第十四話 失踪者の証言
薫衣草を辿りながら地下を歩くと、大きな格子戸が見えてきた。その中には有翼人の子供が大勢いる。
「いた! あれだ! 子供は神の子にされてるんだよね!」
「想像より多いな。今全員連れだすのは無理そうだ」
周辺を見回すと部屋は一つではなかった。
ぱっと見る限りでも三部屋はあり、その全てに子供がいるようだった。
威龍と哉珂の声で目が覚めたのか、数名がむくりと身体を起こす。見知らぬ人間が来たからか、びくりと震えて壁に寄っていく。
しかしその中から十五歳にもならないであろう少年が一人、ずいっと前に出てきて後ろの子供を守るよう立ちはだかった。少年の羽は赤く色づいている。
(赤い子もいるんだ。黄色っぽ子もいる。へえ……)
あらぬ方向に興味を示した威龍を少年がぎろりと睨み付けてきたが、雛の羽に気付いて目をぱちくりさせる。
「何だあんたら。新入りが来るのはいつも昼だ。それにその服、神官じゃないな」
「良い警戒心だ。お前が代表者か? 成人って年齢じゃなさそうだが」
「一番年が上なだけだ。何だよお前らは」
「有翼人の失踪事件を調べてる。証拠を掴んで華理へ通報したいんだが、お前らは誘拐されたのか?」
「助けに来てくれたの⁉ そうよ! 全員連れてこられたの!」
「おい!」
哉珂の言葉に反応したのは少年ではなく、後ろで縮こまっていた少女だ。
立珂と同じくらいの年齢に見えるが、その安直な行動を少年は制止した。その判断を気に入ったのか、哉珂は膝を付いて少年に目を合わせた。
「とりあえず話をしないか。まずいと思ったら神官に俺達の事を話せばいい」
「……いいよ。何が知りたいんだ」
「何をさせられてるかだ。非合法なことはあるか? 労働をするならその内容を詳しく知りたい」
「別に何もしないよ。ただここで生活して羽根を渡す。それだけだ」
「それだけって、じゃあ無体を強いられたような事はないのか? 暴力は?」
「無いよ。監視付きだけど日中は外で遊ぶ。勉強したい奴はする。食事も上でする。ここは寝泊まりするだけの部屋で、散歩に出たいと言えば出してもらえる」
威龍はこてんと首を傾げた。想像していたのは牢に繋がれたり厳しい労働を強いられるような苦しい状況にある様子だ。
だが子供たちはなかなかに健やかで、肌艶は良いし肥満の子供すらいる。
「これ監禁? 想像より自由度高いんだけど。元孤児だったら正当な福祉活動だよ」
「本人に在住の同意がないなら監禁だ。それに気分良く過ごさなきゃ羽根が濁る。羽根を手に入れるためには快適な生活が必要なんだ。しかしこの人数が日中外となると脱走しにくいな」
「そうだね。もっと協力者がいないと無理だよ。神官の中でも動ける人は必要だ」
威龍と哉珂は子供たちの救出に向けて考え出した。
これは当初の予定通りで想定内だが、子供たちは不思議そうな顔をしている。特に代表に立っている少年はけげんな顔だ。
「……なあ。本当に助けてくれるのか? お前らに何の得がある」
「俺らの仲間も失踪してるんだ。そのついでだよ」
「は? なら俺らの身の安全は保障されないじゃないか。あんたらが人身売買商人の可能性だってある」
「そんなことしないよ。この子、雛も捨てられてたけどもう俺の弟だ。だから君らのことも助けたい。それだけだよ」
「馬鹿じゃねえの。口先の同情信用するわけねえだろ。どこのお坊ちゃんだよお前」
「え……いや、隊商育ちで全然お坊ちゃんじゃないんだけど……」
威龍なりに真剣だったのだが、はんっと少年は鼻で笑い溜め息まで吐かれた。
決して平和呆けをして生きてきたわけではないが、この子は威龍よりはるかにしっかりしているようだった。
思わず哉珂に助けを求めると、くっくっと面白そうに笑っている。
「いいな。お前気に入ったよ。名前は? 俺は柳哉珂」
「
「泰然。お前が信用できる取引をしようじゃないか」
哉珂は腰の鞄から紙と鉛筆を取り出した。さらさらと何かを書くと泰然に渡す。
「契約書だ。お前らの救出は華理刑部に頼む。国家権力に従事する者を連れて来る。その代わり情報をくれ。教会が不正を働いてる証拠がなけりゃ通法できないんだよ」
「刑部って宮廷か? 華理は南の国だろう。瀘蘭は管轄外じゃないのか」
