襲来

 放課後。

 詩郎は明芽と一緒に下校していた。2人並んで信号が青になるのを待つ。

「何を見てるの?」

 明芽はスマートフォンで何かのページを興味深そうに見ていた。

「あっ、ごめん。失踪事件について検証するページがおすすめに出てきたからなんとなく見てたらつい気になっちゃって」

 明芽は苦笑を浮かべるとスマートフォンをカバンにしまう。

「ああ、なるほど。そういうページって見始めると夢中になっちゃうの分かるよ」

 詩郎たちが生まれたくらいの頃から、一瞬目を離した瞬間に人が消える事件が何年かに1回は起きていた。原因も分からず、帰ってきた人は1人もいないため、オカルトサイトには定番と言っていいくらい様々な仮説・持論が掲載されている。

 信号が青になり、2人は横断歩道を渡り始めた。

「それにしてもあっついねー」

 明芽が手をうちわにして顔に風を送る。

「ホントだね」

 少し前まではベッドから出るのも辛かったのがウソのような暑さだ。

 明芽に相槌を打ちつつ、詩郎の視線は左右に忙しなく動いていた。今朝のあの2人とまた出くわしてしまう可能性があるからだ。

 しかし今のところ、例の2人どころかそもそも人とすれ違うことがあまりない。

「七瀬くんと雨越さんだっけ。なんていうか……変わった感じだったね」

「そう……だね」

 明芽の感想に詩郎も同感だった。詩郎自身決して社交的ではないが、仮に転校したとしても2人よりは上手くやれそうな気がする。

 しかし今は転校生の2人より、今朝の2人が気になっていたが、今日はとりあえず大丈夫そうだ……と思ったところで、

「おい」

 筋肉質の男の声が聞こえてきた。

 詩郎は立ち止まり、

「動かないで」

 手を横に伸ばし、明芽を庇う。

「……うん」

 明芽は不安そうに胸元で左拳を右手で握る。

 あたりを見渡す。しかし姿が見えない。警戒しすぎて幻聴を聞いてしまったなんてこともないはずだ。

 もう一度男の姿を探してみるが、やはりいない。

「ここだ」

 もう一度声が聞こえてきた。まさかと思いながらも、詩郎は左前方にある3階建てマンションの上方へ視線を向ける。

 屋上に人影があった。間違いなく、今朝の2人だ。

 そしてあろうことか、2人は躊躇する様子を見せることなく屋上から飛び降り、詩郎と明芽から2メートル前方に着地した。

 特撮の世界ならこれくらいの高さなら平気で飛び降りる。しかし、これは現実なのだ。

 詩郎と明芽は朝の2人――悠一と雅人から後退りして距離を取った。

「お前、ウソをついたな。そいつが写真の女なんだろ」

 筋肉質の男、悠一が明芽を指差す。

 怖い。急に太陽が隠れてしまったかのように、今は寒気を感じていた。

「その子を置いてお前はどっか行きな。そしたら見逃してやる」

 横に立つ痩せた男、雅人は口端を引きつらせて笑う。

 もちろん、明芽を置いて立ち去る選択肢は最初からない。

 だからといって立ち向かったところで返り討ちにされるだけだ。詩郎には明芽を庇ったまま2人を睨みつけることしかできなかった。

「ま、立ち去るわけないよな」

 雅人は一歩踏み出し、詩郎との距離を詰める。言葉を話してはいるが、人間とは思えなかった。しかしこれは現実。怪人の類が存在するはずがない。

 だが、いともたやすくマンションの屋上から飛び降り、そして人間とは思えないものと対峙しているかのような威圧感。

 自分の中の動物としての本能が言っていた。

 ――このままでは殺される。そう思った次の瞬間。

「待て」

「待ちなさい」

 男女の声が聞こえ、4人は声が聞こえた方を向く。

「雨越さんと、七瀬くん……?」

 そこにいたのは深亜と公貴だった。

 2人は駆け寄ると、詩郎と明芽を庇うように悠一と雅人の間に立つ。

「ここは俺に任せて雨越と逃げろ」

 公貴と目が合うが、もっと恐ろしいものが目の前にいるせいか、朝のような恐怖は感じなかった。

「……分かった。行こう潮見さん」

「……うん」

「こっち」

 もし正常な精神状態ならば、公貴は大丈夫なのかと尋ねていたかもしれない。しかし今の詩郎にはそんな余裕はなく、明芽とともに深亜の先導でその場を逃げ出した。


