決戦
司修平は埠頭から海を眺めていた。
彼の背後にはコンテナが積み上げられており、さながら分譲住宅の区画のようにコンテナとコンテナの間には規則的な通路が作られている。
人質として連れてきたレポーターは、修平が背を向けているにも関わらず、地面に座り込んだまま逃げようとしない。一度逃げようとしてその行動が無意味であると学んだからだ。
「……なんだ?」
最初は遠くから聞こえていたエンジン音が徐々に近づいてくる。
修平が音の聞こえる方角を向くと、バイクに乗った男が修平に向かって近づいてきていた。
男はバイクを修平から5メートル離れたところに停めるとヘルメットを脱いだ。バイクの男は公貴だった。
「お前は誰だ?」
「……俺は七瀬公貴。覆面サンダー九天の大ファンです」
公貴は『ガルムチェイサー』から降りると、修平へ向かって歩いていく。
「へえ。それは嬉しいね。サインでももらいにきたのかな?」
「それもいいですね。ですが」公貴は立ち止まり左腕を上げると、手首に巻かれたスマートウォッチを修平に見せつける。「今日はあなたを止めに来ました」
手が震えるほど強く左拳を握った状態で拳を目の前に持っていく。
「変身!!」
手首を捻り、ディスプレイを見つめ――ガルムへと変身する。
それにしても、まさか憧れの存在である司修平とこのような形で相まみえる日が来るとは。公貴も思ってもみなかった展開だ。
勝てるのだろうか。修平を見つめながら思う。
ガルムはガーテクドのデータを元に作られた、いわば量産型のような存在で、使用者に制限がない代わりに性能は劣る。
対して修平の変身した姿、デトロカスターはガーテクドを簡単に倒してしまった灰色のガーテクドを一撃で屠っている。常識的に考えたら勝てるはずはない。
しかし詩郎が負けてしまった今、戦えるのは自分しかいないと、自分で自分を鼓舞する。
「どうですか、俺の変身は。歴代の覆面サンダーの変身ポーズから参考にしたんです」
「そうだね」修平は目の前で拳を握りしめた両腕を交差させた。そして右手は指先を伸ばした状態で左上前方へ、左手は握りしめたまま腰の横へ持っていく。「変身」
ヒーロー然した変身ポーズからは冗談としか思えないような黒い怪物へと変身した。
「……やはり本物と比べると自分のは猿真似に思えてきますね」
自分一人のために生変身を披露してくれたと思うと感動せずにはいられなかったが、対峙している怪人から発せられるプレッシャーに、感動は湯気のように一瞬で消え去っていく。
デトロカスターは構えを取り、ガルムは両腕に『ヒドラ』と『ラドン』を構える。
次の瞬間には戦いが始まりそうな気配だったが、
「――ワタシも混ぜてよ」
闖入者の声で気配が消える。
2人のちょうど中間地点のあたりの地面から、文字通りマナが生えてきた。
「何しに来た。俺たちを連れてきた『アイツ』がもういない以上、俺たちの間に協力関係はすでにない。邪魔だ」
しかしデトロカスターからするとお呼びではないようだ。
「何勘違いしてるの? 自意識過剰なおっさんだね」
マナはアイビセスへ変身すると、ガルムの横へ立った。
「!? お前何を考えているんだ?」
「ワタシこの世界のファッション気に入っちゃったし、滅ぼされるのは困るんだよね。まだ着てみたい洋服いっぱいあるし」
「はあ?」
ガルムは思わず困惑の声を漏らす。以前アイビセスには毒を盛られているうえに、そもそも敵同士だ。怪人の思考回路はどうなっているのだろう。
「でもこのおっさん滅茶苦茶強いよ? どう考えても公貴1人で倒すの無理だと思うけど?」
「それは……」
否定できない事実だった。罠という可能性も否めないでもないが、アイビセスの強さは目の当たりにしている。今は仮に罠だとしても協力してもらわない選択肢はない。
「じゃ、決まりだね。公貴の力ちょっと借りるよ」
アイビセスがガルムの体に触れると、ガルムの姿を模した泥人形が4体現れた。今までアイビセスが召喚していたものより心なしか強そうだ。
