誕生日

 5月22日朝。

 休みが明け、詩郎たちは4人で登校していた。

「エナジーレンジャーって結構シリーズ続いてるのに、日本で見られるのってそのうちの1/3しかないんだね。今まであまり見ようと思わなかったけど、この前の一件で気になってきちゃった」

「そんなに少ないんだ」

 あんな怖い目にあったというのに強かな女の子だ。詩郎は明芽の方を見ないように相槌を打つ。明芽の言う『この前の一件』があってから明芽を見るのが照れくさて仕方がない。

「アメリカの作品だから仕方ないんだけど、『スーパー戦士シリーズ』がもとになってるんだから本家の生まれである日本にもリスペクトが足りないよ」

 明芽は若干不満げに鼻を鳴らす。

「たしかにね……」

 とはいえ、特撮パートを使いまわしている以上、全くの別物ということもないはずだ。わざわざ見るほどのものなのだろうか。肯定しつつも内心ではホントどれだけ好きなんだよと思っていると、

「俺は全部ではないがほとんど視聴済みだ」

 すぐ近くにさらに上を行く者がいた。

「え、どうやって見たの?」

「簡単だ。VPNを使ってアメリカの配信サイトで見ればいい」

「ぶいーぴーえぬ……? でも、英語だよね」

「子供向け番組なら難しい慣用句もないからな」

 事もなげに言う公貴に、詩郎は呆れてしまっていた。スペックは高いというのに、趣味の世界全振りな使い道に「それでいいのか?」と思わずにはいられない。

 ただ、今はそれよりも気がかりなことがあった。3人の後ろをまるで赤の他人のように歩く深亜だ。

 気になり後ろを向くと、タイミング悪く深亜と目が合ってしまった。

「どうかした?」

「いや、何でもない」

 公貴とは意図した訳ではないが仲良くなることができたが、深亜とは相変わらず壁を感じる。

 このままではよくないが、好意的に接してくれる女の子との距離すら上手く縮められないのに、とっつきにくい態度を取る女の子が相手ではなおさらだった。

 ただ、どうやら明芽も同じことを思っていたようで、

「そういえば、雨越さんの世界には特撮ヒーローってなかったの?」

 詩郎も少し気になる一言を尋ねた。

 忘れかけてしまっていたが、深亜も別の世界からやってきたという信じられない存在だ。元の世界はどんなふうだったのかや、そして彼女自身にも謎はあるし、聞きたいことはいっぱいある。

 しかし詩郎は今まで業務的な会話しかしてきたことがない。そんな相手に身の上話を振るのは、友達の友達と2人になる状況よりはマシだが辛いものがある。明芽が話題を振ってくれたのはまさに渡りに船だった。これならばまだ自然に深亜と会話ができる。

「一応あったけど私はあまり興味なかったかな」

「あ、そうなんだね。そういえば雨越さんの世界はこの世界とは結構似てるのかな? こうやって普通に会話できてるし」

『あるけど興味ない』という話題を広げにくい回答だったが、明芽は器用に話を繋ぐ。学校でも友達の多い潮見明芽だから為せる技だ。

「そうだね。共通点は多いと思う。おそらく別の世界と言っても、可能性の違いがあるくらいで、何から何まで違うっていうのは人類が繁栄している世界にはほとんどないんじゃないかな」

「……?」

 明芽はよくわかってないようで、眉間にシワを寄せて首を傾ける。

「地球がちょうどいい場所にあって、人類が繁栄するような歴史を歩む。そこが外せない以上は大きく違いが出ることはない、ということか」

「そういうこと。四季もあるし、1年も365日。その辺りは変わらないよ」

 公貴の理解度チェックは合格だったようで、深亜はうなずく。

 詩郎も公貴の言ったことでようやく意味が掴めた。が、最初から理解できていた体を装うためにうんうんとうなずく。

「えっ。ってことは、雨越さんの誕生日もこっちの世界でお祝いできるね。いつなの?」

「5月26日だけど」

「えっ、うそ」発言内容とは裏腹に明芽は嬉しそうだった「わたしと一緒だ」

「なに!?」

 思わず声を出してしまい、詩郎は慌てて口を塞いだ。まさかの4日後。知れたのは幸運だが、知ってしまった以上何もしないという気にはなれなかった。


 昼休み。その日も詩郎は公貴と屋上で並んでベンチに座り、お昼を食べていた。

「……潮見さんと雨越さんって誕生日同じなんだね」

「なんだ、誕生日を祝いたいのか」

「ブホッ」

 図星を突かれ、お茶を飲んでいた詩郎は咳き込んでしまった。

「大丈夫か」

「ケホッ……大丈夫」

「そうか。では、当日俺たち3人で雨越の家に押しかけて潮見と雨越の誕生日を祝うという作戦はどうだ?」

「もうやること決定なのか」

 本心では願ったり叶ったりだが、自分からやりたいと言えなかった後ろめたさから気乗りではないかのような物言いになってしまう。

「段取りは考えておく。お前は潮見を誘うのと、ふたり分のプレゼントを用意しておけ」

「え……? わ、わかった」

『一緒にお祝いしよう』ならまだ何倍も誘いやすいと自分に言い聞かせ、詩郎はその場でメッセージを打ち始めた。プレゼントも何を贈るか考えなければならない。喜んでもらえるか不安だったが、命をかけて戦うよりは遥かにマシだった。


