第五話 羽民教教会(一)

 雛を上着ですっぽり隠して神官に付いて行ったが、道中多くの教徒に拝まれた。


「あれは幼い神子様を連れていた少年ではないか?」

「では抱えておられるのは神子様か。そうか、ついに神殿にお越し下さったのか」


 以前に威龍と雛を見ていた者がいたようで、じわじわと拝む者が増えていくのだ。

 危害を加えられるわけではないし、守ってくれるのだろう事は分かる。

 それでも何の縁も無い人々から盲目的に崇められるのは、やはりとても異常な事に思える。威龍は恐ろしくなり雛を強く抱いた。

 そうするうちに教会へ到着したが、そこは想像以上に大きな建物だった。


「うわ、こんな大きいとこに住んでるの羽民教って」


 遠目から見ても大きいであろう事は分かっていたが、馬車が全てだった威龍にとって見上げても天井が見えないというのは恐ろしさを感じるほどだった。

 それに教祖の神輿は鳥籠のようだったし、本当に入って良いか迷う。

 そんな威龍の心配を知ってか知らずか、神官は何か聞きたそうな顔で威龍達をちらちらと振り返ってくる。


「あのう、失礼ですがお二人は神子様とどのようなご関係でしょうか」

「俺は兄貴だよ」

「二人の保護者だ」

「保護者というと、血の繋がったご家族とは違う?」

「違うが、そんなようなもんだ」

「そうですか。申し訳ございませんが保護者の方は別棟にご宿泊いただけますか」

「は? 何だそれは。泊まりに来いと言ったのはそっちだろう」

「神子様には聖域のお部屋をご用意申し上げますが、ご同行頂けるのは羽の浄化に必要な御一方のみ。直接の家族ではない保護者様は別室をご用意いたします」

「羽の浄化って何? 俺もそんな特別な事はしてないよ」

「羽変色を防ぐ抱っこ要員だよ。あれを浄化って呼んでるだけだ」

「ああ、あれ。それなら哉珂も必要だよ。雛が信頼できるたった一人の大人だもん」

「申し訳ございません。規則でして。それに別棟と言っても廊下続き。窓から双方部屋がご確認頂けます」

「そうしないと泊めてくれないってわけ? 神子様とか言っといて?」

「神官としてお勤め下さればご案内できますよ。おお、そうだそれはいかがでしょう。神子様の世話係をお任せいたします」

「びっくりするくらい勧誘の手際いいね。商人はそうでなくちゃ」

「神子様の縁者は面接無しで採用するってこったな」


 ようするに雛を繋ぎ留めるための鎖だ。それも全て寄付金目当てで雛のためではない。

 哉珂は神官に聞こえるように大きくため息を吐くと、数秒考えて神官を睨んだ。


「分かった。けど部屋を確認させてくれ。家具も宿泊状態も俺が良しとする形にさせてもらう。部屋の鍵は俺が預かる。教祖だろうが神官だろうが、俺以外の立ち入りは一切不可だ」

「鍵を、ですか。しかし神官以外の持ち出し禁止でして」

「なら街の教徒に『教会は神子を追い出した』と言って泊めてもらおう。教徒以外には『招いておきながら赤子を放りだした』と言おう。それと俺達は旅をしてる。旅先でも教会の対応を広めよう。福祉に努める教会が保護を放棄したとなれば助成金は出ないだろうな」


