第一話 運命の出会い(二)
「
「お帰り。どしたの慌てて――って、それ何? 赤ちゃん? 鳥?」
「有翼人の赤ん坊だよ。襲われてたから手当てするんだ。きっと腹も減ってる」
曄は隊商で唯一威龍と歳の近い人間の女の子だ。元は孤児だが憂炎に拾われ、隊員として就職した。威龍とは兄妹のような関係だ。
駆け足で戻ってきた曄から薬箱を受け取ると、消毒液と軟膏を取り出して青い羽の赤ん坊の手当てをしてやる。
「一歳くらいかな。有翼人って性別あるんだよね。女の子? 男の子?」
「男。よしよし。よく頑張ったな。偉かったぞ」
「んぁ」
「あ! 鳴いた! 聞いたか曄! 鳴いたぞ!」
「喋ったんだよ。鳥じゃないんだから」
赤ん坊の頬をちょんっと突くとまた小さく声をもらし、きょときょとと瞬きを繰り返している。その仕草はとても愛らしくて、威龍の頬は自然とゆるんだ。
「可愛い! なんて可愛いんだ! すごく可愛いじゃないかお前!」
「あー! 私も抱っこしたーい!」
威龍は赤ん坊を抱き上げぎゅうぎゅうと抱きしめると、ぷっくりとした頬の柔らかさが気持良くて思わず顔を埋めた。
「父さん! こいつも連れてこう! 放っといたら死ぬよ!」
「つってもなあ。赤ん坊は給料出せねえよ。仕事もできねえし」
「俺の給料で育てるよ! 金の使い道なくて困ってたんだ!」
「はあ。それならいいが。じゃあ名前付けようか。何が良いかな」
隊商隊員は給料が出る。それで各自は生活を賄うが、各国の隊商停泊場で食料や衣類など最低限の物が支給されるので金を使う機会はあまりない。
隊商が自宅の威龍は離隊する予定など無いし、馬車に詰める必要最低限しか物を持てない。金は貯まる一方で、十八年間の合計収入はほぼ使っていない。
だがこれからも給料は出るし、赤ん坊も成長し働けば給料を得る。それまで養うくらいはわけない。
赤ん坊は無垢な瞳で両手を伸ばしてくる。まるで親鳥を求める雛鳥のようだった。
「お前は
「んぁ」
雛は威龍の服をきゅっと掴み嬉しそうに笑った。
突発的な孤児の保護は珍しくないため、隊商の仲間も雛を受け入れ母親勢は雛の愛らしさに魅了されていた。
それから威龍の日常は雛を中心に回り始めた。
威龍を親だと思っているのか、傍にいないと泣き出し一緒にいる間はぴったりとくっついて離れようとしない。
母親勢が抱っこ紐を作ってくれて、威龍はすっかり親の気持ちになっていた。
「雛。食事だぞ。食べられるか? あーんだ。あーんってするんだ」
「あー」
色々食べさせたが、雛は穀物や肉よりも魚が一番好きなようだった。
威龍は魚の身をほぐして口に含み咀嚼すると、ちゅっと口移しで食べさせてやる。
「こら威龍。有翼人は鳥じゃないのよ。普通に食べさせなさい」
「えっ、でも俺こうやって育ててもらったよ。子供の食事ってこうじゃないの?」
「威龍はそういう鳥種だからでしょ? 憂炎の口移しは見てて気持ち悪かったわ」
「いいんだよこれで。なー、雛。いっぱい食べろ。じゃないと元気でいられないぞ」
「あー」
雛は小さな口を目いっぱい大きく開けて、雛鳥のように食事を待っている。
安心しきって身を預けてくれる姿は愛らしく、雛と過ごす時間はもはや何物にも代え難い最高の癒しだった。
威龍は四六時中、雛を構った。最近の楽しみは雛に服を作ってあげる事だ。
「雛は何色が好きだ? 羽が青いから白い服が綺麗かな。赤はちょっと違うよな」
「んっんっ」
「白いのが気に入ったか? じゃあこれで作ろう」
背に羽のある雛は人間や獣人と同じ服は着られない。
羽を出す穴を開けてやらないといけないが、私物を最低限にしたい隊商では服を共有する。子供はお下がりを着回すので穴は空けられない。
