第10話 総会屋をぶっ飛ばせ!

前回までの、七兜山無免ローヤー!

 無免ローヤーは仮面ライダーのパクリじゃないとはっきりさせた無免ローヤー。しかし、法的にオッケーでも道徳的に許されないんじゃないか? あと、替え歌も相当ヤバいんだが……? 無免ローヤーは今日も戦う! 変身! 法に代わって、救済する!



「株主総会?」


 ピーマンのへたを切り落として、その周りの部分を貧乏くさく指でむしりつつ、キッチンから水去が顔を出した。話し相手の神崎は、ダイニングテーブルでノートパソコンに向かっている。


「うちのグループの系列企業の話なんだけどね」


「ああ、そういや六月だもんな、定時株主総会の時期か」


 水去はピーマンの筋に包丁で切り込みを入れて、綿を引っ張り出してから、残った種を水で洗い流す。そうしてまな板に並べると、戦いの中でしょっちゅう剣とか振り回してる経験を活かした、なんだか危ない包丁さばきで、適当に切り刻んだ。コンロに火を点ける。


「それなんだけど、ちょっとヤバいことを耳にしちゃってねー」


「なんだ? 粉飾決算でもしたのか?」


 油を敷いたフライパンにピーマンを放り込んで、それから冷凍庫を開けた水去は(火から目を離すの危ない!)、冷凍していた牛コマ肉入りのタッパーを取り出し、電子レンジにかけた。解凍中。


「ウチのグループはそんなことしないよ! ていうか、これはキミの問題でもあるんだよ?」


「はて、株主になれるなら是非なりたいもんですな。配当だけで食っていきたい」


 ピーマンを雑に炒めつつ、牛コマの解凍が終わると、油の溜まったタッパーから、肉をフライパンに移す。ついでに油も全部流し込むので、フライパンが景気よく音を立てた。少し炒めてから、またコンロを離れて、炊飯器のご飯をどんぶりによそう。


「最近怪人が、あちこちで株主総会に出没しては暴れてるんだよ!」


「怪人? ホントか?」


 塩、胡椒、焼き肉のたれを加えて味付けしてから、一度コンロの火を落として、ピーマンと牛コマの炒め物を、どんぶりのご飯に盛る。それから再びコンロに火を点けると、フライパンの油とりもかねて、たまごを割り落した。強火でジャンジャン炒めて、ある程度熟したら、これも丼の具材の上に重ねる。


「いろんなところで噂になってるよ。不気味な着ぐるみを着た男が、株主総会を荒らしまわってるって」


「な、なるほど、事情を知らない人から見れば、あれは着ぐるみか……うーん、株主総会の怪人、なんだろうな、怪人総会屋男ってとこか?」


 最後に冷蔵庫からマヨネーズを取り出して、ピーマンと牛コマ、その上のスクランブルエッグに絞って盛ると、ジャンキー飯の完成である。焼き肉のたれとマヨネーズの組み合わせが結構いけるのだ。箸を突き刺した湯気の立つどんぶり(無作法!)を二つ持って、水去がキッチンを出てきた。「ほい、完成だ」神崎の前に右手のどんぶりを置くと、彼自身も椅子を引いて座る。


 一体何をやっているのか。そう、水去が神崎の分の夕食も作っているのである。ナンデェェェ? 本物を食べて育ってきた神崎八太郎坊ちゃんに、水去シェフのテキトー料理なんか食わせていいのォ? 牛コマなんか、オーストリア産で二割引きシールが付いてたやつなんだよォ? と思わないでもないが、八太郎坊ちゃん、こーいうカスの料理をこれまで一度も食べたことがなかったらしく、割と気に入ってるらしい。彼にはきちんとした専属の栄養士やらシェフやらアドバイザーやらコンサルタントやらがいて、八太郎坊ちゃまの食事を管理していたというのに、当の本人が「自炊するから!」とか言って、怪人指名表示女と戦った翌日に追い出してしまった。友達が貧乏ふりかけご飯を食ってる横で、一人寿司を広げることに、ブルジョワ的な居心地の悪さを感じたがゆえの行動らしい。それでカスの料理なんか食っているのだから、神崎家から見れば、水去律は完全に悪い友人である。


 食費は調理の手間を鑑みて水去が二割、神崎が八割を負担。水去としては、肉でも野菜でも一度にたくさん買う方が安くつくし、うまいこと節約に成功した形である。なので、土日になる度に、徒歩二十分の所にある七兜山唯一のスーパーに通っては、楽しそうにあれこれ買い込んでいる。お昼の弁当にだって、ふりかけだけじゃなく、鮭フレークや肉そぼろや冷凍食品を入れられようになった。


