友情
朝。詩郎はあくびをしながら登校していた。昨日の疲れが残っているようだ。
なぜここまで体がだるいのか詩郎は仮説を立てていた。昨晩はアームドフォームからマッシブフォームへ変身したことが原因なのではないかという仮説だ。
二段変身すると能力が強化されるが、その分消費するエネルギーは大きく、その分戦闘時間も短くなるのかもしれない。つまりどのフォームに変身するかは慎重に考えなければならないが、そんな器用なことできるかと言われると難しいところだ。
「司」
後ろから声が聞こえ、詩郎は考えるのをやめて振り向くとそこには公貴がいた。
「もう、大丈夫なの?」
詩郎の横を歩き始めた公貴に尋ねる。未だにどのような距離感で接していいのか分からない。
「どうやら毒を盛られたわけではなく、一時的に気分が悪くなるようなものを飲まされたようだ。何がしたかったのかよく分からん」
「そうなんだ」
言葉に困り、とりあえず相打ちを打つと、
「……司……いや、詩郎」
「詩郎?」
前触れなく下の名前で呼ばれ、詩郎は自分の名前をオウム返しすると、
「俺たちは友達だ」
公貴が真顔で肩を組んできた。服越しに山脈のように波打つ筋肉の『うねり』を感じる。同じ男として羨望を抱かざるを得ない肉体の持ち主のようだ。
「ちょっ、一体何言ってんだよ?」
困惑のあまり、公貴との距離に対して声のボリュームが大きくなる。
その時詩郎が抱いた感情は『混乱』が大部分を占めていた。昨日までの自分への態度を見る限り、公貴に友情を持たれる出来事がまるで思いつかない。もしかして昨日盛られた何かの後遺症で頭がどうにかなってしまったのではないだろうか。
「……俺には友達が今までろくにいなかった」
詩郎は内心そりゃそうだろなと思いつつ、話の続きを待つ。
「そして、今までがそうであったように、お前は俺のことをおそらく嫌っていた。しかしお前はそんな俺を助けに来てくれた。しかも二回もだ」
至近距離で公貴と目が合う。
「俺はずっと1人でいいと思っていた。だが、それと同時に友人という存在を心のどこかで求めていたのかもしれない」
「七瀬くん……」
嫌な奴。詩郎が公貴へ抱いていた印象はその一言だった。
しかし、詩郎の中で公貴への印象が嫌な奴から不器用な奴へと変わっていく。
「それにいがみ合っていたヒーロー同士が誤解を解き、友情を深める……まさに王道じゃないか。そうだろう?」
「え? あ、まあ……そうかも」
さも当然のように言ってくる公貴に、詩郎がとりあえず相槌を打つと、
「ん? あれ潮見じゃないか。潮見!」
前を歩いていた明芽に公貴が声をかける。時間をずらして明芽と登校時間が被らないようにしていたのだが、どうやら明芽も同じことを考えていたようだ。
明芽は後ろを向くと「しまった」という表情をしたかと思うと、
「おはよう。ごめん、わたしちょっと用事思い出したから行くね」
再び前を向き、駆け足で2人の前から去って行ってしまった。
その日の昼休み。詩郎がクラスメイトたちとお昼を食べようとしていると公貴がやってきた。
「詩郎。一緒に昼を食べないか」と公貴が言った瞬間、周りのクラスメイトたちは「いつの間に仲良くなったんだ」と言いたげな視線で詩郎を見てくる。
詩郎としては構わないのだが、周りはどうなのだろうと表情を伺おうとすると、
「ど、どうぞ。司くんは差し上げます」
公貴は他の生徒と関わろうとしないので『よくわからない背の高くて怖い奴』という印象を持たれてしまっているためだろう。詩郎は身売りされてしまった。
詩郎は公貴に連れられて屋上にいた。ベンチに並んで座り、お昼を食べ始める。公貴は自分で弁当を作っているようで、サラダチキンにブロッコリーに卵など、低糖質なものばかりだ。
「ヒーローたるもの、やはり体が資本だからな」
