第48話  癒やされた後は!

 僕は、また月に3回、今度は沙那子と会うようになった。僕が沙那子の家に行くのが2回、沙那子が岡山に来るのが1回。弥生とは、瞳が楽しめる所を選んで遊びに行ったが、沙那子とは、行きたいところにいける。僕はようやく美術館に行くことが出来た。沙那子も美術館を楽しんでいたようだった。


 沙那子の家には金曜日の晩に行く。その晩は激しく沙那子に溺れる。そして、土曜はどこかに遊びに行く。大阪に行くこともある。テーマパークや水族館などに行った。そういえば、お互いに映画好きなので映画を観に行くこともあった。そして、日曜日は、まったりと過ごして岡山に帰る。


 穏やかな日々だった。沙那子は癒やしを与えてくれる。僕の心の傷は、確実に塞がっていく。それがわかる。“ああ、やっぱり最初から沙那子と結婚しておけば良かった”と思う。内面的な魅力が溢れ出している沙那子が、とても魅力的に見えた。


 或る晩、沙那子に膝枕をしてもらいながら、耳掃除をしてもらっていた。心地よい。膝枕で耳掃除、男の夢の1つではないだろうか? 微睡んでいると、沙那子が微笑んだままで話しかけてきた。


「なあ、崔君」

「うん、何?」

「心の傷は、だいぶん癒えたかな?」

「まだ傷口は完全に塞がっていないけど、だいぶ癒えたかなぁ、沙那子さんのおかげで。一時期と比べたら、落ち着いてきたと思う」

「崔君は、泣かないんやね。泣きそうな顔をするけど、涙は流さない。涙を流さずに泣いているみたい」

「そんな顔してた?」

「うん、再会した時とか。私、崔君のこと、放っておけなかったもん」

「そうなんや、ごめんな、っていうか、ありがとう。そういう沙那子さんの母性に溢れてるところ、大好きやで」

「心の傷口は塞がりそうかな?」

「かさぶたが張った状態かな? かさぶたをめくったら、中はまだグジュグジュって感じ。でも、以前よりはかなり楽かな」

「そうなんや、でも、かさぶたはできたんやね、少し楽になったんやね?」

「おかげさまで。今、沙那子さんがいてくれるから、とても穏やかな気分」

「私って、癒やし系?」

「うん、癒やされてるで。僕なぁ、離婚のショックで再婚するのは怖いんやけど、もう1回結婚したいっていう気持ちもあるねん」

「再婚?」

「うん、今度こそ幸せな結婚生活を手に入れたい。まだ再婚はちょっと怖いけど」

「再婚できたらええね」

「新婚生活を想像するようになった」

「そうなんや、相手は?」

「嫁は沙那子さん」

「嘘ばっかり」

「ほんまやで。沙那子さんは家庭的やから」

「私、家庭的なん?」

「うん、沙那子さん料理が上手いし、洗濯してる姿や掃除してる姿を見てたら落ち着くねん。家庭を想像させてくれる。暖かい家庭を」

「お風呂とトイレと洗面所は崔君に掃除してもらってるけどね」

「僕に出来ることなら、なんでもやるで」

「実は私も、崔君との結婚を想像する時があるんやで」

「そうなん? それは嬉しいなぁ」

「うん、想像すると楽しい。子供の名前を考えたりするねん」

「どんな名前?」

「え? 縁(えにし)とか紡(つむぎ)とか……他にもあるけど」

「男の子でも女の子でも付けられる、ええ名前やなぁ」

「もしかして、崔君も子供の名前を考えたりした?」

「うん」

「どんな名前?」

「うーん、僕は絆(きずな)とか蓮(れん)とか……」

「それもええなぁ」

「こういう話が出来るって、それだけでなんか幸せやわ」

「そやね、こんな時間は幸せやね」

「今日は激しく雨が降ってるけど、2人なら、家にこもっていても楽しいね」

「そやね、崔君の言う通り」

「僕、もう1人ぼっちは嫌や」

「崔君、崔君はまだ1人で戦わないとアカンで」

「え! どういうこと?」

「“愛の追究と追求”が人生のテーマなんやろ? ほな、もう少しだけ頑張らないと」

「え! 何が言いたいの?」

「崔君、そろそろ動き出さないとアカンで」

「え! え! どういうこと?」

「崔君は、私と結婚するつもりなん?」

「う……うん。沙那子さんなら、一緒に暖かい家庭を作れると思うから」

「崔君、私のこと好き?」

「うん、好き」

「うん、それは嘘じゃないね。ほな、私のこと愛してる?」

「愛してる」

「私に惚れてる?」

「……多分、時間が経てば惚れることが出来ると思う」

「そやろ? 崔君は私のことが好き。でも、まだ私は愛されていない。惚れられてもいない。それがわかるねん」

「そんなことない」

「私と結婚したい?」

「したい」

「まあ、それも嘘じゃないやろね。崔君、楽な方に逃げようとしてるから。私も崔君と結婚してもいい。それが楽な道やから」

「ほな、一緒に暮らそうや。社宅はあるで、3DK。嫌かな?」

「うん、崔君がそれで良くても、私が嫌やねん」

「嫌なん?」

「うん、惚れられてもいないのに、結婚したくない。私も女やから、惚れられて結婚したい」

「ほな、僕はどうしたらええの?」

「また、誰か惚れることが出来る相手を探したらええねん。愛は人生のテーマやろ? ここで妥協したらアカンと思う」

「妥協させてや、もう、女性を探す人生の旅を続けるのはツライねん。僕と沙那子さんが結婚したらええやんか。子供は2人。出来れば男の子と女の子1人ずつ。名前は紡でも縁でもええやんか。幸せな結婚が出来るで、きっと平和で穏やかな」

「もう少し頑張って、それでもまだ私のところに戻りたいと思ったら、その時は私のところに戻って来たらええねん。それやったら、私も結婚OKやから。もし、その時、私に恋人や旦那様がいたら崔君を受けとめられへんけど」

「沙那子さん……」



「崔君、頑張れ、もう少し」







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