 詩郎たち3人がその場を立ち去ろうとすると、雅人は3人を追うべく駆け出そうとした。

「おい待てお前ら!」

「それは俺を倒してからにしてもらおうか」

 しかし、詩郎たちと雅人の間に公貴が立ちふさがった。

「ジャマだ。ヒーローごっこはよそでやんな」

「ごっこではない。俺は、ヒーローだ」

 威嚇してくる雅人に臆することなく、雅人の目を見据えて公貴は宣言する。煽っているのではなく、公貴は本当に自分がヒーローだと思って言っているのだ。

「へえ、なら『お兄さん』と遊んでもらおうじゃねえか」

 雅人が鼻で笑い、ズボンのポケットに手を突っ込み、何かを取り出そうとしたところで、

「待て、俺にやらせろ」

 目をひん剥いた笑顔を浮かべる悠一が公貴と雅人の間に割り込んだ。

「んだと? どう考えたってここは俺の出る幕だろ」

「ここに来てからまだ一度も戦(や)れてない。俺に譲れ」

「あ? 俺だってこういう正義感だけのガキを泣かしたくて仕方ねえんだけどよ」

 2人は公貴をそっちのけで口論をし始めた。

「では、勝負で決めるか」

「おおいいぜ」

 敵を前にして同士討ち。こいつら何を考えているんだと公貴が思っていると、

「じゃんけん」

「ポン!」

 幼稚園児でもできる勝負をしはじめた。悠一がパー、雅人がグーだ。

「チッ。次は俺だからな」

 雅人は舌打ちをすると、公貴から離れた。

「相手は決まったか」

「ああ。俺だ」

 悠一は刃渡り15センチ程度の小刀を取り出すと右手で逆手に構えた。

「ハラキリチェンジ!」

 そして謎の掛け声を上げ、躊躇することなく、右から左へ斜め下に向かって自分の腹を掻っ捌いた。

 しかし臓物や血は飛び散ることはなく、傷口が亜空間と繋がったかのように炎が吹き出し、悠一の体を包んだかと思うと珍妙な姿に変化していた。

 まず目を引くのは、全身を覆う、FRP素材を思わせる光沢のある赤いスーツだ。顔には歌舞伎の『筋隈』を思わせる模様が赤ではなく黒で広がっていた。

 さらに上半身にはこれまたFRP素材を思わせる、江戸の時代の武士が身につけていた『肩衣』を思わせるものが装着されているが、下半身に目を向けると脛には脛当てが装着されている。歴史に詳しい人が見たらいくらでも文句が付けられそうな統一感のない姿だった。

「なるほど。潮見から話は聞いていたが、いざ目の当たりにすると興奮してくるな」

 公貴は眼前で起きている出来事で、ある日父親から呼び出されたときのことを思い出していた。

 まともな思考回路をしていたら、この世界に『スーパー戦士シリーズ』のように変身する人間が現れたなんて信じられるはずがない。

 公貴もその場に同席していた少女ーー深亜から最初話を聞かされたときはふたりして自分をからかっていると思った。当然のことだ。

 公貴は左腕のシャツを捲り上げた。手首にはスマートウォッチがはめられている。

 そして左拳を握り、手のひら側が手前に来る状態で顔の前へ持っていく。

「……変身」

 手首を捻り、スマートウォッチのディスプレイを注視した。

《――認証完了》

 電子音声が流れ公貴の体が青白い光に包まれたかと思うと、悠一のように姿を変えていた。

 その姿を一言で言い表すならば、青い多角形で構成された鋼の鎧だ。

 関節部を除き体のほとんどは鋼製と思われる装甲で覆われており、顔には視界確保のためと思われる太さ2センチほどの横線が通り、青い目が覗いている。

「おお、お前も変身できるのか。なんていう名前なんだ?」

「名前を尋ねるときはまず自分からじゃないのか」

 悠一の問いに質問で返しつつ、右腰に装着されているマグナム銃を手に取る。

「たしかにそうだな」悠一も刀を取り出し構える。「では、ハラキリレッド。お命頂戴いたす」

「大層な名前だな。ガルム、ミッションを開始する」

 ガルムとハラキリレッドの戦いが、今幕を切って落とされた。


 詩郎と明芽は深亜の先導で走り続けていた。

 3人がいるのは、舗装されていない脇道から入ったところにある、古びた家が残り、田畑が存在する地区だ。道のすぐ横には雑木林があり、ここだけの風景だけを見ると23区外とはいえ東京都には見えない。

