はトップシークレットだったが、どこから流出してしまい……そしてある日、明芽は奴らに殺された」

 灰色のガーテクドは剣を握った手の力を強める。

 ガーテクターズというのが何なのかは分からないが、つまり灰色のガーテクドがいた世界では明芽とは戦友であり、きっと恋人だったのだろう。確証なかったがそんな気がした。しかし、仮にそうだとしても明芽を連れて行かれる筋合いはない。

「だけど、この世界の潮見さんは別の潮見さんだ。死んだ潮見さんの代わりにはならない」

「そんなことはどうだっていい。俺には明芽が必要だ。ただそれだけだ」

「――俺だって、潮見さんが必要だ」

 明芽を渡すわけにはいかない。叫び声で体を奮い立たせ、立ち上がる。

 絶対に負けられない。

 大剣に力を込め、刀身が輝き始める。背中と足下のブースターを同時に点火させ、一直線に灰色のガーテクドへ向かって突っ込み、全力の一撃を振り下ろす――。

 しかし。

 自分の全てを乗せた一撃も、灰色のガーテクドに受け止められてしまっていた。

「お前の負けだ」

 同じように灰色のガーテクドの刀身が輝き始め――弾き返されたガーテクドは宙を舞っていた。

 同時に力を使い果たし基本フォームへ戻ると、地面にうつ伏せで倒れ込む。

 勝てない。絶望が体の熱を奪っていくかのようだった。

「どうした。明芽が必要じゃなかったのか」

 灰色のガーテクドはガーテクドのもとへゆっくりと歩いてくると、見下ろしながら言う。

「……」

 顔を上げる気力も、声を出す気力も残っていなかった。

「明芽はもらっていく」

 灰色のガーテクドは剣を振り上げた。この剣が振り下ろされた時が、詩郎の最期だ。

「司くん!」

 物陰に隠れていた明芽が駆け出す。しかし距離的に2人の元へたどり着く頃には手遅れで、そもそも明芽には助けに入ったところで何もできなかった。

 ガーテクドはなんとか動く手に力を入れ、砂を鷲掴みにする。明芽に「逃げろ」と言わなくてはならない。しかし体は言う事を聞いてくれなかった。

 明芽が連れて行かれてしまう。声を出せ。体を動かせ。

 しかし喉からは空気が漏れるだけで、体は震えるのが精一杯だ。

 無抵抗のガーテクドに剣が振り下ろされ――たかと思いきや、剣は振り上げられたまま、灰色のガーテクドの手が震えはじめ、手から剣が離れた。

「え……」

 明芽は足を止め、目を丸くしていた。

 全身木炭のような黒い鎧に包まれた男が、手刀で灰色のガーテクドの胸を後ろから貫いていたからだ。

 胸からはおびただしい量の血が流れ続けている。

「う……ぁ……」

 変身が解け、別世界の詩郎は動かなくなった。

 黒い鎧の男が手を振り払うと、別世界の詩郎の亡骸は人形のように地面へ倒れ込んだ。

「……」

「ひっ」

 黒い鎧の男に見つめられ、明芽は声を漏らしていた。

 口元には深海魚のような禍々しい牙があり、体表は甲殻類を思わせる見るからに硬そうな外殻に覆われている。肩や肘、膝からはサイの角のような棘が突き出していた。

「……一体誰なんだ」

 少し体力が回復してきたようだ。体を地面から引きはがすように、ガーテクドはなんとか立ち上がった。自分だけ重力が何倍にもなっているかのようだ。

「……」

 黒い鎧の男の頭部が一瞬輝いたかと思うと顔だけ変身が解け、素顔があらわになった。

「!? ウソだろ……」

「嘘……」

 ガーテクドと明芽は同時に声を漏らす。

 黒い鎧の男に変身していたのは、修平だった。

 ガーテクドは黒い鎧の男の姿を以前見たことがある。以前ハラキリレッドを倒そうとしたときに止めに入ってきた。

 しかし今、味方であるはずの灰色のガーテクドを倒してしまった。その時点でも解せないのに、そもそもなぜ修平が変身しているのだろう。

「詩郎。なぜ俺が行方不明になったか分かるか? あっちの詩郎は平行世界と呼んでいたが、別の世界に飛ばされたからだ。俺が飛ばされた世界は技術力は高いが荒廃していて……そこでこの体に改造されたんだ」

