明芽

 修平との戦いから1週間が経過した。

 様々なメディアでは再び消息不明になってしまった修平のことを取り上げ、各々が好き勝手なことを言っている。

 登校すると同級生たちは以前と同じように詩郎と接してくれてはいたが、やはりどこか腫れ物を扱うような態度が漏れ出ていた。

 公貴と深亜は学校に来なくなり、担任も急病で入院していた山田に変わり、再び登下校は明芽との2人だ。

「前に戻っちゃったみたいだね」

 放課後、通学路を歩きながら明芽が不意に言った。

「そう、だね」

 1週間経過しているが、詩郎は未だに明芽に告白することができていなかった。

 故意ではなかったとはいえ、父親を殺めてしまったのだ。そんな自分には明芽に告白する資格はない。それが詩郎の考えだった。

 特に会話が生まれることもなく、無言で2人道を歩く。

「え……」

 目の前に現れた2人に明芽が声を漏らすと、

「公貴と、雨越さん……?」詩郎が2人の名を呼ぶ。「一体どこ行ってたの?」

「後始末に時間がかかっていてな。あと雨越から話がある」

 公貴は首を横へ動かし、深亜へ目配せする。

「お別れを言いに来たの」

「そっか、帰っちゃうんだね」

「……」

 以前「『わたし』と結ばれてほしい」と言われていたが、その約束はいまだ果たせていない。

「この世界での私の仕事は後始末も含めて終わった。多分二度と会うことはないと思う」

「そう、なのか」

 なんと言ったらいいのか分からず、無難な言葉しか出てこなかった。

「詩郎」

 ふいに深亜が『司君』ではなく、名前を呼び捨てにした。

「……何?」

「幸せになってね」

 微笑とともにそう一言言うと、最初から存在していなかったかのように深亜はこの世界から消えた。

「……一瞬で消えるものなんだな」

 さっきまで深亜がいたところを見ながら公貴がつぶやく。

 映像作品の類では時空移動といえば謎の光に包まれたり、何かしら演出があるものだ。しかし視聴者のいない現実では、これが今生の別れということを自覚させるようなものは何もなく、いきなり消えてしまった。

 しばし3人は深亜がいた場所を見つめていたものの、

「俺もこの街とはお別れだな」

 公貴はシャッターの閉まった個人商店へ視線を向ける。

「そっか、もうここにいる必要ないもんね」

 若干寂しくはあった。もちろん距離的にはさほど遠いわけではないから、会おうと思えばいつでも会うことはできる。しかし人間というものは身近な人間関係を優先しがちで、距離ができた途端そのまま縁が切れてしまうことも多々ある。それは避けたいとは思うが、以前と同じようにはいかないだろう。

「詩郎」公貴が近寄ってくると、無表情で肩を組んできた。「頻繁には会えなくなるが、これからも俺たちは親友だ」

「男の友情、って感じだね。なんかいいなあ」

 明芽はどこか寂しそうに微笑む。

「潮見のことも忘れていないぞ。定期的に潮見も入れた3人で特撮トークの会をセッティングするとしよう。場所はそうだな、俺の実家はどうだ?」

「七瀬くんの実家? どんなお家か楽しみだな~。ね、司くん?」

「え? うん、そう、だね」

 明芽の気持ちは分かっていて、公貴は明芽のことを『特撮ファン仲間』としか見ていないことも分かっている。それでも、自分には告白する資格がないと思っていても心がざわついてしまう。

 そんな複雑な感情を抱いていると、

「――ワタシも連れてってほしいな?」

 突如マナが現れ、公貴は詩郎から離れると構えを取った。

「何の用だ」

「そんな怖い顔しないでよ。かっこいい顔が台無しだよ?」

 警戒態勢の公貴に対し、マナは首を傾げて笑う。

「何が言いたい」

「だから、ワタシも公貴の家に連れてってほしいってこと。彼女ってことで紹介してくれていいから。それにもしワタシが手を貸さなかったら公貴瞬殺されてたかもしれないよね?」

「ウッ……それは」

 公貴は構えを取り続けてはいたものの、気まずそうに顔をしかめる。

「素直に実家に彼女だって紹介してくれれば、ワタシは何も悪いことはしないし、公貴にはかわいい彼女もできるし、一石二鳥じゃない? それとも、命の恩人を無下にするの? 恩知らずだなあ」

