第7話 衝撃と電撃のパチンコ

前回までの、七兜山無免ローヤー!

 神崎宅に引っ越してはや数日、予習に苦しむ無免ローヤー。そんな時、前原女生徒から新たな怪人の情報がもたらされる。調査に乗り出した彼の前には、謎のチンピラが立ちふさがった。無免ローヤーは今日も戦う! 変身! 法に代わって、救済する!



 チンピラに殴られた水去である。


 しかしさすがはヒーロー、普段から闇の力で切られたり撃たれたり赤原に詰られたりしているせいか、自失することなく距離を詰めて、不気味なる微笑みを返した。訳分かんない奴が異常な反応をしてきたからか、チンピラは何やらゴチャゴチャ怒鳴ると、歩いて行ってしまった。


「水去君!」


 神崎が声をかける。「君が殴られることはないのに! あんなん犯罪だろ! 無免ローヤーになりなよ!」「うーん、それは無理だな」水去は頬をごしごし擦りながら答えた。


「何でさ! 法律の力なんだろ?」


「まず一つ。無免ローヤーは怪人を倒すための力だ。もう一つ、今の出来事を法律で救済できるかと言われると、中々難しい」


「なんで? 暴行罪じゃないの?」


 神崎の問いに、水去はちょっと難しい顔をした。


「ふむ、少し話が長くなるけど、一から整理して考えてみよう。基本的なことだが、例えば今みたいな場合、あのチンピラには二つの責任が発生する。刑事責任と民事責任だ。これは非常に初歩的だが見落としがちでな。この二つは全然違う」


「刑事と民事……」


「刑事責任はお前の言う通り暴行罪だよ。いわゆる刑法だ。検察が起訴して裁判で有罪が確定すれば、罰を受ける。刑務所にぶち込まれたり、罰金を払うことになったりな」


「そうだよね、裁判ってそういうイメージだよ」


「一方で民事責任は、殴られた哀れな俺がアイツを訴えることで問われるものだ。こっちは民法の話。民法七○九条、不法行為に基づく損害賠償。殴った分の損害を金で賠償しろ! ってわけだな」


「ああ、うん、確かに、それも裁判だよね」


 水去がゆっくり頷いた。道端でヘンテコな話をしている二人を、街の人々が不審そうに見ながら通り過ぎていく。


「この二つは全く別の役割を果たすものでな、例えば被害者である俺が、あんなチンピラは危ないから刑務所にぶち込め! って訴えられる訳じゃない。刑事責任を問うのはあくまで検察官だ。被害者は基本的に関係ない。民事と刑事じゃ役割が違うから、どれだけ俺が怒り狂って文句を言おうとも、アイツを死刑にはできない」


「なるほど、言われてみればそりゃそうかもね。ということは、ネットとかでよく見かける、被害者が可哀想だから厳罰に処せ! みたいな意見は違うってことか」


 神崎の言葉に、水去が「ほお、中々鋭いじゃないか」と答える。


「まあ基本的にはその通りだ。情状の部分には影響するかもしれないが、原則として、刑罰を与えるのは、被害者が可哀想だからではない」


 そう言いつつ、水去は歩き出した。神崎も隣で歩きながら、問答を続ける。


「これを踏まえて、刑事責任と民事責任をそれぞれ考えてみることにする」


 水去が、道の向こうに建っていた交番に目を向けた。


「まずは刑事責任から考えてみよう。俺が今から交番に行って、殴られたんですぅ! とお巡りさんに泣きついてみる。まあ、親切なお巡りさんは話を聞いてくれるだろう。けしからん奴だ、ということで少しはチンピラを探してくれるかもしれない。大した事件じゃないから、話だけ聞いて放っておかれるかもしれない。で、まあ仮にそのチンピラが暴行罪で捕まって、検察官が起訴して、裁判で有罪になったとする。殴られた俺は救済されるだろうか」


「うーん、あんまり嬉しいことはないよね。キミの傷が治るわけじゃないし。でも、被害者が救済を求めるのは民事の方なんでしょ?」


 神崎の答えに、水去は指をくるくる回しながら話を続ける。


「ふむ、ならば民事責任を考えてみよう。あのチンピラに殴られた俺が、裁判をやって、アイツから賠償を勝ち取ったとする。しかし、あんなチンピラがちゃんと金を払うだろうか? 払わない。そもそも払えるだけの金を持っているのか? 道行く人から金を借りようとする奴に、そんな大金があるとも思えない。しかし裁判をするにも弁護士を雇うにも金はかかる。時間も手間もかかる。頑張って賠償を勝ち取っても、ちゃんと払われないんじゃ大赤字だ。弁護士だって、明らかに支払い能力のなさそうなヤツ相手の裁判を引き受けたくないだろう。徒労に終わるだけだからな」


「えっ、じゃあ泣き寝入りするしかないの?」


「そうだよ。実際、世の中には泣き寝入りしている人間がごまんといる。相手に金が無いなら、闘っても損するだけだ。なんとか法律で国家による救済制度を作れればいいが、現状不十分なまま……まあ、そんな所だよ、無免ローヤーが闘ったって、どうにもならないことはある。ほら、噂のパチンコ屋に到着だ。っと、むむっ、何だこれはっ!」


