第13話 森の異変を調査する
鬱蒼と生い茂る大木。上層の枝葉が太陽光を遮り、わずかな光が地上を照らす。基本的に暗く、不気味な降魔の森だが、今は一段と恐ろしく感じられた。
降魔の森の中央に降り立ったシエラは、到着すると同時に顔をしかめた。昔感じたことがあるような気味の悪い魔力だ。
「なにこれ……? 〈光よ曲がれ〉」
周囲の光を曲げて自分の姿を隠す【インビジブル】を使い、さらには魔力を極限まで抑えて行動を開始する。
百年ほど前に判明したことだが、こうして魔力を抑えておかないとシエラの魔力に恐れを抱いた魔物たちが逃げてしまう。今回は特に意味はないかもしれないが、調査するときはこうして存在をできるだけ消しておく必要があった。
森には生物の気配が驚くほど少なかった。多少強い力がいくつかあるが、それも異変の原因にはなりそうにない。
何か手がかりを求め、地面を注視しながら進んでいく。
と、しばらくそうしているととあるものを見つけた。
「この形は……アナーコンダね」
地面に塗りつけられた血痕を見て呟く。
アナーコンダは、地面に穴を掘り獲物を落として捕食する巨大なヘビの魔物だ。その、穴を掘るときに使われる腕と思しき形をした血の痕が残されていた。
周囲を見渡すと、かなりの血痕が至る所に分散していた。ここで虐殺があったことは確かだろう。
「この足跡は……」
地面に残された複数の足跡。
森の奥へと逃げた魔物の他に、それらを追いかけていった一際大きな足跡がある。地面を砕き、森の奥へと続いていた。
足跡を追って森の奥へ進む。
進むにつれて魔力反応が強くなってきた。大物がいることは確実だ。
森の木の密度が小さくなり、開けた場所に出る。
その先にいた魔物を見てシエラが思わず小さく笑ってしまう。
「こいつらだったか。棲息地は遠いはずなんだけど」
獅子のような頭をし、首から下はトラのような姿の数十体の魔物たち。どの個体も鬣がなく、メスだということを示していた。
そして、立派な鬣を持つ王とでもいうべきオスの個体が倒木や岩場で作った玉座のようなものに座り込んでいた。
雷の魔物――ライガー。本来はもっと西側の荒涼地帯に生息しているはずの魔物だった。
だが、これで降魔の森の異変の原因が分かった。
このライガーが降魔の森に現れ、付近の自分より弱い魔物を狩り尽くしたせいで生態系のバランスが崩壊した。そして、恐怖した魔獣によって
なんとも迷惑な話だった。
「まぁ、ライガー程度なら問題ないか。シャルでも倒せる相手だし、いざとなればアーキッシュに駆除させればいいしね」
そこまで大きな脅威にはなり得なかった。ひとまずは安心だ。
次に、もう少しだけ魔獣の様子を見ておきたいと思ったシエラは、ライガーから視線を外して左手を突き出す。
「〈飛べ・眼が捉えし彼の地へ行かん〉」
転移魔法の一つである【オプショナル・ジャンプ】の詠唱を行い、魔法が発動する。
が、その前にシエラは高い魔力を感知した。
「――ッ!? 何事?」
次の瞬間。
――グルラアアアアァァァァァァァァァッ!!
大気を震わせる恐ろしい咆哮が轟き、ライガーたちが一瞬でパニックに陥った。オスのライガーが天に向けて吠え返す。上空を黒い影が横切る。
シエラも空を見上げた。
通り過ぎた影の正体が知りたかったが、その何者かの姿が見える前に【オプショナル・ジャンプ】が発動する。
そうして、一瞬のうちにシエラの前に広がる景色が切り替わるのだった。
◆◆◆◆◆
その頃、アーキッシュの指示で魔獣を監視していたエルフたちは撤退を始めていた。魔獣たちの速度を考えるに、ウッズベルト到達は早くて三日後だ。その前に帰還し、自分たちも参戦する。
枝から枝へと飛び移り、素早く移動を続けていく。その動きは、まさに疾風のようだ。
ふと、先頭の男が立ち止まった。無言で空を見上げる。
後ろから付いてきていたエルフの女は、いきなりの男の行動に疑問を浮かべる。
「ねぇ、どうしたの?」
「いや、な。風が強くなったと思って」
「風? ……確かに。それに、向きが少しおかしい……?」
二人が揃って空を見上げる。濃い緑の葉の間からわずかに覗く空は、暗雲に満たされていた。嵐の前兆のような不気味な雲に、二人が軽く身震いする。
「ん? あれは?」
男が空の一点を指差す。男が差す先では、紫色の光が輝いていた。
「え、なにあ……」
女が何かを言いかけたその瞬間、紫の光から高密度の魔力の塊が飛来。二人がいた場所に着弾する。それっきり、二人は何も分からなくなってしまった。
森の一部は蒸発し、エルフ二人の骨も残らないほどの威力で穿たれた大穴。
その穴の上を、黒く大きな影が素早く飛び去っていくのだった。
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