第二十話 笙鈴脱出
街で騒ぎを起こした笙鈴は乱暴に寝台へ放り投げられていた。
「きゃあ!」
「たかが有翼人が調子に乗りやがって。面倒を起こしてくれたな」
神官の服を着た男は鬱陶しそうに上衣を脱ぎ捨て、隠し持っていた縄を取り出し手際よく笙鈴を縛り上げる。
「何するのよ! 放しなさいよ!」
「それで放す馬鹿いねえよ。自分が神の代弁者だなんて本気で思ってねえだろうな」
「
「知るかよ。とっくに買い手がついて出てったよ」
「どうして! お姉ちゃんの赤い羽は強力な薬になるんでしょ!」
「美帆はもう使えねえよ。成長期を終えた有翼人の羽は安定しちまって薬にならん。それに赤は泰然がいるし、新しい青い羽も街に来てる。あいつを使うさ」
「青い羽? まさかあの赤ちゃんじゃないでしょうね!」
「そうだよ。教育からできてちょうど良い。まあ美帆とはすぐに会えるさ。美帆買った変態野郎が姉妹で飾りたいらしいからな」
「……は? 飾るって何よ……」
「何って、若い女を金で買うなんてやること一つだろ。明日にはお前も受け渡す。大人しくしてろ」
「待ちなさいよ! 解いて! 解いてよ!」
「馬ぁ鹿」
笙鈴を見て鼻で笑うと、男は下品な笑い声を上げて出て行った。
がちゃりと鍵をかける音がして、その音が絶える前に笙鈴は縛られたまま体当たりした。けれど扉は閉ざされ、外からがんっと大きく殴られ足跡は遠ざかって行った。
「……どうしよう。こんなんじゃ何もできない」
笙鈴は転びそうになりながら立ち上がり窓にへばりついた。幸いにも鍵は閂状で、両手は使えないが口で何とか開けてみる。
しかしここは十階だ。とても飛び降りて無事に済む高さではない。
近くに木も無く、どうやっても地上へ降りることはできなそうだ。ならば誰かが助けに来てくれるのを待つしかない。
しかしこの塔の警備は厳重で普段の生活は軟禁に近い。地下の方がまだ自由だ。
笙鈴はぺたりと座り込みかくんと力なく首を曲げた。
「お姉ちゃん……」
*
それからしばらくして、もうじき夜がやって来る頃に妙な騒ぎ声が聴こえてきた。
窓の外を見ると傭兵がばらばらと走り回り、当の中でも男の声が飛び交っている。
「侵入者だ! 地下の子供達を連れて行かれた!」
笙鈴はばっと顔を上げた。地下の子供達といえば、かつて自分も飼われていたあそこしかない。
(誰かが助けてくれたんだ!)
笙鈴は再び気合いを入れて立ち上がり窓の外へ目を向けた。
下には傭兵がいるが、よく見れば聖堂から一般区画へ向かっている。警備や侵入者の対応にあたるのだろう。
(やった! ここは手薄になる。出るなら今だわ!)
とはいえ窓からは出られない。足音を立てないようにそろそろと歩き、唯一の出入り口である扉にぺとりと耳を付けた。
明らかに慌てている声に激しい足音が鳴り響き、相当な騒ぎである事が分かる。
(せめてこの縄さえ解ければ! 刃物は無いの⁉)
笙鈴は切る物がないかきょろきょろと辺りを見回した。
けれどあるのは寝台だけで、余計な物など何もない。棚の一つもなく、あるのは役立たずの窓だけだ。
気ばかりが焦り無駄に部屋の中をぐるぐると動き回ってしまう。
しかしその時、扉の向こう側から男の叫ぶ声がした。
「笙鈴を連れて来ておけ! こっち繋いどけ!」
自分の名前が聴こえ、笙鈴はびくりと震えた。がんがんと床を殴るような足音が凄まじい勢いで走ってくるのが聴こえる。
(来る! どうしよう、どうしたら……!)
焦る笙鈴の眼に入る自分以外のものは窓だけだ。地上十階で掴まる場所も無く、あったとしても縛られた両手では掴めない。
それでも笙鈴は肩で窓を押し開け地上を見下ろした。
(……一か八かやるしか無いわ)
笙鈴は窓に腰かけ、またがるようにして左足だけ外に出した。
足はどこにも付かない。ふと風が吹けば足を撫で、それはこのまま落下する姿を想像させた。
飛び降りる勇気が出ずに竦んでいると、がちゃがちゃと鍵を開ける音が聴こえた。
(だ、大丈夫よ。死にはしない……しない、わよね……)
足を冷たい風が撫でる。
鍵を回す音がする。
自分の足元に地面は無い。
がちゃんと鍵が開く音がした。
(神様!)
信仰心皆無の笙鈴は神に祈り、飛べない羽を背負って窓から飛び降りた。
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