第11話 舞台の上のヒーローに

前回までの、七兜山無免ローヤー!

 怪人総会屋男を止めるため、株主総会に忍び込んだ無免ローヤー。しかし警備バイト中の前原に発見され、締め落とされてしまった。因果応報! 無免ローヤーは今日も戦う! 変身! 法に代わって、救済する!



 総会会場のバックヤードを、水去・神崎・前原が足早に歩いている。歩きながら、作戦の打ち合わせをしている。


「とりあえず、怪人が現れたら、お前がまず舞台に出ていくんだな」と水去。


「うん。ボクは神崎家の人間として良くも悪くも有名だから、視線を集められると思うんだ」と神崎。


「それで、神崎君の合図があったら、私も舞台に飛び出して行けばいいんだね」と前原。


「前原さんは、こんなクソ作戦に無理に参加することはないんだよ」と水去。


「クソ作戦ってなんだよー。キミだって昨日はノリノリだったじゃん」と神崎。


「ううん。迷惑かけちゃったから、挽回させて。それに、私、ヒーローショーのバイトもやってたから、経験あるんだ」前原が自信ありげに胸を張る。


「す、凄いな、それってどういう」と水去が言いかけたところで、「八太郎坊ちゃま!」という初老男性の声が響いた。


 振り返ると、スーツ姿で、白髪がさらさらと光る、背の高い痩せた老爺が、こちらを見ていた。神崎が、「やぁ専務! 久しぶり!」と答える。「坊ちゃま、そちらの方たちは? 何故ここにいるのです?」


 水去が、自分の蝙蝠帽子を前原に被せた。部外者である彼女の顔を隠そうとする、彼なりの配慮だった。うーん、でも、帽子がダサすぎるから配慮とは言えないかも……


「坊ちゃま、ああ……、また何か企んでいるというのでございましょうか」


「企んでるって、ボクはもう子供じゃないんだよ、専務。今日は、会社を守りに来たんだ。神崎本家の人間として。この会社が怪人に脅されてるって、聞いたからね」


「怪人、でございますか……確かに一つ……しかし……」


「これは、ボクにしか対処できないことなんだ。敵はただの総会屋じゃない。怪人……残念だけど、専務たちだけでは、どうにもできないよ。でも大丈夫、ボクと、専門家の彼で、この会社を守るよ。そうだよ、ね?」


 神崎が隣の水去に目を向けた。急に話を振られた水去は、一度咳ばらいをすると、「あ、どうも……エクソシストをやっております、あー、えーと、さ、逆本清思と申します。今回はですね、悪魔に憑かれた総会屋が暴れているという事案でして、その、まぁ、調伏に参りました次第です……ご不便ご迷惑をおかけするかと思いますが、その、どうぞよろしくお願いいたします」自称逆本が頭を下げる。


 エクソシストの存在に困惑する神崎玩具の専務。それに対し、神崎がニッコリ笑う。


「ああ、もうすぐ総会が始めるね。じゃ、専務、もう行くから。安心して待っててよ」


 神崎が身を翻して歩き始めたので、水去と前原も後を追った。専務が呆然としている間に、さっさと侵入してしまおうという魂胆だった。


「あの人、専務取締役だろ? お前、偉そーだったなー」と水去がヒソヒソ声を上げる。


「キミこそ、逆本清思って誰なんだい? それに、いつからエクソシストになったの?」と神崎が反論する。


「水去君がエクソシストなら、私は何者なの? アシスタントエクソシスト?」と前原は蝙蝠帽子の下で、小さく笑った。


 そうして三人は、総会の舞台裏に辿り着いた。


 ○


 戯曲 特別演出・ヒーロー・ショー


神崎玩具の株主総会はつつがなく進行している。しかし、突如客席を立ち、ステージに向かう怪しげな男がいる。男は闇に包まれていた。


《怪人》そのくだらねェ話をやめろォ! てめえら資本家どものッ、金儲けの話なんざァ、悪魔の説法より臭くて、蝿がたかりそうだァ!


《司会》な、なんですか、アナタは! 他の株主の皆様の邪魔になります! おやめください!


《怪人》そうはいかねェ。この会社の取締役共は俺の要求を拒絶しやがったァ……だから、俺は今から暴れなきゃならねェ!(ステージに飛び乗る)……あッ、なんだてめえはッ!