「そんな置物……何体いたって同じだ」
デトロカスターが駆け出し、2人へ向かってきた。
「あっ、さっそく置物かどうか試せるね。行って!」
アイビセスが右手を前へ突き出すと、泥人形たちは全く同じタイミングで駆け出し、デトロカスターへ向かって飛んでいく。4体のうち、先頭を走る2体が線対称の動きで飛び上がり、左右からデトロカスターに殴りかかる。
「フンッ!」
しかし拳が届くことはなく、デトロカスターの腕が2体の腕を貫く。体が崩れ、辺りに砂煙が舞い出した次の瞬間――。
何発もの銃弾がデトロカスターの全身を襲っていた。不意をつかれ、さすがのデトロカスターも体をのけぞらせる。
「そんなこともできるのか……」
「ただの置物以上に仕事をするようだな」
ガルムとデトロカスターが同時に声を漏らす。
残りの2体はショットガン『ラドン』を複製したと思われる銃を両手に構え、実際に銃弾を発射していた。両手に同じ銃という点でも複製能力を有効に活用している。
いくら土の塊とはいえ、高速で発射されれば威力もそれなりのようだ。
「面白い」
デトロカスターは再び構えを取る。全身には傷が入っており、ガルムはアイビセスの強さを実感した。本当に味方になってくれているのであれば、敵を倒すことができるかもしれない。
「すぐに面白くなくしてあげるよ」
アイビセスはさらにガルムに似せた泥人形を召喚し、デトロカスターへ標準を合わせていく。四方から銃弾を浴びせられ、デトロカスターは上半身を丸める。
効いている。
瞬殺されるのではという不安が戦いの前にあったが、想像以上に強いアイビセスという存在もあり、ガルムは勝機があるのではと思い始めていた。
それはそれでなんだかしゃくではあるが、勝ち目のない戦いに光明が見えてきたのだから、自分も攻撃に加わるべきだ。ビーム兵器『プロミネンス』を構え、引鉄にかかった人差し指を曲げようとしたところで不意にデトロカスターが顔を上げた。
「アアアアアアアアアアアアア!!」
地中に棲む未知の巨大生物が叫びを上げたかのように辺りが揺れる。衝撃を発したのはデトロカスターだ。意識はないはずだが泥人形たちは一瞬動きを止め、その瞬間を狙ってでトロカスターは一体の泥人形へ急接近すると粉砕。そして次の泥人形へと一体一体を目にも止まらぬ速さで片付けていく。
「……やはりただの物置だったようだな」
あっという間に全ての泥人形を粉砕し終えると、首を回し、2人がいる方を向いてきた。
さっき一瞬抱いた感覚は誤解だったようだ。ガルムは自分を戒める。
「大丈夫。攻撃自体は効いてる。攻めるよ、公貴」
アイビセスはショックを受けた様子もなく、泥人形を新たに5体呼び出した。
ガルムを模した泥人形たちは両肩にミサイルランチャー『エクスプロージョン』を模した物を構える。
ガルムも彼らに倣い、左肩に本物の『エクスプロージョン』を装備した。
「発射!」
ガルムの掛け声と同時に全員同時に発射し、何本もの飛翔体がデトロカスターへ向かって飛んでいく。
どういう理屈かは分からないが、砂から作られたミサイルのはずなのに爆煙が上がる。
「やったか……?」
ガルムは無意識のうちに敗北フラグが立つようなセリフを口に出すと、爆煙に目を凝らす。おそらく防御力はさほど高くないようだ。ダメージを与えられたはずだ。
しかし、直後ガルムが目の当たりにしたのは煙の中を歩くデトロカスターの影だった。
「直撃させたはずじゃ……」
ガルムが困惑の声を漏らした直後、デトロカスターは一瞬で接近するとガルムの右手を握った。
「サインはちょっとあげられないから、握手で我慢してもらおうか」
そして左手でガルムの右肘の辺りを掴むと、コンテナに向かって放り投げた。
「が……」
背中からコンテナに打ち付けられ、凹みが出来るほどの衝撃に声が漏れる。
「公貴!」
アイビセスが名を叫ぶが、ガルムは反応を見せることなくうつ伏せに倒れ込む。
