第16話 魔獣との戦い

 シエラたちが森の入り口まで移動すると、既に冒険者たちは陣形を整えて迎撃の準備を終わらせていた。

 遠くから不気味な魔力が近付いてくる嫌な気配を感じながら、冒険者たちの間に緊張が走る。


「そういえば先生。今さらなんですが、魔獣と魔物の違いって何ですか?」


 シャーロットの質問に、シエラが目を瞬かせた。


「そうか。まだ話していなかったわね」

「はい。教えてもらえると嬉しいです」

「分かった。でも、あれはかなり曖昧だからなぁ……」

「そうなんですか?」

「ええ。アーキッシュ。人間とエルフでも魔物と魔獣の認識は違うわよね?」

「そうですな」


 シエラが頭を掻き、少し困った目でシャーロットに視線を向ける。


「私が話すのは私個人の考える違いになるわよ。それでもいい?」

「もちろんです!」

「そう。じゃあ、話すね」


 はっきりとこうだという断言はできない。

 その上でどの種族にも共通して、というよりは大多数の意見に合いそうな判別方法の説明を頑張って考える。


「まず魔物だけど、これは体内に魔力が結晶化した魔石と呼ばれる鉱石を有している存在よ。この魔石が大きければ大きいほど個体として強く、強力な魔法を行使したり高い知性を発揮したりするの。死ねば肉体は消滅して魔石だけが残される」

「魔石……」

「実物は今度見せてあげる。そして、次に魔獣だけど、これはごく普通の動植物が大気中の闇の魔力に汚染された存在のことなの。他にも光の魔力に汚染されると聖獣と呼ばれたりもするけど、あいつらは無害そうな名前をしてるくせに魔獣と変わらない凶暴性を持つから気をつけるようにね」


 ただ、聖獣は魔獣と比べて話が通じる分いくらか危険度は低いかもしれない。攻撃性は魔獣よりも強いが。


「先ほど認識が違うといったのは、特に人間の、それも一部の過激派がとんでもないことをのたまっているからなの」

「と、言いますと?」


 シャーロットが聞き返すと、アーキッシュが苦い顔をしてそっぽを向いた。


「人間以外の魔法を行使できる生物は漏れなく魔物、だそうよ。エルフや亜人も含めてね」

「そんな……!」

「古臭い異種族差別だよ。シャルは真似しないように」


 他にも、亜人やエルフ族で少しずつ定義が異なってくるから面倒くさい。

 シエラからすると、有害な生物のひとくくりで纏めてしまいたかった。

 シャーロットに魔獣の講義をしていると、冒険者たちが緊張を高める。地響きのような音が近付いてきた。


「魔獣がくるぞ! 構えろ!!」


 土煙を上げて魔獣たちが突進してくるのが見える。

 冒険者たちが前方へと展開した。盾を持つ者を戦闘に、その後ろに近接武器を持つ者が待機する。後方には魔法使いが構えて魔法による先制攻撃を実行する布陣だ。

 最初に向かってくるのはイノシシが魔獣化した存在。異様に発達した脚の筋肉と鋭利な太く鋭いキバが特徴的で、ぶつかられるとひとたまりもない。

 到達前に魔法使いたちが詠唱を開始する。


「〈荒ぶる雷神よ・輝く其の槍の力で・目の前の敵を刺し穿て〉!」


 放たれるのは第四階級魔法の【プラズマランス】。金色の雷撃が一直線に魔獣へと襲いかかる。

 雷閃は魔獣の眉間に直撃。脳神経を焼き切り絶命させる。


「なるほどやるじゃない。でも、三節詠唱とはまだまだね。見たところ三級魔法使いか中級魔法使いかしら」


 シエラが冒険者たちに辛口の評価を送った。

 やがて、魔獣たちは冒険者の盾に激突した。何人かは吹っ飛ばされるが、大多数の足止めに成功する。

 突破した個体も近接装備の冒険者が難なく駆除した。

 魔法使いの一部が詠唱を変える。魔獣たちを一掃するつもりのようだった。


「〈荒れよ獅子・紅蓮の叫びで・威を示せ〉!」


 火球が放たれ、魔獣たちに直撃し爆発と炎上を引き起こす。

 第四階級魔法の【ギガス・ブレイズ】。広範囲を焼き払う面制圧の魔法だ。

 森林の、それも仲間が近くにいるときに使う魔法ではないが、それはこの際黙っておこうとシエラが苦笑いする。

 燃え上がる火炎にシャーロットがボソリと独り言を漏らした。


「すごい……綺麗……」


 その呟きを拾ったシエラが子供のような嫉妬を見せる。

 ここは師匠の威厳を見せておこうと詠唱の構えを見せ、アーキッシュが顔を引きつらせて一歩下がる。


「〈消し飛べ〉有象無象め」


 極度に簡略化された魔法が発動した。

 無数の稲妻の玉が現れ、放電を繰り返しながらゆっくり魔獣を襲う。それは触れた魔獣を取り込み、内部で感電させながら分解して消滅させてしまった。

 魔法の通過地点にいた魔獣は全滅し、現実離れした光景に呆けるものが多い。

 理解が追いつかない冒険者と、呆れて額を抑えるアーキッシュ。

 シャーロットだけが輝く目でシエラを見上げる。


「すごいです! 今の何ですか!?」

「第八階級魔法の【ボルマーク・サンダルティア】ですか……なんつー魔法を!!」


 アーキッシュの全力非難もシエラはどこ吹く風だ。

 魔獣たちの動きが停止する。後ろから迫ってくるよりもシエラが脅威だと見た動きだった。

 だが、これはチャンスだった。シエラが号令をかける。


「今よ! 今なら楽に倒せる!」


 シエラの声に我を取り戻した冒険者たちが一気に攻撃を始めた。魔獣たちの断末魔が響く。


「さっ、貴女もいくといいよシャル」

「はいっ! やってきます!」


 シャーロットも満面の笑みで飛びだしていった。

 楽しそうなその後ろ姿を、シエラが微笑ましく見守る。

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