第十七話 別離

 できるだけ人目に付かないよう裏道を選んで進むと、威龍はふと違和感を感じた。


「全然人いないね。それに静香だ。裏道とはいえこれはちょっと……」


 左右にあるのは民家ではなく商店だ。営業をしているのだから人気があって当然なのに、どういうわけか全ての家が静まり返っている。

 哉珂も警戒している様子だったが、大通りに近付くにつれ騒ぎ声が聞こえ始めてきた。それは歓喜ではなく明らかに困惑で、とても色好いものでは無かった。


「何だろう。笙鈴さんが言ってた暴力沙汰って本当にあったのかな。それとも俺たちを追ってるのかな」

「まさか。俺たちはまだ何もやってない。仮にそうならもっと探し回ってるだろう」


 そっと大通りを覗くと、多くの住民が一点を取り囲んでいた。神官が下がるように声をかけて回っている。

 威龍と哉珂は輪の中心に目を向けると、立っているのは笙鈴だった。


「私知ってるのよ! あなた達は羽根で麻薬を作ってるって! 神子なんて嘘よ!」

「笙鈴様。何を訳の分からない事をおっしゃっておられるのです」

「あの化け物が証拠よ。あれは羽根麻薬の過剰摂取による異常獣化だわ。検問はあれを漏らされたら困るからでしょう!」


 哉珂が考え付いたそれを、笙鈴は声高らかに言い放っていた。

 神官の動員を許し住民も混乱しているあたり、泰然の根回しができているわけでは無いだろう。

 これでは誰も笙鈴を守ってくれないし、それどころか一人だけ異様な話をしているだけで疑惑は笙鈴へ向くだけだ。

 さすがにこのやり方が愚かであることは威龍にも分かり、哉珂は頭を抱えている。


「馬鹿かよ……泰然の努力を全部無駄にしやがった……」

「これ地下の子達も危なくならい?」

「なるよ。これだから女子供は嫌いなんだ。すぐ感情的になって暴走する」

「そう括るのは失礼だよ……」


 ここで飛び出し笙鈴を保護――などできるわけがない。威龍が抱えて飛べるのは雛だけで手いっぱいだ。

 それに現時点ではこの街の正義は教会にあり、笙鈴は反乱分子と見なされる。

 笙鈴を匿えば威龍も仲間となり、雛が連れて行かれるのが目に見えている。

 だが何をするまでもなく、あっさりと笙鈴は神官に取り押さえられた。

 神官は皆様お怪我はありませんか、といかにも善行に尽くしている。おかげで住民の疑心は全て笙鈴へ向けられている。


「お騒がせ致しました。笙鈴様は何か混乱なさっておいでの様子。静養をいたしますので皆様との祈りの時間は無くなりますが、神子様方はいつも皆様の生活を見守っております。ご安心下さい」


 神官は羽根飾りの神具を掲げ、住民に祈りを捧げ始めた。

 住民も倣うように祈り始め、笙鈴の悪行により一致団結してしまったようだった。


「……どうする?」

「どうするかな……」


 哉珂はげんなりとし、威龍もため息を吐かざるを得なかった。

 しかし笙鈴は神官に連れられ教会へと姿を消し、街の喧騒は神官の善行により静まったという形を成してしまった。

 これの真相が教会の悪行であると知っているのは威龍と哉珂だけだ。そして、笙鈴のために動けるのも威龍と哉珂だけ。今すぐ助けなければ笙鈴は厳重に監禁され、最悪の事態も見据えなくてはならない。

 助けに行くべきだと威は分かっている。それでも手は雛を抱きしめ足は笙鈴ではなく高台の客桟へと向いていく。


(助けたいけど助けに行きたくない。こればっかりは無理だ)


 世話になった薄珂達はともかく、縁もゆかりも無く無駄に騒いだだけの笙鈴と雛では天秤にかけるまでもない。

 それでも、彼女を見捨てようと口にすることはできず立ちすくんでいたが、ぽんっと哉珂は優しく肩を叩いてくれる。


「お前は雛連れて逃げろ。笙鈴はそこまで悪い扱いはされない」

「え、な、何で?」

「最高級羽根麻薬が作れるからだ。麻薬ってのは気分良くするために飲むが、発生する出来事は『相手の精神状態を支配する』ってことなんだよ。笙鈴のような激情麻薬を軍の兵士に投与すれば強制的に士気を高めることができる。これは軍事国家で相当な値が付くんだ」

「そんな使い方するの⁉ 軍って戦争になるじゃないか!」

「そうだよ。だが羽は心だ。羽根を取り尽くされたら廃人になるだろう」

「え、け、けど、羽根は生えるでしょ。雛もそうだし」

「羽がどういう成分で作られてるかは分かっていない。失血死ならぬ失羽死のようなものがあるかもしれないだろう」

「そっか……大丈夫とは限らないんだよね……」

「それも個人差があるだろうが、猶予は永遠じゃないと思った方が良い。助けるべきだが刑部に出て来てもらう必要がある。だから役割分担をするぞ」

「分担?」

「俺は薄珂たちの無事を確かめてから華理へ行く。お前は先に行って宮廷へ通報をしてくれ。飛べない俺はお前の足手まといになる」

「けど笙鈴さんと地下の有翼人の子たちは……」

「威龍」


 哉珂は目を細め、ぐっと強く肩を握ってきた。

 いつも現実的な意見で導いてくれる哉珂の言うことは予想がつく。


「薄珂のようになれとは言わない。だが残って雛を危険にさらしても、逃げて笙鈴を見捨ててもお前はどのみち後悔する。どうせ後悔するなら雛を守れ」

「……うん」

「よし。じゃあ客桟に行こう。店主との交渉までは俺がやる」


 自分にできるのは飛んで逃げることだけだ。威龍は笙鈴の連れ去られた方向に背を向け、客桟へ向けて走り出した。

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