第12話 お出かけ

 鼻歌交じりに準備をするシャーロットを見てシエラの頬が緩む。

 シエラたちはこれから、問題が起きているという降魔の森近くにある町へ行こうとしていた。

 名目は森の調査と魔獣の鎮圧だが、二人とも大して気にしていない。今さら魔獣如きに負けるはずがないのだから。

 つまり、これは調査という名目の観光ということになる。聡明なシャーロットもそのことが分かっているからこそこうして楽しそうに準備をしているのだ。

 やがて、鞄に荷物を詰めたシャーロットが嬉しそうにシエラへと駆け寄る。


「お待たせしました先生っ」

「よし。じゃあ行くとしましょう」

「はい!」


 そして、見送りに出てきたデューテに顔を向ける。


「行ってくるね。留守は任せるよ」

「もちろんです。行ってらっしゃいませ」

「ええ。〈越えよ壁・点を繋げ〉」


 シエラが呪文を唱えて転移魔法を発動させる。

 瞬きの間に着いたのは、森の中に築かれた都市だ。森を通らなくてはたどり着けないという交通の便で見ると不便なこの都市だが、多くの人が行き交い賑やかな様子を見せている。

 森林都市ウッズベルト。大陸北部で栄え、長い歴史のある人類の国家アヴァント王国の領内にあり、エルフたちが暮らす神霊の森、魔物たちの棲息地である降魔の森、大街道と呼ばれる交易路に繋がる大森林の三つと接するこの都市。主に冒険者と呼ばれるいわゆる何でも屋のような人たちが魔物の素材を狙って集まり、その加工品を売買することで発展してきた歴史を持つ。エルフとの交易も行われており、商人やアヴァント王国の貴族たちも都市の整備に貢献したこともここまで発展を遂げた理由の一つだろう。


(と、確かアーキッシュは言っていたよね)


 昔の会話を思い出すシエラ。

 シャーロットは目を輝かせて町を見渡していた。遠出などあまりしたことがないシャーロットの目に映るウッズベルトの景色は、これまでに見たことがないものだった。


「すごいです先生! こんなの初めて見ました!」

「場所によって建物も違うわね。面白い」


 シャーロットとシエラが出会った都市は、石造りのいかにも人間らしい建物ばかりだった。ところが、このウッズベルトは大木をくり抜いたような自然と共生する建物が多い。エルフの伝統的な家によく似た作りだった。

 テンションの高いシャーロットを見ているとシエラも自然と笑顔になる。

 と、ここでシエラはようやく先ほどから自分たちを黙って見ていた人物に声を掛けた。


「いつまでそうしているつもり? 早く出てきなさい」

「ひょえっ!」


 驚きの声が聞こえ、建物の間から老人――アーキッシュが出てくる。

 誰なのか分からずキョトンとするシャーロットに対し、シエラがアーキッシュの紹介をする。


「シャル、この人はアーキッシュ。私の古い知り合いだよ」

「初めましてじゃなシャーロットちゃん。以降、よろしく頼むぞ」

「あ、初めましてアーキッシュ様。……もしかして、賢者様ですか?」


 魔王討伐の勇者パーティーの英雄。当然、名前はシャーロットも知っている。

 伝説の人物と対面して驚いた声を上げた。


「その通り。わしのことを知ってもらえているとはなんだか嬉しいですなぁ」

「私の自慢の弟子だもの。もっと褒めていいんだよ」

「可愛らしくて礼儀も正しい。シエラ様の弟子とは思えないほどですな」

「どういう意味?」

「ほら、シエラ様って結構力で解決しようとするし粗暴というかなんというか……」

「〈万象に乞い願う・五素はここに結合し・眼前に広がる世界全てを――」

「そういうとこですぞ!? そうやってすぐに第十二階級魔法の詠唱をするのをやめてくだされと言ってるんです!!」


 シエラの左手に高まる魔力に慌てたアーキッシュが必死になって止める。

 悪戯っぽく笑ったシエラは詠唱を中断し、シャーロットの頭を優しく撫でてやる。


「とまぁ、このように面白い爺さんだから。信用できる人だよ」

「ふふっ、先生とアーキッシュ様はとても仲良しなんですね」

「ええ。数少ない私の友人だからね」

「その友人に殺意たっぷりの魔法を向けるって……というよりどうしてあの魔力の波長を感じて笑っていられるんじゃ……?」


 このわずかな時間で、アーキッシュのシャーロットを見る目に畏怖が混じった。


「シャルは私が撃たないと分かっていたんでしょう?」

「もちろんです! 先生が魔法を使うときは大体分かるので!」

「マジですかいな……」

「ふふっ、シャルはそこら辺の魔法使いよりも格段に強いからね。……さて」


 シエラが視線を降魔の森へと向けた。


「確かに異質な魔力を感じるわね。気持ち悪い」

「少しばかり状況が変わりまして、ちょっと前からこのような魔力を感じるように。一応、わしの里の者を偵察に向かわせてはいますが……」

「私も一応確認してくるわ。シャル、その間に都市を巡って面白そうなものを見つけておくといいよ」

「分かりました!」

「〈背に翼を〉。じゃあ、しばらくシャルを任せるよアーキッシュ。……もし手を出したら分かっているよね?」

「わしとてそんな世界滅亡の引き金を引いたりしませんぞ!?」


 恐ろしいことを言い残し、第三階級魔法の【フライ】を使ったシエラは単身で降魔の森へと飛んでいった。

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