複合

 詩郎は久しぶりに新宿駅に来ていた。

 改札前で明芽がやってくるのを待つ。

 通り過ぎていく通行人を眺めながら、同じ都内とは思えないな……という感想を抱く。詩郎が住んでいる街も一応都内なのだ。

「ん?」

 こちらへ向かってくる通行人の中の1人に、派手な格好をしているわけでもないのに目を引く女の子がいた。明芽だ。

 女の子らしいフリルの入ったブラウスに、黒のスカートという格好で、髪型も普段と違う気がする。詩郎には明芽以外が特に意味のない模様のように思えてきていた。

 なんて可愛さなのだろう。いや、可愛いなんて言う生易しいものではない。気を確かにしていないと意識を持っていかれそうだ。

「……司くん?」

 目の前に明芽がやってきて声をかけられるまで、結局意識を持っていかれてしまった詩郎は明芽の虜になってしまっていた。

「……はっ! あ、ごめん。考え事してたよ」

 ハハハと笑いを浮かべてその場をごまかす。

「もしかして結構待った? 時間間違えたかな」

 明芽がバッグからスマートフォンを取り出して時刻を確認する。表示された時刻は10:55。約束の5分前だ。

「いや、全然待ってないから。久しぶりに新宿来たから風景をぼーっと眺めてたっていうか」

「そう? それならよかった……のかな?」

「そうそう。大丈夫大丈夫。とりあえず、移動しようよ」

「あ、うん、そうだね」

 ふたり肩を並べて歩き始める。

 詩郎は隣を歩く明芽に視線を向けた。これは完全にデートだ。こんな魅力的な女の子を今自分は独り占めしている。そう思うとなんだか得意げな気持ちになってくると同時に緊張してくる。彼女を楽しませることができるだろうか。

「そういえば、どこ行くの?」

「潮見さんなら楽しめそうなところだよ」

 自信ありげに言ったもののの、内心では少し不安だった。


 詩郎たちが向かったのは、特撮関係のおもちゃが所狭しと飾ってあるカフェだった。マイナーな怪獣モノから『スーパー戦士シリーズ』まで幅広く置いてあり、腰の高さから天井近くまでおもちゃが並んでいる光景は、まさに圧巻だ。

「わあ……すごい。これもしかして『スーパー戦士シリーズ』の1号ロボ全部揃ってる? あ、『九天』の初期フォームから強化フォームまで全部揃ってる……。はあ、こういうの見てると私も集めたくなってくるなー」

 明芽は運ばれてきた飲み物そっちのけで、展示されているおもちゃを眺めてため息をついていた。

 最初は奇をてらわずにオーソドックスなカフェにでも連れて行こうと思っていたが、やはり正解だったようだ。明芽の後ろ姿を眺めながら詩郎はうなずく。

「司くんこっち来て。すごいよこれ」

「どうしたの?」

 詩郎が明芽の横に立つと、

「ほら、小説版覆面サンダー九天に出てきたテストベッド九天のフィギュアがあるよ。これ生産数少なくてプレ値ついてるんだよね。すごいなあ……」

「へえ……」

 詩郎は姿勢を低くして目の高さにテストベッド九天のフィギュアが来るようにした。怪人に近いフォルムをしており、詩郎はTV版しか知らないため、明芽に教えてもらわなければ怪人と思い込んでしまいそうな見た目をしている。

「安易に怪人のデザインに寄せてダークサンダー感を出すのあんまり好きじゃないんだけど、これはカッコいいよね」

 室内かつ距離が近いことで、明芽から何やら甘い香りが漂ってくるのが分かった。香水の香りだろうか。詩郎にはよく分からなかったが、なんだか胸の奥が暖かくなってくなってきて冷静さが失われていく香りだ。

 次の瞬間、詩郎は今自分が未知の状況にあることに気づいた。

 明芽の顔が体温が伝わってくるほどの至近距離にある。

 無意識のうちに首が明芽の方を向いていく。チャームポイントの丸い目を彩る長いまつ毛、思わず触れたくなくなってくる瑞々しい白い肌、そして日頃の苦労が見て取れる艷やかな髪の毛。気がつけば明芽の横顔を思いっきり注視してしまっていたが、明芽はフィギュアに夢中になっているようで気付く気配がなかったが、

