第14話 プレゼント
魔獣の観察を終え、ウッズベルトへと戻ってくる。
魔獣たちの様子は確かに鬼気迫るものがあった。本能的に自分よりも強い存在がいるとして全力で逃げようとしているのだろう。
その強大な存在の正体はライガー。そう、思っていたのだが。
「最後のあの咆哮……まさかね」
とある魔物がシエラの脳内に浮かぶが、あり得ないと一蹴する。思い浮かべた魔物はこんな場所にいるはずがない。
シエラが最後にそいつを目撃したのは魔王との大戦時だ。魔族たちが住む魔界に生息し、人間界にはほとんど出てこない魔物などいないと思う方が正しいだろう。
だが、一応は警戒をしておく。
ライガーと違い、あの咆哮の主は非常に強い魔力を有している。対峙することが危険だと思った。
シャーロットを一人で送り出してライガーたちにどう対処するのか見てみたいとは思う。だが、あの魔力の主に襲われたらひとたまりもない。重傷、で済めばいいのだが下手をすると命を落とす危険もある。
可愛い愛弟子が殺される姿など好き好んで見たくはない。
「アーキッシュにも警戒するように伝えておこうかしら」
そう思って歩き出すと、すぐにシャーロットとアーキッシュの二人を見つけた。
アーキッシュが微笑ましく見守る前で、シャーロットは宝石商の店に並ぶショーケースを眺めている。
視線の先にあるのは巨大なサファイアが付いた宝石だ。中々良いものに目をつけたなとシエラが微笑む。
目を輝かせているシャーロットに近付き、一緒にケースを覗いた。
「どうしたのシャル。これが欲しいの?」
「せ、せせせ先生!? お帰りなさい!」
声を掛けられて驚いたシャーロットが飛び跳ねた。
面白いリアクションにアーキッシュと店主が笑う。二人の笑い声に、シャーロットは顔を赤くして縮まるようにもじもじとした。
そんな姿を見ていないシエラは一人でサファイアの指輪を見続けている。
「へぇ。これは中々に上質なサファイアね」
「おっ、お姉さん分かるんですかい」
「まぁね。これに目をつけるとはさすがシャルね。買うの?」
「買いたい、ですけど手持ちが……」
シエラに渡されたお小遣いでは到底届かない額だった。残念そうに困ったような笑顔を向ける。
シャーロットにそんな顔をさせるわけにはいかないと、シエラがフッと微笑んだ。
弟子に甘いバカ師匠だとアーキッシュに言われそうだが、魔法使いが指輪を持つのは当然と言えば当然だしシャーロットには渡していなかったと思い返す。
なら、先日の試験に合格したお祝いとして買ってあげてもいいと思った。
店を出たシエラが拳大の石を拾った。付いてきたアーキッシュとシャーロットが不思議そうに眺める前で石を握りしめる。
「〈置き換われ・金色に輝く・魔を宿せし鉱物よ〉」
「錬金術ですかな? 何を作って……んん!?」
シエラが手を開くと大きな金塊が乗っていたために、アーキッシュが目を剥いて腰を抜かしている。シャーロットも目を見開いていた。
金やプラチナは錬金術で作れないからこそ高い価値がある。その常識を破壊されては驚くなと言うのが無理な話だろう。
「な、ななななななななんで!?!?」
「何を驚いているの? 錬金術なんだから当たり前じゃない」
「いやいやそんな完全な金を作る術式など聞いたことがないですぞ!?」
「そういえばずっと疑問に思っていたんだけどさ。これまで何度か錬金術師の術式を見たんだけど、なんであんな中途半端な術式で変な物ばかり作ってるの? ちゃんと金を作る術式なんだから正規品作らないと」
アーキッシュが頭を抱える。
なぜも何も、作れないが常識のアーキッシュたちに答えることはできない。
「〈置き換われ・鉱物は変異する・新たに輝く金色となりて・さらなる価値をここに示さん〉。……ほら」
アーキッシュが錬金術で石を変えるが、できたのは表面が輝く金もどき。金には到底届かない。
だが、シエラはそれを見て腹を抱えて笑った。
「なんだ魔力不足なのね! 金もプラチナも短時間で大量の魔力を吸収する性質があるから、その五十倍は魔力を込めないと」
「え?」
アーキッシュが魔力を強めて同じ呪文を唱えると、あっさりと金が作れてしまう。
「えぇ……」
「錬金術に作れない金属はない。なるほどそういうことだったのね」
「シエラ様。市場価値の破壊に繋がりますから多用しないでくだされよ」
「同じことをサーシャに注意されたからしないわよ」
シャーロットを引き取るときにやってしまったのは黙っておく。
笑いながら店に戻ると、シエラはショーケースを指さした。
「このサファイアの指輪を買うわ。これで足りる?」
「このサイズの金塊!? すぐにおつりを……」
「いらないって。じゃあ、もらっていくね」
転移魔法の応用で、ケースの中から指輪を抜き取り店を出た。
店主が表にまで出てきて頭を下げるのを一瞥し、シャーロットの前に屈む。
「シャル。左手を出してみて」
「ひ、左手……!?」
「うん。指輪を嵌めてあげる」
顔から火が出そうだった。
通りで堂々とそんなことを言ったため、通りすがりの女性たちが黄色い声を発している。
耳まで朱に染めたシャーロットが左手を差し出す。堅く目をつぶり、運命の瞬間を待った。
細いシャーロットの指を手に取り、シエラは指輪を近づけ、そして……
人差し指へとはめ込んだ。
シャーロットがゆっくり目を開き、周囲は凍り付いたように動きを止めている。
周りを全く気にしていないシエラは得意げに話し始めた。
「魔法というのは右手よりも左手で放った方がより威力が出せるの。魔力の流れの源流である心臓が近いからね。そして、人差し指は魔力の流れが一番鋭い。左手の人差し指の指輪は予備魔力の蓄積と、サファイアの宝石で水魔法の威力向上に使えるわね。よく似合っているよ」
「……ありがとうございます。でも、そういうことじゃ……」
感謝を伝えるもなぜか少し不機嫌になる。
どうしたのかと首を傾げるシエラに、アーキッシュはやれやれと呆れて肩に手を置くのだった。
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