 水去がパチンコ屋入り口の立て看板を睨んでいる。いろいろ考えさせられて、重苦しい表情の神崎は、しばらく黙り込んでいたが、水去があんまりアワアワしていたので、彼の方を向いた。「なに? なにかあるの?」「ああーっ、見るでない! 見るでない!」水去が立て看板を身体で覆い隠そうとする。「お、お前にはまだ早い!」「そんなに歳、違わないよね?」「まだ十九だろ!」「三つしか変わんないじゃん!」神崎が立て看板を無理矢理覗き込んだ。


 [アイ♡ドル店員、AmaAma、出勤表]


 しっかり化粧をして、店員用の制服を着た前原女生徒が、ポーズをとって写っている。手をピストルの形にして、ウインクしつつ、こちらのハートを狙っていた。

「ナニコレ?」神崎が素っ頓狂な声を上げる。


「あわわわわー、パチ屋のバイトってどんなんかと思っとたが、アイ♡ドル店員AmaAmaだったんじゃあー。天祢さんだからAmaAma……た、大変なことを知ってしまったー」パチンコ屋の入り口で、水去は看板を抱えて震えていた。


 ○


 衝撃的な事実の発覚はあったものの、幸いなことに今日はAmaAmaの出勤日ではなく、二人は安心してパチンコ屋に入った。自動ドアが開くと、ワッっと遊技機の騒音が襲いかかってくる。


「ボク、パチンコってやったことないよ。お金を稼ぐ遊びって、何が楽しいんだろう?」


「俺もやったことない。そもそも元手となる金が無いからな。そう、今も、俺の財布には七十一円しかないんだ」


「ボクに金を出せって言いたいの?」


「俺も七十一円全額出すぞ。払戻額は二人合わせて出資割合で分ける、ということで、金貸してくれ……うん、どうもありがとう……えーと、取り敢えず席に座ればいいんだよな」


「キミはここにギャンブルしに来たの? 怪人を調査しに来たんじゃないの?」


「バカっ、これは潜入捜査なんだよ! パチ屋でパチンコしなけりゃ、怪しいし、店にも迷惑だろ! あくまでこれは捜査の一環!」


「ほんとかなー?」


 二人はよく分からないままに隅の方の筐体を選び並んで座って、それぞれ金を機械に入れて、玉を借りた。テキトーにレバーを引いたりボタンを押したりすると、画面が動き出した。


「しっかし、パチンコ営業の三点方式とか、風俗の恋に落ちる云々が、実社会で普通にまかり通ってるのを考えると、法律なんか真面目に勉強する気が失せるよな。ガバガバじゃねえか、と」


 水去が画面を睨みながら言う。


「あー、確かに……そういうのって、どーなんだろうねぇ。でもまあ、困ってる人がいないならいいんじゃないの?」


「なるほど、一理ある。というわけで、お前の玉ちょっと貰うぞ」


 水去が神崎の玉入れから一掴み、素早く搔っ攫っていった。「あっ、ちょ、何すんの! もう負け尽くしたの?」「困ってる人がいないからいいだろ」「ボクが困るよ」「今のお前と俺はな、共同事業者だ。だから、お前のものは俺のものだ」「下手くそ!」「こんな運営有利の運ゲーに、上手いも下手もあるか! 黙って見てりゃ順調に勝ちやがって、お前みたいな奴が幸運を独占するから、俺が負けるんだよ!」「それは屁理屈でしょ!」「幸運独占禁止! 人生不正競争防止!」水去がもう一掴み玉を奪おうとする。神崎が水去の手を抑えて止める。二人の間で低レベルな攻防が起きる。


「おいっ! そこのお前ら!」


「「うわっ」」


 突然声がかかって、見れば、サングラスをかけた青年がいた。「パチンコは運ゲーなんかじゃない! 戦術と技術のゲームだ。自身の修行不足を、運否天賦のせいにするな!」そう言うと、サングラスの青年は近くの遊技機の前に座った。「今からそれを証明してやる!」


 あーヤバい奴に声をかけられたなぁ……と思いつつ、グラサン青年の背中を眺める。電子音が鳴り、じゃらじゃらと音が響いて……


 いきなり大当たりした! 口を開けたまま唖然とする二人。「見たか! パチンコは技術だ! 戦術だ! 筐体の振動を体感し、適切なタイミングで、打つべし、打つべし!」グラサン青年は左手を筐体に当ててぶつぶつ言いながら、次々当たりを引き続ける。どんどん玉が溢れる。


 ポカンとした呆け顔のまま、水去が鞄から六法を取り出した。無言でバックルにセットすると、光が溢れて、無免ローヤーに変身する。そうやって、法の眼ごしに覗き込めば、筐体に触れるグラサン青年の手は、闇のオーラに包まれていた。


