伝説の魔法使い、弟子を取る~この師弟何もかもが常識外れな件~

黒百合咲夜

序章

第1話 出会い

 活気溢れる町を一人の女性が歩いている。

 金を溶かしたような美しい色彩の髪を肩口まで伸ばし、澄んだ青色の瞳を持っているまさに美女そのものといった風貌だが、道行く人はあまり彼女に関心を抱かない。自身に施した軽度の認識阻害魔法が働いているのだ。

 ただただ退屈だった。何か面白いことはないかとこうして町を見て回っているが、特に興味を引くものはなかった。

 噴水広場の前を通りかかったとき、吟遊詩人の男性が軽やかに謡っているのが見えた。大勢が集まって演奏を楽しんでいる。

 女性も足を止め、人々に混じって演奏を聴く。時折口元を緩め、誰にも聞こえない声でボソリと呟く。


「眷属戦の歌ね。今思い返しても、よく生きていられたわね私」


 女性――シエラ=バネルが昔のことを思い出す。

 大魔法使いシエラ=バネルは、この世界では知らない者のほうが少ないほど有名人だ。過去、何度も訪れた人類の危機に決まって関わってきたのだから。


 数百万の魔物・魔獣による史上最大規模の大凶撃スタンピードと呼ばれる現象を、たった一人で魔物たちを全滅させて解決した。

 人類を脅かし、非道の限りを尽くした魔王軍と魔王を勇者パーティーに協力して蹴散らし、見事魔王の討伐に貢献した。

 今は滅びたとある帝国の外道魔法使いが、誤って異世界から召喚した邪神の眷属を数日間の激闘の末討ち滅ぼした。


 特に有名な逸話はこれらの三つだが、この他にもシエラの伝説は数多く存在する。名前を聞き間違えただけで実際はシエラによるものと思しき話も含めると、どれだけの逸話があるのかは誰にも分からない。

 吟遊詩人の彼が今謡っている詩もその一つだ。


「事実とはずいぶん違う箇所も多いけど……そんな風に誇張されているのね」


 なお、シエラの名前が始めて歴史上に刻まれたのは、今からおよそ四千年も前のことである。

 にもかかわらず、どうしてこんなにもシエラは長く生きているのか。それは、彼女が退屈している理由にも深く関わっていた。


「不老の魔法なんて使うんじゃなかった。なんでこんなものに手を出したんだか」


 自身に施した不老の魔法。その影響で、シエラは寿命による死がなくなっているのだ。

 魔法を極めようと考え、そのためにたくさんの時間が必要だと結論づけて不老の魔法を使ったまではよかったが、ほぼ全ての魔法を五百年ほどでマスターしてしまったために退屈で仕方ない。

 不老不死は人間の夢だが、こんな力のどこがいいのかシエラにとって甚だ疑問であった。

 と、そんなことを考えているうちに男性の演奏が終わった。

 聴衆が置かれた容器に銅貨を投げ入れ、男性が頭を下げている。


「さて。楽しませてもらったことだし、お駄賃は弾みましょうか」


 指に金貨を乗せ、それを弾いて風魔法の応用で飛距離を伸ばして容器に投げ入れる。

 まさか金貨をもらえると思っていなかったのか、男性は何度もシエラの方を見て頭を下げていた。


「さて、と。これといったものもなかったし、そろそろ帰ろうかな」


 今回もあまり面白そうなものは見つからなかったと思い、踵を返す。

 そうして、人目に付かないように転移魔法を使うため、人気のない路地裏を探すために表通りを外れて裏通りに足を踏み入れた、その時だった。


「……ん?」


 ふと、ソレが気になって足を止める。

 シエラの視線の先にいたのは、まだあどけなさの残る少女だった。

 年の頃は十五前後といったところ。薄汚れた銀色の長髪は洗えば宝石よりも美しくなると感じさせ、光を宿さない燃えるような緋色の瞳が特徴的だった。

 首と右手に鎖を繋がれ、粗雑な作りの金属檻に閉じ込められている。裸同然のボロ布一枚だけを身に纏った体からは糞尿の悪臭が漂い、無数のハエが周囲を飛び回っていた。病気を患っているのか、時折血が混じる咳を漏らす。

 少女の扱いと右肩の焼き印から、彼女が奴隷であることは明白だ。

 この世界における奴隷とは、犯罪を犯した者や戦争が起きたときに捕虜となった者、何かの事情で売られた者、借金を返すことができずになった者などのことだ。

 シエラにとっては奴隷などどうでもいい存在だ。

 それなのになぜ少女のことが気になったのか。それは、彼女から発せられる魔力を感じ取ったからだ。


(すごい深層魔力ね。これほどのものを見るなんて何百年ぶりかしら)


 努力次第でいくらでも伸ばせる表層魔力と呼ばれるものと違い、生まれ持った才能とでも言うべき深層魔力の量がこの少女は桁違いだった。かつての勇者パーティーの面々や、もしかすると自分すらも越えているのではないかという予感がシエラの気分を高揚させる。

 軽く魔法で確認した感じでは、魔法を使うのに必要な技能や才覚も体に備わっているようだった。

 この世界で魔法を使うことのできる者は、エルフや魔族のような一部の種族を除くと平均的に約三割から四割と言われている。その中でも多くの者は生涯をかけても第五階級魔法と分類される魔法の発動に至るのが精一杯で、その上の第六階級魔法を使うことのできる者は魔法使い全体でも少数。第七階級魔法以上に至っては英雄と呼ばれるような歴史に名を残す存在や、魔法と密接な関わりを持つ種族でなければ発動ができないとされている。

 しかし、この少女は人間族でありながら、これだけの深層魔力があるのなら第七階級魔法はもちろんのこと、勇者やシエラに並ぶ最高位の第十二階級魔法や、その上に君臨する人間族だとシエラしか使うことのできない超次元魔法すら発動させることができるようになるだろう。

 磨けば輝くダイヤの原石。過去類を見ないほどの逸材を見つけた。

 しかし、シエラが見たところ少女の余命は幾ばくもない。この先一ヶ月の間生きていれば奇跡だろう。

 これほどの逸材が病で失われるなど世界にとっての大きな損失で、何よりシエラ自身もそんなことを許すつもりはない。


 故に、シエラは少女を救うことにした。

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