ならば専用の服を作ってやろうと、威龍は生地を買って自分で作ることにした。
ちゃんとした裁縫はできないし面倒だと思っていたが、雛のためと思えば面倒どころかやりたいことになっていた。最初は慣れなかったが、今ではすいすいと服を作れる。
「完成! 雛、羽織ってみろ」
「ん! ん!」
「あ、それは捨てる端切れだ。いらないんだ。ぽいしろ。ぽいって」
「ん~!」
雛は散らばっていた端切れを掴んでいて放そうとせず、そのまま威龍の指をきゅっと掴んだ。威龍の手首に切れ端を巻きつけようとしているようだった。
「お揃いにしてくれるのか⁉ 優しいな雛は! じゃあ結んでくれ!」
「ん!」
威龍は雛の手を一緒に動かし、数分かけて手首に巻きつけた。
雛は満足げな笑みを浮かべ、威龍も雛の笑顔に癒され幸せをかみしめていた。
「可愛いな雛は。次の休憩所でふかふかの枕貰えるから一緒にお昼寝しような」
隊商の進む山道は休憩所が点在し、馬車は休憩所を辿って進行する。迂回をしても安全な場所に作られているが、時間だけみれば遠回りになる場合もある。
憂炎は休憩所を無視して、最短と思われた道を進んで迷ってしまったのだ。
(もう遭難は嫌だ。雛に何があるか分からない。揺れる馬車は疲れるだろうし、もっと落ち着いた生活が良いな。けど隊商は定住できないし。うーん……)
子供が生まれたら離隊する親の気持ちが分かった。雛の成長を考えると、隊商生活はあまりにも不安定で危険が伴う。
だが威龍は憂炎の息子だ。離隊は親との離別になる。
どうすべきか迷われたが、そうしている間に馬車は休憩所に停まっていた。隊員は一斉に飛び降り休憩所へ駆け込んだ。威龍も雛を抱っこ紐で括りつけると外へ出る。
「曄。俺も雛連れて行って来るな」
「私も行く! 雛と遊びたい! 三人で水浴びしようよ!」
「ううん。雛と二人で行く。馬車で疲れただろうし、ゆっくりさせてやりたいんだ」
「あ、うん……そうだね……ごめん……」
曄の同行を断って、威龍は二階建ての休憩所の散策へ向かった。
休憩所は多目的広間に風呂場、台所もあって水と保存食が大量に保管されている。
隊商が休憩所を経由するのはこれも理由だ。持ち歩ける水と食料には限度があり、足りなくなれば死もあり得る。
だが休憩所には人間が開発した水道というどこでも水が出る設備が整っている。
誰でも無料で使う事ができるため補給ができる貴重な場所だ。
女性陣は我先にと風呂場へ向かっていて、雛は何が起きているのか分かっていないようできょときょとしている。
「雛は風呂と水浴びどっちが好きだ? ずっと水浴びだし、お風呂入ってみるか?」
「何言ってんだ。有翼人の赤ん坊は川で水浴びに決まってんだろ」
「え?」
突如後頭部を小突かれ、振り向くとそこには見知らぬ青年が立っていた。
二十代半ばだろうか、威龍よりも頭一つ分は背が高い。
「有翼人は水道水が苦手だから天然の水だけにしとけ。有翼人の子育て初めてか?」
「はい。うちの隊は獣人しかいないから」
「お前隊商の子か。ちょうどいい。華理まで乗せてくれないか? 徒歩に疲れてな」
「ああ、そうなんですね。俺じゃ決められないから責任者に相談しましょう」
隊商は隊員以外の者を乗車させる事がある。それは客であったり道端で拾った孤児であったりと様々で、悪縁か良縁か分からないため乗車判断は慎重になる。
憂炎は生粋の商人のため人と人との縁を重要視する。基本的に歓迎する方針で、声掛けがあれば丁重に連れて来るようにと言われていた。
早く雛を休ませてやりたいがこればかりは仕方がない。足早に憂炎の元に戻った。
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