「で、その怪人が神崎グループの株主総会に来るのか?」


「系列の神崎玩具って会社なんだけど、重役たちが脅されてるらしいんだよね……」


「ふーん、まさしく総会屋だな」


 総会屋とは、株主等の権利行使を手段にして会社へのゆすり行為を働く者、のことだ。例えば、株式会社にとって必須のイベントである株主総会開催にあたって、「暴れまくって進行を妨害してやるぜぇ! ヒャッハー!」と会社を脅して、「邪魔されたくなかったら、金寄越すんだぜぇ、ヒャッハー!」とゆするのである。フツーに犯罪行為だし、暴力団等の反社会的勢力と繋がってることも多い。社会の屑、ロクデナシである。


 今回はそれを、怪人がやっているらしい。しかも金を出さなかった会社に対しては、実際に株主総会の会場に現れ、闇の力で暴れ回っているのだそうだ。


「うーん、こいつはヤバいな、目立ちすぎてるし、デジタルタトゥーに……」


 インターネットに流出していた怪人総会屋男の動画を見せられて、どんぶり飯をかき込みつつ、水去がうなった。


「ここまで派手に動いてる怪人は初めてなんじゃない? ネットでかなり話題になってるよ」


「無免ローヤーの力で倒せば遡及的に無効になるとはいえ、被害をいたずらに拡大させるわけにはいかない、早急に手を打たないとな。で、その玩具屋の株主総会はいつあるんだ?」


「明日」


「明日⁉」


 驚く水去に、神崎がノートパソコンの画面を見せる。


「神崎玩具は、当然だけど怪人の要求を拒否してるから、多分明日、総会会場に来ると思う。ウチの会社は総会屋なんかに屈しない。だけど、相手が不思議な力を持つ怪人ってことは、当然だけどボクらしか知らない。だから、無免ローヤー、キミの力が必要なんだよ」


「しかし、どこでどうやって戦う? まさか会場でドンパチやるわけにもいかんし……」


「会場でドンパチやるよ。そのための方策を、さっきからずっと考えてた」


 神崎がパソコンのエンターキーを叩く。すると、画面にデコレーションされたスライドが表示された。タイトルは……「無免ローヤーヒーローショー⁉」驚きで、水去の声が裏返る。米が肺の方へ入り込んでむせた。


「玩具屋だからね。新商品開発計画検討中ってことで、君と怪人の戦いはプロモーションのためのヒーローショーってことにする。怪人が会を妨害し始めたら、キミも乱入する。横でボクがそれっぽくプレゼンするよ」


「俺がヒーロー役をやんのか、いい年してヒーローショーってのも……まあ、それはいいとしても、株主総会の妨害って点では、怪人とやってることが変わらんような……」


「でも、他に方法がある? キミが無免ローヤーとしての責務を果たし、かつ、ウチの大事な会社のイベントを無事に終わらせる方法が」


「うーむ。犯罪スレスレな気もするんだがな。それに、もし俺が負けたらどうする? いざと言う時は八太郎坊ちゃまが権力で助けてくれるか……?」


「助けられるか分からないけど、ヤバくなったら二人一緒だ。ボクとキミは一蓮托生だからね! ミッション・インポッシブル!」


 神崎がドンと胸を叩く。インポッシブルなのかよ……と思いながら、水去は彼の立てた計画書を見ていたが、内心、ヘンテコな作戦に、ほんの少しだけワクワクしていた。俺が、ヒーロー、か……。神崎が水去の顔を覗き込む。「やるかい?」「まあ、いいだろう。ところで、その神崎玩具って会社の定款って見れるか——」そうやって、二人の作戦会議は夜更けまで続いた。


 ○


 翌日。二人は難舵町から電車に乗って、近くの地方都市に出てきた。一応姿を隠すためか、二人とも伊達眼鏡をかけて帽子を被り、マスクまでつけている。なんだか怪しい人だ。特に水去が被っているのは、鍔の広いヘンテコな蝙蝠帽子である。「どこで買ってきたの? それ?」「カッコいいだろ。顔も隠せるし」株主総会の会場は、駅から十五分ほど歩いた所にあるホールだった。総会は午前十時開始。現在は九時四十五分。ホールの駐車場で、二人が入り口の様子をうかがう。


「怪人らしき姿は、見当たらないね」


「闇の力でなんとでもできるからな。上手く紛れ込んでるんだろ。それよりも、俺たちの方が問題だ。お前は坊ちゃま特権で入れるかもしれないが、株主でも何でもない俺は、会場には入れてくれないからな。イリーガルに忍び込むしかない」