デトロカスターに視線を向けられ、アイビセスは一歩下がって距離を取る。
「元仲間のよしみで俺の邪魔をしないのであればこの場は見逃してやる」
「どうせこの世界を滅茶苦茶にするのなら、いずれまた戦うことになるのに見逃してもらう意味があるの?」
アイビセスはさらに泥人形を呼び出す。全員すでに銃口をデトロカスターへ向けた状態だ。
「では先にお前を滅茶苦茶にさせてもらおうか」
「うわっ、何する気?」
言葉とは裏腹に、アイビセスは口端を吊り上げて笑った。
公貴たちが戦い始めた1時間前のこと。
詩郎はアナザー・ガーテクターを手にして自室のベッドに腰掛けていた。
これがあれば修平を止めることができるかもしれない。しかし、それは同時に自分から望んで父親と戦うことを意味する。
このままでは修平によってこの世界が滅茶苦茶にされてしまう。
とはいえ、この世界の軍事力を結集させればなんとかなる気がしないでもない。しかしおそらくは大きな犠牲を払うことにはなってしまうだろう。
だが、自分はただの高校生だ。そこまでの責任を押し付けられても困る。
「……ん?」
ベッドの上に放り投げていたスマートフォンから通知音が鳴る。画面を確認すると深亜からで、『これから七瀬君が戦いに行く』という短い内容だった。
返信することなく、スマートフォンを再び放り投げる。
修平を止めなければならない。公貴を助けに行かなければならない。
頭では分かっている。しかし、恐怖に支配されて動けない。だいいち、父親と命をかけた戦いなんてできるはずがない。
かつての自分はしたいことがあっても、先に諦める理由を先に見つけては行動しないことを正当化してしまっていた。そしてそんな自分が嫌いだった。
しかし最近は怪我の功名とはいえ明芽との関係も進み、公貴という友人もできた。少しは自分のことを受け入れることができるようになったような気もするが、どうやら気のせいだったようだ。
無意識のうちに自嘲的な笑みを浮かべていると、再びスマートフォンが鳴り始めた。今度は着信のようだ。
当初は出るつもりではなかったものの、発信者の名前を見た瞬間思わず電話を取っていた。
「……もしもし」
『もしもし? 元気……? って聞くのもおかしいかな』
スピーカーの向こうから自信なさげに小さく笑う声が聞こえる。
「……」
自信を持って「元気だよ」とは言えず、かといって「元気じゃない」と答えるのもかまってちゃん感がある。なんと答えたらいいか分からず言葉が出なかった。
「ごめん、答えにくいよね。でもちょっと司くんの声が聞きたくって」
「いや、大丈夫だよ。まあ、普通……かな?」
明芽から『声が聞きたくって』と言われて『普通』になったばかりだとは言えない。
『……雨越さんから聞いたよ』
「うん」
どこまで聞いたのかは分からないが、深亜が別の世界の明芽で、公貴が修平を止めに向かったことはおそらく伝わっているのだろう。
『司くんは、もう十分戦ったと思う。何度も怖い目にあって、ボロボロになってもわたしを守ってくれた。でも、司くんはただの高校生なんだよ? これ以上、司くんが傷つくのは見たくない」
「……」
『大丈夫。司くんが戦わなくてもきっとなんとかなるよ』
好きな女の子から気を遣われて、詩郎が抱いた感情は不甲斐なさ、そして自分への怒りだった。
俺は男として失格だ。自分のことばかり考えていて、好きな女の子のことが頭から抜け落ちてしまっていた。
「――いや、俺戦うよ」
『……え?』
「まだ、その、デ、デートの続きがちゃんとできてない。父さんを止めないと、安心して続きができない」
『それは、そうかもしれないけど』
「それと、伝えたいことをまだ言えてないし。父さんを止めた後、今度こそ伝えたい」
『……うん。でも、なんかフラグ立ってない?』
「大丈夫。俺は『潮見さんの』ヒーローだから」
世界を守るなんて自分の手には余る。だけど、好きな女の子を守るヒーローにすらなれないなんて――男が廃る。