「……わかっ……た」

「さっすが公貴~。素直なところも好きだよ」

 公貴が構えを解くなり、マナは公貴の腕に抱きついた。

「なっ……何のつもりだ?」

「え? 彼女だって紹介するんだよね? 今のうちに慣れておかないと。ほら、行くよ」

 マナに腕を引かれ、2人は歩き始める。

 そして詩郎と明芽はそんな2人を呆然と眺めていた。


 公貴と別れた後、詩郎と明芽は詩郎の部屋にいた。

「なにか飲む?」

 ベッドに腰掛けた明芽に尋ねる。

「ううん。大丈夫。それより、おばさんは元気にしてる?」

「……あれは偽物だって言って今も父さんが帰ってくるのを待ってる。今日も元気に仕事に行ったよ」

 裕子も当然修平がしたことを知っていた。しかし、あれは自分の知っている修平ではなく別物だと思い込み、今も『本当の修平』が帰ってくることを待っている。

「そっか、そうなんだね」

「……俺のしたことは正しかったのかな」

 つい誰にも言えなかった『問い』が、自分に問いかけるような口調で出てしまった。

「……」

 当然答えられるわけもなく、明芽は無言だ。

「他に何かやりようがあったんじゃないかって思うんだよ。じゃあ『他って何?』って聞かれても答えられないんだけど、別の選択を取っていれば父さんを助けられたんじゃないかって」

 自分を正当化して楽になりたい気持ちもないわけではない。しかし、その選択を取ってしまったらもう後戻りができない気がした。

 会話が途切れ、沈黙が室内に広がる。

「……司くん」

 不意に明芽は詩郎の名を呼ぶと立ち上がり、詩郎の元へ歩いてきた。

「前に『俺は潮見さんのヒーローだから』って言ってたよね?」

 明芽と目が合い、じっと詩郎を見つめる。若干不機嫌そうに見える顔つきだ。

「それは」

「言ったよね?」

「……言ったよ」

 剣幕に押され、詩郎は頷いた。

「わたしにはまったく想像できないくらいつらいと思うよ。でも、わたしのヒーローならまた立ち上がれる。ううん。立ち上がらなきゃいけないんだよ」

「……!」

 明芽の一言に詩郎は息を呑んだ。

 完全に忘れていた。

 そう、自分は『潮見明芽のヒーロー』なのだ。

 ヒーローがヒロインに心配されるなんてヒーロー失格だ。

「潮見さん」

「なに?」

 明芽を見つめ返すと、明芽は安心したように微笑む。

「……好きです。俺と、付き合ってください」

 頭の中で何度も予行練習してきただけあって、スムーズに言葉が出た。

「……1つ約束してほしいんだけど」

「約束?」

「前に見せてくれた小説、続きが読みたいな」

「あ……」

「やっぱりそんなことだと思った。じゃあ、これから書くって約束できる?」

 言葉をつまらせてしまい、まったく書いていなかったことが一瞬でバレてしまった。

「……する」

 一拍置いて頷いた。

 修平のあの言葉を思い出す。

『この道を選んだことは後悔していない。それが俺のやりたいことだったからだ』

 もう一度書いてみようと思った。父親とは違う道だけど、それが『俺のやりたいこと』だからだ。

「うん。楽しみにしてるね、詩郎くん」

 名前呼びに変わった。つまり告白はOKということなのだろう。

 ということは、自分も名前で呼んでいいということだ。

 いや、むしろ明芽が名前呼びしている以上、こちらは名字呼びというのはむしろ変だ。

「……あ……」

「ん? どうしたの?」

 発言内容とは裏腹に詩郎が何を言おうとしているのか分かっているようで、明芽はニヤニヤと笑っている。

「っ……」

 嫌なわけでは決してない。ただ、すっごく恥ずかしかった。

「あか……あか……」

「ふふ、何が赤いのー?」

 からかいの眼差しを向けていた明芽だったが、

「明芽」

「……!」

 名前を呼び捨てされた瞬間、明芽の顔が赤くなっていった。

「……さん」

 間をおいて『さん』を後付したものの、明芽には聞こえてなさそうだ。

 ちなみに間が空いてしまった理由は、敬称に悩んでしまったからだ。呼び捨てはすっ飛ばし感があるし、ちゃん付けはなんというか子供っぽい。しかし『さん』は距離がある。悩んだ末、結局さん付けすることにしたのだった。

 お互い顔を赤くして見つめ合う2人。

 目の前で顔を赤くしている少女を、詩郎は現実感がまるでない状態で見ていた。

 どうやらついさっきこの少女と自分は恋人になったらしい。本当に嬉しいことがあると、現実味がなさすぎて呆然とするしかないことを初めて知った。

 しかし、以前はムリだと諦めていた女の子と恋人になることができたと思うと、山積みになっている困難もどうにかなりそうな気がしてくる。

 生き方に指針が完全にできたわけではない。父親のことはいずれ母親に話さなければならない。

 だけど、目の前にいる恋人――潮見明芽がいればどうにかなる。根拠なくそう思ってしまうのだった。

(終わり)

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ガーテクド-The Unbroken Hero- アン・マルベルージュ @an_amavel

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