第25話 異変を片付けて
降魔の森での一件から数日後、シエラたちは屋敷へと戻ってきていた。
応接室ではシエラの隣にシャーロットが座り、向かいにアーキッシュが座っている。
デューテに三人分の紅茶を淹れてもらい、シャーロットお手製のお菓子を机に並べている。
「あ~……疲れた……」
「どうしたのよアーキッシュ。ほら、お菓子でも食べて元気出して。シャルお手製で美味しいよ」
「誰のせいだと……誰かさんが森を消し飛ばしてくれたおかげでわしいろんな所に説明に行ったんですからな……」
シエラの魔法で一部がごっそり消滅した降魔の森の被害について、アーキッシュはここ数日各方面に説明のために引っ張り回されていた。
魔物の出現地の一部が消えて喜ぶ者もいるが、同時に貴重な素材の採集場所が消えて激怒する者もいて、アーキッシュは頭を下げっぱなしだ。
生態系を変貌させるほどの被害があっては、地図や公式情報を書き換える必要もあって大変な作業なのだ。
「まぁ、向こうもシエラ様の名前を出したら黙るしかなかったようですが」
「それならよかったじゃない。問題ないわね」
「どこが!」
大声で怒鳴ってお菓子を頬張り、そして詰まらせた。
慌てて紅茶を流して助かってはいるが、危うくお菓子に殺される英雄というなんとも間抜けな絵面が完成しそうで、シエラが吹きだした。シャーロットは心配そうにしているが。
何度か咳をして、そして落ち着いた頃に姿勢を正してシエラに向き直る。
「ですが、邪竜の件は本当に感謝してますぞい。まさかあんな存在が異変を引き起こしていたとは」
「大事なシャルを傷つけた報いだから。アホにはお灸が必要だからね」
「はうっ! 大事な……」
「どうしたのシャル? 顔が赤いけど」
「お気になさらず……」
「そう? ……まぁ、実際あの程度ならアーキッシュが本気を出せば勝てただろうし、放っておけば他の連中も駆けつけたことだろうしね」
「苦戦したんですぞ? もう歳ですなぁ」
はっはっは、と笑い合う。
それからアーキッシュはお菓子とお茶を一口ずつ口に運んで立ち上がった。
「では、わしはこれで。まだ調べたいことがありますので」
「ええ。ありがとうね」
「お礼を言うのはこちらですぞ。では」
シエラが外の世界と繋がる門を開いてやる。
それを潜ろうとして、ふと思い出したようにアーキッシュが意地悪な笑みを浮かべた。
「そうそう忘れておりました。サーシャとミレイアの二人が、そろそろ自分たちもシエラ様と会いたいと駄々をこねておりましたぞ」
「ぐっ……あの二人は苦手なのよねぇ」
「サーシャ様とミレイア様って、たしか聖女様と勇者様ですよね? お会いにならないんですか?」
「ほっほっほ。シエラ様の数少ない天敵ですからな」
わずかな仕返しとばかりに毒を残したアーキッシュが帰っていった。
デューテがアーキッシュのティーセットを片付け、洗い物をするために降りていく。
部屋にはシエラとシャーロットの二人だけが残され、向かい合って師弟の会話を始めた。
「シャル。今回は本当にご苦労様」
「そんな! 私は全然活躍できてませんし」
「謙遜しないで。そもそも邪竜とは国が騎士団と魔法使いたちを動員して対処する敵だし、強化された邪竜の脅威はそれを上回る。さらにライガーは一流の戦士でも苦戦する相手だし、一級魔法使い試験でパーティーを組んで討伐するような相手だから。そんな奴らに貴女ほどの年齢で立ち向かえたというのは、それだけで称賛に値するのよ」
シャーロットの技量は人間として見ても頭一つ飛び抜けている。時代が時代なら英雄として祭り上げられている。
その上、シャーロット自身に向上心があるのだから言うことはない。
「でも、私もいつか先生みたいになりたいです。先生に教えてもらうのではなく、隣に並び立てるような」
――だからこそ、シエラは申し訳なくも思う。
森から帰ってきてからの数日で、デューテからシャーロットが書庫で何を中心に学んでいるかは聞いている。
親への復讐は変わらないだろうが、それに加えてシャーロットは不老の魔法を習得しようとしていた。
シエラと永遠に一緒にいるために。それは、シエラがシャーロットを縛る鎖になってしまいそうで気が引けた。
不老などというものは永遠に続く地獄でしかないとシエラは考えている。そんな場所にシャーロットを引きずり込むわけにはいかなかった。諦めさせることも考えなくてはならない。
だが、それと同時にもしもの未来を考えるシエラもいた。
シャーロットを引き取ってから毎日が新しい体験で、とても楽しいと思えていた。この時間が永遠に続くのなら、不老も悪くないなと思う。
「シャルならきっと大丈夫。すぐに私みたいに強くなれるよ」
「ホントですか!? ……なら、これからもよろしくお願いしますね、先生!」
これから、シエラとシャーロットはどのような道を歩むのか。短く眩しい時間を過ごすのか、それとも不老となって二人でずっと暮らすのか。
神々ですら予想できないであろう未来に思いを馳せながら、シエラは笑って紅茶を啜った。
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