《神崎》(突如舞台袖から現れ)ごきげんよう! 株主の皆様方! 私、神崎八太郎と申します。ご存じの方もいらっしゃいますか、あ、拍手ありがとうございます、ありがとうございます、ボクもそれなりに有名なんだなぁ、嬉しいなぁ。


《怪人》さっきからァ、なにを言ってやがるッ!


《神崎》やあ! 君のことはこれから紹介するから、もうちょっと待っててね。……さて、皆様、決算書類なんか見せられて、株主総会、退屈だったんじゃありませんか? で、つまらないなーなんて、欠伸をかみころしていたら、ああびっくり! 突然ヘンテコな人が現れましたね! 


《怪人》ヘンテコじゃねぇッ、俺はァ、怪人総会屋男だッ!


《神崎》ええ、そうだね。怪人総会屋男君。それで本日はですね! 彼に協力してもらって、現在神崎グループ、そして神崎玩具において、鋭意開発検討中のスキームの調査の試行錯誤の準備計画企画、そのプロ―モーションの一環として、このような催しを設けさせていただきました! 名付けて、特別演出・ヒーロー・ショー! カムオン! 司会のお姉さん!


《前原》(舞台袖から現れ)みんな、こーんにーちーはー! ……あれれー、声が小さいですねー。もう一度、こーんにーちーはー!


《怪人》(困惑して)さっきからなんなんだッ、お前らはァ! 俺以上に好き勝手するんじゃねェ!(闇のオーラを拳に纏って殴りかかる)


《前原》(振るわれる闇の拳を紙一重で躱す)本日は、株主総会への出席、まことにありがとうございます。(頭を下げる)


《怪人》なッ、俺の攻撃を見切っただとッ、この女ァ、出来るッ


《前原》これより始まりますは、特殊効果を駆使したスーパーヒーローショー。しばしの間、株主権の行使なんて大人の世界は忘れて、心の奥底の興奮を、隠してしまった童心を、ほんの少しでも取り戻していただければ、私たちキャスト一同、感無量でございます。


《怪人》キャストだとォ、誰がッ、ふざけるなァァァァァ!


《前原》ふざけてません! それでは! きゃあああああ! 大変! 怪人総会屋男が、株主総会を攪乱しているわ! 誰か、誰か助けて! 助けてー!


《水去》そこまでだ!


舞台の上の放送室にスポットライトが当たり、水去の姿が浮かび上がる。


《水去》会社を脅して不正な利益を受け、逆らう者には暴力を持って報復する総会屋! 株主がリスクをかけて出資し、労働者たちが必死こいて生み出した会社財産を不正に得ようとするその罪は、あまりに大きい! ここで俺がお前を止める! 変身!


水去青年が六法をかまえ、大袈裟なポーズを取りつつ、腰のバックルにあてがうと、ヘンシン、不思議な光が溢れて彼を包み込む。光は彼の身体に定着し、法の鎧となって、ヒーローを形作った。


《観客》「おお? おおお!」「スゴイ演出だ!」「どーなってんのアレ?」「ウケる―!」


《水去》とぅっ(舞台の上に飛び降りる)しゅたっ!


《怪人》次から次へと、何なんだッ、お前らはァ!


《水去》市民社会の現代で、理性の下の絶望に、闇と蠢くその翳と、悪に流れたその心、この眼は決して見逃さず、哀れな怪人救うため、六法まとっていざゆかん、法に代わって、救済する! 我の名は、無免ロっ……じゃない、えーと、我の名は、法律マン!


《怪人》……法律マン、だとォ⁉ ダサすぎるなァ! とりあえず、くたばれェェェェェェ!(殴りかかる)


《水去》むっ! は! でぃやっ!(拳を躱して相手の懐に潜り込み、掌底を喰らわせる)


《怪人》ぐはァ……! あァ……? さっきからどいつもこいつも、一般人の強さじゃねェ! どうなってんだお前ら一体ィ! 


《水去》法律が俺の力になるんだ! 法的に正しい限り、俺は誰より強くなる!


《怪人》はァ……?


《水去》そして、この会社の株主名簿に、闇を帯びた怪しい名前は無かった! つまり、お前は株主ではない! 法律に則れば、お前にこの場にいる資格はない!


