第8話 愛子、文化祭!
忙しい日々を過ごしていたら、愛子から文化祭の招待状を渡された。愛子の女子大は、大阪でも中心部からかなり外れたところにある。そんなところへ、疲れている時に行きたくない。だが、流石に断ることも出来なかった。
会社の知人や先輩方も疲れている。誘われても断られるだろう。というか、無理をさせたくない。ということで、小学校、中学校が同じだった知人の石田を誘うことにした。石田はイケメンだから、文化祭とか、こういう時に連れて歩くのにはいい。きっと、女子大生からのウケもいいだろう。いろいろあって、僕は石田を友人ではなく知人と思うようになっていたが、それは今回には不要な話。
それで、愛子には、知人を連れて行く許可を貰っていた。石田は、女子大の文化祭というだけで喜んでくれた。そして、石田が1人だと石田が退屈するので、石田のために女の娘(こ)を1人用意してもらうように頼んでおいた。勿論、愛子はOKした。“石田の相手をする女の娘がいないなら、文化祭には行かない”と、強く言った。そして、石田には、
「石田のために案内役の女子大生を1人、用意してもらうから」
と言った。石田は喜んでくれた。
日曜日、大阪に帰って石田と合流。愛子の女子大へ。愛子は書道部の部長だった。こんなにスケールの小さい女性が部長? 僕は、書道部員に同情した。書道部ということで、愛子は袴姿だった。袴はいい! 僕はコスプレが好きなのだ。だが、校門まで出迎えに来た愛子は1人だった。
「なんで愛子1人なん? 石田を連れて行くって言うたやん。石田の相手をしてくれる女性が必要やろ? もう1人、誰か用意してや。これやったら石田に申し訳無いわ。そもそも、この件は事前に頼んでおいたやろ?」
「ほな、友達を探してくるわ」
「いや、今から探すんかい! 前もって準備してくれなアカンやろ。石田の相手を準備しといてくれって、事前に言うたやんか、お前、何を考えてるねん?」
「わかったから、ちょっと待ってて」
愛子は消えた。そして、随分時間が経ってから1人で戻って来た。
「なんで1人やねん!」
「友達、みんな忙しいらしいわ」
「書道部の後輩とかでもええやんか」
「それは無理。ええやんか、私がいるんやから」
「なんやねん、その自信? 僕はええけど、石田が退屈するやんか。石田に申し訳無いと思わへんのか? 僕、どうしたらええねん?」
「でも、みんな忙しいからどうしようもないで。来られへんもんは来られへんねん」
「事前に根回ししといてくれや。こっちはかなり前から石田のための女性を用意してくれって言ってたんやから。おいおい、こんなことなら僕達は帰るで!」
「今更、言っても遅いやんか。無理なものは無理やねんやから」
「今更言っても遅いから、事前に頼んだんや!」
結局、僕達は3人で行動することになった。僕は石田に気を遣ったが、愛子は全く気にしていないようだった。ちょっとは気にしろよ! 僕は愛子に腹が立って仕方がなかった。イライラした。女性じゃなかったら殴っていたかもしれない。もしくは蹴っていたのかもしれない。愛子は上機嫌で鼻歌。その飄々とした態度が更に腹が立つ。石田はテンションダウンの様子で歩いている。
喫茶店をやっている所があった。とりあえず座った。愛子は何が楽しいんだか、ニコニコしていて気持ちが悪い。僕は、愛子の顔を見ると腹が立った。だから、愛子の顔を見ないようにそっぽを向いた。
その後も適当に校内を案内されて、石田と男2人で帰ろうかと思ったら愛子がついて来た。“遊び足りない”と愛子は言うのだ。ちなみに、部長としての仕事は終わったらしい。それで暇なのか? ずっと書道部の方を頑張ってほしかった。
「遊び足りないって、どこに行きたいねん?」
「どこでもいい」
「カラオケに行っても、愛子はどうせ歌わへんやろ?」
「歌うで」
「ほんまに歌うんやな?」
「うん、頑張って歌ってみる」
「絶対やな? これで歌わなかったら怒るからな」
「うん、カラオケ行こう」
「石田、カラオケに行けるか? もう帰るか?」
「もう、なんでもええよ」
カラオケに入った。ところが、愛子は、頑として歌わなかった。
「なんで歌わへんねん? 歌うという約束で来たやんやろ?」
「ごめん、やっぱり恥ずかしい。歌われへん」
「アカンよ、愛子、また約束を破ったな、僕は約束を破られるのが嫌やねん」
「ほな、何しに来てたんや!」
石田は歌が上手いのだが、テンションが低すぎて本来の実力を全く発揮していなかった。無駄な時間が過ぎた。愛子は歌わない。石田も歌わなくなった。僕も歌わなくなった。
「誰も歌わへんのやったら、もう帰ろうか?」
ということで、2時間で予約していたカラオケは1時間ほどで終わらせて店を出た。僕は愛子を叱った。
「愛子、石田の相手を用意するという約束も破った、カラオケで歌うという約束も破った、お前は何回約束を破るねん? そんな簡単に約束を破るなら、僕はお前を信じられへん」
愛子は、文化祭の片付けがあると言って学校に帰った。僕達は、ようやく愛子から解放された。石田と2人、電車に乗った。石田はひどくガッカリしていた。僕は申し訳無くて、何と声をかければいいかわからなかった。唯一言、
「すまん」
とだけ言った。やっぱり愛子は変わっている。僕は、愛子と付き合うのが更に苦痛になった。選択を間違えたかな? と思った。愛子はやっぱり変人だ。愛子が何を考えているのか? さっぱりわからない。日本語が通じないのだろうか?
