第十五話 有翼人の正体

「雛の正体……?」


 威龍は思わず雛をぎゅっと抱きしめた。


(何。まさか雛を教会に渡せとか言うんじゃ)


 予期していなかった言葉に威龍は哉珂を睨み付け後ずさりした。

 名言はされないが明らかに権力者である薄珂と立珂、その随伴であろう朱と比較すれば、本来赤の他人である威龍も雛は手放し犠牲にされても文句は言えない。

 だがそれなら飛んで逃げるだけだ。薄珂達を気にしなくて良いとなれば威龍にとって足枷が無くなるということでもある。

 威龍はいつでも鳥に戻れるよう、上着を脱ぎ捨て窓へにじり寄る。

 そんな警戒心剥き出しの様子を見て威龍の心中を察したのか、はは、と哉珂は笑い声をあげた。


「悪い悪い! 雛個人じゃなくて鳥獣人の、だ。正体というか生態だな」

「は? 雛は有翼人だよ。鳥獣人なら俺の方だろ。雛は雛だ」


 哉珂は腰下げ鞄にから小さな瓶を取り出した。

 それは薬局で買った鳥獣人用の睡眠導入剤だった。寝つきの良い威龍はまだ使っていないが、雛を連れて逃げ回るのなら必要な時もあるかもしれないと思い持っておいた。

 哉珂はそれを開封すると、机に中身を取り出した。出てきたのは白い粉末だ。


「鳥獣人用の睡眠導入剤だよね。それが何なの。雛には関係無いじゃないか」

「そうでもないんだ。これ何の粉だと思う?」

「知らないよ。俺は薬剤師じゃない。医療の心得も無い」


 哉珂は部屋の隅に置いてあった両手で抱えるほど大きな箱の前に膝を付いた。

 ぱかりと開けるとそこには有翼人の羽がぎっしり詰め込まれている。


「すごい量だね。これだけの羽根を使うなら布団だよね。あんまり見ないけど」


 威龍とて有翼人の羽根が商品になっているのを見たことが無いわけではない。

 羽根を使った飾りは装飾品としての需要があり、人間の富裕層が好む。だが一つあたり最低でも銀五はする高額商品だ。布団ともなれば一つで金一も珍しくない。


「こんなにどうするのかな。隊商じゃまず売れない。普通の店でも厳しいはずだ」

「まあそうだな」


 隊商は他国の品を安く購入できるのが魅力だ。客の大半は一般家庭で、高価な装飾品は扱わない。

 だが高額商品である有翼人の羽根飾りを陳列していれば『ここは立派な店だ』という印象を与えることができる。

 そのために数個手元に置くが、それだけだ。売る目的で仕入れることは無い。


「羽根商品と言えば装飾品と寝具が基本だな。だが別の用途もあって、こいつは特定の層に需要があるんだ」


 哉珂は一枚摘まむと、腰に挿していた小刀の柄でがりがりと擦り始めた。すると次第に粉末となり、睡眠導入剤と同じ物へと姿を変えた。


「原材料は有翼人の羽根。すり潰すと薬になるんだ」

「えっ⁉ 何で⁉ 羽根ってただの羽根じゃないの?」

「ただの羽根だよ。だがその生態が特殊なんだ。有翼人発祥について知ってるか?」

「知らない。突然出てきた変異種って言われてるよね」

「そうだ。だが北あたりでは研究が進んでて、有翼人の血中に鳥獣人の獣化細胞が確認されている」

「へ? じゃあ鳥になれるの? 神経無いのに? 出し入れできないんでしょ?」


 哉珂はするりと雛の羽を撫でた。神経は通っていないが形状は間違いなく鳥だ。

 身体は人間だが明らかに獣の羽で、だからこそかつて獣人は有翼人を嫌い受け入れなかった。同胞なのか同胞を陥れる新種なのか分からないからだ。


「有翼人が出現した頃に発生したもう一つの出来事がある。それが鳥獣人の現象だ。鳥獣人が少ないのは有翼人に転化したからなんだ。有翼人はそもそも鳥獣人だった」

「そうなの? だとして、何で羽根が薬になるの?」

「羽が心だからだ。その仕組みはまだ分からないが、羽根を飲めば羽根に宿った精神状態ごと摂取する。眠い時の羽根を飲めば眠くなるんだ。これは同じ獣化細胞を持つ鳥獣人にのみ有効だと確認されている」

「初めて聞いた。教会はそれを作ってるってこと? けど監禁する必要ないじゃん」

「あるんだよ。有翼人の羽根の粉は指定薬物。製造は国指定の製薬会社に限られるんだ。製法次第では強力な麻薬にもなるからな」

「……麻薬? 麻薬って、あの、危ないやつ? 眠くなるだけじゃないの?」

「正しい製法で作れば眠くなるだけだ。だが高揚した状態の羽根なら高揚し、恐怖を感じていれば恐怖に支配される。飲ませるだけで精神状態を操ることができるんだ。雛のような幼子の羽根でもだ」


 哉珂がつんと雛の羽根を摘まみ、威龍は思わずその手を払い背を向けた。

 哉珂は何故か嬉しそうに優しく笑い、再び机に撒いた白い粉を摘まんだ。


「それだけじゃない。こいつが指定薬物になった理由は過剰摂取によるもう一つの病状にある。獣化細胞は獣種ごとに違い、己と異なる獣化細胞を過剰摂取すれば命に関わる。どういう死に方をするか分かるか?」

「分かんない。違う獣化なんてできないから何にもならない気がするけど……」

「獣化という手順は実行される。だが鳥獣人の獣化細胞が自分の獣化細胞を侵食し、肉体は本来の形状を保てなくなる。例えば獅子に鳥が混じり異形と化す――とかな」

「……それって馬車を襲った奴じゃないか。じゃああの異形の化け物って、まさか」

「羽根麻薬の副産物だろう」


 威龍はぎゅっと雛を抱きしめた。雛の背には有翼人にしては珍しい青い羽が生えている。威龍にとってそれも含めて雛で、それはただ愛らしいだけだ。

 だが人によっては求める理由が愛らしいからではないのだ。


「羽根麻薬は裏で高額売買されている。教会は麻薬販売組織だ」


 哉珂は憎々しげに鳥獣人用睡眠導入剤を掴んだ。だがそれは指の隙間からさらさらと手から零れ落ちていった。

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