第4話  様子を見よう!

 僕は、景子に電話をかけた。だが、気が変わって、結局、いつもの雑談で終わり電話を切った。僕は、もう少し様子を見たくなったのだ。景子との電話の後、僕は愛子に電話をかけた。僕は、正直に話した。


「もしもし、崔やけど」

「うん、どうなった?」

「悪いけど、もう少し時間をくれへんかな?」

「え! 何それ? どういうこと?」

「彼女と別れて愛子と付き合うかどうか? もう少し愛子とデートしてから決めたいねん。アカンかな?」


 “アカン”と言われたら、愛子とはサヨナラするつもりだった。


「うん、ええよ」

「そうか、ほな、また土曜日にデートしよか?」

「うん、行く!」


 土曜日、無難に愛子と映画を見た。僕はあまりデートで映画を見ない。映画を見ている間、話せないからだ。普通なら、僕は映画を見るよりも会話がしたいので他のデートコースを選ぶ。だが、愛子は無口過ぎて、ずっと僕が話し続けなければいけない。正直、半日も喋り続けるのはしんどい。だから映画を選んだ。映画を見れば、見ている間は話さなくてすむし、後で映画について喋ることも出来る。共通の話題が増えるのはありがたい。


「いやぁ、映画、おもしろかったなぁ」


 アジアン居酒屋。僕は映画の話題で引っ張れるだけ引っ張った。愛子は、頬を赤くしながら微笑み、俯き加減。やっぱり、今時、こんなに男慣れしていない女性がどれだけいるだろう? と思えてしまう。反応が新鮮だ。この純情そうな態度を見せられると、愛子に“私は処女だ!”と言われても納得できてしまう。いや、処女にこだわっているわけではなかったのだけれど。


 でも、こんなに消極的で、元彼の誘いを断れたのか? などとも思ってしまう。実際にいたのだ、自称処女が。その女性は、“自分は処女だ”と言っていた。だが、ベッドの上では、痛がる素振りも無く、出血も無かった。


「本当に処女なんか?」


と聞いたら、“実は違う”と言われた。1回だけ、彼氏としたけどヤリ捨てにされたとのことだった。


「ほんなら、処女とちゃうやんか」

「なんで? 1回くらいええやんか。処女みたいなもんやろ?」

「いや、1と2は大差ないけど、0と1は全然違うで」

「そんなもんなん? でも、処女がヤリ捨てって嫌やから、私は今日、処女を捨てたと思うようにするで、今日が私の記念日や」

「そんなことしてええの? 元彼のことはリセットするんか?」

「うん、ヤリ捨ての元彼のことは無かったことにするねん」

「……」


 あの時のことが思い出される。これはトラウマだったのだろうか? だが、愛子は、“結婚する相手じゃないと体を許さない”と言っていた。結局、真実は愛子にしかわからない。だが、困ったことに、僕は顔を赤らめながら照れ笑いする愛子のことを、“かわいい”と思ってしまう。僕は、愛子と会えば会うほど愛子に惹かれていった。愛子も“崔君と一緒にいると嬉しい”と言っていた。


 僕も愛子も、早く結婚したいという点で想いは一致していた。僕が結婚願望が強かったのは、腹違いの兄姉で、ちょっとギクシャクした家庭だったので、幼い頃から早く自分の普通の家庭を持ちたいと思っていたからだ。僕の姉も同じ様な理由で結婚願望は強かったらしい。でも、何故、愛子が結婚願望が強いのか? わからなかった。愛子は、


「大学卒業と同時に結婚したい」


と言っていた。


 ちょうどその時、僕は給料の良い会社にいたし、配偶者手当てや住宅手当があれば経済的には問題が無い、贅沢しなければ結婚できる、と思っていた。そう、結婚は可能だったのだ。可能だったから迷ったのだ。今振り返ると、結婚するまでにいろいろな女性と会って見比べてから決めた方が良かったと思う。だが、当時はそんな長い目、広い視野で見ることは出来なかったのだ。若さ故の、取り返しのつかない失敗だろうか? 僕の視野は狭く、目先のことしか見えていなかった。


「なあ、愛子はほんまに彼氏とはキスだけやったん?」

「うん、彼氏のこと嫌になってたし」

「何が嫌やったん?」

「“俺は細い娘(こ)が好きやから痩せろ!”って言われたから。それで、ショックで拒食症になって38キロまで痩せてしまった。今は、戻ってきて43キロやから、多分、ちょうどいいと思うんやけど」

「“痩せろ”って言われたの? それはヒドイな」

「嫌なことばかり言うねん。付き合う前は優しかったのに」

「で、なんで付き合ったんやったっけ?」

「彼氏もいなかったし、告白されて、断る理由が無かったから」

「うーん……」

「でも、ウチのお母さんも言うてたで。お父さんのこと、特に好きじゃなかったんやけど、他に特に好きな人がいなかったから結婚したって」

「うーん……」



 1ヶ月、4回デートしたが、いつもこんな感じだった。結局、愛子の過去はわからない。前述の通り、僕は自称処女とは出会っていたが、本当の処女とは出会っていなかったので、実は処女にはちょっと興味があった。でも、処女じゃないのに処女だと偽っているなら許せない。くどいようだが、僕は、そういう嘘は嫌だったのだ。嘘をつかれて結婚するのは絶対に嫌だ! 隠し事は無し、正々堂々と付き合いたい。それは今後の信用に関わるからだ。信用出来ない人と結婚は出来ない。


 愛子と一緒にいると話題に困るので、4回のデートは全部映画にした。


「また映画?」


と言われたが、新鮮な共通の話題が無いと会話に困る。


 一度、愛子と屋内プールに行った。その時は、僕がついていって買ったピンクの水着を来てくれたが、恥ずかしがって、なかなかバスタオルを手放さなかったので困った。最後はちゃんと水着姿を見せてくれて、写真も撮れたから良かったが、正直、恥ずかしがり過ぎるのもいかがなものか? と思った。ちょっとイラッとした。


 景子とも屋内プールに行ったことがあったが、景子は恥ずかしがらずに水色のビキニ姿を存分に見せてくれた。ただ、残念なことに景子には色気が全く無かった。



 愛子との時間、僕も無言の時間が増えた。無理に盛り上げるのはやめたのだ。それはそれで、静かな時間が流れて良かった。愛子は沈黙しても退屈そうにはしなかったので、もう気を遣わないようになっていった。







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