「そろそろ他のも見てみよ……あ」

 明芽も横を向いた瞬間、2人は至近距離で目が合ってしまった。みるみるうちに2人の顔が赤面していき、同時に視線をそらす。

「ごっ、ごめん」

「ううん、わたしこそ」

 離れた方がいいと詩郎は思ったものの、それはそれで拒絶しているように思われる可能性がある。明芽も同じことを考えているのかは分からないが、2人はしばらく同じ体勢を維持し、見つめ合い続けていた。


 2人は駅前の大通りを歩いていた。服を見たいという明芽の希望で駅ビルに向かっている最中だ。

 休日ということもあり周りにはカップルが目立つ。詩郎も「自分もいつかは……」とつい思ってしまい、先ほどの明芽の反応から彼女の考えていることを想像し始めていた。

 至近距離で見つめ合った時恥ずかしそうにはしていたものの、好意的に捉えるのであれば決して悪い反応ではなさそうだ。一緒に遊びにでかけている時点で嫌われている訳ではないし、男として見られていないのであれば照れることもなさそうだ。

 ――これはイケるのではないだろうか。

 以前『友達』と言われてはいたが、親しい人間は『友達』というカテゴリに収めざるを得ないし、好意を抱いている相手だからといってわざわざ特別な呼び方にする必要もない。

 つまり、杞憂だったのではないだろうか。そう思った瞬間希望が湧いてきて、ついニヤけそうになってしまった。

 拳を握りしめ、密かに決意を固める。あとはタイミング。タイミングだけだ。

「――潮見さん、服を見た後に行きたいところがあるんだけど」

「うん、大丈夫だよー」

 明芽はあっさりうなずいた。

 そのまま2人は駅ビルに足を踏み入れ、明芽の後ろに続いて服屋へ向かう。

 明芽と一緒とはいえ、店内に足を踏み入れるのは抵抗があった。なんとなく歓迎されていない気がする。実際は男女の客なんて別に珍しいものではないと分かっていたが、つい体に力が入ってしまう。

「あ、これいいかも」明芽が手に取ったのは、薄手のフリルワンピースだった。「試着してみてもいい?」

「うん、もちろん大丈夫」

「すみません。試着したいんですけど」

 明芽がちょうど近くを通りすがったスタッフに声をかけ、ふたりは試着室に向かう。

 試着室へ明芽が足を踏み入れたところで詩郎はその場を立ち去ろうとした。

「じゃあ、俺店の外に出てるね」

「え? どうして?」カーテンを閉めるのを途中で止めた明芽が呼び止める。「店の外に出たら見てもらえないよね?」

「椅子があるので座って待っていただいて構いませんよ」

 詩郎たちを案内してくれたスタッフが手で椅子を指し示す。1人になるのはいたたまれなかったが、この場を去る選択はなさそうだ。大人しく椅子に座り、明芽が着替えるのを待つことにする。

 手持ち無沙汰だ。と思っていると、カーテン越しに衣擦れの音が聞こえてきた。この布1枚隔てた先で明芽が下着姿になっている……。詩郎の好みで水色の下着をつけた明芽を想像し始めてしまう。ブラジャーに包まれた豊満な胸を想像し始めた辺りで頭を左右に振り、息を吐いて煩悩を追い出し、他の雑音に全力で意識を集中する。