「坊ちゃん坊ちゃん言うのやめてくれよ。神崎家は公私混同しない。ボクだって、何もかも許されるわけじゃないんだ。だから、忍び込むのは二人で、だからね」


「そうか、すまん。えーと……計画だと、裏口から忍び込むんだっけ?」


「ボクは守衛に話を付けて、中に入れてもらう。キミは無免ローヤーの力で守衛の死角を進む、だよ」


「キッツいなぁ、明日、絶対筋肉痛だよ……」


「頑張れ、ヒーロー」


 そこまで話をすると、二人は近くの植え込みに隠れた。水去は無免ローヤーに変身する。


 二人は周囲の人が途切れた瞬間を見計らうと、裏口に向かって素早く移動した。「すみませーん、ボク神崎八太郎って言いまーす」神崎がそう言って守衛の視線を引きつけた隙に、無免ローヤーが監視カメラの向きを確認、それから「よっこらせっ」とジャンプして、ヤモリのように天井に張り付くと、法の筋肉と法のファンデルワールス力をフル稼働させて、天井をこそこそ移動していった。変身による身体能力強化のごり押しである。勉強不足だから、このシチュエーションで使える法律が思い浮かばなかったのだろう。しかし、これは、建造物侵入ではないのか?


「んん?」守衛が何かに気付いたらしい。守衛室から身を乗り出す。


「ああー、はい! はい! ありがとうございます!」神崎が大声を出しつつ、身体を動かして守衛の視線を隠した。


「ふっ、ふっ……」無免ローヤーはケツを振りつつ必死で天井を這っていく。


 なんやかんやで、二人は裏口からの侵入に成功した。疲労困憊した無免ローヤー天井から落ちてきて、変身を解く。水去の姿に戻ると、彼は、「無茶苦茶だっ、こんなのは……」と呟いた。「でも、やれたじゃん!」「大人はな、できりゃいいってもんじゃないんだ、その後の元気を残しておかなきゃ……あー、疲れた……で、どこに行けばいいんだっけ?」「えーとね、手に入れた資料によると、舞台はこっちみたい。隠れつつ、総会の様子も確認できる場所があるといいんだけど」ゴチャゴチャ話しながら、不法侵入した二人は廊下を歩いて行く。


 それに近づく影があった。影は機敏に動いて、ぶつくさ言っている水去の背後に飛び掛かる!


「そこっ! 一体ここで何をしてるの!」


「えっ? わっ、ぎゃあっ、ぐええええ!」


 被っていた蝙蝠帽子が宙を舞った。


 水去が気配に気づいて振り返った瞬間に、影が彼に襲いかかったのだ。水去の喉から潰れたカエルの断末魔のような音が漏れ出す。しかしそれすらほんの一瞬のこと。可愛そうな水去律。壁に押さえつけられ、スリーパー・ホールドをかけられていた。だけど、いい匂いがする……


「ギ、ギブ、助け……」水去の弱弱しい声。


「水去君!」神崎が叫ぶ。


「えっ、律くん⁉」影も驚いたように声を上げた。


 そう、水去を素早く捕え、抑え込み、腕を回して首を絞めあげているのは、警備員、そして女性、水去を知っている人、つまり……警備員用の青い制服を着た、前原天祢女生徒だったのである!


「し、死ぬ……」水去が呻く。


「きゃああああああっ、ご、ごめんなさい!」前原は悲鳴を上げて、彼を離した。

 水去は床に崩れ落ちた。「あっ、なんか気持ちいい……」水去が焦点の合わない目をしたまま、虚空に向かって微笑んだ。ヤバい。


 神崎と前原が倒れたまま動かない彼の下に、慌てて駆け寄る。


「ちょっ、水去君! 大丈夫かい! こんな所で死んじゃ駄目だ! 間抜けすぎる!」


「ごめんなさい! ごめんなさい! まさか律くんだとは思わなかったの! ごめんなさい!」


 建造物への不法侵入。その報いを受けた水去。怪人総会屋男と戦う前に、道半ばで死んでしまうのか? ヒーローショーは、いったいどうなる? 総会屋をぶっ飛ばすどころか、一般女子大学院生に意識をぶっ飛ばされてしまった水去よ、頑張れ無免ローヤー! 負けるな無免ローヤー! 泣いちゃいけないんだ無免ローヤー!


 次々と株主が出席し、株主総会がまさに始まらんとするホールの裏で、神崎と前原の声が響いていた。


 ○


「あれ、俺は何をしていたんだ?」


「水去君!」「律くん!」


「えっ、どうして前原さんがここに?」


「警備のバイトをしてたのっ! でも、よかった、りつく……っじゃなくて水去君、ごめんなさい! 私、私……!」


「どうして謝るんです? 何があったんだ? 記憶がぶっ飛んでて。さっき俺は歩いてて、あれ?」


 床に座り込んだまま、水去は辺りをきょろきょろ見回した。


 まあ、どんなことも、何があっても、なんとかなるものだ。うん。



次回予告

みんな! ヒーロ―を! 応援して! 第十一話「舞台の上のヒーローに」 お楽しみに!


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