第36話 キャストタイム
黒板に大きく今の自分の名前を書く。
十年の間使っていなかった名前はやはり慣れないなと思いながら、それを気にしないように意識の外へ追いやってチョークを置き、改めてシャーロットたちに向き直る。
「このクラスの担任を受け持つことになったシエルリントです。魔法使い等級は一級だけど、講義によって講師は変わるから私みたいな新任でも許してくださいね。皆さんは学園長から成績上位の優秀組と聞いているので、成長を期待していますよ。私の専門は魔法学基礎と魔法学応用なので、楽しんで受けてください」
軽く自己紹介から始める。
今まで人に教えるなどしたことはほとんどなく、まともに授業形式をしたのがシャーロットが初めてなために掴みはこんなものでいいのかと分からないながら頑張った。
最前列で満面の笑顔をしたシャーロットが小さく手を振っているのを微笑ましく見ながら、シエラは教科書を開いた。
生徒たちもそれを見て教科書を開くが、シエラは最初の数ページを確認するとすぐに閉じてしまった。
「……なにこれ。使い物にならないから私の授業では使わないでおきましょうか」
まさかの発言に多くの生徒たちが信じられないものを見る目でシエラを見た。
リッタがおずおずと手を挙げたのを見て、シエラが名簿を確認する。
「リッタ=ペスティさん。……ん? ペスティ? まぁ、いいか。どうしました?」
「先生。教科書が使い物にならないとはどういうことですか?」
「そうです! 我が国の魔法省発行のもので、毎年更新されていてシャール学園長先生も認めている一冊なんですよ!?」
リッタに続いてメランコリーも席を立ち上がって叫んだ。
父が魔法省のトップのリッタと、国の機関の威信に関わるようなことを言われたメランコリーはさすがに黙っていられなかった。
もっとも、メランコリーは同時にシエラ独自の目線による問題点があったのかと興味も抱いていたが。
二人の質問に答えるよりも早く、ジークが頬杖を突きながら鼻で笑う。
「これが使い物にならない? 新任だけじゃなくて三流魔法使いですか? 一級魔法使いっていうのも怪しいですね」
その物言いにシャーロットがカッとなって言い返そうとするが、それを目で制したシエラは教科書を開いて見せた。
「あなたたちは優秀組。それに、この学園の授業の質が高いから国内外から王侯貴族も入学する。そうよね?」
「え、えぇ」
「そうですね」
「じゃあ、何この冒頭。基本のページに
あまりの言い草に最早唖然とするしかない。
シエラが基礎と言い捨てたどちらも、当然と言うべきかこの中で事前に教えてもらっている者はシャーロットとメランコリー、そしてルーモスだけだ。他の者にとっては初めて教わる内容で、予習で少し囓った程度がいいところだろう。
シエラの授業に生徒たちが不安を感じた瞬間、教室の扉が開いてシャールが駆け込んでくる。
「ちょっとごめんね皆~。……ねぇシエルリント! お願いだから教科書通りやって!」
「立ち聞きなんて趣味が悪いわよ? 後ろの方に席は空いてるし座ったら? それに、魔法学基礎と言ってももっとこう、実践的な基礎の方がいいんじゃないの? 例えば
「それ全然基礎じゃないし、なんなら応用でも触れないからね!? キャストタイムとかは知らない生徒の方が多いの!」
シャールの言葉に同調するように、教室中の誰もが首を縦に振っていた。
目をぱちくりとさせたシエラは、驚きを隠せないまま教科書を手に取る。
「じゃあ、このキャストタイムから説明していきましょうか。まぁこれは既に知っていると思うけど……」
(((知らんわ!)))
シャーロットたち以外の心が一致し、キャストタイムについて知っている三人は苦笑する。
「これは、簡単に言うと詠唱が終わってから実際に魔法が発動するまでの時間のことね。実際に見てもらった方が分かりやすいか」
窓を開け、手を外へと向ける。
「第四階級魔法の【プラズマランス】を省略で詠唱するから、発動までの時間を覚えておくように。……〈穿て雷槍〉」
呪文が紡がれ、直後に青い雷閃が彼方へと飛んでいった。
「今のでおよそ一秒ね。じゃあ次に、第七階級魔法の【ハイボルテージ・オーラ】を見てもらうわ」
「「「第七……ッ!?」」」
またしても教室中が驚く。
人間が第七階級魔法を使うなど想像もできず、驚く生徒たちの後ろでシャールがお腹を押さえて笑いを堪えていた。
が、それも気にせずに呪文を詠唱する。
「〈波動よ打ち砕け〉」
「しかも一節詠唱かよ……」
「あり得ませんわ……」
「さすが先生……!」
いろんな声が聞こえる前で魔法が発動する。
極大の稲妻が丸太のように太い一撃となって彼方へと飛んでいった。
生徒たちが唖然とする前で、シエラはチョークを持って黒板の前に戻ってくる。
「今のでおよそ一秒半ね。基本的にキャストタイムは上の階級にいくほど長く、また属性によっても変わってくる。長い時間をかけて大技を撃つか、素早い連撃かは状況次第で見極めるように」
やることは規格外でも、きちんとした、そして分かりやすい教え方にシャールは安心する。
シャーロットも復習だとして改めて話に耳を傾ける。
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