第3話  状況は変わる!

 僕は、まだ景子に別れを告げずにいた。だが、理由を考えながら、デートは断っていた。要するに、様子を見ていたのだ。僕はずるかった。まだ景子と愛子を天秤にかけていたのだ。だが、愛子も景子も結婚を意識している。これは大事な選択だ。少しくらいずるくても許してもらいたい。


 僕は、景子とスグに別れられる自信があった(景子には悪いが)。だが、愛子が彼氏と別れられるとは思っていなかった。愛子はおとなし過ぎる。あれだけ男性と話せないのなら、別れ話を切り出すなんて無理ではないか? と思っていた。結局、愛子は彼氏とズルズル付き合うことになると思っていたのだ。


 あまり会わなくなっても、景子から毎晩電話がある。僕はすっかりノリが悪くなっていた。最初の頃とは大違いだ。景子は僕の変化に気付いていたようだが、相変わらず機嫌良く電話をかけてくる。そして、景子は言う。


「このまま結婚するとしたら、何年後になるかな……?」

「結婚したら、子供は何人にする……?」

「子供は2人がええなぁ、なあ、そう思わへん……?」

「子供の名前、今から考えようか……?」

「男の子やったら、なんて名前にする……?」

「女の子やったら、なんて名前にする……?」


 ……景子は僕と結婚する気満々だった。正直、付き合ってわずか数ヶ月で結婚の話をされてもピンとこなかった。結婚の話題になると、気が重くなった。景子と話すのも気が重い。愛子のことを考えても気が重い。思い切って、景子とも愛子とも縁を切って、新しい彼女を作ろうか? とも思った。そう考えるようになったら、少し気分が良くなった。ハッキリしないことに、僕が僕自身に苛立っていた。



 そんな或る日、珍しく愛子から電話がかかって来た。愛子との電話は、いつも僕の方からかけていた。愛子の方から電話をかけてくるのは珍しい。


「どないしたん?」

「今日は、いい報告があるねん」

「いい報告って、何?」

「私、彼氏と別れることが出来てん」

「マジ? なんて言って別れたの?」

「私は直接は何も言うてへんよ、面と向かって別れ話なんか出来へんわ」

「え! どういうこと? なんで? なんで何も言うてへんのに別れることが出来るん? どうやって別れたん?」

「バイトの後、遅くまで残って店のオーナーに相談してん」

「オーナー? どんな人?」

「30代の女性。素敵な人やで。オーナーのお父さんが何店舗か経営してて、その内の1店舗をウチのオーナーが任されてるねん」

「ほんで、女性オーナーには何て言うたん?」

「社員さんの彼氏と別れたいって言うた」

「オーナーさんに言うたん?」

「うん、誘われて、断れなくて、嫌々付き合ってたって言うた」

「ほんで?」

「別れたいけど、上手く別れられないって正直に言うてみた」

「ほんなら?」

「“私に任せなさい!”って言ってくれた」

「それで?」

「だから、もう大丈夫。バイトもやめるし」

「いやいや、自分の力で別れてほしかったんやけど。それ、自分の力では別れられなかったということやんか、オーナーに頼んで別れるって、反則とちゃうの?」

「なんで? なんでアカンの? 結局、別れられたんやから、それでええやんか」

「いや、それやと不安になるねん。もし、僕と付き合って、誰か他の男から誘われた時に断れる? その調子やったら断られへんやろ?」

「断れるよ」

「なんて言って断るつもり?」

「“彼氏がいるから”って言うに決まってるやんか」

「……本当に大丈夫? ほんまに彼氏と別れられたの?」

「うん、オーナーさんと話しながら泣いてしまったけど」

「なんで泣いたんや?」

「別れられなくて苦しかったから、一気に感情が溢れてしまった」

「ふーん」

「約束やで、崔君も彼女と別れてや」

「うーん」



 ここで重要視したのは、しつこいようだが愛子が処女だと自称しているところだ。処女なら、大切にしてあげたい。男性にとっても、女性にとっても、初めての相手は大切な存在だ。僕も初めての体験のことは記憶に残っている。だが、愛子は本当に処女なのだろうか? 別れ話さえ、オーナーにお願いするくらい、自分では何も言えないのだ。彼氏の誘いを本当に断れたのか? つい疑ってしまう。何度も言うが、処女じゃなくてもいいのだ、処女だと嘘をつかれていたら嫌なのだ。嘘つきと結婚することは出来ない。その点、景子は正直だった。その景子も、2人目の相手には“処女だ”と言い張ったらしい。それだ! そういうのが嫌なのだ。僕は愛子のおかげでずっとモヤモヤした気分だった。


 では、もしも処女じゃなかったとしよう。愛子も景子、どちらも処女じゃないとして、どちらを選ぶか……愛子だ。当時の僕には、やっぱり外見も重要だった。外見で決めてしまえば愛子だ。顔とスタイルは僕の好みだった。内面的には、愛子には不安要素もあったが、純情なところは重要なポイントだ。愛子が純情なのは間違いない。僕は、景子と別れることにした。


「わかった、僕も彼女と別れるわ」

「うん、別れたらデートしよなぁ」

「うん、別れたらね」



 僕は、景子に電話した。







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