「よく知ってるな。だがあ子供が監禁されてるなら動くさ。救済後の対応は別になるかもしれないがな。だが絶対に証言してもらう必要がある。華理へ行く算段が立ったら迎えに来る。誰か一人俺達と一緒に来てくれ」
「なら俺が行く。けどここには孤児もいるんだ。そいつらにとっては生活を保障してくれた有難い存在でもある」
「それは洗脳だな。正常な判断のできない精神状態にあるとして保護してもらえる。生活保護も受けられるから問題無い。全て俺が手配する」
哉珂は再び契約書に何かを書き始めた。
子供たちを宮廷へ連れて行くまでの手続きは全て哉珂が代行し、費用も負担するという条項の追記だ。
「これでどうだ。これが果たされなければ神官に俺らを侵入者として報告しろ」
「……笙鈴と協力するのが良いと思う。笙鈴もここにいたんだけど、俺らは何年も前から脱走を計画してるんだ。それとこれ」
泰然は羽根の毛を少しだけ抜くとこよりにし、哉珂の指にくるくると括りつける。
「これは協力者の印だ。職員にも付けてる奴がいるから見分けてくれ」
「うまいな。これなら見つかっても御守りで通る。お前が考えたのか?」
「そうだよ。俺らは色で立場を可視化してる。脱走の発起人は黄色。白は脱走の実働に手は貸さないが物資支援だけはしてくれる奴。俺の赤い羽根は目的が異なる外部の協力者だ。脱走は手伝うがそれだけ。見せれば協力してくれる」
威龍は首を傾げた。泰然の羽根のこよりは細身の赤い指輪のようになったが、この指輪に見覚えがあったからだ。
「ねえ。これって仔空さんが付けてた指輪じゃない? 同じようなのをしてたよ」
「そうだよ。あいつは外と連絡を取ってくれるんだ。教会に雇われてることになってるけど、元は有翼人保護をする事業の奴だ」
「それであっさり協力してくれたんだ。でも凄いね。この指輪すごく分かりやすい」
「何かと戦うなら立場を可視化するのは当然だ。お前騙されやすいだろ」
「え……そんなことは無いと思うけど……どうだろ……」
素直に感心したが泰然にはまた鼻で笑われ、哉珂もまた笑っている。
とても年下の子供に思えないが、憂炎を信じ切っていた以上否定もできず威龍は黙って哉珂の後ろに下がった。
「統率が取れてるなら問題ない。刑部が来るまで普通に過ごせ。すぐに助けてやる」
泰然は哉珂を信じてくれたようで、力強く頷いてくれた。だが最後まで威龍のことは鼻で笑っていて、聊か不愉快な気持ちで地上へと戻った。
階段を上り切ると見張りまだ仔空だけだった。神官の眼も無い。
「お早いお戻りですね。泰然は話が早いでしょう」
「お前な、こういう事情は先に教えておいてくれよ。二度手間じゃないか」
「泰然が仲間と認めなければ俺も手を貸せないんですよ。教会は子供を洗脳できてる気でいますが、実質的な指導者は泰然です。幼く見えますがあれで十九です」
「そんなか。有翼人は成長期で小さくなるっていうが、あんなに変わるのか」
有翼人は成長期が二回あると立珂は言っていた。十歳くらいに見える立珂が十六歳なら泰然が十九歳というのも納得だ。
「将来有望だな。俺らは屋敷へ戻るが仔空はどうする。教会はどうなんだ」
「教会からの指示は日中の送迎だけです。今日はこのまま見張りで、明日の朝にいはまたお迎えに上がります」
「分かった。ああ、そうだ。今回の契約は自動更新だ。解約は契約書の破棄を持って成す。それまでは教会より俺の指示が最優先で頼むぞ」
「畏まりました。ではまた明日」
そしてまた威龍は哉珂について屋敷へ戻った。さして何をしたわけでもないのに妙に疲れてしまい、寝台にごろんと横になる。
そっと雛の顔を覗くとむにゃむにゃと口を動かしていて、魚を食べる夢をみているのかもしれない。愛らしい姿は何度見ても癒しだ。
雛に癒され一息吐いたが何も終わっていはいない。威龍が気になるのは泰然との約束だ。
「哉珂。刑部を連れて来るなんて約束して平気? 証拠がないと動けないんでしょ」
「大丈夫だよ。いくつか当てもある。その前にお前に知っておいて欲しい事がある」
「俺に? あ、飛んで何かやれる? 子供一人、二人なら連れて飛べるよ」
「そうじゃない。お前が理解する必要があるのは雛の正体だ」
「……へ?」
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