《怪人》法律に則るゥ……はァ、そうかァ、そういうことかァ……はははははははァ……!


《水去》怪人め、何がおかしい!


《怪人》(懐から紙を取り出して)これを見ろォ! 代理権授与の書面だァ! 確かに俺は株主ではないがァ、株主の正当な代理人なんだよォ!


《水去》な、なんだと!


《怪人》会社法三一〇条は、議決権の代理行使を認めているよなァ! つまり、俺が今ここにいるのはッ、正当な権利行使だァ!(法律マンを殴りつける)


《水去》ぐっ、やるな……! 確かに会社法三一○条は議決権の代理行使を認めている!


《怪人》そうだァ!


《水去》しかし、神崎玩具株式会社の定款は代理人の資格を、議決権を有する株主に限定している! お前は株主じゃないだろう!(怪人総会屋男の側頭部に回し蹴りを喰らわせる)


《怪人》効かねえよォ!(更にもう一撃を加えようとする法律マンの足首を掴んで止める)


《水去》な、止めたっ? くっ……


《怪人》会社法三一○条一項は強行規定だァ……代理人資格を制限する定款は、三一○条が株主の議決権行使の機会を保障しているのを害するものであり、法令違反で無効だァァァァ!


《水去》なにっ!


《怪人》消えろォ! おおおおおおおォ!(怪人総会屋男が足首を掴んだまま法律マンを振り回し、二度ほど床に叩きつけた後、舞台の袖に投げ飛ばした。観客席から法律マンの姿が見えなくなる)


《前原》法律マン! しっかりして!


《怪人》はァ、はァ……邪魔者が……くたばったかッ! よォし、ここからが本当のショーの始まりだァ! 金を出すだけで自らは働かず、労働者の成果を掠め取る株主どもォ! てめえらは、何もしねえクセに口ばかり出し、己が権利行使のことしか考えない、資本主義に寄生するゴミ虫だァ! 覚悟しろ、こんな株主総会、俺がぶっ壊すッ!


《前原》(怪人総会屋男の前に立ちふさがって)た、大変! このままじゃ、怪人総会屋男に株主総会を攪乱されちゃう! みんな! 法律マンの名前を呼んで、ヒーローを応援してあげて! いくよー、せーの、法律マーン! 頑張れー!


《観客》(恥ずかしがっているのか、皆が周囲を見渡すばかりで)「おい、どうする……?」「いや、さすがに……」「てか、これヤバくない?」「ウケる、撮っとこ」


《前原》(ドンッ! とステージを踏み鳴らす。空気がビリビリ震える。全身から覇気を放出しつつ、観客を睨みつけて)みんな……もちろん……ヒーローを応援するよね……? 分かってるよね……?


《観客》「わっ」「えっ」「ひぃっ」「はいぃ」


《前原》分かってくれたのね! よーし! みんな! 力を貸して! もう一度、いくよー、せーの、法律マーン、頑張れー!


《観客》が、頑張れえええええ!


《水去》(舞台袖から、姿を隠したまま)ありがとう! みんなの応援があるから、俺はまだ戦える!


【会社法三一○条 議決権の代理行使!

一項 株主は、代理人に寄ってその議決権を行使することができる。この場合においては、当該株主又は代理人は、代理権を証明する書面を株主総会に提出しなければならない!】


《水去》会社法三一○条の力……俺はまだ負けてないぞ、怪人総会屋男!(舞台袖から、光の矢が飛び、怪人総会屋男を攻撃する)


《怪人》三一○条だとォ! 何故だッ、その条文は俺に有利に働くはずだァ!


《水去》確かに、会社法三一○条一項は強行規定だ。これに反する定款は無効の疑いがある……だが! いつ何時も思考停止で無効になるわけじゃない! 判例・多数説は、代理人資格を株主に限定する定款は原則として有効であるとし、定款規定を限定解釈している!(舞台袖から飛び出してきて、空中で法の矢を放つ)


《怪人》(矢を受けて)ぐあッ、な、なんだとォ!


《水去》そして! 定款に反する代理人の議決権行使が会社法三一○条によって保護され、個別例外的に認められるのは、株主総会が攪乱されて会社の利益が害される恐れが無い時だけだ!(着地すると、前転で怪人総会屋男の大ぶりな攻撃を躱しつつ、素早く次の矢を番え、至近距離で光の矢を放つ)


《怪人》ぐッ、ああッ、がはッ……(膝をつく)


《水去》お前はまさに、総会屋! 株主総会の攪乱を目的として蠢く者! たとえ株主が代理権を授与していたとしても、お前にこの場にいる資格はない!


