第二話 別れ(一)
「父さん! 華理に行きたいって人がいるんだけど!」
懲りずに地図を持っていた憂炎は曄にぽいと放り投げ、いそいそと立ち上がった。
地図だの書類仕事だのよりも対面交渉の方が好きな憂炎は嬉しそうだ。
「男か。人間か? 獣人?」
「人間だ。職業商人」
「ふうん。悪いがうちは獣人に限ってる。何かできる事はあるか?」
「馬車では特に無いが、華理で安く仕入れできる店を紹介する。それでどうだ?」
「ふん。まあいいだろう。だがうちは労働契約のある者しか乗せられん。書類上は有期雇用の下働きにさせてもらう。違約金は一律金一だ」
「問題無い。助かるよ。俺は
「獅子獣人の憂炎だ。こっちは鳥獣人の威龍。元は孤児だが息子みたいなもんだ」
「赤ん坊も隊員なのか? 随分珍しい羽色だが有翼人だろう」
「雛は俺が拾って育ててるんだよ。可愛いだろ」
哉珂は雛に興味が湧いたのか、顔を覗き込み頬を突くと雛は嬉しそうに笑った。
「そうだ。威龍の仕事を手伝わせてくれよ。威龍は雛とゆっくりできるだろ?」
「ああ、そりゃいいな。雛は威龍がいないと泣くから可哀そうだったんだ」
「いいの⁉ やった! 哉珂こっち! あ、隊員同士は上下無しで敬語も無しね!」
「お、おお」
威龍は哉珂の腕を掴んで走り出した。
威龍の仕事は荷運びと偵察だ。仕事の間は雛を誰かに預けるが、後から雛がこんな事をしたあんな事をした凄く可愛かったと聞かされるのが悔しかった。
もっと雛との時間を増やしたかった威龍にとっては渡りに船だ。
早速今日の持ち場である荷台へ向かい、威龍の身の丈ほどもある棚をぽんと叩く。
「これがうちの備品棚で今日の仕事は備品補充。休憩所の物資を馬車に移すんだ」
「隊商は休憩所が命だもんな。ちゃんと管理してて良いじゃないか」
哉珂は棚を開けて中を確認し始めた。詰め込まれているのは服や筆記具などで、どれも休憩所で手に入るなんてことない物だ。
しかし哉珂は不思議そうな顔をしていて、んー、と小さく唸っていた。
「何か気になる? あ、休憩所使うの初めてだった?」
「いや。お前孤児なんだよな。随分慣れてるみたいだけど、何で仕事なんかしてるんだ? 勉強しなくていいのか?」
「孤児じゃなくて托卵。孤児でも托卵でも給料分は働かなきゃ。勉強なんてしない」
「そりゃ変だろ。給料っていくらだよ」
「銅八。別に変じゃない。働いた分の給料を貰うのは普通だろ」
「孤児と托卵は普通じゃないんだよ。それ犯罪の可能性あるぞ」
「……はあ? うちは普通の隊商だよ。悪いことしてる奴なんていない」
「知らず知らずに違法になってる場合もあるんだよ。お前の労働契約書あるか? 控えは各自保管のはずだ」
「あるけど……」
「見せてくれ。不正をしてる隊商なら乗りたくないからな」
「別に不正なんてない。好きに見なよ。どうせ何も出てこないし」
好意で受け入れてやったのにいちゃもんを付けられるとは思ってもいなかった。
しかし威龍には後ろ暗い事など無い。納得させ謝らせてやろうと、腰に下げている鞄から契約書類を取り出して渡した。
哉珂はじいっと契約書を睨んで熟読しすると、ぱんっと書類を軽く叩いた。
「やっぱりだ。違法労働させられてるぞお前」
「違法じゃないよ。うちは孤児も難民もいっぱいいるよ」
「そりゃそうだろうよ。隊商が孤児難民を受け入れるのは何でだと思ってんだ」
「可哀そうだから?」
「違う。助成金が出るからだよ。隊商は個人事業主と福祉事業従事者の二通りあるだろ」
「何それ。うちは人間とやってる隊商じゃない。憂炎がやってる隊商だよ」
突然難しい単語が出て来て威龍は首を傾げた。
物心ついた時から荷運びや肉体労働しかしていない威龍は人間の制度に疎い。知らずとも生活ができるし、それが隊商の生き方だ。
だが哉珂はそれを愚かとでも言いたげにため息を吐き、座るように促してきた。
訳の分からない話に混乱した威龍は渋々哉珂の隣に座った。
「個人事業主ってのは個人で独立して隊商をやる奴だ。赤字も黒字も全て自分で背負う。労働力にならない無駄飯食いは増やさない。赤字だからな。孤児難民保護なんてやらない」
「あ、ああ……? でもうちはやるよ。孤児を近くの町に連れてったり」
「それだよ。いいか? 孤児難民の保護は福祉活動だ。特定の福祉団体に所属し営業を担う。馬車を養護施設代わりにするんだな。孤児の人数分養育費が与えられ、これが国の助成金だ。孤児を保護すればするほど貰える金が増える。だから引き取るんだ。愛情でも何でもない」
「……よく分かんないけど、俺らは楽しくやってるよ。それでいいじゃないか」
