第二十一話 裏切り

 威龍は客桟から飛び立ち、雛が腹にくっついていることを確認しながらゆっくりと飛んでいた。

 一人ならどんな速度と高度で飛ぼうが自分の好きで良いのだが、誰かを連れていたり荷物を持っていると別だ。

 速すぎると呼吸ができなくなるし高すぎると酸素が薄くなる。

 荷物は風に揺られて中身が壊れたりするし、重すぎると自分の体勢が崩れて落下する可能性もある。

 だが長い隊商生活で子供がどれほど耐えられるかは分かっている。

 赤ん坊の運搬もした事はあったから大丈夫ではある。それでも個人差はあるし、雛は体調が回復したばかりであることを思えば丈夫では無いだろう。


(雛が寝てるうちに降りて夜はちゃんと休ませたい。一番近い休憩所はもうすぐだけど人がいたら嫌だな)


 視界の端に建物が見えてきたが、どこでどんな問題になるか分からない。

 できれば国家権力従事者か、知っている人に会うまでは鳥でいたいところだ。


(とにかく一旦降りよう。抱っこ紐が千切れないとも限らないし、そのうち隊商の一つくらいは……ん?)


 きょろきょろと地上を見回していると、大通りから外れた道の無い場所で停留している馬車があった。

 数名の男が集まり地図を広げているようで、迷っているのかもしれない。


(あれは……!)


 威龍は馬車へ向かって一直線に飛んだ。そして地図と睨めっこしている男の真上で人化し飛びついた。


「憂炎!」

「んあ? うおおお!」


 見つけた隊商は憂炎達だった。宙で人化し飛びつくには高すぎて、どかっと体当たりし押し倒してしまう。

 駆け寄ってくる隊員は家族同然だった者達で、真っ先に飛んできて服を掛けてくれたのは曄だった。


「威龍! 一体どうしたの!」

「逃げて来た。瀘蘭の教会は羽根麻薬の密売組織だったんだ」

「麻薬? 何、え、え? 待ってよ。どうして威龍一人なの? 哉珂は?」

「他にも捕まってる人がいて助けに行った。俺は……」


 威龍はふやああと泣き出した雛を強く抱きしめた。

 降りた衝撃に驚き起きてしまったようで、指を掴ませてやるとぱくりとしゃぶりついた。むにゅむにゅとした唇は温かくて、威龍はほっと息を吐いた。

 曄もよしよしと撫でてくれて、憂炎も安心したような表情で覗き込んで来る。懐かしい面々も笑顔だ。


「あの時に瀘蘭を出たんだよね。何でこんな近くにいるの? 憂炎また迷ったの?」

「いいや。お前らが逃げるならここらを通るだろうと思って張ってたんだ」

「待っててくれたの? 俺もう離隊したのに」

「当然だろ。お前らを見捨てるわけにはいかない」

「憂炎……うわっ⁉」


 憂炎はにっこりと微笑むと、隊員に目配せをした。

 すると後ろからぐいと痛いくらいに肩を掴まれ引っ張られる。咄嗟に身をよじり雛を隠すように腹に抱え込むが、雛ごとぐるぐるに縛り上げられた。

 威龍はあっという間に捕縛されて動けなくなってしまった。


「憂炎! 何だよ! 何するの! 解いて!」

「ったくよ~。薬にする前に逃げられちゃたまんねえよ」

「……は?」


 かつて家族だった隊員達はくすくすと笑っている。

 遠くでは何かあったのかと心配する女性たちの声が聴こえてくるが、男たちは猪が暴れてるから下がってろと遠ざけている。

 憂炎はぐいと威龍の胸ぐらを掴んでにやにやと見下ろしてきた。


「うちに入隊した奴らは皆きっちり引き取られていく。何でだと思う」


 憂炎が自分の首にぶら下がっている革紐を引っ張った。

 隊商はあまり装飾品を好まない。商品を傷付けたら困るし荷運びをするため身軽でいたいからだ。

 けれど憂炎の首にぶら下がっているそれは間違いなく首飾りで、その先に付いているのはふわりふわりと風に揺れる美しい白い羽根だった。


「それ……羽民教の神具じゃ……」


 憂炎はにやりと笑みを浮かべた。


「さあ。教会へ戻ろうか」


 見たことも無いあくどい笑みに、威龍の頭は真っ白になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る