電話を切り、左腕にアナザー・ガーテクターを巻くと詩郎は部屋を飛び出した。
ガルムが意識を取り戻すと、絶望的な状況が視界に入った。
アイビセスは全身打撲創と切り傷が広がっており、力を使い果たしてしまったようだ。地に跪き、辺りには泥人形は一体もいない。
対してダメージをほとんど受けていなさそうなデトロカスターはとどめを刺すべく、アイビセスへ近づいていく。
「マ……ナ……」
かすれた声ではアイビセスに届かないようで、特に反応を見せる気配はない。
立ち上がろうとするが、アーマー自体にも、そして身体にも深刻なダメージを受けている。どうしようもない敗北だ。
ここまでか、と思ったところでエキゾーストノートが近づいてくることに気づいた。しかも聞き覚えがある。
「詩郎……?」
音が聞こえた方角へ首を向ける。間違いない。『マシンハリケーン』に乗った詩郎がこちらに向かってきていた。
辺りの惨状に詩郎は困惑せざるを得なかった。
コンテナには凹みが入り、辺りのコンクリートには大小の穴が空き、何かでえぐり取ったような跡も見受けられる。
そして凹みのあるコンテナのすぐ近くには、身体のあちこちにヒビが入ったガルムが起き上がろうとしており、なぜか味方同士であるはずのアイセビスがデトロカスターと相対していた。アイビセスはガルムに以上にダメージを受けているのが見て取れる。
「公貴、ごめん遅くなった」
「ヒーローのようなタイミングでの登場だな」
「詩郎。何しに来た」
デトロカスターはアイビセスの前を通り過ぎ、詩郎へ向かって歩いてくる。
「父さんを止めに来た」詩郎は左腕の袖をまくり上げ、アナザー・ガーテクターをデトロカスターへ見せつける。「変身!」
手首を捻り、ディスプレイを注視する。
《――》
ガーテクターとは違う電子音声が聞こえ、詩郎の身体を灰色のガーテクド――アナザー・ガーテクドへと変化させる。
「……あいつの力を手に入れたか。面白い」
デトロカスターがよそ見をしたかと思うと、マシンハリケーンのように漆黒の無人のバイクがこちらへ向かって走ってくる。詩郎には見覚えがあるバイクだった。
あれは修平が昔乗っていたバイクで、幼い頃無理を言って後ろに乗せてもらった記憶がある。
デトロカスターはジャンプして漆黒のバイクに飛び乗った。
「来い詩郎。親子でツーリングだ」
そんな呑気なものではないとアナザー・ガーテクドは思ったが、マシンハリケーンを発進させるとデトロカスターの後を追いかけ、横に並ぶ。
「やるな……」
デトロカスターはスピードを上げ、アナザー・ガーテクドもそれに続く。障害物はなく、2台はぐんぐん加速していくが、目の前に直角コーナーが現れた。ガードレールの類はなく、曲がりきれなければ海へダイブだ。
一瞬デトロカスターへ視線を向ける。まだブレーキをかける気配はない。
海がどんどん近づいてくる。まだかける気配はない。まだ。まだ。
デトロカスターに先駆けてアナザー・ガーテクドはブレーキをかけた。急制動に、前方へ荷重がかかる。
マシンハリケーンは止まろうとするが、慣性の法則はそれを許さない。車体を真横ギリギリまで傾けると、膝と地面が擦れて火花が上がる。しかし、それでも外側で向けて膨らんていく。
落ちる……背筋に寒気が走ったものの、ギリギリのところでクリアし、車体を起こしてデトロカスターを追う。
「コーナリングは父さんの方が上のようだな」
アナザー・ガーテクドは無言でマシンハリケーンをさらに加速させ、デトロカスターを追い抜くが、デトロカスターも負けじと加速して2台が並ぶ。
「夢みたいだなあ。息子とこうやってツーリングができるなんて。やはり帰ってきてよかった」
「だったら、今すぐその格好を解いて家に帰ってきてよ!」
突如のんきなことを言い始めたデトロカスターに、アナザー・ガーテクターは声を荒げる。
「それはできない」
「なんで!」
「――俺がお前を倒すからだ」