 修平は軋む音が聞こえるほどに右拳を強く握る。

「それがどうして別の世界の俺を殺す理由になるんだよ」

「こいつが俺が別世界に飛ばされた理由だからだ」

「え……?」

「この世界で起きている失踪事件は、こいつが世界を渡るたびに発生していた時空の歪みが原因だ。……そして被害者の1人がこの俺だ」修平は別世界の詩郎の亡骸を一瞥する。「この詩郎とは直接の血縁関係はないとはいえ、親として息子の不肖は正さなければならない」

「だからって」

「こいつのせいで俺の人生はめちゃくちゃになったんだ」

「……!」

 理屈は分からないが、別世界の詩郎のせいで別世界に飛ばされてしまったとすれば、確かに改造人間にされ、人生を滅茶苦茶にされてしまったということになる。

 しかし、直接の息子ではないとはいえ、同一存在を躊躇なく殺せてしまうほど残虐な父親ではなかったはずだ。かつて戦ったハラキリレッドやレジェンドブルー、そして灰色のガーテクドのことを思い出す。もしかすると、別の世界へ渡るだけでも精神へ何かしらの影響を与えてしまうのかもしれない。

「だが感謝もしている」修平はガーテクドに向き直った。「これでこの世界を無茶苦茶にできる。俺を受け入れなかったこの世界を!」

 ガーテクドは自分の仮説を確信した。もう以前の父親ではない。家に帰ってきたときは以前と変わっていないように思えたが、きっとなんらかの理由で一時的に正気に戻れていたにすぎないのだろう。

「やめてくれ父さん」

「ならば俺を止めてみろ」

 修平――デトロカスターは見覚えのある構えを取る。『覆面サンダー九天』内で五条丈一が何度も見せたファイティングポーズだ。

 勝機はなかった。こちらは満身創痍。熱があるかのように体が重い。しかも相手は灰色のガーテクドを一撃で倒してしまっているのだ。戦う前から結果は見えている。

 しかし、父親を止めなければならない。ガーテクドは両腕を上げて構えを取る。腕全体にコンクリートが塗布されているかのように重い。

「行くぞ!」

 デトロカスターは駆け出すと、拳を放ってきた。

 速い。防ぐ間もなく、拳はガーテクドの顔面を捉えた。ガーテクドは吹き飛ばされベンチに体を叩きつけられ、ベンチが砕け散る。

 デトロカスターの強さは、少なくとも灰色のガーテクドと同等以上だった。

「どうした詩郎。父さんを倒すんじゃなかったのか?」

 デトロカスターは地面にうずくまったままのガーテクドの首根っこを掴んで無理やり立ち上がらせると、腹や胸を何度も殴りつける。

「が……あ……」

「もうやめて……ください」

 明芽が涙を流しながら哀願すると、デトロカスターは首根っこを掴むのをやめ、ガーテクドを放り投げる。

「――ダメだな詩郎。女の子を泣かせるなんて、ヒーロー失格だ。父親としてガッカリだな」

 なんとか立ち上がったものの、ゾンビのように頭を垂れ、今にも崩れ落ちてしまいそうなガーテクドに向かってデトロカスターはズレた言葉をかけるが、言い返す気力も残っていない。

 しかし明芽の願いを聞き届けたわけではなかったようだ。

 デトロカスターの目が不気味に輝き、駆け出す。そして飛び上がり、両足を前に突き出した状態でガーテクドへ向けて一直線に弾丸のように飛んでいく。

 防ぐ術も避ける気力もなく、足がガーテクドの胸に直撃し、全身から火花が吹き出す。耐久度の限界を迎えたようだ。変身が解け、詩郎は受け身を取ることもなく仰向けに倒れ込んだ。

 左腕に付けたガーテクターは、ディスプレイに亀裂が入ると同時に煙が上がったかと思うと、バラバラに砕け散る。

「……俺を止めるには力が足りないようだな。大人しく俺がこの世界を滅茶苦茶にするのを見ていろ」

 デトロカスターは詩郎に背を向けると高く飛び上がり、その場を去っていった。

「司くん!」

 明芽が詩郎の元へ駆け寄る。肩を揺すって何度も詩郎の名を呼ぶも、まるで反応がない。

「詩郎!」

「司君!」

 公貴と深亜がやっと到着し、詩郎の元へ向かう。

 公貴は詩郎の手を取り、脈を測ると、

「大丈夫だ。生きている」

 ゆっくり手を地面に下ろす。

「とりあえず、治療を受けないと。七瀬君。肩を貸して」

「わかった」

 深亜と公貴が左右から詩郎の肩に手を回し、立ち上がらせる。

「橋田を待たせてある。潮見さんも一緒に来て」

「司くん! 司くん!」

 明芽は意識のない詩郎の名を再び呼ぶ。

 しかし、詩郎が反応することはなかった。

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