詩郎の視線に気づいた公貴がそう答えるとブロッコリーを口に運び、何度も咀嚼して飲み込んだ。
無言で昼食は進む。何か話したほうがいいのではと詩郎が思っていると、公貴が口を開いた。
「潮見と何かあったのか」
「……」
図星だった。
「俺はまだ転校してきて数日だが、詩郎と潮見はそれなりの仲だと思っている。だが、今日の潮見は明らかに詩郎を避けていた」
詩郎が何か言う前に公貴は自分の推理を話してくる。
「……ちょっと言い争いになっただけだよ」
「何があった」
公貴は単刀直入に尋ねてくる。
答えづらかった。明芽に色々言ってしまった原因の一旦に公貴が一応関係しているからだ。
「少なくとも一昨日は問題なかったと記憶している。もしかして俺に原因があるのか?」
「……さあ……?」
「やはりそうか」
こういう時の曖昧な返事は大体遠回しな『イエス』だ。公貴もそう判断したようで、視線を落とすと、
「では俺が一肌脱ごう」
再び顔を上げ立ち上がった。
「ちょっと待ってよ」
詩郎は視線を上げ、公貴を見る。これは自分の問題であり、しかも公貴に任せるのは不安だった。
「なんだ仲直りしたいんじゃないのか? 関係というのはこじれればこじれるほど修復が困難になる。病気と同じだ。早いうちならばすぐに治る」
「それは……確かに」
公貴が言うと説得力がない……ある意味あるかもしれないが、一般論としては間違っていないだろう。
「よし、では行くぞ」
「え? 今から?」
「もちろんだ」
公貴は片付けを終えると出口へ向かって歩き始めた。
おそらく何を言っても止められないだろう。詩郎は諦めて公貴の後を追った。
2人は教室へ戻ると、明芽の元へ向かった。
「潮見」
詩郎なら躊躇してしまうが、公貴は明芽がクラスメイトと話していたところへ遠慮なく割り込んだ。
「どう……したの?」
詩郎と公貴という奇妙な組み合わせのせいか、明芽は困惑と気まずさが入り混じった表情を浮かべる。
「ちょっと来てくれるか。詩郎から話がある」
「しろ……? えっと、わたしは大丈夫だよ。ちょっと行って来ていいかな?」
明芽が会話していた女子生徒に確認すると、彼女は「もちろん」と即答してニヤついた。
「あっ!」
彼女の表情の理由に気づいた詩郎は思わず声を出してしまった。この状況はどう見ても……告白にしか見えない。
少なくとも『今回は』そのつもりはないのに、意識してしまって顔が熱くなってくる。
「よし、では行くぞ」
「いってらしゃ~い……あれ、七瀬くんも行くんだ」
今回の用件は別なのだから当然なのだが、詩郎たち3人は屋上へ向かった。
屋上へ足を踏み入れると、明芽は引き寄せられるように手すりへ向かった。
「へえ、屋上ってこんなふうになってるんだね。初めて来たかも。眺めはそんなに……よくないね」
詩郎と同じ感想を口にする。
詩郎と公貴は並んで明芽の後を追い、2メートルほど離れた場所に立つ。
「それで、用って何かな?」
明芽は風で乱れた前髪を手で整え、詩郎を見る。あの日以来詩郎は明芽と会話をかわしていないし、学校内で視線が合ってもお互い視線をそらしていた。明芽は気まずそうで、詩郎も当然気まずい。
「詩郎」
公貴が目配せをしてくる。
詩郎は深呼吸をし、明芽を見据えると、明芽も詩郎を見返し、すぐに視線をそらした。表情は不安そうだ。そしてそんな表情にしてしまっているのは自分のせいだと思うと胸が痛んできた。
「この前はひどいことを言ってごめん!」直角に腰を曲げ、明芽に向かって頭を下げる。「感情に任せて、潮見さんの好きなものをけなすようなことを言ってしまった。謝っても許してもらえるとは思えないけど、謝らせてほしい」
「潮見」
明芽が何かを言おうと口を開く前に公貴が明芽の名を呼んだ。
「何?」
