第12話 とある犯罪者との対話

前回までの、七兜山無免ローヤー!

 ローヤーキックで怪人総会屋男を倒した無免ローヤー。株主たちの歓声を受け、舞台の上のヒーローになる。しかし忘れちゃいけない、お前はただの冴えない法科大学院生なんだぞ。無免ローヤーは今日も戦う! 変身! 法に代わって、救済する!



 神崎がぺらぺらでたらめのスピーチをしている舞台裏で、水去と、怪人総会屋男だった法科大学院生、彼はクラスの三島青年だった……は話をしていた。三島は床に座り込んで、ずっと俯いていた。


「ヒーローショー、なんて茶化して、悪かったな。お前の存在をごまかして、株主総会を平穏に進めるため、ショーってことにするしかなかった。すまんかった」と水去が言う。


 三島が顔を上げた。水去は、自販機で買ってきたポカリスエットを投げて渡した。


「ショーに協力してくれたお礼だ」


「ショー……いや、俺は、本気で戦った。突然手に入れた不思議な力を使って……水去、いや、法律マン、だったか……?」


「あー、法律マンってのは出まかせの偽名で、本当の名前は、無免ローヤー、なんだけどな」


「無免ローヤー……お前は、ずっと、俺みたいなのと戦っているのか?」


「そうだ。お前みたいな、法律に絶望して、怪人になった生徒を救うのが、無免ローヤーの責務だ」


「怪人か……そうか、俺は怪人だった……そうして、取締役を脅して、金を……」


 三島青年が頭を抱える。水去は正面に立って、静かに声をかけた。


「お前が悪いわけじゃない。怪人になると、自己の能力を使った犯罪衝動を抑えられなくなるもんだ。そうして絶望を消そうと、溺れるように力を振るうようになる。怪人の能力の根源と、絶望の端緒は同じだから、ひとたび見合った力を得れば、もう自分では止められない」


「そう……俺は、怪人総会屋男だった……それは、それだけは、闇の中でも分かってたんだ……」


 水去が三島の肩に触れた。「何がそこまで、お前を総会屋に駆り立てたんだ?」三島はペットボトルを持った手を、震わせながら、彼の過去について、少しずつ話した。「俺の父は、ある会社の取締役だった……」


 三島青年の父は、かつてとある株式会社の取締役だった。しかし、今は違う。彼の父は取締役の地位を追われた。


「俺の父は、総会屋に利益供与をした。それで全てを失い……罰を受けた……」


「確かに、会社法は利益供与を許さない」水去は静かに答える。


「だけどっ、それは俺を守るためだったんだ! 総会屋の脅しの内容は、家族の命……つまり、まだ幼かった俺だった。総会屋は暴力団への株式の譲渡をチラつかせ、売却を取消すなら金をよこせ、さもなければ……と、脅したんだ」三島青年が水去を睨んだ。


「家族のため、か」


「父の行動は、家族を守るためのものだったんだ。家族の命を脅かされて……!」


「理解はできる」


「おかしいだろう! 家族を守るための行動が、どうして罰されなければならない! どうして、どうして……」


「たとえ家族が脅された場合でも、取締役の利益供与責任は追及される。それが、この国の司法判断ではある」


「ああ……そうだな……その通りだ……だから俺は、法律に絶望した……」


 三島青年が、膝の上でギュッと手を握った。俯いた目から涙が零れ落ちる。


 水去が、三島青年の肩に手を置く。


「三島、お前の気持ちはよく分かる。法律に絶望する気持ちもな。確かに、会社法は利益供与に厳しい規定を置いている。だけどそれは、総会屋をこの社会から根絶するためだ」


「そんなこと、分かってる……!」


「お前の哀しみは、もっともなことだ。会社法は、お前の父親に罰を与えた。最も邪悪な存在は、総会屋なのにな」


「……っ!」


「利益供与は、総会屋に資金を与え、結果的に次の総会屋を生むことになる。そうなれば、お前と同じ境遇に陥る者が、さらに増えるだろう。その中には、次の犯罪者が、怪人総会屋男が、いるかもしれない」


「俺はっ、俺はっ……!」


「お前の父親は間違った選択をしたが、邪悪ではない。最も悪いのは、総会屋だ。そしてお前も、邪悪じゃない。怪人の犯罪は、無免ローヤーが倒せば遡及的に無効になるからな。やり直せるんだ、怪人に堕ちたとしても。法律家になれないなんてことはない。きっと、大丈夫だ。俺は、そう思ってる」