 誕生日当日の夕方。

 公貴に指示されて詩郎と明芽がやってきたのは、地下に基地があったマンションだ。

「潮見さんここで一人暮らししてるみたい」

「へえ……」

 ふたりしてマンションを見上げる。10階建ての比較的新しめなマンションだ。

「来たか」

 2人が首を戻して声が聞こえた方へ視線を向けると、公貴がこちらへ向かって歩いてくるところだった。両手に飲み物が入ったレジ袋を下げている。

「今日は家にいると聞いている。行くぞ」

 公貴に続いてマンション内へ足を踏み入れ、最上階へ向かうと一室のインターホンを鳴らす。

 ドアを開けて顔を出した深亜は、3人を目にした瞬間目を丸くした。

「どうしたの?」

「潮見さん、誕生日おめでとー!」

 明芽は紙袋に入ったプレゼントを深亜の目の前に突きつけた。

「え、あ、うん」

 困惑した様子で深亜がプレゼントを受け取ると、

「お、おめでとう。これよかったら」

 詩郎も明芽に続いてプレゼントを渡す。

「ありがとう……」

「今日は雨越の誕生日を祝うためにやってきた。入れてくれ」

 公貴はこれ見よがしに両手に持ったレジ袋を深亜の目の高さにまで上げる。

「うちなにもないけど」

「大丈夫だ。ピザのデリバリーを頼んである」

 微妙に噛み合っていない返答を公貴がしたあと、3人は深亜の家へ足を踏み入れた。


 家の中は本当に何もなかった。

「結構片付いてる……んだね」

 明芽が家の中を見た渡しながら呟いた感想も、遠回しに『なにもない』と言っていた。本当になにもない。

 キッチン周りには調味料も食材も置かれておらず、小型冷蔵庫があるだけだ。リビングにはカーペットの上にローテーブルがあるくらいで、生活感がほとんどない。

 詩郎は不安だった。どうやら深亜はミニマリストのようだ。それなのに、詩郎がプレゼントに選んだのは……ぬいぐるみだった。絶対に微妙な反応をされるに決まっている。

「雨越さん、開けてみて」

 そんな状況にも関わらず、明芽がプレゼントを開けるように深亜に促していた。

 最初に開けたのは明芽からのプレゼントだ。

「これは香水?」

 深亜はギフトボックスの中に入っていた小瓶を取り出し、目の前に持ってくる。

「好みに合うかわからないけど……どうかな?」

 笑みを浮かべながらも緊張した口調で明芽が言う。気に入ってもらえるか不安なのだろう。

「ありがとう。こういうのあまり使うことないんだけど、機会があったら使ってみるね」と深亜が微笑むと、明芽は安心したようにため息をつき、

「じゃあ、次は司くんのだね」

「うっ」

 思わず声が出てしまうが、深亜は構うことなく包装紙を丁寧に開いていく。中から現れたのはペンギンのぬいぐるみだった。

 ペンギンにしたのは、テディベアの類は子供すぎるし、あまり奇をてらった生き物にしても仕方がない。ペンギンならばそこに関しても問題ないであろうという、消去法での選択だった。