 おお、と威龍は思わず声を漏らした。逆に神官は一瞬苦虫を噛み潰したような顔をして、哉珂に対抗するかのように大きなため息を吐く。


「……致し方ございません。ですが護衛だけはお傍に置いて頂きたい」

「護衛? 教会は護衛が必要になる危険があるのか?」

「念のためで御座います。万が一賊が侵入し神子様方に危険が及ばないとは限りません。これだけはどうか」

「いいだろう。だが俺が良しとする人物でなければ不可だ。審査させてもらう」

「承知致しました。好きに質疑応答をなさって下さい。ではこちらへ」


 神官は不愉快さを顕わにしていたが、それでも奥へと案内してくれた。


 そこから数分は歩いただろうか。建物内だというのに三回は門があり、都度検問のような確認がされた。

 神官でも立ち入れる者とそうでない者がいるようで、警備はとても厳重だった。

 これが一般的な客桟であれば安心だったが、どちらかと言えば閉じ込められに行くような気になっていく。

 哉珂は相変わらず厳しい顔をしていたが足は止めていない。大丈夫なのだろう。

 しばらくするとようやく神官は一つの扉の前で足を止めた。羽のような模様が刻まれた真っ白な扉だ。

 神官が取り出した鍵の持ち手は羽根の形状をしていて、教徒であれば感嘆したはずだ。

 だがこれも金儲けのために信仰を煽る演出と思うとわざとらしい。


「どうぞお入りください。こちらが神子様にお使いいただく部屋で御座います」


 部屋の中はやはり真っ白だった。

 壁には羽根の模造品が飾られており、花瓶には花ではなく羽根が刺さっている。

 羽根の数は信仰心の表れなのかもしれないが、威龍には『とりあえず祀っておけ』と言っているように見えた。


「室内の物はお好きにお使いください。さて、神子様はご気分いかがでしょう」


 神官は雛の顔を除こうと威龍の上着に手をかけてきたが、とても触って欲しくなくて威龍はぱっと背を向けた。同時に哉珂も間に入り神官の手を阻んでくれる。


「雛の気分は威龍がどれだけ何をしてやれるかによる。だが当の威龍もまだ子供。用がある時は必ず保護者の俺を通せ」

「失礼を致しました。神子様のご気分を害すつもりはございません」

「もういい。さっさと護衛を連れて来い。その間に室内を確認しておく」

「畏まりました。少々お待ち下さい」


 口を尖らせ眉間にしわを寄せ、神官はため息を吐き捨てて部屋を出た。

 どう見ても哉珂の振る舞いを不愉快に思っているようで、もし本当に善意のみで宿泊の声をかけてくれていたのなら不本意でしかないだろう。


「哉珂。あんまり嫌な態度とると追い出されちゃうよ」

「それならそれでいい。俺だって考えが無いわけじゃないんだ。ゆっくり休めなくなるってだけで。何か起きる前提でいろ。窓の鍵はかけるな。何かあれば飛んで逃げろ」

「雛は抱っこ紐で括りつけないと長時間は飛べないよ。咥えるか掴むしかないんだ」

「俺が窓の外で待機するから雛を俺に寄越せ。お前と雛の両方を守りながら逃げるのは難しいが、雛だけなら守れる。お前は上空から俺を追ってくれ」

「ああ、そっか。うん。分かった」


 哉珂はきょろきょろと室内を見回すと、家具を一つずつ触って回った。

 腰ほどの高さの棚の前で足を止め、がたがたと揺らしてからひょいと持ち上げ扉の真横に配置を変えた。


「寝る前にこの棚で戸を塞げ。壁と扉を跨ぐようにだ。ぶち破られても棚が倒れりゃ起きるだろ。それと上着を脱いで貸せ」


 威龍は言われるがままに袍を脱いで哉珂に渡すと、それを広げて羽根の装飾に括りつけて壁を覆っていく。

 自分の上着も脱ぎ、何も家具を置いていない壁の全てを覆い隠した。

 今度は腰の鞄から縄を取り出して、家具を伝って足元の高さに張り巡らせていく。


「それは何してるの? 引っかかったら転んじゃうよ」

「転ばせるためにやってるんだよ。壁に抜け道がある前提で動け。これなら壁から出た途端に転ぶから足止めになるだろ」

「……凄いね、哉珂。考えたことなかった。憂炎が獅子だし、豹が三人もいたから罠なんて必要なかったんだ」

「獣人ならではの油断だな。非力な人間が野営する時はこれくらいやるんだよ」

「失礼致しま――な、何ですこれは!」


 不満げな顔で戻ってきた神官は部屋の中を見て後ずさった。

 眉間のしわがさらに深くなりぎろりと哉珂を睨みつける。白く美しかった室内はごちゃごちゃにされたのだから当然だろう。

 だが哉珂は悪びれる事もなくけろりとしている。

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