 歓声の響く舞台裏で、拳を交えた二人の静かな対話が、ぽつり、ぽつり、と、静寂に染み入って滲んだ。


 ○


 怪人総会屋男との戦いを、赤原に報告した水去である。


「水去ぃ! お前は一体いつになったら学ぶんだぁ? お前は法科大学院で何を学んでるんだぁ? 言ってみろ、ほら! ほら!」


 赤原が机に手を置いて、下から水去の顔を覗き込んだ。目をひん剥いていて気色悪い。


「すみません……」


「怪人は洗脳して代理権授与させてるんだろぉ? そんな授与は無効じゃないのかぁ、ええ? そんなことも分からないのかぁ?」


「その通りです、すみません……」


「頭が悪すぎないか? よくそんなので、平気な顔して勉強してられるものだ。よく絶望しないな? 何をやっても無駄だと思わないのか? もし私がお前くらい能無しだったら、軽く三百回は絶望してるなぁ。ああ、自分を客観的に見れないくらい脳みそがスカスカなのか? 底抜けの馬鹿だ! よく生きてられる」


「すみません……」


 水去は悔しそうに唇を噛んだ。


 アカデミックハラスメントは犯罪だろ!


 ○


 水去が怪人総会屋男を倒した、次の日曜日の午後。


 七兜山の隣にある、眉毛山のとある場所に、とある犯罪グループがいた。怪人とか全然関係ない、野生の犯罪者である。


「やっとあの悪徳社長が象牙の密輸をしている証拠を掴んだぜ」


「やりましたね、兄貴!」


「ああ、象牙の密輸は犯罪だからな」


「だから、俺たちが奪っても奴らは警察に言えないんすよね! さすがっす、兄貴は天才だなぁ」


「よせよ、照れるじゃないか。よし、奴に電話をかけるぞ。番号は?」


「○○○―○□△―○△□です」


「○○○―○□△―○□△だな、よし……」


 携帯電話の呼び出し音が、部屋に響く。


トゥルルルル、トゥルルルル……

トゥルルルル、トゥルルルル……


「む、電話だ」神崎邸の電話が鳴って、近くで椅子に座っていた水去が声を上げた。


「今ちょっと離せないから、出といてよー」とトイレから神崎が言う。


 電話、やだなぁ……と現代っ子のコミュ障を発揮しつつ、水去が受話器を取る。


「はい? もしもし?」


「……お前の正体を知っている」


「なんだと?」


「俺はお前のことを調べ上げた。秘密をバラされたくなければ、俺の言うとおりにしろ」


 そこで、神崎がトイレから出てきて、水去に声をかける。「なに? だれ?」水去は送話口を手で押さえつつ、彼の方を見た。無言でスピーカーをオンにする。


「おいっ! 聞いているのか!」


「ああ、うん、はい」


「貴様がアレを持っていることは知っている」


「アレ?」


「とぼけるな! 象さんのことだ!」


「象?」


「貴様、象さんを隠し持っているだろうが!」


 水去が困った顔をして神崎の方を見た。「象って、何だと思う?」「さあ……?」「俺は、一体、何を求められてるんだ?」「うーん……あっ」神崎が水去の下半身をチラリと見た。「えっ」「もしかしてさぁ、いわゆるその、チ○コなんじゃ……」「男性器、だと……」