僕が実家でくつろいでいると、愛子から電話があった。
「会いたい」
と言われた。僕は会う気分じゃなかったので、
「今日のこと、僕は腹が立っているから話したくない」
と言って、電話を切ろうとしたら愛子が慌てた。
「なんで怒ってるの?」
「わからんのか? 今日も言うたやんか、石田の相手をしてくれる娘を用意してくれへんかったし、カラオケでは歌わなかった、今日、お前は2回も約束を破ってるんやで。僕は約束を破る奴は嫌いやねん。しかも、何が楽しいんだか、お前はヘラヘラ笑いながら約束を破る。そういうのは嫌やねん。ほな、また」
それから何日間か? 僕は愛子からの電話に出なかった。だが、ちょっと怒りが落ち着いた頃、電話に出てしまった。永遠に電話に出なければ良かった。ちょっと後悔した。あの文化祭、愛子は自分の袴姿を見せたかっただけだったのではないだろうか? と、後で思った。『婚約破棄』という言葉が脳裏をよぎった。
その日は、僕が大阪に帰って来たので、愛子を実家に呼んだ。
愛子が来ると、母が喜んだ。一緒に食事をして、愛子の寂しそうな顔を見ている内に、“なんとかしてあげたい!”と母は思ったらしい。そこで母は、ありえない提案をした。
「梨遙、会社の人事に電話しなさい」
「なんで電話せなアカンの?」
「入籍して、堂々と寮に2人で住ませてもらいなさい」
「そんなん無理に決まってるやんか」
「いや、今は新工場の立ち上げでイレギュラーな状況やから認めてもらえるで」
「あのなぁ、中小企業やったら社長の一存で決まるかもしれへんけど、大企業は全部社内規定で定められてるねん。お袋も大企業にいたくせに、なんでそんなことがわからへんねん?」
「いや、きっといける」
「無理やって。だって、独身寮っていうくらいやねんから、既婚者は無理やろ? 今は新居を探す暇も無いし」
「とにかく電話しなさい」
「電話してもええけど、絶対に無理やからな!」
愛子は満面の笑顔だった。愛子の笑顔を見て、僕は嫌な予感がした。
「愛子、寮で一緒に暮らすとか、絶対に無理やからな。絶対に誰にも話すなよ! 話したら、後で恥をかくだけやからな! わかったな!」
愛子はヘラヘラしながら頷いた。嫌な予感が膨らんでいく。僕はもう知らない。みんな、勝手ばっかり言う。僕はサッサと愛子を帰らせてスグに寝た。
月曜、人事に電話した。入籍するけど、今は新工場の立ち上げで新居を探す暇が無いから一時的に寮で嫁と一緒に暮らしてもいいか? 問い合わせたが、勿論、
「そんな特例は認められません」
という回答だった。
“ですよね-!”と思った。電話する前からわかっていた返答だ。というよりも、電話するだけ無駄だったと思う。こんなあ無駄なことをさせた母に少しイラッとした。
晩遅く寮に帰って愛子に電話をした。
「やっぱり、寮で一緒に暮らすのはアカンかったわ」
すると、愛子が泣き始めた。
「おいおい、泣くほどのことか?」
「どうしよう?」
「何が?」
「みんなに話してしまった」
「なんでやねん、あれだけ喋るなって言うたやんか!」
「だって、嬉しかったんやもん」
「そんなこと、理由にならへんわ」
「どうしよう、みんなに話してしまった。恥ずかしい」
「恥ずかしいことは無いやろ? 同居は延期になったって言えばええだけやんか」
「それが恥ずかしいねん」
「恥ずかしいって言われても……」
「私、恥かかされた」
「そんな言い方は無いやろー!」
大人しい僕も流石に怒った。愛子は、自分の世界に浸って泣き続けていた。
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