 数分後カーテンが開き、フリルワンピースに身を包んだ明芽が現れた。

「どう……かな? ちょっと私には大人っぽすぎるかな?」

「あ……」

 似合っているというレベルを通り越し、まるで奇跡に邂逅したかのようなそんな気分だった。

 少し照れくさそうな笑顔、普段とは雰囲気の違う服装。どんな美術品でも、どんな大作映画でもここまでの感動を抱くことはなさそうだった。

「やっぱり、微妙かな?」

 見とれて固まってしまっていた詩郎を見て微妙な反応だと思ったのか、明芽の表情が曇る。

「あっ、いやいやいやいや」慌てて詩郎は広げた両手を左右に降って否定した。「す、すごく似合ってると思うよ」

「それなら……よかったのかな?」

「うん。これ以上なく似合ってると思う」

 自信なさそうな明芽に詩郎は力強く頷いて念押しする。

「じゃあ、買っちゃおうかな……あ」

 値札に書かれていた値段は、一般的な高校生にはなかなか辛い金額だった。


 駅ビルを出た頃には、すでに『夕方』と言える時間に差し掛かっていた。日は長くなっていく一方だが、空の色は徐々に変わりつつある。

 あの後ふたりは特に何かを買うでもなく、目についた店に入ってはウィンドウショッピングを楽しんでいた。

「そろそろ、司くんの行きたいところに行こっか?」

「っ……そうだね」

 詩郎の心臓の鼓動が早くなり始める。場所は考えていた。ここから少し距離はあるがちょうどいい公園があることは調査済み。そこで詩郎は告白するつもりだった。

「どこへ行くつもりなの?」

「えっと……ちょっ、と歩いたところに、その、公園があるんだけど、なんていうか……そう、面白いものがあるみたいで」

「……へ~、何かな」

 怪しい間があったものの、明芽は特に怪しがる様子もなく微笑んだ。

 今から数分後には代名詞としての意味ではない『彼女』になってくれるか、断られて気まずくなり知り合い以上友人未満になってしまうかが確定している。そう思うと恐怖心が湧いてくるが、ずっとこのままの関係でいて、ある日他の男に取られてしまう方がはるかに怖かった。

「ん……?」

 詩郎たち周辺の通行人全員が上空を見ていることに気づき、詩郎と明芽は立ち止まった。同じ方向を見ると何か鉄の塊のようなものがこちらに向かってきている。

 どこかで誰かが「逃げろ!」と叫ぶと、周りの通行人も続いて悲鳴を上げながら逃げはじめた。

「ロボット……?」

 詩郎たちの10メートルほど前に現れたのは、15メートル前後の人型ロボットだった。足の下から炎が吹き出しており、空中を静止している。

 見た目はRPGゲームに出てくる勇者をメカ化したような風貌で、全身が真っ赤だ。

「……4体くらいのメカと合体しそうな見た目してる」

 明芽の言う通り『スーパー戦士シリーズ』には一部を除いて巨大ロボが登場するのがお約束で、小型の人型ロボ(大体レッド)と何体かの戦闘機などのメカと合体するというパターンは何作も存在している。

 どことなく物足りない気がするデザインをしているあたり、明芽の言う通りかもしれないと詩郎は思った。

《見つけたぜ》

 ロボットから声が聞こえてくる。詩郎はその声に聞き覚えがあった。赤城雅人――レジェンドブルーだ。

 レジェンドブルーの乗ったロボは詩郎たちの前に着地した。コンクリートが波のようにうねり、亀裂が入る。

 詩郎は辺りを見渡した。通行人のほとんどは逃げてしまってはいるものの、建物の多いここで暴れられたら損壊のリスクが高すぎる。それになにより明芽がいるのだ。なんとかここから誘導しなければ。

《ここでこの『レジェンダラー』でお前らを始末してやるよ》

 レジェンダラーから聞こえてくるレジェンドブルーの声は、今まであった軽薄さが鳴りを潜めていた。

「詩郎!」

 声が聞こえた方向を向くと、『マシンハリケーン』とは色違いで後部にトランクが取り付けられたバイク――『ガルムチェイサー』に乗ったガルムが路肩に停車していた。

 詩郎はガルムの元へ駆け寄る。

「あいつをもっと広いところに誘導しなきゃ」

「もちろんだ。一緒に奴を誘導するぞ」

「司くん」

 後ろから不安そうな明芽の声が聞こえてくる。詩郎は思わずため息をつく。

 あいつらはなぜ明芽と一緒にいるときに限ってジャマをしてくるのだろうか。いい加減にしてほしい。

 詩郎は後ろを向くと、

「潮見さん、ちょっとあいつ倒してくるよ」

 怒りを表に出してしまうのもカッコ悪い。ちょっとキザな口調で言ってみる。

 左腕につけたガーテクターのディスプレイを注視し、ガーテクドに変身すると呼び出した『マシンハリケーン』にまたがる。

「行くぞ詩郎」

「分かった」

《何考えてるか知らねえが、逃げられると思うなよ》

 街中でロボットをバイクで誘導するという、詩郎たちの世界では史上初と思われる作戦が今始まった。


 ガーテクドとガルムは車の間を縫いながらこの辺りで一番広い場所へ誘導していた。当然信号無視することになるが、サジェスト機能が事故を起こさないラインを指示してくれるのでそれに大人しく従う。

 目的地は、詩郎が明芽に告白しようと考えていた公園だ。公園なら多少めちゃくちゃになっていいというわけではないが、建物の多い場所で戦うよりはまだマシという理屈は分かる。

 別に思い入れがある場所というわけではないが、ロボットをエスコートなんて虚しくなってくる。

 後ろを一瞬見ると、10メートル頭上からレジェンダラーがこちらを追ってきている。敵は何も仕掛けてこない。不気味だ。と思ったところでレジェンダラーの胸元からミサイルが発射された。

