第7話  愛子の奇行!

 僕は、転勤で滋賀の独身寮に引っ越した。寮と言っても、ワンルームマンション。プライベートも快適に過ごせる。そして、女性を連れ込んでもバレない!


 愛子は、金曜の夜に寮に来て、日曜の夕方に帰るようになった。滋賀に転勤になる話は、愛子にも景子にも伝えてあった。2人とも、“それでもいい!”と言ってくれていた。新工場の立ち上げで、僕達はスゴイ残業を課せられることになった。


 帰宅は23時から0時くらい。休日出勤も珍しくなかった。大体、月に100時間から140時間の残業が始まった。


 愛子に変化が見られた。愛子は金曜の夕方から晩に来る。鍵は渡していた。金曜の晩、残業で疲れて遅くに寮に戻ると、愛子が泣いているのだ。


「どないしたん?」

「せっかく来たのに崔君がいないから寂しくて」


 嫌になる。こっちは仕事でクタクタなのだ。愛子のそんな勝手な涙に寄り添うつもりは無かった。だが、1人ぼっちにさせたのは申し訳無いと思った。なんだか、愛子に負い目のあるような気分になってくる。だが、僕は仕事だけでいっぱいいっぱいだった。愛子のフォローは出来ない。


「ほな、土曜日から来たらええやんか」

「単位をほとんど取り終わって、卒論だけやから家にいても暇やねん」

「ほな、泣かんといてや。辛気くさくなるやろ」

「でも、寂しいもん」

「なんぼ泣いても、僕は仕事が終わらな帰られへんねんから。寮で泣くよりも家におった方がええやろ?」

「家におっても、寂しいもん。ウチは両親が共稼ぎやし。お婆ちゃんしかおらへん」

「お婆ちゃんがいてくれるならええやんか」

「お婆ちゃんとおっても、喋ることが無い」

「花嫁修業って言うたら大袈裟やけど、料理を習うとか、することはあるやろ?」

「そんなん、平日の晩ご飯で習えるもん」

「とにかく、勝手に金曜に来て勝手に泣かれるんは迷惑や。来るなら泣くな。泣くなら来るな」

「そんなん、寂しいもん」

「バイトとか、習い事でも始めたら? 自分を忙しくしたらええねん」

「崔君、浮気せえへん?」

「そんな余裕が無いの、わからんか? もしくは、僕を信じられへんか?」

「信じてるけど」

「ほな、バイトか習い事を始めてくれや」


 僕は、風呂に入って寝た。愛子も風呂に入り、シングルベッドに入って来た。


「明日、休日出勤やから」



 日曜、僕は朝早くたたき起こされた。


「崔君、朝やで! どこかに連れて行ってや」

「ごめん、仕事で疲れてるから、今日は寝たいねん」

「アカン、待ちに待った日曜日やで、どこか行こうや。私は日曜日をずっと待ってたんやから」

「せめて昼まで寝かせてくれ、ほんまに頼むわ」

「アカン、起きて! 外に行こう! ドライブしよう! どこかに行こう!」

「愛子って、鬼やな」

「ドライブしよう、ドライブ」

「ほな、起きるわ。行きたいところはあるの?」

「私、滋賀に何があるか知らんもん」

「僕も滋賀のことはまだ知らんで。愛子、今度から旅行雑誌か何かで滋賀の観光スポットを調べといてや」


 ※まだ、ネットが普及する直前のこと。情報は紙媒体で得ることが多かった。


「えー! 崔君が調べてリードしてや」

「僕、今、そんな時間は無いやんか。愛子が行きたいスポットを調べてくれたらええねん。愛子も、自分が行きたい所を探すんやから楽しいやろ?」

「うーん、ほんまはリードしてほしいけど、わかった、私が調べておく」

「平日は暇なんやろ? ほな、そのくらいええやんか」

「わかった、そうする。で、今日はどこへ行く?」

「湖岸1周でもする?」

「うん、行こう! 行こう!」


 僕は、居眠りしそうになりながら、湖岸を車で一周した。


「愛子が運転してくれたらええやんか」

「私、ペーパードライバーやもん」

「僕、事故った時のトラウマで、あんまり運転したくないんや。愛子にも話したやろ? この車、天井が無くなったんやで」



 僕は事故をしていた。人身事故じゃなくて良かったが、大型トラックのボディの下に、僕の車が潜り込んだのだ。あの時は居眠り運転だった。残業で疲れていたのだ。


 カーブを曲がったら、右折する大型トラックがいて、気が付いたら視界いっぱいに大型トラック。急ブレーキも間に合わなかった。


 そういう時、周囲がスローモーションに見えるというが、僕の場合はストップモーションだった。カシャ、カシャ、カシャ、カシャ、フロントガラスがバリン、バリン、バリン、バリン。天井がめくれ上がる大惨事。


 僕は、助手席に伏せて奇跡的に無傷だった。僕の後ろを走っていた先輩は、“崔が死んだ!”と思ったらしい。だが、僕が歪んだドアを内側から開けて車の中から這い出した時、先輩はホッとしたとのことだった。僕が血まみれになっている姿を想像したと、後から聞いた。


 その時のトラウマから、僕は運転するのが怖いと思うようになっていた。ちなみに、全損なので車両保険で新しい車を買うことも出来たが、ボロボロになった愛車が妙に愛しくなって修理して乗っていた。



 その話は、何度も愛子に聞かせていた。



「愛子が運転してくれたら、僕は助手席で寝てられるんやけど」

「デートやねんから、男の子が運転するべきやろう?」

「僕、もう、しんどい。湖岸一周終わったし、もう帰って寝る」



 僕は愛子を駅まで送ってから帰って寝た。


「愛子、こんな調子やと婚約を白紙に戻さなアカンかもなぁ」


 僕が言うと、


「それは嫌や-!」


と、愛子はすがりつく。


「金曜日から来るのはやめろよ、金曜日は僕の帰りが遅いのわかってるねんから」

「うん」



 そして、また金曜日に来て泣いて待っている愛子がいた。



「何回、同じことを繰り返すねん!」







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