第10話  我慢できない!

 憂鬱だったが、やがて挙式の準備をしなければならなくなった。ネットが普及する直前、情報は主に紙媒体だった。情報誌だけで決めるのは、それはそれで面倒臭い。僕達はブライダル・プランナーに相談しながら準備を進めることにした。お金は取られるが、頼もしい存在だ。相談できる相手がいるのは心強い。とはいえ、プランナーはアドバイスをしてくれるが、決めるのは僕達だ。


「式場、どこにしよか?」


 一緒に情報誌やパンフレットを読んでいても、愛子はニヤニヤするだけで言葉を発することがない。その時点で僕はイラッとした。


「こことかはどうやろ? お客さんを呼ぶのに駅から近くてええで」


 また、愛子はヘラヘラ笑う。1回や2回ではない。3回話しても、4回話しても、何一つ決まらないのだ。僕はますますイライラし始めた。焦れったい。簡単には決められない、迷う、それはいい。理解できる。だが、意見を言ってくれなければ先に進まない。愛子には自分の意見が無いのだろうか? 僕は“愛子に意見が無いなら、僕が決めないといけない”と思い、僕がその場を仕切ろうとした。


「ほな、挙式、披露宴の会場はここでええな?」

「テーブルの上のセットは、こんなもんかな?」

「案内状のデザインはこれでええな?」

「引き出物はこれでええな?」


 などと僕が仕切り始めると、愛子が泣き出した。


「おいおい、なんで泣くねん?」

「だって、みんな、崔君が1人で決めてしまうから」

「僕が“これはどう?”って聞いても、愛子はヘラヘラするだけで、自分の意見を言わへんやんか! 一緒に決めたくても、意見を言ってくれないと困るねん」

「私は、1つ1つ2人で話し合って決めたいねん」

「話し合う? 愛子はいつも自分の意見を言わへんやんか! ほな、式場から選び直しやな。式場はどこにする?」


 やっぱり、愛子はニヤニヤ笑っているだけだ。


「ほら、またニヤニヤヘラヘラするだけやんか。愛子には意見が無いんやろ? こんなんやったら、やっぱり、話し合いにならへんやんか!」

「私は2人で決めたいねん」


 また泣く愛子。


「ほな、自分の意見を言えや! 自分の意見を言わんかったら話し合いにならんやろ? 意見を言わないと話し合いにならないのはわかるよな? それさえもわかってないんか? いい加減、こっちは我慢の限界なんやけど」

「2人で決めたい……」

「ほんなら、なんでもええから自分の意見を言うてくれや」

「そんなん、急に意見を求められても、よく考えないとわからへん」


 僕は、キレた。


「そうか、1回目の話し合いやったらわかるけど、この話し合い、何回目やねん? 僕は、もう知らん。愛子が全部決めろ。全部、愛子の好きなようにしたらええねん。ほな、文句は無いやろ? 僕は寝る」

「一緒に考えようや」

「愛子のペースについていかれへん。いつまで経ってもニヤニヤしてるだけの愛子には付き合ってられへんわ。こっちは真面目に話してるのに、不愉快や!」

「そんなん言わんと、話し合おうや」

「アカン、愛子が決めろ。僕は口を出さない。決めた」

「もう1回、もう1回、話し合ってみようや」

「……」


 情報誌のページをめくる愛子。チラチラと僕を見る。僕はニヤニヤしてるだけ。チラチラ僕を見る愛子。ニヤニヤするだけの僕。


「崔君、ニヤニヤしてるだけやったら決まらへんやんか!」

「そやろ? そう思うやろ? 今までは愛子がニヤニヤするだけで話がまとまらへんかったんやで。ちょっとは僕の気持ちがわかったか?」

「……」

「わかったら、僕がキレるのもわかるやろ? 全部愛子が決めろ。僕は知らん」


 僕はベッドの上に寝転がって、そのまま寝た。スグに愛子が僕から布団を剥ぎ取る。僕は布団を取り返す。また奪われる。僕は掛け布団は諦めて、掛け布団無しでベッドの上で寝た。


「寝るんやったら、どこか連れて行ってや」

「行かない。疲れてるから寝る。遊びに行く暇があるなら、挙式のことを決めていけや。冗談ちゃうで。僕はもう挙式の準備に口を出さないって決めたから」

「私、1人やったら決められへんわ」

「決められないなら、決めなければええねん」

「決めなかったらどうなんの?」

「挙式は永遠に保留やな。だって、何も決まらへんのやから」

「崔君は、それでええの?」

「ええよ。愛子と婚約解消してもええし」

「婚約解消は嫌やって言うてるやろ?」

「でも、僕等は挙式の準備も出来へんのやで。これから結婚となると、先が思いやられるで。明るい未来が描かれへんわ」

「そんなん、言わんといてや」

「後、愛子は絶対に謝らへんけど、ちょっとは謝れや。お前が悪いことも多々あるで。謝れないのはなんや? プライドか? 悪いことしたら謝れや」

「私、悪いことしてへんもん」

「そうか、残業で疲れてる僕を追い込むばかりで、泣いたらそれですむと思ってるのは悪くないんか? そうか? わかった、帰れ。僕の寮から出て行け」

「なんで? なんで私が悪者なん?」

「それがわからないなら帰れって言うてるねん。婚約も解消や。お前は僕のストレスや。一緒にいるだけでイライラする。泣いて誤魔化すな。とっとと帰れ!」



 それから、僕は愛子に背を向けて横になり、かなり時間が経ってから、


「ごめんなさい……」



 気持ちのこもっていない詫びの声をかけられた。僕は、もう相手にしなかった。







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