「ウソだろ……!?」

 周りには車が走っている。こんなところで爆発されたら死傷者が出てしまうが、今まで変身してきたフォームにミサイルを落とせそうなものはない。

 戸惑うガーテクドに対し、あくまで冷静な態度のガルムはショットガン『ラドン』を取り出すと、バイクを運転しながら器用にミサイルを撃ち落としていく。ミサイルの破片が屋根に落下し、凹みができてしまった車が何台かいたが、直撃するよりはまだマシだ。

 周りを走る車の台数が減ってきたところで、ガルムはガーテクドへ近づき、ハンドガン『ヒドラ』を投げてよこした。

「次奴が撃ってきた時それを使え」

「え、ええ?」

 再びレジェンダラーがミサイルを放ってきた。

 武器を渡されたものの、運転しながら後ろに向かって銃を撃つなんて背中にも目がなければできるはずがない……と思ったが、サジェスト機能が指示する方角へ向かって引鉄を引く。

 後ろから爆発音が聞こえる。どういう理屈なのか分からないが標準は正確のようだ。

 再び周りを走る車が減り、2台はスピードを上げ、エンジンは幻獣の鳴き声かのような音を上げる。常人ではまともに走らせることができない『マシンハリケーン』だが、身体能力が向上しているため飛び立とうとする龍を地面に押さえつけるかのように滑走する。

 転倒するギリギリまで車体を傾けてコーナーを通り抜けると、鳥居が現れた。道の左右には雑木林が生い茂っている。

 2台鳥居を通り抜け、10秒もかかることなく開けた場所が現れた。

 ブレーキターンでバイクを停め、頭上に迫るレジェンダラーを見上げると、芝生を焦がしながら向こうも地面に着地する。

 これで作戦第一弾は完了だ。しかし、今度はコイツを倒すという本番が待っている。

 サジェスト機能は何も言ってこない。流石に巨大化するフォームはないようだ。

 ガルムはガルムチェイサーのトランクを開けると、中から大型の銃を取り出した。長さはガルムの腕ほどあり、口径はミサイルでも発射するのかと思うほどに大きい。

「ファイア!」

 ガルムが引鉄を引く。

 銃口から白い光が放たれ、レジェンダラーの顔面に直撃した。どうやらビーム兵器のようだ。

 煙が散りはじめ、煙の間からレジェンダラーの顔が現れる。

「――どうやら出力不足のようだ」

 コンクリートを釘で引っ掻いた程度のダメージしか与えられていなかった。

《コイツの顔を掃除でもしたつもりか? なら、礼をしねえとな》

「来るぞ!」

 レジェンダラーはガーテクドに向かって拳を叩きつける。とっさに横に飛び退いてかわす。硬い地面がまるでクラッカーのように砕け散り、土煙と地鳴りが巻き起こる。

「ウソだろ……」

 さっきまで自分がいたところにできた大穴に思わず声が漏れた。まともに食らったら、きっとバラバラになってしまう。

「同じ箇所を攻撃するぞ」

 ガルムは先ほど使用したビーム兵器『プロミネンス』を構える。

「わ、分かった」

 アーマードフォームに変身し大剣に力を込めると、刀身が熱を持ったように輝き始める。いきなり必殺技は敗北フラグな気がするが、ガルムも承知の上だろうしこれは何より現実だ。