デトロカスターは突如幅寄せをすると、車体をぶつけてきた。
「!!」
バランスを崩したものの、なんとか立て直し、再びデトロカスター側へ寄っていく。
「どうした、卑怯と言いたいか?」
「別に」
そう。忘れていた。まともに会話ができると思ってしまうこともあるが、この男はもうどうかしてしまっている。アナザー・ガーテクドも一度横へ移動すると、デトロカスターに車体をぶつけようとする……が、かわされてしまい、逆にぶつけ返されてしまった。
「やられたらやり返す! はは、いい心がけだ」
再び目の前にコーナーが現れる。今度は2台とも難なくクリアし、再び直線へ。
しかし目の前は行き止まりだった。ブレーキターンで止まり、2人は車上でにらみ合う。
「バイクチェイスはここで終わりのようだな」
「そうだね」
バイクから下り、互いに構えを取る。
アナザー・ガーテクドは身体の軽さと、そして体内から湧き出る力に困惑していた。ガーテクドとは文字通り桁違いのスペックを持っている。
もう1人の自分は、一体どんな気持ちでこのアーマーを纏っていたのだろうか。想像もつかなかったが、失った大事な人のことを想い続けていたのは間違いないと断言できた。
お互い同時に駆け出し、お互いに向かって右拳を放つ。
軌道が読める。アナザー・ガーテクドは自分の拳で拳撃を防いだ。拳と拳がぶつかりあった瞬間、辺りの空気が震える。
「いいおもちゃを手に入れたな詩郎。さっきまで退屈で仕方がなかったから、嬉しくて仕方ないぞ!」
顔は隠れていて分からないが、破顔する修平の表情が簡単に想像できた。
距離を取り、再びぶつかり合う。拳、蹴り、拳、そしてまた蹴り――。
弾丸のような一撃をお互い致命傷にならないよう受け止め、躱し、そして再び一撃を叩き込んでいく。
一撃で趨勢が決まりそうな戦いの最中、大ぶりな回し蹴りをデトロカスターが放った。
甘い。一瞬罠かという予感がしたものの、懐へ飛び込む――が腕を取られ、コンテナに向かって投げつけられてしまった。
コンテナにアナザー・ガーテクド型の凹みができるほどの衝撃で、一瞬で意識が飛んでしまいそうだった。
地面に倒れ込んだ後、すかさず起き上がる。
「さっき戦った俺のファンはこれで一撃ノックアウトだったんだが、さすが俺の息子だな」
「どうして、世界を滅茶苦茶にしようとするんだ」
「……」デトロカスターは構えを解いた。さっきまでと雰囲気が変わった気がする。「覆面サンダー九天の1年間。あれは人生の中で一番濃密で、一番楽しかった。そして同時にここから俺の輝かしい人生が始まったような気がしていた……だが、数年で周りの人間は誰も俺のことを見向きもしなくなった。覆面サンダーのブランドがなければ、俺は何も才能もない凡骨俳優だったのか?」
「……」
違う、と即答したかった。今でも明芽や公貴が『司修平』に憧れを持っているのは、覆面サンダーのブランドだけでは決してない。しかし、そう答えたところで修平の耳には決して届かないだろう。
「違う。俺には才能があった。間違いなくあった。それなのに見向きもしなかったこの世界の人間全てに『司修平』の存在を知らしめるんだ!」
「……違う」
「何だと?」
デトロカスターの声のトーンが下がる。明らかに怒りが滲んでいた。
「父さんはそんなこと言わない。俺の記憶の中の父さんは、周りの人を笑顔にする人で、そんなガキみたいなことは言わない」
「子供が何を言う。下にも上にも化け物がいる世界で、自分は運だけの凡人なんじゃないかと常に不安になりながら生きていく苦しみが分かるのか?」
父親の苦しみが見えた気がした。努力しても努力しても認められない苦しみは詩郎にも理解できた。他人しか知らない効率のいい方法があって、自分だけそれを知らないんじゃないかと思ってしまうこともある。しかし、それでも。
「自分が選んだ道ならそれくらいやってみせろよ!」
止めなければならない。
