第10話 来訪者
庭から聞こえてくる魔法の炸裂音を聞きながら、シエラは応接室で紅茶とクッキーを楽しんでいた。
シャーロットとの授業が始まり一週間が過ぎた。その間のシャーロットの成長速度はすごかった。
第三階級程度の魔法なら一節で詠唱できるようになり、第四階級の魔法も一部で一節詠唱ができるようになっていた。魔法式の理解も早く、年齢を考えると同年代で彼女以上の魔法使いはいないと思われる。
そんなシャーロットは今、デューテと魔法の実技練習を行っていた。
普段ならこの実技訓練もシエラが行うのだが、今日は用事がある。
というのも、昨夜いきなりシエラの知り合いから連絡があり、大事な用件があると言われたのだ。その対応のためにデューテに代わりを任せている。
来訪予定時間の少し前になると、シエラの目の前の空間が不自然に歪んで渦を巻く。
これはシエラの魔道具による効果だ。屋敷のあるこの空間に自由に出入りできるという力を持つもので、限られた者しか魔道具を渡されていない。
なお、知り合い全員に渡していない理由は、その知り合いの中にシエラが少し苦手とする面倒な人物がいるというのはここだけの話だ。
渦の向こう側から老齢のエルフの男性が歩いてくる。
見た目は年老いた老人だが、身に纏う気配や魔力はただ者ではない。まだまだ現役で動くこともできるだろう。
「お久しぶりですシエラ様。今回はわしの急なわがままにお時間を取っていただき……」
「遅いわよ。紅茶が冷めてしまう」
「ひょえ! ……ん? まだ時間じゃないではありませんか!」
「細かいことは気にしないの。まぁ、座れば?」
男性に座るように促すと、彼は理不尽なものを見る目でシエラを見てからゆっくり腰をおろした。
老人の名前はアーキッシュ==フォレスス=ヴァン=アルフヘイムという。長すぎるため、シエラを含む彼の名前を知る者全員からはアーキッシュと呼ばれていた。
シエラとアーキッシュの出会いは魔王討伐の頃だ。アーキッシュが勇者パーティーに属していた頃に偶然出会い、シエラが魔王討伐に力を貸す形でしばらく行動を共にしていた。
魔王討伐後も交流は続き、関係は良好な方だと思っている。
アーキッシュにも紅茶とクッキーを差し出した。
それらを受け取ると、アーキッシュは妙に落ち着きのない様子で周囲を見渡す。
「どうしたの?」
「あぁいえ。今日はデューテさんはいらっしゃらないのかと思って」
「デューテなら庭だよ。私の弟子の実技訓練に付き合ってくれている」
そう言った瞬間、大きな爆発音が聞こえてきて窓を揺らした。
「かなり強い魔法ですな。しかし、弟子ですか。シエラ様も弟子を取るんですね」
「多分あの子だけだよ。でも、弟子を取るって案外いいものね」
「ほっほっほ。いつか、わしの弟子とも力比べをさせたいものですな」
「どう足掻いてもシャルの圧勝に終わるわよ。……にしても、アーキッシュも弟子を取ったんだ」
「シエラ様が最後ですぞ? 昔、一緒に冒険した仲間たちは全員弟子がいますし」
「え、マジ?」
明かされた事実に目を丸くし、してやったとばかりのアーキッシュは満足そうに紅茶を口に含んだ。
シエラも紅茶を口にし、一呼吸挟む。
「……で、今日はどうしたの? デューテに告白? それともまた何か面倒事でも持ち込んだ?」
「後者に近いかと……」
「そっか。じゃあ紅茶飲んでクッキー食べて今すぐ帰れ」
「そこを! そこをなんとかお願いします!」
カップを机に置き、見事なジャンピング土下座を決めるアーキッシュ。
もうすぐ千歳になる老人の機敏な動きによる土下座というのは中々インパクトが強い。エルフの賢王、賢者などと呼ばれて敬われている人物と同一人物には見えないあまりに情けない姿であった。
土下座までする面倒事とは何事かと頭が痛くなる。
思えばシエラが死にかけた邪神の眷属戦も、元はと言えばアーキッシュに頼まれた件の調査中に偶然発覚した事実を追いかけた結果起きた事だ。
弟子の育成という楽しみを見つけたシエラにとって、そんな危険な出来事で命を縮めたくはない。
このままアーキッシュを転移魔法で送り返そうとして――、
(いや、待てよ?)
思い直し、名案とばかりに手を打つ。
さすがに今回ばかりは邪神の眷属のような存在は出てこないと思われる。召喚に繋がりそうな情報は、眷属討伐後にシエラとアーキッシュ、そしてもう一人の協力者が世界中を徹底的に調べ上げ、一つ残らず破棄するか禁庫の奥深くに封印したのだから。
魔王や魔族絡みの案件ならアーキッシュがもっと深刻そうに話すだろうと考え、危険度は特級魔法使いにしか対処できない部類のものだと予想する。
その程度であれば、シャーロットの実地学習に使えると考えたのだ。
今のシャーロットであれば立ち回り次第でもしかすると対応できるかもしれない。危険なことがあればその都度シエラが助けてやればいいのだ。
「いいわ。助けてあげる」
「え、よろしいのですか?」
「その代わり条件がある。今度、シャルに試験を課すから、合格したら特級にある私の偽名を使ってあの子を下級魔法使いに登録してね」
「そのくらいはお安いご用ですとも!」
アーキッシュは魔法使い協会の会長だ。二級から特級にかけていくつかのシエラの偽名を用意することも、シャーロットを下級魔法使いに登録することも容易い。
生きる伝説であるシエラの実名で何かをすると混乱が起きかねない。アーキッシュが裏で手を回すことで互いに動きやすくなるという関係が築けていた。
改めてお礼を伝えたアーキッシュは、椅子に戻って話し始める。
その内容を聞いていたシエラも、顎に手を添え考え込むように唸った。
「降魔の森から魔物が消えた?」
「ええ。あの森に限ってそんなことないと思うのですが……」
「でも、魔獣はいると。それも妙に殺気だった」
「その通りです。このままでは
降魔の森とは、魔物の棲息地として有名な森だ。そんな森から魔物が消えるなど異常事態に違いない。さらに、森に棲む魔獣が暴走しそうだという。
もしスタンピードが発生すれば、周囲への被害は甚大なものとなる。それは防がなくてはならない。
だが、これはシエラにとって好都合でもあった。
シャーロットに実戦経験を積ませるにはちょうどいい。精々利用させてもらおうと考える。
「よし。また連絡する。こっちでも少し準備があるからね」
「ありがとうございます! では、わしはこれで」
紅茶を飲み干したアーキッシュが頭を下げて帰っていった。
シエラはクッキーを囓ると、【マインドトーク】と呼ばれる魔法でシャーロットを応接室に呼び出した。
これからシャーロットを実戦に連れ出すわけだが、その前に本格的に現時点での実力を知っておこうと考える。
シエラは優雅に紅茶を飲みながら、シャーロットの到着を待っていた。
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