 部屋に不思議な沈黙が広がる。


 二人が、「象さん=男性器説」に行き着いたところで、電話の向こうから、苛立ったように怒声が上がった。


「おい! 何をしている!」


「ああっ、はいはい、それはまあ、隠し持ってはおる、けども。というか、隠さなきゃヤバいし……」


「その通りだな? お前、それを世間に公開されたら困るよな?」


「公開って……そりゃあんなの世間に公開したら警察の御厄介になる可能性が……」


「そうだよなぁ、犯罪だもんなぁ」


「はあ……」


 神崎が声を殺して笑い転げている。「何の話をしてるのさ、ふふっ……」


 電話の向こうからは、これから決め台詞を言ってやる、とばかりに、空気を吸い込む音が聞こえてくる。


「だから、俺たちは、お前の象さんを奪うことにした」


「いやそれは困ります!」


 水去が立ち上がって悲鳴を上げた。


「うるせえ! バラされたくなけりゃ、黙ってよこすんだ!」


「えー! というか、奪って何をするんですか!」水去、何故か敬語である。


「そりゃ加工してアクセサリーにしたり、まあいろいろ用途はあるんだ。お前も知ってるだろ! それぐらい!」


「いや知りませんよ!」


 受話器を眺めつつ、水去が小さく、「あ、阿部定……⁉」と呟いた。「お、お、お、恐ろしいことをしている人間がいるもんだねー、ふふふっ」と漏れ出てくる笑いを押し込む。


「聞いているのか!」


「えっと……と、とにかく、困りますよ!」と額に脂汗を浮かべる水去。


「黙れ! 言うとおりにしろ!」


「ええええええ!」


「貴様の居場所は知っている。そこの山頂に来るんだ。今すぐ来い。おっと、アレも持って来いよ、一つでいい」


「いや一つしか持ってないですよ! 二個も三個もあったら困ります!」


「なんだ? 意外と少ししか持ってないんだな」


「いや普通一つでしょ。アナタはいっぱい持ってるんですか?」


「持ってるわけないだろ。持ってたらすぐ売り飛ばしてる」


「えええええええ!」


「需要はいくらでもあるんだ! 分かるだろ?」


「わ、分かりたくありません!」


「ゴチャゴチャ言うな! 命令通りにするんだ!」


「できることとできないことがあります! いくら何でも!」


「今から持って来い。誰にもアレを見られないようにしろよ」


「見られたらその時点でおしまいですって……」


「そうだな、では、待っているぞ」


 電話が切れた。


 ○


 放心したように、水去が椅子に座り込む。


「どういうことなんだよ……?」


「どういうことなんだろうね?」


「男性器に、排泄と性交、肛門性交又は口腔性交以外の用途があるのだろうか……?」


「無いでしょ」


「だよなぁ……」


 神崎がダイニングテーブルを挟んで、正面の椅子に座る。ぼんやりとそれを見ていた水去だったが、ふと、何かに気付いたように表情が晴れた。


「あっ、そういうことか!」


「えっ、分かったのかい?」


「さっきの電話、お前へのラブコールじゃねぇの?」


「な、な、なんて?」神崎が珍しく動揺している、


「さっきは偶然俺が出たが、お前ん家の固定電話にかかってきたんだから、名宛人はお前だろ。だからラブコール」


「オッサンの声だったよね⁉」


「今時、声なんかいくらでも変えられる。それに、アレが無いって言ってただろ。お前のガールフレンドなんじゃねぇの?」


「電話でチ○コを要求するガールフレンドってなんだよ!」


「いいじゃねぇか! 変態でも! モテモテやないですかぁ、俺なんか、俺なんか、ずっと一人で……」


「ボクだってチ○コでモテてるわけじゃないからね⁉」


「愛されてるのは否定しないんか……ははっ……」


「まあ……うーん、でも、そんなヘンテコな女の子はいないと思うんだけどなぁ」


 首を傾げる神崎に、水去が顔を近づけて詰め寄る。


「神崎さん、ナチュラルに複数の女性を思い浮かべてるみたいですが、いくらプレイボーイでも、重婚は犯罪ですよ……?」


「それくらい知ってるよ! わっ、なんだよその顔! よくそんな死んだ魚みたいな濁った目ができるね……あーもー、っていうか、チ○コ以外の可能性も考えてみるべきじゃないの!」


 水去がブツブツ暗いオーラまき散らしてくるので、神崎が話題を変えようとする。


「何か、他の物である可能性はないのかなー?」


「象さんって、男性器以外に何かあるか?」


「隠語じゃなくて、象そのものって可能性も……うーん、象牙とか、どうかな?」神崎、鋭い。


「象牙か……象牙の輸出入は、ワシントン条約で規制されてたよなぁ。国内取引も、確か、種の保存法とか、そんなのがあったような……」


 水去が変身六法をペラペラめくって、絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律、の頁を開いた。神崎もそれを覗き込む。


「もしかしてさー。違法に保有してる象牙を奪ってやろうとか、そういう話なんじゃないの?」


 神崎、確信を衝いている。


「いや、そんなアホなことする奴がいるか? やっぱ、お前がどっかで引っかけた女の子が変態だったんじゃねーの? 大人しく切ってプレゼントしてやれよ」


 水去よ、アホはお前である。


 神崎が怒ったように彼に詰め寄った。


「ボクはね! 女の子を悲しませたりはしない主義なんだ! 引っかけたとか言うなよ! キミこそ、どっかで誰かを惑わしてるんじゃないの!」


「お、俺……? いや、俺、知り合い自体、ほとんどいないし……」


「天祢さんがいるじゃん!」


「なんで前原さんがあんな電話かけるんだよ」


「そんなの自分で考えなよ」


「むむむっ」


 神崎の思いがけない反撃に、水去が身を引く。そうしてしばらくきょろきょろした後、テーブルに勢いよく手をついて、立ち上がった。


「と、とにかくな! 怪人の可能性がある以上、こんなトンチキ脅迫? 恐喝? 男性器は財物か? 分からんけど、とにかく、山頂に行くしかないだろう!」


 水去が錯乱した様子で変身六法を掴み、神崎邸を飛び出した。「あっ、待ってよ! ボクも行く!」と言って、神崎も後を追いかけた。


 ○


 七兜山と、その隣の眉毛山。二つの山の頂に佇む二人の男。無免ローヤーと野生の犯罪者。腕組みして、互いが来るのを待つ彼らを、生ぬるい風が突き抜けて行った。もう、陽も落ちかけている。


「「誰も来ねえじゃねえかっ!」」


 両者の声が山彦になって響いた。



次回予告

過労! タブー! 性犯罪! 第十三話「触れちゃいけない部分」 お楽しみに!

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