「ファイア!」

「うおお!」

 今度は同時に顔面に攻撃する。ビームが顔面に直撃し、遅れて放たれた赤い斬撃が顔面にもろに当たる。

 無言で煙が晴れるのを待っていると、

「!?」

 嫌な気配を感じたガーテクドは横へ飛び退き、ガルムも同様にガーテクドとは反対側へ飛ぶ。

 煙を切り裂くように現れた赤い熱線が、さっきまでガーテクドたちがいたところを焼いていく。

「……予想以上に頑丈なようだな」

《お前らのおもちゃがこのレジェンダラーに効くわけねえだろ。ふたりまとめて煎餅にしてやるよ》

 今度は膝を上げ、ガーテクドを踏み潰すべく足を下ろしてくる。

「くそっ……」

 避けるのは簡単だ。よけるついでに隙だらけになったレジェンダラーの脛に向かって横払いの斬撃を放つ。

 しかし言われたら分かる程度の小キズが入っただけで、同じことを10,000回繰り返しても効果がなさそうだ。

「詩郎」ガルムがガーテクドの元へ駆け寄ってきた。「足を狙うのはいい作戦かもしれない。人型である以上、片足を破壊すればまともに立ってはいられないはずだ」

「確かに」

 その作戦で行こうとガーテクドが頷いた次の瞬間、

《何コソコソとやってやがる!》

 レジェンダラーの胸元にある『V』にも『L』にも見えるエンブレムが赤く輝きはじめ、熱波がふたりを襲う。ロボットアニメに登場するスーパーロボットのようだ。

 この攻撃も難なくかわしたものの、熱波は敷地内にあった池を襲い、みるみるうちに池の水が干上がっていく。

『スーパー戦士シリーズ』においては大体物語序盤だけ活躍して、徐々に影が薄くなってしまう小型人型ロボだが、この世界においては主役ロボにさらにサポートメカや2号ロボが合体する、所謂『スーパー合体ロボ』並の猛威を振るっていた。

「俺が奴を陽動する。詩郎は足を破壊しろ」

 ガルムはショットガン『ラドン』を構える。

「分かった」

 ガルムが陽動しているうちにガーテクドは後ろへ回り込み、右ふくらはぎへ刀身を突き立てる――が、やはり弾かれてしまい、後ろ蹴りを食らったガーテクドは地面を転がる。

「詩郎!」

「ぐっ……」

 幸いダメージは少なかった。全身の痛みをこらえながらもなんとか立ち上がる。

「だったらこいつだ」

 今度はマッシブフォームへ変身し、レジェンダラーへ駆け寄るとふくらはぎを全力で殴りつける。が、やはり効いているようには感じられない。

 再び後ろ蹴りが飛んでくる。

 腰を落とし、両肘を合わせた状態で顔の前で構え、攻撃を受け止める。

 反撃をしのいだ後、もう一度駆け寄り力の限り叩きつけるが、効果を感じられない。

 パイルバンカーフォームなら。と思ったものの、もう一押しがなければ倒せない気がした。それに防御面に不安がある。

 ガーテクドが迷っているうちに、戦況に変化が起こった。陽動を続けていたガルムだったが、レジェンダラーに掴まれてしまったのだ。

「くそっ……離せ」

 ガルムは自由の効く右腕でレジェンダラーの手に向かって銃弾を発射したり、体をよじって逃げようとするが、掴んだ腕はびくともしない。

《少しずつ自分の体が砕けていく音を聞いてな》

「ぐぁ!」

 ミシッ、という不快な音が聞こえた。

 早くコイツを倒さなければ、公貴が死んでしまう。

 負けられない。コイツを倒さなければ、デートの続きも、告白もできない。

 そう思った次の瞬間、首から下全身が熱を放っていた。

「これは……?」

 首から下全体が変化していく。右腕はアーマードフォームに、左腕はパイルバンカーフォームに、胸から膝にかけてはマッシブフォームに、そして足はダッシュフォームという4つのフォームを合わせたような姿に変身していた。

《――ArPileDaSsive Form》

 アーパイルダッシブフォームというただくっつけただけのフォーム名が頭の中に聞こえてくる。

 名前はいまいちだが、いける気がしてきた。

 足下のブースターを点火し飛び上がると反転。流星のごとくレジェンダラーへ向かって飛んでいく。

「壊れろー!!」

 勢いを付けて杭を撃ち込む。必死の一撃に、わずかだがヒビが入る。パイルバンカーを引き抜き、もう一撃……と思ったところで、

《何好き勝手にやってんだ!》

 サッカーボールのように蹴飛ばされ、ガーテクドは宙を舞う。しかしブースターを点火して反転。再びレジェンダラーへ向かって突っ込んでいき、もう一度パイルバンカーを同じ場所へ突き立てた。

 ヒビがさらに広がる――が何かが砕ける音が聞こえた。衝撃に耐えきれず杭が破損してしまったのだ。

 流石にレジェンドブルーもまずいと思ったのか、再びガーテクドを蹴飛ばそうとしてくる。

《調子こいてんじゃねえぞ! ……あ? なんだこれは!?》

 不意にレジェンダラーの攻撃が止まる。

「……やはりカメラはそこにあるようだな」

 レジェンダラーの顔にはベッタリと黄色いペンキのようなもので覆われていた。どうやらガルムがペイント弾を顔面に向かって発射したようだ。

 ガルムが作ってくれた機を逃すことなくもう一度攻撃を仕掛ける。パイルバンカーはなくとも、右腕の大剣がある。刀身に力を込めて炎をまとわせると、パイルバンカーで開けた穴に突き立てる。

