呼応
昼休み。
詩郎は公貴と屋上でお昼を食べることが日常になりつつあった。
その日も席を立ち公貴と屋上へ向かおうとすると、
「私も行きたい」
深亜がふたりの元へ近づいてきた。
「え?」
「何……?」
公貴もこれには意外だったようで、表情はいつも通りだったものの詩郎と一緒に困惑の声を漏らす。
「ダメ?」
深亜が首を傾げ、詩郎と公貴は顔を見合わせた。深亜は今まで積極的に関わろうとはしてこなかったのだ。何かあるのではと勘ぐりたくなってくる。そしてそれは公貴も同様のようで、しかめっ面で詩郎を見てくる。
「いや、ダメじゃないけど」
「問題ない」
同時に問題ない旨を深亜に伝えると、
「それじゃ行こ。時間もったいないよ」
深亜は詩郎たちの横をすり抜け、教室を出て行ってしまった。
「……」
再びお互い無言で見つめ合う。
「とりあえず行くか」
「……そうだね」
ふたり深亜を追って教室を後にした。
「……」
明芽は話を振ってくるクラスメイトたちをそっちのけに、教室を出ていく2人をじっと見ていた。
「……アカメ? どうかした?」
「…………あ、ごめん。ボーッとしてた」
その場をごまかすため、作り笑いを浮かべる。
「何か悩み?」
「いやー、明後日の朝ごはん何にしようかなって」
「なにそれ、気が早すぎでしょ」
クラスメイトたちから笑いが巻き起こる。
明芽は笑みを顔に張り付けつつも、不安を抱いていた。
深亜になにがあったのだろう。今まで一緒に登校していても雑談を交わすこともなかったのに、公貴が一緒とはいえ自分から一緒にお昼を食べようと言い出したのだ。
ペンギンのぬいぐるみを大事そうに抱きしめた深亜を思い出す。あれがきっかけになったのだろうか? いやいや。いくら何でもチョロすぎる。だいいち、あの3人だ。きっと重要な話をするために違いない。きっとそうだ。
と、そこで明芽は1つの謎に気づいた。偶然その場に居合わせたというのもあるかもしれないが、自分も機密情報を知ってしまっている。というより、当たり前のように基地に招待されていた。
――それって、問題ないのだろうか。
3人は屋上に出ると、普段2人で座っているベンチに3人並んで座った。左から深亜、詩郎、公貴という順番だ。
ベンチに着くと、深亜はコンビニの袋から惣菜パンを取り出すと、封を開け食べ始めた。詩郎も公貴もそれに倣うが、無言だ。
「……お昼はいつもコンビニなの?」
まったく会話がないのも気まずいので会話を振ってみることにした。
「私は好きなものも嫌いなものも特にないから。……司くんは?」
「え、俺? うーん……チーズ……かな?」
話題を振り返され、好きなものって何だろうと悩んでとっさに出てきた名前を答える。
深亜は一瞬なぜか驚いたような様子を見せた後、微笑を浮かべると、
「そう、なんだ」
詩郎には明芽という心に決めた女の子がいる……はずなのに、その安心したような笑顔を見た瞬間、心臓が一瞬大きく鼓動を刻み、まるで時が止まったかのような感覚を抱いた。
これはいけない。詩郎は首を前に戻し、左右に振って心を落ち着ける。きっと気のせいだ。
ペンギンがそんなに好きだったのだろうか。しかしそれにしたって振り幅がいくらなんでも大きすぎる。
深亜は何かを隠しているのではないだろうか。そう思わずにはいられなかった。
その日の放課後。明芽は深亜を誘って『ベイグラント』が破壊した店舗とは別のファミレスにいた。明芽はミニパフェを頼み、深亜はドリンクバーだけだ。
深亜を誘った理由は、彼女が何を考えているのか知りたかったからだ。自分でも変なことをしているという自覚はあったが、ふとした時につい考えるようになっていたため、早めに解消してしまいたかった。
「それにしても、他の世界から来たとは思えないくらい馴染んでるよね」
深亜が手にしていたグラスをテーブルに置くと、明芽は話を切り出した。以前詩郎と2人で登校しているときに目の前に現れた2人とは対象的に、深亜は『この世界の人間』という感じがする。
「こっちに来る前にある程度のことは頭に叩き込んできたから」と深亜は答えると、グラスを手に取って口に運ぶ。
「そうなんだねー。常識とか、考え方とかも微妙に違ってたりしないの?」
相当回りくどい質問だが、探りを入れていく。
「たぶん」深亜はグラスをテーブルに置いた。「全く一緒ってことはないと思うけど、ちょっと変わった人だな、くらいで済ませられる違いだと思う。私も意識してこっちの人間に合わせようとはしてないし」
「へえ、そうなんだ。それにしても、雨越さんって私と同い年とは思えないくらい大人っぽいよね」
明芽はミニパフェに手を付けるのも忘れ、深亜へ話を振る。
「そうかな?」
「そうだよー。だからこの前誕生日会でペンギンのぬいぐるみ抱きしめたときは驚いちゃった。意外と可愛らしいところあるんだなって」
他愛のない話感を出しつつも、明芽の目は深亜の表情に注がれていた。深亜は一体どんな反応を見せるのだろう。
「ふふ」深亜は目を細め、明芽とは同い年には思えない余裕のある笑みを浮かべた。「どうしてかな? ペンギンが特別好きってわけじゃないのにね」
深亜の反応を見た瞬間、明芽は確信した。2人の間に何があったのかは分からない。しかし、深亜が詩郎に対して特別な感情を抱いていることは間違いなさそうだった。
「そっかー。まあでもぬいぐるみって抱きしめたくなることあるよね」
作り笑いで適当に相槌を打つ。
なんだか、いやかも。心の中に茫々とした不快感があった。
翌日。
詩郎は明芽とふたりで登校していた。
普段ならば会話を振ってくる明芽だが、今日は静かだ。
ちらりと明芽の横顔を伺う。体調が悪いのか、なにか悩んでいるのか、表情が暗い気がする。
詩郎はこの前のプレゼントで手応えを感じていた。もう一度デートに誘って、あわよくば……告白、という魂胆だ。
しかし明芽がこんな状態で誘うのはどうかという疑問が生じ、今日は誘うのをやめておくか……と思った瞬間、気づいたことがあった。今なら仮に断られたとしても『元気なさそうだったから元気出してもらいたくて』という言い訳を使うことができるのではないだろうか。
完璧だ。ついガッツポーズを取ってしまっていた。
よし、誘うぞ。誘うなら、今だ。
「潮見さ」
詩郎が言葉を発した次の瞬間。
「司く」
同じタイミングで明芽も詩郎の名を呼び、同じタイミングで言葉を止めていた。
今度は2人同時に手のひらを上にした手を相手に向けて「先どうぞ」のジェスチャーをする。
「……」
「……」
2人とも無言のお見合いが数秒あったあと、
「「今度遊びに行かない?」」
2人とも同じ言葉を発していた。
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