それが正しいのか分からないが、やらなければならない。
再び2人の拳と拳がぶつかり合う。
何か、止める方法はないのだろうか。攻め、防ぐの応酬を繰り返しながら頭を働かせる。父は強い。
デトロカスターの動きが早く、一撃がより重くなった気がした。攻撃を受けるたびに身体にダメージが蓄積して行っている気がする。現状を打破しなければいずれ敗れてしまう。
猛攻に耐えながら反撃の隙を伺っていると、腹部に赤く光る宝玉のような物が埋め込まれていることに気づいた。
まさか弱点なのではないだろうか……。とはいえ正直抵抗があった。特撮ヒーローの世界では弱点はむき出しであっても、あえて狙わないという不文律がある。
しかしあそこにダメージを与えれば変身を解除できるかもしれない。
アナザー・ガーテクドは腹を括った。
一度距離を取り、デトロカスターを睨みつける。
「おおおおお!!」
肉を切らせて骨を断つ。刺し違えるつもりで駆け出す。
「来い!」
アナザー・ガーテクドは腹部へ、デトロカスターは顔面に向かって拳が飛んでいく。
鈍い音が同時に鳴り響いた。
「――無駄だ」
「ぐ……」
直撃は避けられたものの、顔面にデトロカスターの拳を受けた上に、アナザー・ガーテクドの一撃は、宝玉を守るように展開されたシールドカバーに防がれてしまっていた。
「それでも俺の息子か!」
腹部への一撃をやり返され、アナザー・ガーテクドは衝撃で地面を転がる。
「お前にも『しつけ』が必要なようだな」
デトロカスターはアナザー・ガーテクドから距離を取り、目が不気味に輝く。
以前ガーテクドを倒した必殺キックを放つつもりのようだ。いくらアナザー・ガーテクドといえども、あの一撃を受けては耐えられない。
身体を起こし、迎え撃とうとするも先ほど受けたダメージの回復が間に合っていない。
やられる――。
諦めから頭を垂れた次の瞬間。
「む?」
いくつもの飛翔体がガーテクト・オルタナティブの後方から放たれ、デトロカスターへ向かって一直線に飛んでいく。
あれはガルムの武装の1つ、『エクスプロージョン』のミサイルだ。
デトロカスターは攻撃を中断しミサイルを飛んでかわすとアスファルトへ着弾し、爆煙が上がる。
「公貴!」
振り返ると、左肩に『エクスプロージョン』を携え、バイクに跨ったガルムがこちらへ向かって走って来ていた。切り離したのか、右腕と顔がむき出しになってしまっている。
ガルムはガーテクト・オルタナティブのすぐ近くで止まると、
「ヒーローらしい登場だろう?」
感情表現が豊かではない公貴だが、得意げな表情を見せる。
「……大丈夫なのか?」
切り離した頭部と右腕以外のアーマーもダメージを受けていることが見て取れ、顔にも傷が目立つ。
「親友が必死で戦っているのに寝ていられるか。それに俺が前座扱いなんて我慢ならん」
しかしガルムが『ガルムチェイサー』から下りた瞬間『エクスプロージョン』を落としたかと思うと、地面に倒れ込んだ。
「……残念ながら俺は前座だという事実を受け入れざるを得ないようだ」
「公貴!」
駆け寄ると、ガルムはショットガン『ラドン』をガーテクト・オルタナティブに渡してきた。
「勝てよ」
ガルムはそのまま気を失ってしまった。
「……」
『ラドン』を受け取り、ガーテクト・オルタナティブはデトロカスターへ向き直る。
筋力も強化されているのに、手にした『ラドン』に重みを感じた。託された想いの重みだと思い込む。
「そうか、彼は詩郎の友達だったか。いい友達を持ったな。しかし」左拳を振り上げ、デトロカスターはガーテクト・オルタナティブへ疾風の如き速度で襲いかかる。「そんな銃1つで今更どうにかなるものか!」
「……」
デトロカスターへ向けて無言で『ラドン』を発射する。しかし構うことなく、ガーテクト・オルタナティブへ向かってくる。
一か八か。
デトロカスターの拳に向かってまっすぐ自らの拳を突き出す。
