第11話 諦める!
式場と、日取りだけがまず決まった。それさえ決まってしまえば、細かいことは2、3ヶ月前くらいから動けば充分間に合う。余裕を持てるくらいだ。僕は相変わらず自分の意見を言わず、なるべく愛子に決めさせるようにしていた。
なのに、愛子は毎週大阪に行って、式場のブライダルプランナーと話をしたがる。式まで4ヶ月余り。このタイミングでする話など無いのだ。プランナーさんの時間をとってしまうだけだろう。プランナーさんも忙しいのに。かわいそうだ。僕が、
「今は行かなくてもええんとちゃうか?」
と言ったら、愛子はまたヒステリックになった。ブライダルプランナーと話をさせておけば機嫌が良くなるので、僕達は行かなくてもいい時期に毎週ブライダルプランナーの元を訪れた。
そして、大阪へ来たら遊ぼうとする。そりゃあ、滋賀と比べたら遊ぶところは多いけれど。僕はクタクタだった。水族館に行っても、動物園に行っても、テーマパークに行っても、僕は楽しくなかった。だが、愛子の機嫌は良くなる。愛子の機嫌が良くなるから、無理に付き合っていただけだった。ヒステリーを起こされるよりマシだ。
そう、僕は愛子と一緒にいるのが楽しくなくなっていた。それが怖かった。こんな状態で結婚してもいいのか? 遊びに連れて行くとヘラヘラ笑って機嫌のいい愛子だったが、愛子の危機感の無さも怖かった。婚約破棄や離婚になるかもしれないという危機感を感じていないのだ。僕はいろんな意味で限界を通り過ぎているというのに。
なんで、一緒にいて楽しくない人と結婚しないといけないのだろう?
素朴な疑問が、僕にまとわりついた。絶対に早まった。実際、転勤してみたら、魅力的な女性は沢山いる。その内の誰かと結婚するという未来もあったのかもしれない。と、悔やんでも仕方ないことはわかっていた。どうやら、離婚する可能性が高くても、僕は愛子と結婚しなければならないないようだ。
愛子の両親が良い人達なので、離婚を考えると愛子の両親の顔が目に浮かぶ。そして、婚約破棄すると愛子の両親が悲しむと思ってキュッと胸が痛くなる。あの、愛子の良い両親を悲しませたくない。
そして、やっぱり愛子はピントがずれていた。
或る日、電話で嬉しそうに喋っていた。
「今日、お母さんと服を買いに行ってん」
「ふーん、どんな服?」
「スーツを4着買った」
「愛子はどこに行くん?」
「え?」
「新婚生活で、いつスーツなんか着るねん? 普段着を買う方がええやろ? 家でスーツを着るつもりか?」
「……」
「スーツが必要なのは、子供の入園式とか入学式ちゃうの? あと、面接とか」
「……」
「まあ、何があるかわからんから、喪服……礼服とスーツ1着は必要やで。でも、4着は要らんやろ? 礼服とスーツ1着にして、後は普段着を買った方がええやろ。僕、愛子が古い普段着を着て所帯じみるのは嫌やし。愛子には家の中でも小ぎれいでいてほしいねん。普段着も用意しておいてくれよ」
「でも、もう買ってしもうたもん」
「次は、普段着を買いや。ほんまに、普段、小ぎれいにしてほしいから」
「そんなん後から言われても困るわ!」
「考えたらわかることやろ!」
で、また愛子の十八番、ヒステリー。ヒステリーが始まったら僕は電話を切る。僕は、婚約を解消してほしいのだ。会社に魅力的な女性は多かったし、転勤先、会社に、特にいい人がいたのだ。
寮生活の僕に、手作りのカレーやお弁当を作って来てくれる人がいた。僕より8~9歳くらい上だったと思うが、僕は年上が好きだし、あまり歳の差は感じなかった。美人ではないし、スタイルがいいというわけではないが、笑顔が素敵で愛嬌があり、何より家庭的な雰囲気を漂わせていた。いい奥さん、いいお母さんになってくれそうな女性だった。僕は、実はその沙那子という女性の方が良いと思い始めていた。性格がいいのだ。恋人ではなく結婚! となると愛子は沙那子には敵わない。
もっと正確に言うと、沙那子を含め、職場に気になる女性が3~4人いた。職場では基本的に女性と喋らないから、喋ってみないとどんな感じなのかわからないが、気になってはいた。だが、転勤前から婚約していたから、他に魅力的な女性が現れようとどうしようも無かった。愛子と婚約せずに転勤していたら、沙那子と結婚していたたかもしれない。いや、沙那子じゃなくても他の愛子より良い人と結婚できていたかもしれない。でも、その道は断たれていたのだ。それがどれだけ残念で、どれだけ悲しく切なかったか? 愛子にはわからないだろう。
後悔していた。せめて愛子が泣いたりヒステリーを起こしたりしなければ良かったのだが、愛子はもうダメだ。ヒステリーでストレス発散をするようになっている。習いごとをしろ、バイトをしろ、自分を忙しくしろ! と言っているのに、何故か僕の言うことを一切聞かない。そこがまた、腹が立つ。もう1度言う。沙那子と結婚したかった……。だが、もう諦めるしかない。出会う順番が違ったのだ。先に愛子と出会ってしまったのがいけない。先に沙那子と出会っていれば良かった。『ご縁』というものは、こういうものなのか? 沙那子とは縁が無かったということか? それはあまりにも悲し過ぎる。過労と愛子のせいで体調も悪くなっていた。最悪だった。
そして、式の準備が本当に進み始めて忙しくなり始めた頃、僕の体調は更に悪くなっていった。血を吐いた。血尿と血便が出た。検査に行かなければいけなかったが、愛子が検査に行かせてくれなかった。
「挙式の前やねんから、弱音を吐かんといてや。もっとシャンとしてや!」
僕は、愛子を憎しみの目で睨みつける。
「やっぱり、婚約解消や-!」
「それは嫌やー!」
僕達は、同じことを繰り返す。
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