第1章 降魔の森征伐編
第4話 魔法使いの弟子となる
浴室から出てきたシャーロットは見違えるほど綺麗になっていた。
銀の髪はより美しくなっており、肌の汚れは落ちて本来の色味を取り戻している。
シエラが用意した衣服も、シャーロットにはよく似合っていた。もっとも、これは自分の古風なセンスを認めたくないシエラの言い訳も多分に含まれている感想ではあるが。
両肩をわずかに出した黒いシャツのようなものの上にスウェットパーカーを羽織っている。赤っぽいミニスカートとサイハイソックスで下半身をまとめ、シエラオススメのベルトブーツを履いて完成だ。魔法使いに必須の左手の手袋も忘れない。
素材が良いだけに何を着せても似合う、と、シエラは自分に言い聞かせた。
シャーロットも、まさかここまでまともな服を用意してもらえるとは思っていなかった。想像していたよりもずっと上の待遇に戸惑いを隠せないでいる。
「じゃあシャル。早速だけど、貴女を買った目的を話しましょうか」
「そうでした。奴隷じゃないと仰っていましたが、それはどういう……」
「貴女はきっと賢い。だから、私が伝説に語られているシエラ=バネルと同一人物だって事には気づいてるんでしょう?」
「はい。とても驚きましたけど」
「実はね、シャルを一目見たときに貴女が保有する深層魔力の量に驚いたの。だから、貴女を弟子にして強くしてみたいと思ったのよね。シャルを買った目的は、まぁそういうこと。私の弟子として強い魔法使いに育て上げるためかな」
「そう、なんですか? 私にそれだけの力が?」
「誇っていいわよ。シャルはきっとミレイアやアーキッシュ……あの勇者パーティーで魔王を討伐した英雄である勇者や賢者以上の……違うわね。もしかすると私に並ぶくらいに強い魔法使いになれる素質があるわ」
「そんなにですか!?」
「ええ。でも、強制はしない。もし魔法を学ぶつもりがないというのなら、適当にお金を持たせてどこかの町に送り届けてあげる」
それを聞いたシャーロットが黙って首を横に振った。
そして、遠慮がちにおずおずと手を挙げる。
「どうしたの?」
「シエラ様は、私を強い魔法使いにして、それからどうするつもりですか?」
「それは……特に決めてないわね。魔法使いは自由でなくっちゃ! 学ぶ過程で手に入れた力や魔法は好きに使うといいよ。さすがに世界を滅ぼすとか言い出したら全力で止めるけど、私を倒せるのならそれも好きにするといい」
「しませんよそんなの!?」
慌てたように否定するシャーロットの姿に、シエラが噴き出した。可愛い反応はやはり年相応だと思うと愛おしくなる。
笑われたシャーロットが少し拗ねたような表情を見せるが、それも一瞬でその後すぐに表情に陰りと口元に邪悪な笑みが浮かぶ。
「でも、そうか。これでようやく殺せる」
「……」
シャーロットには何か闇とでも言うべき憎悪か何かがあるのだろうと思う。
が、シエラはそれを指摘することはない。それも含めてすべてが当人の魔法使いとしての資質なのだ。
いつかやりたいことを話してくれると嬉しいな、程度に思いながら続きを話していく。
「ここでの私とシャルの関係は、主人と奴隷じゃなくて師匠と弟子だからね。だから、ずっと言ってるけどご主人様は禁止。師でも先生でも、まぁあまり気は進まないけど今のシエラ様でも好きに呼ぶといいよ」
「分かりました。では、シエラ先生、と」
中々に順応性が高いなと、シエラの中でシャーロットの評価がまた上がる。順応性の高さは魔法の扱いに関しても得がたい資質の一つだ。
これで最初に話すべき関係や目的の話は終わったように思う。次にシエラが話すのは生活面のことだ。
「家事についてだけど、
「分かりました」
「それと、魔法の勉強を頑張っていれば、他の時間は何をしてもいいからね。まぁ、別次元に存在するこの屋敷にはあまり面白いものはないんだけど。あ、そうそう。屋敷を囲う森の先は異次元に繋がっていて、そのまま進むと多分異世界に放り出されるからね。どんな世界に繋がっているのかは私にも分からないから、自殺を考えない限り森の入り口までで進むのはやめておくように」
言いながら、シエラはしまったと思った。せっかく町まで行っていたのだから、何か娯楽用品も買っておけば良かったと思ったのだ。屋敷にあるものといえばせいぜい一昔前の恋愛小説くらい。
そんな悩みを抱えているシエラとは裏腹に、シャーロットは理解を示しつつも内心驚いていた。
てっきり家事などは全て自分がやると思っていただけに、ほとんどブラウニーに任されていることに驚いた。
ただ、これにはシエラは三つほど理由を考えていた。
一つ目に、シャーロットに家事を押しつけると本命の修行に影響が出る可能性を危惧していた。さすがにそれはいけない。
二つ目として、将来もし独り立ちしたときに自分のことが何もできないダメ人間になるのを防ぐためだ。ブラウニーという解決手段もあるにはあるが、シエラ自身それはあまりよろしくないと掃除や料理などは自分で行っている。
三つ目に、シエラ自身がシャーロットにお世話されることがみっともなくて気に入らない。
しばらくいろいろと話していると、シャーロットのお腹がぐぅと可愛い音を鳴らす。
シャーロットは赤面し、シエラは微笑んだ。
「ふふ、いい時間だし食事にしましょう。屋敷の案内は午後からね。アレルギーや食べられないものはある?」
「あ、お作りします」
「ありがたい申し出だけど今日はやめておきなさい。私が作るわ」
材料と器具を用意し、キッチンに並べていく。
基本的に、シエラの料理は謎のこだわりがあるものを除いて魔法に頼り切ったものだ。今回もその例には漏れない。
「〈踊れ・刻まれし記憶のままに〉」
調理器具が浮かび、用意された材料を使って料理を始める。
本来は剣などに剣士の技を記憶させて自動化する第四階級魔法の【サイコメモリー】という魔法の応用だ。
勝手にスープなどが作られているうちに、シエラは火加減を見ながら魚を焼いていく。
しばらくして完成した料理は、コーンスープに川魚の塩焼き、季節の野菜を盛り合わせたサラダだった。とても上手くできたと満足げにシエラが頷く。
二人で席に着き、シャーロットに食べるように促してシエラも塩焼きを一欠片口に入れる。見た目通り味も絶品だ。
シャーロットがコーンスープに口をつけた。
「……美味しい」
絞り出されるような声と、スプーンに落ちる一滴の涙。
奴隷としての立場を分からせるため、冷たい食事ばかりを与えられていたのではないかと考える。温かい食事は久しぶりなのだろう。
「よし。遠慮せずお腹いっぱい食べなさい」
「はい!」
泣き笑いの顔で川魚にかぶりつくシャーロット。
その顔も可愛くて悪くないなと思いながら、シエラもコーンスープを一口飲んだ。
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