「あ、雨……越さ……どこまで……走るの?」

 詩郎は息苦しさをこらえながら前を走る深亜に尋ねる。

 横に視線を向けると、明芽も同様に苦しそうに荒い呼吸を繰り返していた。

「そろそろいいかな」

 明芽は立ち止まると、振り返って詩郎たちを見た。同じ距離を走っていたはずなのに、深亜は呼吸が乱れている様子はない。

「あいつらは一体何? 雨越さんたちと関係あるの? なにか知ってるの?」

「落ち着いて。同時には答えられない」

 深亜になだめられ、詩郎は自分が混乱状態に陥っていたことに気づいた。

「そう、だね」

 呼吸に意識を向け、荒くなった息を整える。

「どこから説明したらいいのかな。まず、1つだけ言えるのは彼らはこの世界の人間じゃない」

「……」

 普段であれば深亜に対して「ちょっとアレな人なのかな?」と思うところだが、同じ人間とは思えないあの2人を目の当たりにしている。詩郎は深亜の回答を素直に受け入れていた。

「どうしてあの人たちはわたしを狙ってるの?」

「それは、彼らから問いたださな」

「――残念ながら俺も知らねーんだわ」

 深亜が言い終わる前にどこからから声が聞こえてきた。痩せた男の声だ。

 詩郎たちはあたりを見渡す。今回は周りに高い建物がない。

「ど、どこだ?」

 詩郎はあたりを見渡しながら痩せた男を探す。

「ここだ」

「!?」

 いつの間にか痩せた男は詩郎の真後ろに立っていた。詩郎は弾けるように距離を取る。

「俺は赤城雅人(あかぎまさと)だ。よろしくな」

 突如自己紹介を始めた雅人は、首を横に傾け、軽薄な笑みを浮かべる。

「し、潮見さんをどうして探してるんですか」

「……あ?」

 詩郎の問いに、なぜか雅人の表情が怒りで歪む。熊ですら逃げていきそうな形相だ。

「自己紹介したら自分も返すのが常識だろうが。……なってねえガキには指導が必要だな」

 雅人は15センチ程度の青い槍……というより錐のようなものを取り出し、頭上に掲げる。

「伝説降臨――レジェンドチェンジャー!!」

 次の瞬間、晴れているにも関わらず雅人に雷が落ち、青いトリコット素材を思わせる青いスーツに全身が包まれていた。

 詩郎たちは姿を見ていないが、悠一が変身したハラキリレッドとは異なり、プレートアーマーを模した模様が入っているくらいで装飾は最低限だ。目の部分には縦に入ったスリットが10本横に並んでおり、強化プラスチックのような黒の半透明素材がはめ込まれている。

「ウソだろ……?」

「変身した?」

 目の前で起きた出来事に、詩郎と明芽は驚きの声を漏らした。

 詩郎は明芽と話を合わせるために『スーパー戦士シリーズ』の知識はある程度頭に入れている。しかし、雅人が変身した姿のような戦士は詩郎の記憶の中にはなかった。

 好きが高じてオリジナルのスーパー戦士風のスーツを作ってしまう人はいる。だが、それでも晴れにも関わらず落ちてきた雷や、一瞬で姿を変えたギミックについては説明がつかない。

「俺は今機嫌が悪い。その女を渡すなら命だけは助けてやる」

 雅人の変身した姿――レジェンドブルーはゆっくりと詩郎の元へ歩み寄ってくる。

 表情は覆い隠されているが、抱く恐怖心は変身前よりさらに強大になっていた。

 もちろん明芽を渡せるはずはない。とはいえ、恐怖心から面と向かって拒絶することもできない。

 詩郎が一言も言葉を発せずにいると、突如強い衝撃を受け、畑に吹き飛ばされた。急接近してきたレジェンドブルーが回し蹴りを食らわせてきたのだ。

「司くん!」

 吹き飛ばされた詩郎に向かって明芽が声を上げる。

 詩郎は口の中に土の味を感じながら上半身を起こした。土がクッションになってくれたおかげで骨折や捻挫はしていなさそうだが、全身が痛い。レジェンドブルーの回し蹴りは、まるでイノシシか何かに体当たりされたかのような衝撃だった。