 無免ローヤーが、青年の脳天を背後からチョップした。「お前怪人じゃねえかっ!」


 グラサン青年が慌てて振り返る。


「む、サングラスでよく見えなかったが、この声は……よくよく聞けばお前はクラスの水去! って、何故無免ローヤーがこんな所に!」


「テメェこそ、よくよく見ればクラスの駒沢! グラサンなんかかけやがって! この怪人野郎!」


 無免ローヤーがにじり寄ると、駒沢青年は素早く飛びのき、その身体から闇が溢れて、怪人へと変貌する。パチンコ屋の通路で、向かい合う怪人と無免ローヤー。とても迷惑である。


「水去ィ! お前のことはよく知らないがァ、まさかァ噂の無免ローヤーだったとはなァ」


「そっちこそ、ちまちま怪人の力使ってパチンコなんかしやがって……! 法に代わって、救済したる!」


 チーン、ジャラジャラジャラ……「あ、確変入った」神崎の打っていた遊技機が派手にピカピカ光った瞬間、怪人が背中を向けて逃げ出した。「待てっ……っと、神崎! お前ちゃんと換金しとけよ!」と言ってから、無免ローヤーが追いかける。自動ドアが開いて、両者はパチンコ屋の外に飛び出した。


 ○


 道路で睨み合う無免ローヤーと怪人。柔らかい雨がしとしと降って、無免ローヤーの複眼を濡らす。


「駒沢! 不当にいくら儲けやがった!」


「いくら儲けたっていいだろうがッ! 法科大学院の学費はァ、他の大学院より三十万円もォ高いィ……ロースクール生に対する差別ッ! 迫害ッ! 不利益な取り扱いッ! こんな社会はクソゲーだよなァ……ルールを守る価値もないクソゲーはッ、チートでも使って遊ぶしかァねえんだよォ!」


 国立大学・大学院の学費は、令和五年時点で年額約五十万円である。しかし法科大学院は違う。ここだけは年額八十万円なのだ。古くから続く法曹志望者への差別が、社会にはまだ根深く残っている。


「確かに、法科大学院の学費は高すぎるな……」


 怪人の叫びに、中身は貧乏学生の無免ローヤーも、首肯せざるを得ない。しかしそれでも、ヒーローは怪人の前に立ちふさがる。


「だけどな……理不尽でも、社会がどれだけ俺たちを馬鹿にしても、耐えるしかないんだよ……! ここで俺がお前を止める!」


 無免ローヤーが駆け出して、怪人に向かっていく。怪人も、今度は逃げない。


「自分にィ嘘をォ、吐くなッ! お前だってェ、分かってるだろォ……法はァ、この社会はァ、俺たちに酬いないんだよッ!」


 怪人が闇に包まれた手を天に掲げた。


 バリバリバリバリバリッ! 怪人を中心にして、周囲の電線からエネルギーが集まり始める。「なっ! まさか電気っ!」と無免ローヤーが驚きの声を漏らした。怪人の手の中で、電気と闇のオーラが混ざり合い、黒い雷が溢れ出す。


「喰らえェ! 三十万円の怒りッ!」


 怪人が腕を振るい、闇の雷撃が空間を切り裂いて、無免ローヤーを襲った。暗き閃光の瞬きの中で、刹那、降る雨すら静止したように見えた。


「がっ、あ……!」


 電流が六法を貫き、法の鎧を流れ、肉体に損傷を与える。膝が水たまりに落ちた。前のめりに、無免ローヤーは倒れた。


 水去君——遠くで神崎の声が響くのが聞こえる。霞む目で見上げれば、怪人が身を翻して、喧騒の中に消えて行く。手を伸ばしても、届かない。雨降る街に広がる闇のオーラが、いつまでも消えない。怪人に墜ちた法科大学院生の駒沢に、救済の手は届かないのか……


 ○


「水去君……水去君……」


 声が聞こえる。柔らかい感触を感じる。温かい。一体なんだろう、この幸せな気持ちは。まるで、全く予習の心配もなく、司法試験のプレッシャーを感じることもなく、赤原の怒鳴り声に頭を下げる必要もない、そんな日が訪れたかのような幸福感……


 目を開くと、前原女生徒が微笑むのが見えた。


「アイ♡ドル店員AmaAma!」


「水去君! よかった……目が覚めて……」


「どうして? 今日は出勤日じゃなかったんじゃ?」


「は、恥ずかしいから、そのことはあんまり言わないでほしいっ」


「あっ、申し訳ない! ちょっと寝ぼけてて、あれ?」


 水去が周囲に目を向ける。ふわりと甘い香りがする。どうなっているのか。水去と前原は膝枕関係にあるのだ。気を失っている間、ずっとこうだったのだろうか。しかしどうして前原さんがいるのだろう。彼女が助けてくれたのか? 何故? まさか俺は死んだ? うむむ……


 そんなことを考えていると、至近距離で、前原のスマイルが彼に向けられた。


 怪人による闇の電気攻撃よりも、ずっとずっと激しい衝撃と電撃が全身を貫いたかのように、水去は跳び上がった。



次回予告

傘! 心! 大切断! 第八話「あなたの心を盗んでも」 お楽しみに!

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