「おおおおおおおおお!!!!」

 ブースターを点火してさらに奥へ突き立てる。

 次の瞬間、ヒビが一気に広がったかと思うと爆発が巻き起こった。

 ガーテクドは吹き飛ばされ、レジェンダラーの手からガルムが離れる。

 力をほぼ使い尽くしてしまい、基本フォームへ戻ってしまったガーテクドが全身に走る倦怠感に耐えながらもなんとか立ち上がると、横たわったレジェンダラーに容赦ない攻撃を加えているガルムがいた。

 右手でビーム兵器『プロミネンス』を持ち、左肩にミサイルランチャー『エクスプロージョン』を携え、至近距離で撃ち続けている。

「降伏しろ」

 口ではそう言っているものの、本当は真逆のことを考えているのではないかと思ってしまう容赦のなさだ。無事だった左足下にあるブースターは最初に破壊したようで、黒い煙が立ち上っている。

 こうなってしまえば立ち上がることはできないだろう。人型の宿命だ。

 こちら側が絶対的な正義かどうかは置いておいて、手負いのロボに容赦なく攻撃を浴びせ続けているガルムの姿は敵役に見えてならなかった。

 とはいえ未だ敵の正体がはっきりとしていない。捕らえて情報を引き出すことができれば得られるものは大きい。

 この状態でできることは少ないが、何かできることはないかとレジェンダラーに近づこうとした瞬間、

「え……?」

 砂で作られたオブジェが風で崩れていくかのように、レジェンダラーの体が崩壊しはじめたのだ。

 ガルムも攻撃をやめ駆け寄ったものの、レジェンドブルーもろとも、最初からなにもなかったかのように消えてしまった。

 ガルムは変身を解き、ガーテクドも続いて変身を解く。ふたりとも同様に困惑の表情を浮かべている。

「……別世界の存在はこの世界に長居できないようになっているのかもしれないな」

 公貴の仮説に詩郎は特に反応はしなかったものの、内心では納得していた。

 情報を得ることはできなかったものの、これでふたりの敵を倒すことができたのだ。これで残り3人。以前より力もついてきている。はっきりとした根拠があるわけではないが、なんとかなりそうだという自信も湧いてくる。

 ただし、この後デートの続きをする元気は残っていなさそうだ。ため息が思わず出てしまったものの、

「司くん!」

 声が聞こえた方向を振り向くと、明芽と深亜がこちらに向かってきていた。

 明芽は詩郎の目の前へ駆け寄る。

「塩見さん」

「大丈夫? 顔が疲れてるけど」

「う、うん。なんとか、大丈夫……かな」

 上目遣いで明芽に見つめられ、気恥ずかしさから視線をそらす。

「よかった……」

 明芽は大きくため息をつく。

「お疲れ様」

 深亜も明芽に追いつくと、詩郎にねぎらいの言葉をかけてくる。

「あ、うん」

「被害も最小限に抑えられた。ふたりのおかげだよ」と微笑む深亜に、詩郎はおかしなものを見た気がした。最初は感情の機微が少ない冷たい少女という印象だったが、気がつけばやっぱり平均値的には控えめなものの、感情の動きを見せるようになってきた気がする。そしてその理由は分からない。

「司くん本当に大丈夫? なんだか苦しそうだけど」

「ちょっと疲れちゃっただけだよ。大丈夫」明芽を安心させるために背筋を伸ばし、ガッツポーズをしてみせる。「だけど、デートの続きは別の日か……あ」

 直後失言したことに気づいた。思いっきり『デート』と言ってしまった。まずい。十中八九大丈夫だとは思うが、もし明芽はそのつもりではなかったら……。

「あ、いや、デートってのは、その言葉の『あや』というか、英語だと関係性は特に関係なくて男女で遊びに行くとデートって言うらしいし、まあなんていうか……」

「うん。さすがに司くんも疲れてるだろうしまた続き、行こうね」

「……あれ?」

 少し照れた様子ではあるが、明芽は特に否定もしなかった。いやしかし人間とは得てして本音を言わないものだ。否定するのも面倒で笑顔で誤魔化している説だってある。

 とはいえ、今までの発言や態度を見る限りでは杞憂ではないのだろうか。だが、あくまで推測でしかなく、事実ではない。

 詩郎は心に決めた。

 次ふたりで会う時、今度こそ明芽に告白する。

「……」

 そんな静かに決意を固めた詩郎を、深亜は安心したようでもあり、さみしげにも見える目で見ていた。

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