 ただのコスプレではない。あのスーツは本当に身体能力を劇的に向上させている。

 レジェンドブルーは首を動かし、明芽を見た。

「あ……」

 明芽の表情が恐怖で歪んでいくのが詩郎の視界に入った。

 このままでは明芽が連れて行かれてしまうのは火を見るよりも明らかだ。明芽を守らなければならない。まだ明芽に告白できていないのだから。

 しかし歯向かったら今度こそ殺されてしまうかもしれない。

 怖い。怖い。怖い。

 自分は何もできない。まだ日は高いのに、あたりが暗くなってきたような気がしてくる。

「……何だお前?」

 レジェンドブルーの声が聞こえ、詩郎が顔を上げると、深亜が明芽を庇うように立ちふさがっていた。

「女だからって俺は容赦しねえぞ」

 レジェンドブルーは低い声で深亜を威嚇するが、当の本人は特に怯える様子もなく、

「司君受け取って!」

 深亜が詩郎に向かって何かを投げてきた。

 目の前で落ちた『それ』を詩郎は拾い上げる。深亜が投げてきたのはスマートウォッチだった。ただし、巷で出回っているものに比べてディスプレイは大きく、詩郎の手のひらの半分くらいはある上に、バンドも太めでスマートウォッチ本体と一体型になっている。

「それを付けてディスプレイを見て。早く」

 この状況で無意味なことをさせるとは考えられない。詩郎は迷うことなく左腕にスマートウォッチ――ガーテクターを装着すると、ディスプレイを見つめた。

《――》

「うわっ!」

 どこの国の言葉か分からない音声が流れたかと思うと、ディスプレイが白く輝き始めた。

 そしてその輝きは詩郎の体を包み込み、光が消えたときには詩郎の姿を変えていた。

「なんだこれ……」

 詩郎は自分の手を見つめ、思わず言葉を漏らしていた。雅人のように自分の姿が変わっていたからだ。

 詩郎の体は、ところどころ赤のアクセントが入った曲線的な白い金属に覆われていた。公貴が変身したガルムや、雅人が変身したレジェンドブルーは強化服の延長線という印象だが、詩郎の場合はどちらかといえばロボットのような印象だった。

 目は緑色に輝き、頭からは角が2本生えている。肩部分はバイクのタンクのように大きく、腕や足はしっかりと装甲に覆われているものの、腹部の装甲は不安になるほどやや薄めだ。口元のデザインは歯を食いしばっているかのように見え、やや悪人面だ。