「お前が良くても国は良くない。特にお前だ。孤児と托卵は書類上の扱いが違うってのは分かってるか?」
「知らない。みんな父さんに拾われたんだ」
「孤児はそうだが托卵は違う。そもそも托卵てのは鳥の行動に付けられた名称にすぎない。人間と獣人の場合、発生してるのは養子縁組だ」
「何それ」
「親が子供を他者に譲るんだよ。血縁でなくとも親は絶対にいるし、国に問い合わせればお前の実の親が何処の誰だかも分かる」
「あ、そ、そっか? それが何かまずいの?」
「それ自体はまずくないさ。だがお前の労働契約に問題がある。お前は保護者がいない事になってる。これがおかしい」
哉珂は威龍の契約書をとんっと叩いた。
そこには威龍が自分で記載した名前が書いてあるが、保護者欄は無記名だ。
「托卵ならお前は憂炎の養子で、保護者欄には憂炎の名前があるべきだ。無記名ならお前は孤児ってことになる。そこでもう一つ気になるのが給料だ。隊商は孤児に給料を払わない」
「え? みんな貰ってるよ。俺も憂炎から貰う」
「それは憂炎が払ってるわけじゃない。憂炎が契約してる福祉団体から支払われ、これが国の助成金。助成金は全て孤児本人の物で、憂炎は受け渡しの仲介をするだけ。助成金は一人当たり月銀五が配布されるが、お前が貰ってるのは銅八。憂炎はお前を孤児にすることで助成金を中抜きしてるんだよ」
「はあ。別にいいよ。困ってないし」
「お前がどう思うかは問題じゃない。これは横領という犯罪だ」
「……犯罪? 法律違反をしてるってこと?」
「そうだ。しかも養子にしないのは実の親からすれば契約違反だ。育てられないのなら親元に戻し新たな養育先を探す。けどお前は憂炎の元にいる。つまり養子にしたと虚偽の報告をしたか、養子にした後に失踪扱いにした可能性がある。恐らく失踪にされてるだろう」
「え、な、なんでそんなこと分かるの」
「保護者欄が無記名だからだよ。憂炎が親じゃないなら実の親の名前があるべきだがそれも無い。つまり実の親はお前がここにいると認識してないんだ。となるとそれは失踪で、憂炎は意図的にやってるんだよ。助成金横領を目的とした偽装誘拐だ」
威龍はぱちぱちと強く瞬きをした。
哉珂の話は難しく、威龍は養子縁組制度の全てを理解したわけでは無かった。
だが憂炎が保護者に名前を書いていないのはおかしなことで、その理由が金目当てである事は理解できた。
「……じゃあ父さんは」
「犯罪者だ」
哉珂の強い言葉に威龍はたじろいだ。
勉強などしていないから不当な扱いを受けていると疑った事すらなかった。
不正があっても親のような存在であり、養ってくれている事に変わりはない。現状を不満に思った事もない。
「それは黙ってちゃ駄目なの? 俺は別にいいよ」
「そうか? だがお前も犯罪者になるぞ」
「え、な、なんで」
「俺が告発するからだ。憂炎は裁かれ、罪と知って黙認したお前は共犯者として裁かれる。そうなれば雛は犯罪者に育てられたってことになるな」
威龍の身体がびくりと震えた。もし哉珂の言う通りになれば威龍は犯罪者として憂炎と生きるしかない。犯罪者が率いる隊商が扱える商品なんてたかが知れている。
(ここにいれば雛も肩身の狭い人生になるんだ。ならどっか施設に入れてやるべきだけど、今更雛と離れて暮らすなんて嫌だ)
雛に充実した人生を与えてやりたくて、隊商を離れたいと思っていた。
威龍は腕の中ですやすや眠る雛をぎゅっと抱きしめた。
「今なら間に合う。お前は被害者で、それに気付いた第三者が保護するんだからな。お前は正当な手続きをして雛と真っ当な人生を送れ」
「けど、俺は何の学も無いし手続きなんて分からない。仕事だってどうしたらいいか」
「手続きは役所に行けば教えてくれる。仕事は国の職業紹介所を使えばいいし、俺が雇うこともできる。華理に店を持ってるんだよ」
「本当に⁉ 雛も落ち着いた生活ができる? 馬車は可哀そうだと思ってたんだ」
「ああ。一旦は保護施設に入るだろうが、落ち着くまでは俺も一緒にいてやる」
「……本当に? 本当にいいの?」
「いいさ。こういう慈善活動は俺の評判も上がって儲けもんだよ」
哉珂はにやりと笑みを浮かべ、すっと手を差し伸べてくれた。威龍はおそるおそる手を握ったが、哉珂はぐっと強く握りしめてくれる。
「じゃあいつ離隊するかだな。華理に着いて手続きを終わらせてからの方が」
「きゃあああ!」
「何だ? 悲鳴だよな、今の」
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