2つの拳は直撃することなく、火花が散ったかと思うとガーテクドの一撃は軌道がそれ、デトロカスターの一撃が顔面に突き刺さる。
膝から崩れ落ちそうになった。
しかし、ここで倒れては明芽を守れない。公貴の思いを無駄にしてしまう。深亜との約束を守れない。
「おおお!」
叫び声を上げ、『ラドン』を握りしめた手に力を入れ、腹部に銃口を突きつける。
「ゼロ距離なら、シールドも効かないはずだ!」
引鉄を引く。
銃口を押し付けられているせいかシールドは展開されなかった。
「ぐぁ!」
デトロカスターが苦悶の声を上げる。さらにもう一度引鉄を引く。
「やめろ!」
デトロカスターが左手首を握りしめ、アナザー・ガーテクターが軋み砕ける音がした。
「あと一撃!」
3発目を撃つと同時に変身が解け、『ラドン』が手から滑り落ちる。
ついに宝玉にはヒビが入り、輝きを失った。
デトロカスターは身体を一瞬痙攣させたかと思うと、後退りをして詩郎から距離を取り、修平の姿に戻っていく。
修平は呆然とした表情で自分の手のひらを見つめる。
「俺の、負けか」
「父さん」
詩郎は錆びついた機械が動くかのように、ゆっくりと立ち上がる。
「……役者は、人を楽しませる仕事だ。自分ばかり見ていては、人を楽しめることなんてできやしない。それなのに自分のことしか見なくなってしまった男が生き残れるような甘い世界ではなかったな」
修平は寂しく笑う。今までの狂気はなく、文字通り憑き物が落ちたようだった。
「そう思えるようになったなら、大丈夫だよ。帰ろう。母さんも待ってる」
「……それはできない」
修平は詩郎から視線をそらす。
「どうして?」
「さっきお前が破壊した『デトロコア』が破損し、変身が強制解除されたとき俺の体に埋め込まれている爆弾が爆発するようになっている。さっきから頭の中にずっとカウントダウンが聞こえているんだ……」
「ウソだろ?」
修平を止めるだけのはずが、命を奪うことになってしまった。自分の犯した過ちの大きさに、無意識のうちに手が震えだす。
「詩郎」
「俺は、とんでもないことをしてしまった」
「……それは間違いだ。『デトロコア』はどうやら俺の負の感情を何倍にも増幅させる効果があったようだ。さっきまではこの世界の全てをぶち壊したくて仕方がなかったのに、今では頭の中が嘘のように頭の中が凪いでいる。お前が、俺を止めたんだ」
「そんなことない。きっと、他になんとかする方法が」
「詩郎」修平は詩郎の肩に手を置いて微笑む。「仮にあったとしても。これが現実だ。俺はもう助からない。しかし、お前のしたことは間違ってなんかいない」
「違う……違う……この世界が憎かったんだろ? 見向きもしなかったこの世界の人間全てに復讐するんだろ?」
「たしかに、この世を恨みはした。無念もある。だが、この道を選んだことは後悔していない。それが俺のやりたいことだったからだ。それに、息子が大きくなったところを見届けることができたからな」
修平は詩郎を突き飛ばした。
「!?」
「母さんを……裕子を頼む」
一言詩郎に言い残すとバイクへ向かって駆け出し、飛び乗ると海へ向かって全速力で走り始めた。その様子はチキン レースのようにも見えるが、ブレーキをかける気がないのは詩郎の目から見ても明らかだった。
立ち上がり追おうとするが、足が動かない。今までのダメージがついに噴出してしまったようだ。
「父さん……待って」
小さくなっていく修平に向かって手を伸ばすが、もちろん届くはずはない。
視線の先で、バイクアクションシーンさながらの大ジャンプを見せ、海に飛び込む修平の姿が見えた直後。
海から巨大な生物が頭を出したかのような水柱が走った。
父親が死んだ。
今までも死んだと思っていたが、今度は本当に、死んでしまった。しかも目の前で。そのはずなのに、涙は一滴も出ず、ただ「あ……」という間抜けが声が出ただけだった。
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