《怪人》黙れッ! 黙れッ! 黙れェ! お前こそ出ていけェェェェェ!(怪人総会屋男の身体から闇のオーラが噴出し、法律マンを包み込んで捕える。闇の力で逆さに吊るされ、空中に持ち上げられるヒーロー)


《水去》しまった! まだこんな力が……!


《怪人》労働者を搾取する会社もッ、それに寄生する株主もッ、等しくこの世界の癌ッ! そんな奴らの権利も、それを保護する会社法も、この俺の知ったことではないィ! くたばれェェェェェェ!(怪人が大きく闇を振るい、野球ボールを投げるかのように、ヒーローを弾き出す)


《水去》うわああああああ!(投げ飛ばされて、このままでは、ステージの床に激突してしまう……)


《前原》大丈夫! 来て!(数メートル上から勢いよく落ちて来る成人男性の水去を、ガッチリと抱き止める)


《水去》ほよっ!


《怪人》そんな馬鹿なァ! どんな筋力してんだッ、あの女ッ!


《水去》えっ……? 前原さん、俺を、受け止めてる……?


《前原》いくよ! 律くん! 歯を食いしばって! はあああああああ!(前原がハンマー投げの要領でグルグル回り、法律マンを投げ返す)


《水去》あぅ……あっ……あっ……どわああああああああああああ!(悲鳴を上げつつ、空中で一回転すると、ある条文に触れる)


【会社法九七○条 株主等の権利の行使に関する利益供与の罪!

四項 前二項の罪を犯した者が、その実行について第一項に規定する者に対し威迫の行為をした時は、五年以下の拘禁刑又は五百万円以下の罰金に処する!】


《水去》んんん! 吐きそうだが、クライマックスだ!(六法から光が溢れ、左足に集まり、法の強化装甲へと変わる)刑事罰……ローヤーキック! はああああああああああ!(飛び蹴り)


《怪人》何から何まで、ふざけるんじゃねェェェェェェ!(闇のオーラを纏い、拳を振るってローヤーキックを受け止める)負けるかァァァァ!(光と闇がぶつかり合い、衝撃波が会場を突き抜ける)


《水去》(闇とぶつかり合いながら)くっ、止められた……! だけど、俺は諦めない! こいつも追加だあああ!(さらに別の条文に触れる)


【会社法一二○条 株主等の権利の行使に関する利益の供与!

三項 株式会社が第一項の規定に違反して財産上の利益の供与をしたときは、当該利益の供与を受けた者は、これを当該株式会社又はその子会社に返還しなければならない。この場合において、当該利益の供与を受けた者は、当該株式会社又はその子会社に対して当該利益と引換えに給付をしたものがあるときは、その返還を受けることができる!】


《水去》多くの会社を脅し、今まで供与されてきた財産上の利益! 法は、総会屋が不当な利益を得るのを許さない!(六法から溢れた光が左足に流れ、怪人の闇を照らしていく)


《怪人》馬鹿なッ、力が増したァ、だとッ!(ぶつかり合う闇が、光に祓われ始める)


《水去》得てきた利益、お前の闇! 全部! 全部! 吐き出せえええええええええ!


《怪人》なにィ、うッ、ぐッ、がッ、ぐあああああああああァァァァァ!


ローヤーキックが、怪人の闇を貫く。着地するヒーロー、その背後で、怪人総会屋男の闇にひびが入り始め、そして……ドガアアアアアアアアアアン! 怪人の闇の身体が爆発した。


《水去》はぁ、はぁ……よし……(振り返って変身を解く。汗が頬を流れ落ちる)


《前原》勝っ……た……みんなー! 法律マンが勝った! ヒーローが、勝ったああああ!


《観客》「うおおおおおおおおおおお!」「わあああああああああああああ!」「スゴイ演出だあああああああ!」「法律マンんんんんんん!」(大歓声が株主総会の会場を揺らした)


 終幕!



次回予告 

舞台裏! アカハラ! 象さん! 第十二話「とある犯罪者との対話」 お楽しみに!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る