「……」

 ペンギンのぬいぐるみと対面した深亜は、じっと見つめたまま固まっていた。やはり失敗だったか。

「あはは、やっぱ、微妙だよ――」

 ね、と詩郎が言い終える前に深亜はペンギンのぬいぐるみを抱きしめていた。その表情は、まるでずっと離れ離れになっていた相手と再会したかのようだった。

 しかしその行動は深亜にとっても不本意なものだったようだ。一瞬我に返ったかのように目を丸くしたかと思うと、ぬいぐるみを体から離し、

「ありがとう」

 作ったような無愛想な口調で言うと、再び包装紙の中にペンギンのぬいぐるみを包んでしまった。

「あ……うん」

 実はペンギンが好きだったりするのだろうか。意図の読めない行動だったが、とりあえずお気に召さなかったということはなさそうだ。

 と、そこでインターホンが鳴った。

「ピザが来たようだな」

 公貴は玄関へ向かうと、ピザの入った箱を抱えて戻ってきた。部屋の中に焼きたてのピザの香りが漂ってくる。

「じゃ、じゃあ早速始めよっか」

 微妙な空気を払拭すべく詩郎が意識して明るい口調で言う。

「よし、では始めるか。詩郎、手伝ってくれ」

「オッケー」

 詩郎と公貴でローテーブルの上にピザの箱を開けて広げていく。

 その時詩郎は気づけなかったが、深亜は包装紙に包んだペンギンのぬいぐるみを手にした状態でじっと見つめ、明芽はそんな深亜を不思議そうな目で見ていた。


 誕生日会を終えたあと、明芽と詩郎は帰路に着いていた。2人とも方角が同じため、並んで道を歩く。

 空は暗く、時たま横を車が通り過ぎていく程度で、さほど遅い時間でもないのに静かだ。

「今日は楽しかったねー」

 明芽は詩郎の反応を見るべく、話を振ってみることにした。

「うん。そうだね」

 いつも通り詩郎は遠慮がちな反応を返してくるが、明芽から見て詩郎は前よりたくましくなった気がしていた。

 以前ハラキリレッドにさらわれたときに、詩郎は命がけで助けに来てくれた。お互い無事で、軽い切り傷程度で済んだのが不思議なくらいだ。

 あのときのことを思い出すと、怖くなってくるものの同時に胸の奥が詰まるような感覚があった。詩郎と顔を合わせると、以前より『嬉しい』という気持ちが湧いてくる。

 そしてもう一つ。詩郎があげたプレゼントで深亜が喜んでいたのを見たとき、不思議と嫌な気持ちになってしまった。

 詩郎は憧れの司修平の息子で、特撮の話ができるちょっと頼りない友達。そのはずだったのに、今自分の中にある感情は友達に対して向けられるものとは違っている気がする。

 さらに深亜にはプレゼントをあげていて、自分にはないのも心の中でつっかえていた。別に自分はそんな現金な人間じゃないし、今回は『3人で深亜を祝う』という体なのだ。なのに、なぜだか寂しかった。

「雨越さんもプレゼント喜んでくれてたし、色々と話せたのもよかったよね」

 つい心の中で思っていたことを婉曲的に口に出してしまった。

「あっ」

 すると詩郎はピンと背を伸ばして立ち止まったかと思うと、背負っていたカバンを下ろし、辞書より一回り小さい包装された箱を取り出した。

「ごめん忘れてた。これ、潮見さんの」

「え、ありがとう……」両手で受け取ると、思ったより軽かった。「開けてもいいかな?」

「……うん、大丈夫」

 詩郎は自信なさげだったが許可を得たので包装紙を丁寧に剥がしていく。

 中に入っていたのは『覆面サンダー九天 タフフォーム』のアクションフィギュアだった。明芽の記憶ではすでに廃番になっており、高校生には手が出ない金額になっていたはずだ。

「これ、結構高いよね?」

 確かにSNSでポーズを取らせた写真が流れてくるたびに物欲を刺激されていたが、申し訳なさから顔が険しくなってくる。

「だ、大丈夫。これ昔もらったものだし、俺飾る趣味もなくてずっとしまい込んでたから……だったら、潮見さんのところにあったほうがそいつも喜んでくれそうかなって」

 詩郎は明芽の態度から『拒否』を感じ取ったようで、挙動不審な動きをしながら若干早口で説得してきた。

「ふふ」その光景がなんだかおかしくて、笑いが漏れてしまう。「ありがとう。大事にするね」

 胸元でアクションフィギュアを抱きしめていた。

「うん」

 詩郎は照れくさそうに視線をそらす。

 そんな詩郎を見ていたら、不思議と胸の奥が暖かくなってくるような感覚があった。


 帰宅した詩郎が風呂を済ませると、メッセージが2件来ていた。両方とも明芽からだ。

 内容を確認すると『飾ってみたよ!』というメッセージとともに、テーブルの上に『覆面サンダー九天 タフフォーム』のアクションフィギュアを飾った写真が送られてきていた。

 女の子らしい小物と並んで立つ覆面サンダー九天は、作中でもお決まりの拳がやや肩側によったガッツポーズを取っており、女の子の部屋に来られてテンションが上っているように見えないこともなかった。

「……」

 詩郎は無意識のうちに写真をピンチインしていた。拡大したところで何かが見えるわけでもないが、つい拡大した写真を端から端までスワイプして観察していく。

 2/3ほど見たところで自分の変態行動に気づき、慌てて写真を閉じる。

 何をやってるんだ俺と思わずにはいられなかったものの、プレゼントしたことは正解だったなと心の中で確信していた。

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