「詩郎が潮見に何か言ってしまったのは3日前か?」
「そうだけど……」
「やはり、俺にも責任があるようだ。すまない」
公貴も明芽に向かって頭を下げる。
「え、どういうこと?」
2人に頭を下げられ、明芽は困惑した表情で2人の頭を代わり代わりに見る。
公貴は頭を上げると、
「前日の夜、俺は詩郎の癇に障ることを言ってしまった。おそらくそのせいで普段なら流せるようなことでも忌諱に触れてしまったのだろう。そうだろ、詩郎?」
「えっ?」
反射的に詩郎も顔を上げる。確かに公貴に言われたことも要因ではあるが、かといって責任を公貴に押し付けてしまうのも気が引けた。
「その、確かに七瀬」
「公貴」
「え? その、公……貴に言われたことでイラっとしてたのは本当だけど、だからといって潮見さんに当たるのは違うと思うんだ。だから、やっぱり俺が悪いんだよ。ホントごめん。俺にできることなら何でもするから」
もう一度明芽に向かって頭を下げる。
「ううん。わたしこそ司くんのことを考えられてなかったよね。こちらこそごめんね」
仲直りした直後って何を言ったらいいのか悩む。とりあえず顔を上げて無難に「ありがとう」と返すと、
「……でも、何でもしてくれるなら1つお願いしようかな」
何をお願いされるのかは想像つかなかったが、その時見せた明芽の微笑みは1つどころか100個でもお願いを聞きたくほどだった。
放課後。
詩郎は公貴の家にいた。
高校生一人暮らしにしてはいいマンションで、部屋にはトレーニング器具と特撮ヒーローのフィギュアが置かれている。明芽が来たら喜ぶんだろうなとつい考えたくないことを思ってしまう。
「さて、始めるか。適当なところに座ってくれ」
公貴に促され、詩郎は部屋に置かれているローテーブルの前に座った。
詩郎が公貴の家にいるのは、勉強を教えてもらうためだ。公貴と2人で下校していたところ勉強の話になり、そして今に至る。
公貴は詩郎の隣へ座ると、
「潮見と仲直りできてよかったな」
表情は仏頂面ではあったが、詩郎が仲直りできたことを喜んでいるようだった。
「あ、ああ、ありが、とう……」
公貴とどう接したらいいか分からなかったものの、とりあえず礼を言うことにした。
ただ、公貴は明芽といい感じにに見えた。公貴的にはそれでいいのか気になってくる。
「でもその、七瀬君は――」公貴と目が合い言葉を止め、最初から言い直す。「き、公貴は俺と塩見さんを仲直りさせてよかったの?」
「何を言っている。親友が好きな女の子と喧嘩してしまったなら仲を取り持つのは当然のことだろう。むしろなぜそんなことを聞いてくる?」
公貴は心底不思議そうに眉間にしわを寄せる。
「なぜって……」
「もしかして俺と詩郎が恋敵だと思っているのか?」
真顔で尋ね返してくる公貴に言葉を詰まらせていると、直球な質問が飛んできた。
「っ……」
「安心しろ。俺は女が苦手だ。潮見とは特撮トークができるからテンションが上ってしまっただけで、それ以上でもそれ以下でもない」
「あー」
転校初日のことを思い出す。他人と関わるのを避ける性格だからと思っていたが、教室から出ていったのは女子生徒が苦手だったからだったのだろう。
少し公貴に対して親しみが湧いた気がしてきた。
「そんなことより、勉強だ。過去の贖罪をしたい。今日はいくらでも付き合おう。苦手なところはどこだ?」
「あ、そうだね」
詩郎はカバンから参考書を取り出すと、公貴にも見えるように広げる。
「なるほど、ここか。ここはだな……」
この日、結局詩郎は遅くまで公貴の家で勉強を教えてもらっていた。
それにしても、他人と関わることを避けているのに教えるのが上手なのは最後まで謎だった。
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