最終話 再会の約束

「……そっか。やっぱり哉珂は明恭の人なんだね。麗亜様って朱さんなんでしょ?」


 哉珂は一瞬驚いたような顔をして、よしよしと頭を撫でてくれた。問いには答えてくれないが、否定もしなかった。


「明恭はそろそろ夏だ。氷河も多少は溶けるし、輸出入の準備をしないとな」

「国の輸出入に関わるほどの人なんだね、哉珂は。外交官とか?」


 哉珂はきょとんとして、苦笑いをするとまた頭を撫でてくれた。それは自分の想像が正解であることの裏付けになった。

 とても威龍が口を出せるようなことではないだろう。けれど何か言うことくらいは許されるだろうか。受け入れられなくても、何か一言。

 そろりと口を開こうとしたが、遮るように哉珂はぐりぐりと頭を撫でてきた。


「そう不安な顔をするな。薄珂がいれば大丈夫だって」

「そういうことじゃないよ……」

「そういうことだ。俺は薄珂と取引してるからまた来る。嫌でもな」


 哉珂はぽんぽんっと軽く頭を叩き、それ以上は何も言わせてくれなかった。

 何も言わせてくれないまま十日ほど経つと、予想していた通り港に大きな船がやってきた。

 この大きな船を誰が所有している船かは分からないが、国主勝峰が朱と同じような髪色の若い男と会話しているのが遠巻きに見えた。

 威龍はふいと目を逸らし、腕の中で哉珂の指とじゃれている雛に目を落とす。

 雛は今日もたまらなく愛らしく、いつも通り無邪気に笑ってくれている。そして横には哉珂がいて、つんつんと雛の頬を突いている。


「またな、雛。次会う時まで覚えててくれよ」

「忘れると思うよ。赤ちゃんだもん」

「このやろ」

「……忘れないうちに来ればいいよ」

「そうだな。そうするよ」


 哉珂が雛から指を引き上げると、威龍は思わず一歩にじり寄った。


「あのさ! できればでいいんだけど、曄の様子が分かったら書簡くれないかな」

「ああ、蛍宮の大使として明恭へ行ったんだったか」


 護栄は本当に隊商の面々を蛍宮で雇ってくれた。あの後一斉に船で移住をすることになり、挨拶をすると威龍に感謝をしてくれた。

 しかし曄だけは会えなかった。一人だけ罪を免除されたことを他の隊員からひどく妬まれ、告発したことを抜け駆けだの宮廷に媚を打ったのだと言われてしまった。

 見かねた護栄が、明恭が有翼人を必要としていることを大義名分に、曄は蛍宮ではなく明恭へ行くよう手配をしてくれた。

 だがこんなのは今更哉珂に説明する話ではない。哉珂も一緒に話を聞いていた。

 ただ今はもう少し哉珂と話をしていたい。あわよくば、連絡を足らざるを得ない用件や仕事が見つかれば――曄を言い訳にそんなことばかり考えていた。


「明恭は有翼人の助けが無いと生きていけないからな。お前に書簡でも出してやれと言っておくよ」

「ん。有難う……」


 明恭は遠い。書簡が届くまでに数か月の時間を要する。


(渡鴉の俺でも明恭へは会いに行けない。寒すぎて飛びながら凍死する)


 温暖な蛍宮なら、船と船の間を飛んで渡れるので楽に移動できる。引き取られた隊商隊員に会うことは難しくないだろう。

 だが哉珂の帰る先は明恭だ。本人も書簡も、そう簡単には手が届かない。

 けれどそんな感傷を船の出航は待ってくれない。船員が出発すると声を張り上げ始めた。


「そろそろ行かなきゃな。元気でな、威龍。雛も」

「……またね。待ってるから」

「ああ」


 そうして哉珂は軽く手を振るとあっさり船内へ姿を消した。

 腕の中では大切に育てようと誓った雛がいる。

 羽は輝きを増し血色も良くなった。いっか、いっか、と舌足らずに立珂を呼び、きっとこの先も友人として楽しい日々を送ることだろう。

 威龍の願った安寧と新たな人生がようやく手に入った。


(また会える。大丈夫、大丈夫だ)


 失ったものなどない。そう言い聞かせて雛と頬をすり合わせ、夕方の配達に向けて書簡の回収へ向かった。

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人と獣の境界線 羽ばたきの追跡者 蒼衣ユイ @sahen

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