「なんだ、お前も変身できるのかよ。随分かっこいいじゃねえか……あ!」

 レジェンドブルーは青い槍――レジェンダランスを取り出すと、詩郎に飛びかかってきた。

「くっ……」

 考えるより前に体が動いていた。飛び退き、攻撃をかわす。

 レジェンドブルーは詩郎がいた場所に槍を地面に突き立て、隕石でも落ちてきたかのように土煙が辺りへ飛び散る。

 この体でもまともに受けたら命はないかもしれない。と詩郎が思っていると、土煙の中からレジェンドブルーが飛び出してきた。槍の先端は詩郎の胸を狙っている。

 詩郎は攻撃をかわす……がすかさず次の一撃が飛んでくる。それもかわし、距離を取る。

「司君、反撃して」

 深亜と明芽は離れたところに移動したようだ。遠くから深亜の声が聞こえてくる。

 確かにこのままではジリ貧だ。

「よ、よし」

 詩郎は構えを取る――が、敵の姿が消えていた。

「上!」

 深亜が声を発するも、気づいたときには地面に押し倒され、視界にはレジェンダランスを振り上げるレジェンドブルーが映っていた。

「あばよ」

 あの一撃を食らったら無事でいられるはずはない。しかし馬乗りされているるせいでかわすこともできない。

 ――やられる。

 ……と思った次の瞬間、信じられないことが起こった。

 体が自然に動いて槍を胸ギリギリのところで掴んでいた。

「んだと?」

 詩郎には武道の心得がない。脳の中にもう一つの意思があるような感覚があり、それに従ったら体が勝手に動いていた。

 不思議な感覚だ。変身したあとも鎧を纏っているという感覚はなく、自分の体表がそのまま変化したかのようで、何なら今の方が体が軽い。

「うおおおおお!」

「ぬお!?」

 全力で槍を上へ向かって振り上げる。レジェンドブルーの手から槍が離れ、吹き飛ばされたレジェンドブルーは空中で体制を整えると着地した。

『今がチャンスだ』

 はっきりとした言葉が聞こえたわけではないが、そのような意味の意思を頭の中の『何か』が語りかけてきた気がした。

 詩郎は飛び起きてレジェンドブルーへ駆け寄ると、奪い取った槍をレジェンドブルーへ突き出す。

 先ほどとは正反対に、レジェンドブルーが攻撃をかわす番だ。

 突く。突く。突く。

 ひたすらに攻める。しかし狙えど狙えど、ギリギリのところで攻撃をかわされてしまい、当たる気配が一向にない。

「……調子乗ってんじゃねえぞ」

 レジェンドブルーは西洋風の模様があしらわれた緑の二丁拳銃を取り出すと、右手に持った方を至近距離で詩郎に発砲した。

「ぐっ」

 実弾ではなく光弾が飛び出す。ダメージは少なかったものの、予想外かつ至近距離の反撃に詩郎は吹き飛ばされ、槍を手から落としてしまった。

 複数の武器を使い分ける戦士なのかと詩郎は思ったが、解せない点がひとつあった。

 先ほど使用していた銃の色は緑だ。目の前にいるこの男が『スーパー戦士シリーズ』と同じ原則が当てはまるか分からないが、武器の色は戦士のカラーと同じ色になるはずだ。

 なのに今使用した武器は緑――つまり本来は他の戦士が使用する武器で、詩郎の前に姿を見せているのは今のところレジェンドブルーしかいない。

「形勢逆転だな」レジェンドブルーは銃を放り投げると、詩郎が落とした槍を拾い上げた。「今度こそ、殺してやるよ」

 再び猛攻が始まった。一撃必殺の連撃が間断なく詩郎を狙う。その速度は何本もの槍に同時に襲われているかのようだ。

 何度か装甲と槍がわずかに接触した感覚がありつつも、ギリギリのところで攻撃をかわし続けていたが、突如レジェンドブルーは槍を横に薙ぎ払った。

「ガッ……」

 衝撃に詩郎は地面を転がり、倒れ込んだ。

 一瞬気を失ってしまい、反撃しなければ。と思い立ち上がろうとしたときにはすでに槍の先端が詩郎の眼前に迫っていた。

 目の前に迫る槍が、スローモーション動画のようにゆっくりと動いているように見える。

「司くん!」

 明芽の声が聞こえてくる。

 死んだ。と思った。自分が負けたら、明芽はきっと連れて行かれてしまうだろう。明芽はどうなるのだろう。少なくともろくな目にはあわないのは間違いない。

 ――死にたくない。

 そう思った瞬間右腕が熱を放っていた。腕がまるで溶けた鉄に変わったかのような感覚のあと、重機のアームを彷彿とさせる姿に変化していく。右腕は元の倍程度に巨大化し、腕と同様に巨大化した手には大剣が握られていた。

 考えるより前に、刀身で槍を受け止める。火花が散り、衝撃波が辺りに広がる。

「なんだ……と?」

 レジェンドブルーは声に動揺の色を滲ませつつ、詩郎から距離を取る。

 詩郎は軽く腕を動かしてみた。流石に若干重くはあるものの、思った以上に軽い。筋力が強化されているようだ。

 これならやれる。

「行くぞ!」

 詩郎の本格的な反撃が始まった。


 時間は詩郎たち3人が逃げ出した直後へ戻る。

 公貴が変身したガムズと、悠一が変身したハラキリレッドは、お互い有利な距離を取るべく、近づいては離れるを繰り返していた。

 ハラキリレッドは刃渡り3尺(約1メートル)はあろうかという日本刀を模した剣『カイシャクセイバー』を手に斬りかかり、ガルムは左手に持ったハンドガン『ヒドラ』で牽制しつつ距離を取る。その繰り返しだ。

「一太刀!」

 ガルムは飛びかかってきたハラキリレッドの袈裟斬りをかわす。鋼鉄の塊でも真っ二つにできそうな斬撃は、何度かわしてもその度に首筋に寒気が走る。

 避けざまにすかさず右手に持ったショットガン『ラドン』で反撃する……がハラキリレッドはカイシャクセイバーで弾を撃ち落とす。

「おい悠一! さっきから同じことの繰り返しじゃねえか。なんとかしろ」

 戦いを離れたところで見ていた雅人から苦情が飛んでくる。

「俺に言うな」ハラキリレッドはガルムに向き直った。「おいお前。男ならフラフラと距離を取ってないで攻めてこい」

 切っ先をガルムに向けながら言うと、

「バカか。わざわざ不利な戦いを挑むヤツがあるか」

 ガルムも銃口をハラキリレッドへ向けたまま答える。

「まったく、面白みのない奴だ。生きてて楽しいか?」

「今最高に楽しんでいる真っ最中だ」

 決まった。なかなかイカした発言だと思った束の間。

「――俺は今退屈なんだよな。さっき逃げていった奴らを追うか」

 雅人は背を向け、走り出した。

「っ、待て」

 冷静に考えれば十分ありえる話だった。今まで何度も嫌悪してきた自分の詰めの甘さに舌打ちしたくなってくる。

 すかさず雅人を足止めしようとしたものの、ガルムに搭載されているサポートAIのアラートが鳴った。後ろを向くと、そこにいたのはカイシャクソードを振りかぶり、ガルムを一刀両断さんとするハラキリレッドだった。

「チッ……」

 油断してしまっていた。地面を蹴り横へ飛んだ直後、目の前を突風が通り過ぎていく。

「外したか。目の前で急に背を向けたからチャンスだと思ったんだが」

 ハラキリレッドは峰側を下にしてカイシャクソードを肩に載せ、不満そうに首を横へ傾ける。

 ガルムはマスク越しにハラキリレッドを睨みつけた。この男は強い。一対一ですら拮抗状態だ。もしもう1人の男と同時に相手をすることになったら――おそらく負けるだろうと思った。


 詩郎とレジェンドブルーの戦いは、詩郎側へ傾いていた。

 レジェンダランスでは詩郎の大剣を受け止めることができず、避け続けるので精一杯のようだ。

《倒せ。倒せ》

 頭の中に語りかけてくる声に操られるように、詩郎は無心で大剣を振るう。

「ちっ、調子乗ってんじゃ……ねえぞ!」

 レジェンドブルーは攻撃をかわしつつ、不安定な体勢からレジェンダランスを突き出す。 

 勢いもなく、仮に当たったとしても致命傷には至らない一撃だったが、装甲の薄い関節部分に傷を作る。

 そしてその傷の痛みは、無心で大剣を振るっていた詩郎の意識を引き戻した。

 自分は何をしていたのだろう。この目の前の男に容赦なく大剣を振るい――つまり命を奪おうとしていた。

「……」

 詩郎は動きを止め、大剣を手放していた。

「あぁ? なんだぁ?」

 レジェンドブルーは詩郎からを距離を取ると、構えを取り、レジェンダランスの先頭を詩郎へ向ける。

「あ……」

 無意識のうちに人を殺めようとしていた。

 自分が知らずうちにしでかしていたことに、詩郎は恐怖で動けなくなっていた。

 突如動きを止めた詩郎に当初レジェンドブルーは困惑を見せていたものの、

「何が起きてるのかわかんねえが……」レジェンドブルーが両手に持った槍が青白い光を放ち始める。「ぶち抜いてやるぜ!」

 詩郎を倒さんと駆け出した。

「司くん!」

 明芽の悲鳴で詩郎が顔を上げたときには、『死』が眼前に迫っていた。

 間に合わない。一瞬の後自分は死ぬ。確信があった。なのにも関わらず、現実味がなさすぎて恐怖はなかった。

 しかし、自分が明芽を守れなかったことに気づいた瞬間声が漏れていた。

「いやだ……」

「やめて!!」

 明芽が悲鳴を上げるが、懇願されたところでやめるはずがない。しかし、レジェンダランスの先端は、眼前で動きを止めていた。

 レジェンドブルーは槍を下ろすと、右耳の辺りに手先を当てる。

「何、撤退だ? ……分かった……次こそは、でかい穴ぶち開けてやるよ」

 そして詩郎に向かって捨て台詞を吐くと、去っていった。

「司くん、大丈夫?」

 レジェンドブルーが去っていったあと、詩郎の元へ明芽と深亜が駆け寄ってきた。

 詩郎の変身が解け、崩れるようにその場に座り込む。さっきまで幻覚を見ていたような気もしてくるが、疲労感と体の痛みが現実だと告げていた。

「こちらも撤収したようだな」

 声が聞こえ顔を上げると、青い多角形で構成された鋼の鎧を纏った男がこちらへ向かってきていた。

「ウソだろ……」

 満身創痍の状態で新手の登場だ。とても戦える気がしない。

 このような状態にも関わらず、落ち着き払った深亜の声が聞こえてきた。

「大丈夫。彼は味方だから」

「味方……?」

 男の体が青く輝き変身が解除されると、中から見覚えのある顔――七瀬公貴が現れた。

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